そのとき化野は〜
楽しんで!
はぁ、と長い溜息をし、クローゼットの奥底から絶対に出さないと決めていた、麻縄と、釘、ハンマーを取り出していた。僕はもう見ることのないであろうかべに向かった何度も釘を打ち付け、麻縄を釘の周りに巻き頭が入るぐらいの円を作った。椅子を壁に寄せ、麻縄を下に引っ張り取れないかを確かめる。頭を麻縄に入れたとき。チャイムが鳴った。
運命のチャイムだ。
僕は麻縄から手を離し、ドアを開けた。
「こんばんは。夜分に申し訳ありません。先日隣に引っ越してきた相川真央です」
相川?相川、相川の妹か。
「工事や引っ越しの際はお騒がせいたしました。これからどうぞよろしくお願いいたします」
その言葉が頭に入ってくる前に、僕の胸は理解が追いつかないほどに、早く鼓動していた。
けれど相川の妹となるとこの気持ちは隠して置かなければならない。
「あの、大丈夫ですか……?」
僕が無言のまま立ち尽くしていたからだろう。真央さんは少し不安そうに首をかしげ、手に持っていた小さなお菓子の箱をぎこちなく差し出してきた。
「あ、すみません。驚いてしまって」
僕は咄嗟に「いつもの自分」を作り出し、穏やかな笑みを貼り付けた。胸の奥で、警鐘のような激しい鼓動が鳴り止まない。
親友である相川の妹。噂には聞いていたが、まさか自分の隣に引っ越してくるとは思ってもみなかった。そして何より、僕自身が今まさに、この世を去ろうとしていた直後だなんて。
部屋の奥、開け放たれたクローゼットの暗がりには、壁に打ち付けたばかりの釘と麻縄がそのまま残っている。
「化野尚輝と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧にお礼を言い、箱を受け取る。彼女の指先がかすかに僕の手に触れた瞬間、冷え切っていた僕の体中に、熱い血が巡るような感覚が走った。
暗闇の中にいた僕の視界に、一筋の光が差し込んだようだった。
絶望に満ちていたはずのこの部屋で、僕は初めて「生きたい」と思ってしまった。いや、正確には違う。
――この人を、守りたい。
胸の奥で芽生えたその感情は、親友の妹に対する禁断の恋心であり、僕の新たな生きる意味となった。
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