第三十七話 この中に巫女が
揺らめく松明をもって大勢の陰が旅館を取り囲んでいた。
みな、鬼の仮面をかぶった人間だった。
中央にはゼンとコウがいた。
険しい顔をして俺たちのいる部屋のほうを睨みつけていた。
俺は絶望に唇を震わせた。
ああ、もうバレているのか。
なら、さっさとキアラを連れて山の外に出ればよかったのか?
ロープウェーも動いていないこの時間帯で、傷だらけのキアラを連れて?
現実的ではない。
でも、どうしたら良かったんだ!
御子神先輩や慶助、秀義も騒ぎに気付いてか、次々と窓の外をカーテンの隙間から覗いている。
俺はそれを横目で見つつ放置していた受話器を取った。
「何故、お前たちが旅館に……俺たちを脅しているのか」
そう言うと秋久さんはクツクツと笑った。
「まるで俺たちが悪者みたいに言うんすねえ。最初に俺たちの大事なものを燃やしたのはあんたらのほうでしょうに」
「……は?」
「違うんですかい? 祭りの舞台にもなる金剛山寺を燃やしたのはあんたらでしょう? 必要以上に騒ぎを起こすために」
――は?
どういうことだ?
俺たちはみんなキアラを助けに行っていた。
そんな俺たちが金剛山寺に火をつけることなんて、できない。
一人だけ旅館に残っていたものがいたが、彼女が寺を燃やす理由もない。
だがそんな事情を秋久さんが知るわけもない。
今の俺には否定するだけのものを持っていない。
沈黙していた俺に対して秋久さんが低く笑った。
「……その沈黙は否定のためのものじゃないみたいっすね。なるほど、なるほど、君も事情を知らないと見ましたっす。そういえば……ああ、いえ、何でも。どちらにせよ結果は結果だ。君自身のせいではないにしても責任は取って貰いましょうか」
「ずいぶん勝手な言いぐさだ。一体、何が目的だ? 金剛山寺を燃やした犯人でも捕まえたいのか?」
あえてキアラのことは言わない。
だがそんな俺の抵抗も虚しく秋久さんは声を低くして言った。
「俺たちの目的はわかっているでしょうに。女の子を蔵から連れ出したでしょう。彼女を返してくれませんかねえ」
ふざけたことを!
キアラを誘拐した奴らのくせに!
彼女に何をしようとしていたのか、俺が知らないとでも?
「……ちなみに、別に彼女でなくてもいいんですぜ。そう、卵の呪いを受けた人間であれば。俺は君そうじゃないかと疑っているんですがねえ」
どう答えるべきか。
俺が悩んでいると秋久さんは声のトーンを淡々としたものに変えて言ってきた。
「さて、そこに冬彦はいますかい? 俺は彼にも話があるんですがね」
彼は俺を助けてくれたんだ。
俺は彼のことを知らないけれど恩知らずな真似はしたくない。
「冬彦って……あのウサギを連れた少年のことか? 一度会ったことはあるが……ここにはいないぞ」
「……」
「キアラは渡さない。……だが俺に考えがある。少しだけ時間がほしい」
「へえ?」
「きっとお前たちにも損はさせない話だ。だがここにいる仲間たちも説得しなければいけないからな」
「――へえ」
一層、声が低くなる。
時間稼ぎだとバレバレだろうが、ここは押し通すしかない。
事実だが時間稼ぎでもある。
ここで山の人たちに踏み込まれたら俺たちには為す術がない。
「いいですぜ。なにせ俺の家に招待した君との仲だ。ならば待ちましょうか。……30分だけ待ってあげますわ」
電話が切れる。
冬彦が顔を曇らせながら俺に近づいてきた。
「もしかして今の電話は秋久か? ……何故、俺を庇った? どうせお前が何を対応しても俺がここにいることはバレているはず」
「バレているのだとしても、それを俺が認めるのとは違う」
「……」
「それで、さっきの電話は何だったのよ、旅館を取り囲んでいる彼らは一体?」
御子神先輩が焦った声で言った。
「あれが幽霊でも私の力で何とかなるけど、どう見ても人間よね」
「そうだな」
あっさりと探偵に肯定され、御子神先輩は悔しそうな顔をする。
「あんな大勢に来られたら、僕たちに勝ち目ないね、困ったねー」
などと言う秀義の横で、
「……といいつつ、義忠、お前には何か策があるんだろう、さっき電話でそんなことを言っていたよな」
そう慶助が言ってくる。
「ない」
「――はあ?」
「単なる時間稼ぎだ。この状況をどう打開するかはこれから考えるんだ」
「なるほどな、だろうと思った。ならはっきり言ってやるよ」
慶助はキアラを睨みつけて彼女を指差した。
「――キアラをあいつらに差し出せ」
「それはできない」
「それ以外に手はないぜ。この人数が相手なら逃げることもできないっての」
「――逃げる?」
そう尋ね返すと慶助は深く頷いた。
「そうだ、逃げるしかない。あんなの、まともに相手できるわけねーだろ」
「先輩、いいよ、私を差し出して、彼らに」
キアラが真っ青な顔をしながらも凜とした声で言う。
「これ以上、みんなに迷惑はかけられない。私は先輩が助けに来てくれた。その事実で十分だから」
「……キアラ」
そう俺が呼びかけるとキアラはフラフラしながらも布団から出て立ち上がった。
「いいよ、私、行くから。だから先輩たちはその間に逃げて。こうなった以上、私が大人しく出て行っても、みんなが助かるかどうかはわからないから」
「駄目だ! もっといい手が……逃げるのではなくて……」
「じゃあ戦うというのか? 言っておくが、おっさんに期待するなよ」
探偵はニヤニヤしながら言う。
俺は噛みつくように返した。
「そうだ、あの蛙だ、あの蛙を使えば……」
「あれなあ……さすがにあの大人数で使った覚えはないというか……多分本人の性質上、すぐにお腹が一杯になるんじゃないかとは」
「……本人?」
気になる単語があったので問い返したが、おっさんは聞こえなかったかのように無視した。
しかし、どうすればいい。
当然、キアラを犠牲にはできない。
逃げるのも戦うのも無理だ。
――いや。
逆に考えるんだ。
逃げるのでもなく、戦うのでもなく、別の方法で――
俺は扉のほうに向かって歩き出した。
「ちょっと、猪生くん、どこ行くのよ」
「先輩、どうするの」
先輩とキアラが慌てた調子で声をかけてくる。
俺は彼女たちのほうに顔を向けて言った。
「先輩、キアラ、任せてくれ。俺にいい考えがある。今から話をすることを、よく聞いてくれないか」
俺は旅館の外に出ていた。
一人きりだ。
慶助は最後まで俺についてこようとしていたが俺が断った。
この場合、一人きりのほうが、都合がいいからだ。
眼前には鬼の仮面を被った人たちがいる。黒い装束に身を包んでいる。
ゼンとコウもいる。
一人でやって来た俺を興味深げに眺めていた。
ここに秋久さんはいないようだ。
彼と話がしたかったのだが。
さて、どうしたものか。
正直、足が震える。
周囲の空気は闇と雨の匂いにまみれて、ねっとりと自分に絡みつくかのようだ。
今すぐ旅館に戻り、みんなと合流したい。
だがそれはできない。
俺はキアラを護らなければ。
そうして卵の呪いをといて、みんなで山から出るんだ。
意を決して俺はコウに近づくと話しかける。
彼なら、まだ話が通じると思ったからだ。
「……秋久さんは?」
「ここにいないよ。彼と話がしたいのかな?」
コウはこんな状況だというのに、俺に軽やかな笑みを向けてきた。
「それで君は? ここに何をしに?」
「彼と話がしたい。けして悪い話ではないはずだ」
「……ふぅん、どうしようかな。そうすることで俺たちにメリットはあるのかい?」
俺は息を大きく吸い込んで言った。
「ああ、俺は夜明けまでに卵の呪いをとくからな」
俺の言葉に。
ゼンとコウは、すっと目を細めた。
俺は続けざまに言う。
「お前達の目的は卵の呪いをどうにかすること、違うか?」
コウは薄い笑みを浮かべたまま首を僅かに傾げた。
その反応を是として俺は無表情のまま淡々と言う。
「なら俺たちと一緒なはずだ」
「……」
コウは黙ったままだ。
反応がわからないが続けるしかない。
俺は眼に力を込めてコウを睨みつけた。
「とにかく一晩まってくれ」
「……」
「俺が、この卵の呪いをといてみせる」
「――で? 具体的な方法も言わないで、その言葉を信じろと?」
そう言うコウの目は笑っていない。
先程と同じ表情をしながらも、とても冷たい感情で俺を見つめている。
俺は腹に力を込めて言った。
「勝算がなければ、こんなことは言わない」
声は震えていないだろうか。
唇は震えていないだろうか。
足は震えていないだろうか。
虚勢を見抜かれないように最後まで演技しなければ。
やがて、フゥと息を吐き出す音がした。
コウだ。
どこか気怠げに呆れた顔をしながらスマートフォンを取り出した。持っていた松明をゼンに渡すと言った。
「……ま、決めるのは俺じゃないし。掛け合うだけ、掛け合ってみるか」
「電話をするのか? こんな曖昧で胡散臭い話に?」
「ここで勝手に断って、あとでアレの怒りを買うのは俺だしなあ。それともなに? 君が責任取るってわけ? ……ま、君は彼のお気に入りだし、怒られなくて済むだろうけど? きっと俺はそうはいかないよ?」
「……」
「はいはい、嫌味嫌味、八つ当たり八つ当たり、そんなに傷ついたような顔をするでないよ。――さて……」
コウは電話をかけ始めた。相手はすぐに出てくれたらしい。一言二言、彼は相手と会話をすると電話を切った。
にこやかな顔で俺を見つめて言ってくる。
「いいよ、夜明けまで待とう」
その答えは。
そうか、秋久さんは俺の交渉に乗ってくれたのか。
ほうと安堵で身体の緊張が緩んだ。
コウは苦々しく笑ってくる。
「ずいぶん君も彼に好かれているみたいだね。彼が犬以外に興味を示すのは大分珍しいんだけどね」
「……おい」
ゼンの言葉にコウは肩をすくめた。
「はいはいわかっています、余計なことは言いません。……ただし条件があるとのこと。もし夜明けまでに何もわからなかった場合は、君を貰おう、一切の抵抗は許さない」
「……わかった」
キアラが無事でいられるなら何の問題もない。
俺の身体なんて、いくらでもくれてやる。
それ以前に、夜明けまでに卵憑ノ巫女を見つけて解呪すればいいだけだ。
俺は旅館に戻った。
「時間は稼いだ」
そう言う俺をみんなは心配そうに見つめている。
「稼いだって……どういうことなのかなー? 一応、さっき話は聞いたんだけどさー」
秀義が若干表情を曇らせながら駆け寄ってきた。
「何か話しているのはわかったけど、距離があって聞こえづらくてさー」
「だからさっきも話しただろ。夜明けまでに卵憑ノ巫女を見つける。そして解呪するんだ。それをあいつらと約束してきた」
あえてもし失敗した場合、俺がキアラの代わりになるということは言わない。
言ったとしても仕方ないことだ。
「聞いたときも驚いたけど、ほんと無茶な振りね。勝算はあるのかしら」
ローテーブルの横に座った俺に、御子神先輩が顔をしかめながら話しかけてくる。彼女は隣に座ると俺の顔を覗き込んだ。
「それにわかっているの? あなたの言い方はね、今からこの中にいるひとたちを疑うってことも意味するのだけれど、それも理解できているのかしら?」
「――ああ」
「……あなた」
御子神先輩の声が珍しく動揺したように激しく震えた。
俺は先輩の顔を見据えて、ハッキリ言った。
「揃えるものは全部揃っている。そう、幸運なことに。卵の呪いにかかったやつも、情報を持っているであろう探偵も、そしてこの山の事情を深く知っているものも。これだけの好条件だ。逆に、今わからなければ一生巫女を見つけることはできない」
俺は立ち上がり、みんなを見渡して言った。
「――そう、この中に卵憑ノ巫女がいるんだ、間違いなく」




