父の視線
「旦那様」
静かな執務室。
書類に目を通していた男が、顔を上げた。
「如何した?」
低く落ち着いた声。
その視線の先に、文官が一人立っている。
「帝都に出入りしている商人より報告です」
その言葉に、わずかに空気が変わった。
「何だ?」
文官は一歩進み、続ける。
「お嬢様が開発した商品が、帝都でかなりの人気を博しておる様です」
その瞬間、手がわずかに止まった。
「……」
ほんの一瞬だが、確かに空気が張り詰めた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……そろそろ来るか」
文官は静かに頷いた。
「はい」
視線を下げる。
「遠く無い日に」
帝都。権力の中心。
そこが気付いた。
それが意味するものは、一つだ。
「しかしながら」
文官は続ける。
「お嬢様が推し進めて居た各工房での生産の為」
男の目が細くなる。
「大元を掴めて居ない様です」
男は椅子に深く座り直した。
「……そうか」
小さく息を吐く。
「偶然か、たまたまか」
その声にはわずかな含みがあった。
「そのお陰で、ぼやかす事が出来てるか」
文官は即座に答える。
「はい」
完全には特定されていない。
それは時間を稼ぐ。
男はしばらく考え込む。
机に指を置く。
トントン。
規則的な音。やがて顔を上げた。
「こちらから警備隊隊長は送り込んでるな?」
「はい」
文官は即答する。
「既に到着済みです」
男は頷いた。
「ならいい」
最低限の備えはある。
それで足りるとは思っていない。
静かな沈黙が流れる。
文官は一歩下がり、次の言葉を待つ。
やがて男はゆっくりと呟いた。
「さて」
その目は、遠くを見ていた。
「私は娘が何処を目指しておるのか……」
知らない。
感じている。ただの領地運営ではない。
ただの改良でもない。
「……大きいな」
小さく、しかし確信を込めてその視線が鋭くなる。
「そして、それを邪魔する者は――」
一瞬の静寂。
次の言葉は、低く、重く。
「排除しなければな」
文官は何も言わない。
ただ深く頭を下げた。
命令ではない。それ以上に明確な意思。
それに隣接してる娘の友達。
男は再び書類へ視線を落とす。
何事も無かったかの様に。
その裏で備えは進み始めていた。




