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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第三十九話 ナマハゲの正体

 清澄。

 俺たちが侵入した廃墟に置かれていた謎の黒いノート、そこに書かれていた『清澄くん以外が見たら殺す』という文字。

 ノートには清澄くんへの思慕と、彼が郁奈(かな)という少女に惹かれていく様子と、それに憎悪を滾らせて、最後には卵を孵らせてしまい、多くのものたちを破滅させていったことが書かれていた。


 そんな俺の問いに探偵の返答はあっさりしたものだった。


「そうだけど何か?」

 何の悪びれた様子も見えない表情だった。


「……清澄って、あの黒いノートにあった……それが彼だというの?」


 御子神(みこがみ)先輩は険しい顔で彼に向き直って言葉を続けた。


「そして彼は卵の呪いに詳しい……ということは、彼は解呪に成功したといったわ。だから巫女を見つけたとしても生き残れるのは一人だけだと、巫女について詳しいというの?」

「……そうだけど、何か?」


 馬鹿にしたような返答で探偵は煙草を吸いながら答える。


「それだけじゃない。こいつはナマハゲと呼ばれる人物だった」

「ナマハゲって……2回目の廃墟探索を企画していたやつだっけー? 探偵さんが昔に呪いにかかったことがあるなら、何でそんなこと? 犠牲者を増やすなんて……?」


 不思議そうな顔をしている秀義(ひでよし)に俺は頷いた。


「……そう、犠牲者を増やすために、更にこいつは意図的に咲耶(さくや)を暴走させたんだ」


 そんな俺の追求にもどこ吹く風といった顔で探偵は煙草を吸っている。


「……だから、どうして、そんなことを? メリットがないよ」


 キアラが表情を曇らせて呟いた。


「そう、理由がない。だから俺もこいつが清澄でナマハゲだという確信が持てなかった。でもこいつは榛名(はるな)そっくりの巫女姿の少女を見て、郁奈、と呼びかけたんだ。だから清澄で間違いない。下手すると黒いノートや、あの呪いのルールが書かれていたメモだってこいつが置いた可能性が高い。そうする理由がないように見えるだけで本当は……」


 そう俺が言いかけた途端、探偵が遮った。ハハッと乾いた笑いで答える。


「理由ならあるさ。それはお前たちも身をもって経験したはずだ」


「なんだって?」

「俺のメモに踊らされて大量の人間が死んだ。そしてお前だって、山の住人たちがトリガーになって、わざわざこんな山までやって来たんだろうが」


「それと、お前が呪いの犠牲者を増やそうとしたことに何の関係があるんだ!」

「関係があるさ。俺は卵の呪いを解呪した生き残りだからな。……昔、学校がクソ馬鹿女のせいで異空間に巻き込まれ、大勢のクラスメイトが死んでいったよ」

「クソ馬鹿女?」


「その黒いノートを残して死んだ女だよ」


 話しているうちに感情的になってきたのか、探偵は俺のことをギラギラと憎悪に満ちた目で睨みつけながら続けた。


「20年前、俺は状況を整理して、人間になりすましていた奴を見つけることに成功した。それが郁奈だ。……そう、当時、俺が惚れて、あの惨劇の中でも守ろうとしていた少女だったんだよ」

「……それでお前は郁奈という少女に自分の卵を渡したのか」


「そうだ。瞬間、何が起こったと思う? 俺以外の、呪いにかかっていた奴らの卵が全部孵って、中途半端に育っていた化け物どもにみんな殺された! ――そうして生き残ったのが俺だけだったというわけさ」


 探偵の言葉を聞きながら俺はザワリとした嫌な気持ちが膨れあがっていた。

 この山で見かけた巫女姿の、榛名(はるな)に似ていた少女――あの子が郁奈(かな)だというなら、彼女に探偵は何と言っていた?

 彼女に会うために――そんなことを口にしていなかったか?


「――もしかして復讐か? 卵憑ノ巫女に会って、それで……」


 ガタガタと身体が自然に震えてくる。歯の根が噛み合わないまま言った。


「あの家に入れば卵の呪いにかかると、お前は知っていた。だから掲示板にそれらしい書き込みをして慶助(けいすけ)の興味を引き、俺たちがあの廃墟で肝試しをするように仕向けた。その際にわざと黒いノートやメモを残して、俺たちが卵憑ノ巫女を捜すように仕組んだ!」


「ちょっと違うな、坊主。肝心なところを間違えている。……呪いが始まれば、その中に巫女が産まれる。――そのためにお前たちを使っただけだ」

「なら、あれほどの犠牲を出したのは何故だ! 作哉も咲耶も、死ぬ意味なんて……!」

「馬鹿だなあ、お前」


 生気の失った眼球をギョロリとさせて探偵は嗤った。


「さっきも言っただろ。その理由は、お前が身をもって経験していると。……呪いで大勢人が死んでお前はどう思った? 何をした?」

「……ま、まさ……か……」


「なりふり構わず、俺も解呪しようと思って何が悪い? 俺をあんな目に遭わせた卵憑ノ巫女を引きずり出そうとして、一体、何が悪い?」



 誰も何も言わなかった。


 探偵の言葉に納得したわけじゃない。

 その裏に大きく歪み滾っている憎悪にも似た狂気に気付いているからだ。


 重たい沈黙が続く中、御子神(みこがみ)先輩が声を震わせながら、その空気を破る。


「つまり卵憑ノ巫女を燻り出すために、もう一度、卵の呪いを振りまいたというのね。巫女や呪いが出てきたからこそ、山の人たちだってやって来たものね」

「……そんなの、おかしいよ」


 キアラが布団から身を起こして顔を真っ赤にして喉を震わせながら叫んだ。


「どうして誰もおかしいって言わないの? この男の人は、自分が辛い目にあったから、他の人が辛い目にあってもいいだろうって、そういう事を口にしている。だから人が死んでも構わないって……変だよ」


 キアラの言葉に探偵は苦々しく笑いながら嘆息する。


「そう思われたくなかったから、お前らも同じ目に遭わせたんだが……俺の時より死んだ人数は少なかったからか? ずいぶん甘いことを言うんだな」


 違う。


 人の死んだ数じゃない。

 目的を達成するために他の人を犠牲にしてもいいという考え自体が間違っているんだ。


 俺も咲耶から孵った卵のせいで酷い目に遭った。

 だけど、この辛い思いを他の人になすりつけたいなんて思わない!


 ましてや人を殺してまで!


「……それともお前が巫女だから、そんなことを言えるのか?」


 探偵からそう言われ、キアラの顔が悲しそうに歪んだ。深く俯いて唇を噛んでいる。

 俺はそんな彼女を見ていられなくて口を挟んだ。


「待てよ。……今、大事なのは巫女を見つけて解呪することだった……が……」

「巫女を見つけて卵を渡したとしても、解呪できるのはそのうち渡した本人だけだ。それが解呪だというなら、どうぞお好きなように?」


 探偵はニヤニヤ嗤いながら煙草の煙を吐き出した。


「それでは意味がない。俺たちが目指したいのはそこじゃない。だが巫女を見つけ出すことには意味があると思う。自覚がない可能性もある、というのは気に掛かるが、巫女からまた新しい情報を引き出せるからな」

 俺たちの諍いも気にせず冷静に冬彦(ふゆひこ)が情報を整理してくれる。


「山の人たちに約束したのは夜明けまでに解呪すること。なら巫女を見つけるだけじゃ駄目ね。……探偵の話は癪だけど彼を追求するのはやめましょう。それよりは彼から聞いた情報をもとに話を進めるべきだわ」


 そうだな。

 俺は先輩の意見に賛同した。キアラを一瞥すると彼女は複雑そうな顔をしている。

 うまく配慮できないで、すまない、キアラ。


「おい、そこの探偵。俺を憎んでいるのも、呪いに人を殺されたからか」


 ずっと探偵を睨みつけていた慶助(けいすけ)が探偵に話しかけた。


「ああ、そうだ」

「お前が解呪した時、今までに卵から孵った化け物はどうなるんだ」


 慶助の問いに探偵が嫌な笑みで返した。


「残念なことに残ったままだ。……ほら、坊主。てめーに渡した蛙があっただろ」


 急に話しかけられ、みんなの視線が集まり、俺は戸惑いながら返す。


「ああ、実は俺は彼から妙な蛙アイテムを預かっていて……」

「なるほど、やっぱり、探偵から何かしら渡されていたのね。妙に彼とあなたの距離が近いと思っていたら!」


 御子神先輩に可愛く叱られ、俺は申し訳なさに頭を下げて言った。


「すみません」

「別に構わないけど。それで、その蛙が何だというの?」


 まだ腕を組んで苛立ちの様子を見せている彼女に俺はガチャポンに入っている蛙について説明した。化け物に反応して鳴くということ、化け物を食べて殺すことができるということを。


「それじゃ、今ここでそいつをガチャポンから開けたら俺は食われるってことかよ。やめろよ、頼むから開けてくれるなよ」


 俺の説明を受けて慶助は嫌な顔をしている。


「まさか、これが……」


 俺がガチャポンに入った蛙を探偵に見せると、彼は頷いて返した。


「ああ、それも卵から孵った化け物だ。ついでにあの気持ち悪い脳味噌が溶けたような感情を連ねた黒いノートの持ち主であり、俺たちのときに惨劇を引き起こすトリガーにもなったキチガイな女の産み出したクソみたいなもんだ」


 お前も似たようなキチガイだろうと言いたい気持ちをぐっと堪えた。


「そうだ、解呪後も化け物は残る。俺たちはそれも処分して回っていた。……よくそんなものが残っていたな」

咲耶(さくや)だったか、あいつの産み出した化け物が分裂をしていただろう。これも似たような性質を持っていて暴力的な蛙もいた。……こいつだけは最後まで純粋に俺だけを護ろうとしていたが」


 冬彦の言葉に感傷的に探偵は言った。



「……次に確認するべきは、誰が金剛山寺(こんごうせんじ)を燃やしたということだ」


 そう言って俺は心花(みはな)を見た。


「わ、私じゃないです。私がそんなことをする意味が……」

「意味がないように見えても、探偵は清澄(きよずみ)でありナマハゲだった。だから尚更確認したいんだ、心花ちゃん」

「それは……」


「それは……確認してどうするつもりなんです?」


 心花は不快げに口元を歪めてニヤリと笑った。


「……それは、確認してどうするつもりなんです?」


 突然の心花(みはな)の豹変に俺は沈黙した。

 どうしてだか、そんな彼女の様子をすとんと納得できた。


 やっぱりか。

 駄目なのか。

 間に合わなかったのか。


 腹の奥からドロドロした泥を吐き出しそうな気持ちと泣き出したくなるような不快感に思考がぐっちゃになりながらも無表情に努める。


「――そういえば、蛙は鳴いていたわ」


 御子神(みこがみ)先輩の言葉に、みるみるうちに思考は冷えていく。


 蛙が鳴いた意味とは。

 ――冷静に、ならなければ。

 こんな苦痛など何度も味わった。

 今更気にするものでもない。

 ああ、どうして気付かなかったんだ。

 ああ、キアラのことで頭がいっぱいだったなんて、何の言い訳にもならない。


 どれだけ後悔と反省を繰り返しても先には進まない。


「……心花ちゃん、いつからだ」

「いつからって何ですか?」


 心花はとぼけている。


「白を切らないで。あなたがそうなった時期よ」

「そうなったって? 何が言いたいんですか。ハッキリ言ってくれないと私にもわかりません」

「……本物の心花ちゃんはどうした?」

「本物って?」


 無邪気に心花は笑う。

 ころころと、心の底から面白がるように。

 悪意のある笑みをあちこちに無作為にばらまく。


 重たい沈黙が落ちる。

 心花は、そんな状況すら面白がるようにフフッと肩を揺らして笑った。


「そんなことより皆さん、卵を見せ合わなくていいんですか?」

「……だから、あなた!」


 御子神先輩がきつい口調で心花に掴み掛かるが心花は「やめてください」と振り払う。


「さっきから何なんですか?」


 これ以上、言葉を交わしても無駄のようだ。


「そうだな、そういう君の反応も仕方ないとは思う。だからもう一つのほうを教えてほしい。――どうして金剛山寺を燃やしたんだ?」

「だから私じゃ、ありません」


「じゃあ質問を変えていいか。もし燃やすとしたら、どういう理由が?」

「意味がわかりません。……そんなに質問をするというなら証拠を出してください」


 頑なな心花に俺は嘆息して返した。


「蛙を出せば、お前がそうなら食われるぞ」


 言い切った途端に心花の顔が凍り付く。狼狽した彼女は早口でまくしたてた。


「そ、そんなことしたら、もし私が化け物なら私の持っている情報そのものもなくなりますよ」


 俺はしばらく考え込んだ。多分このまま話を進めても無意味だ。蛙を出してもいいが。慶助を一瞥すると、彼は俺の視線の意味を察したのか、僅かに青ざめて顔を背ける。再度彼女を真っ直ぐ見据えた。


「心花ちゃん」

「何ですか?」

「先輩と同じ質問をして申し訳ない。でもどうしても聞きたいんだ。心花ちゃんは呪いについて積極的でなくなったが……もう、作哉や咲耶のことはいいのか? 美咲のことも……」

「――ああ、そんなこと」


 心花の双眸が虚ろになる。どこか遠くを見ているような表情で言った。


「いいんですよ、何度同じことを質問しても。私も言葉足らずでした。彼女たちが私に注いだ優しい感情は胸に残っている。私は必要なときに何度も思い返すことができる。それでいいんです。こうして今も彼女たちの顔をすぐに思い出せます。本当に私はそれだけで……」


 心花は陶酔した顔で腹を擦っている。


 その時、俺は何か動いた気がして、そこに視線を向けた。驚くべき光景が広がっていたが、どうしてだか心が凍り付いたように気持ちが動かなかった。ただ自然に言葉がするりと零れ出た。


「……嘘なんだな、全部」


 心花が小さく顔を歪めて言った。


「心外です。どうしてそんな風に?」

「お前は勘違いしている。人の気持ちは内には残らない。それはただの思い込みにすぎない」

「何故そんなことを? 酷いです。私は本当に悲しいと思っています」


 困惑したように笑いながら彼女は言葉を続けた。


「例え彼女たちが死んだとしても私の心の中に……。だから私は本物です。そもそも気持ちに偽物も本物もありません。私は彼女たちの思い出さえあればいいんです。思い出せば、とても悲しいです。でも前に進むより苦しくないんです。もう辛いのも痛いのも追い詰められるも嫌なんです。みんなと過ごした、あの温かかった記憶と顔だけで、これからも、ずっと過ごしていきたいんです。……思い込みなんかじゃないです。嘘じゃ、ありません!」


「――後ろ」


 俺は心花の背後を指差した。


「え?」


 笑っていた彼女は戸惑いの様子を見せた。


「後ろだ。彼女たちの気持ちはお前の中にはないよ」


 胸のうちから不快感を伴った苦痛が次々にわき出てくる。それを堪えながら喉から声を絞り出す。


「お前は気付いていないようだが、やはり外側に存在しているんだ。それが見えないというなら、お前はやっぱり偽物なんだ。その身も、抱えている気持ちも」


 何故なら、外に彼らが存在しているのだから。


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