陽だまりの事務所で
久しぶりに投稿しました。
初めて推理系を書くので、不自然なところがあったら教えてください。
楽しんで!
3月9日、西日が差し込む探偵事務所の空気は、いつもどこか煙草の煙と古い紙の匂いが混ざり合っていた。
革張りのソファに深く腰掛け、新聞を広げているのは相川――化野尚輝の高校時代からの親友であり、この街で一番腕の立つ私立探偵だ。そして、キッチンでコーヒーを入れてくれているのは、彼の一歳年下の妹の真央ちゃんだった。
「はい、お兄ちゃん。それと……化野さんの分も」
「ありがとう、真央ちゃん」
カップを受け取る際、一瞬だけ指先が触れ合った。胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えるのを、僕は必死でポーカーフェイスの裏に隠した。
相川は不器用で、妹の真央ちゃんを人一倍大切に思っている。そして僕にとっても、彼女は世界で一番守りたい、愛おしい存在だった。だが、親友の妹に対するこの感情は、僕の胸の奥底にずっと閉じ込めておくべき秘密だった。
「刑事さん、また遅いね。例の事件の件で打ち合わせって言ってたのに」
真央ちゃんが首をかしげる。相川は新聞から目を離さずに言った。
「あの熱血刑事のことだ、どうせ途中で何か見つけて飛びついたんだろう。……なあ、尚輝。お前も今日は急ぎの仕事はないんだろう? 奴が来たら、また捜査の整理を手伝ってくれ」
「ああ、もちろんいいよ。相川の手伝いなら、いつでも歓迎だ」
僕は笑顔で答えた。相川は僕の言葉を疑いもしない。何しろ僕たちは、お互いを誰よりも理解し合っている「親友」なのだから。
相川の手助けをし、真央ちゃんの笑顔を守り、この穏やかな時間を過ごすこと。それが僕の日常だ。
ドアのベルがカランと鳴り、重い足音が響く。ノックもそこそこに姿を現したのは、相川の相棒を務める刑事、執印だった。
「待たせたな、相川。……おや、化野もいたのか」
コートを脱ぎながら鋭い視線を巡らせる執印刑事。彼の野生的な直感は、時に相川の論理的な推理以上に恐ろしい。
「ちょうどいい。実は例の男――真央ちゃんをつきまとっていた例の男だが……先ほど遺体で発見された」
執印の言葉に、真央ちゃんが小さく息をのむ。相川の目が一瞬で探偵のそれに切り替わった。
「なんだと? どこでだ」
「旧市街のアパートだ。誰かに殺害されたらしい」
刑事と探偵の視線が交差する。その横で、僕は静かにコーヒーカップをソーサーに戻した。
(――始まった)
僕の指先は、ミリ単位の狂いもなく落ち着いていた。
あの男を消したのは、僕だ。真央ちゃんの手を汚させないために、彼女の存在をあの男の周囲から完璧に消し去り、僕自身の手で引導を渡したのだ。
現場となった旧市街の古いアパートは、湿ったカビの匂いと立ち込める事件の気配に包まれていた。
「死亡推定時刻は昨夜の十時から十二時の間。死因は後頭部への鈍器のようなものによる殴打だ」
執印刑事が警察手帳を手に、淡々と状況を説明する。相川は室内に足を踏み入れ、鋭い観察眼で部屋の隅々に視線を走らせていた。
尚輝は二人の後ろに立ち、手袋をはめた手でそっとポケットの中の感触を確かめる。そこには、昨夜この部屋から持ち去った「真央の痕跡」――彼女が男に脅されて書かされた誓約書が収まっていた。
「おかしいな」
相川が室内を見回しながらポツリと呟く。尚輝の心臓が跳ねたが、顔には探偵の親友としての真面目な顔つきを崩さない。
「何が気になるんだ、相川?」
「部屋があまりにも整いすぎている。男は脅迫まがいのことをしていたような粗暴な奴だ。だが、生活感が不自然に削ぎ落とされている。……まるで、誰かが特定のものだけを慎重に持ち去ったかのように」
さすがは相川だった。尚輝が昨夜、真央の指紋がついた可能性のある家具を拭き取り、彼女に関連する書類だけを完璧に回収したことを見抜かれかけている。
「……なるほど。確かに、突発的な強盗の犯行にしては不自然だな」
尚輝はあえて相川の推理を肯定し、自然な動作で部屋の窓辺へと歩み寄った。
「執印さん、この窓の鍵、少し建て付けが緩くなっていませんか? 外部からの侵入者が、ここから逃走した可能性は?」
尚輝はあらかじめ仕込んでおいた「偽の侵入経路」へと二人の意識を向けさせる。自分が仕掛けた罠に、二人がどう反応するか――尚輝の掌には、静かな汗が滲んでいた。
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