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出会い③

 傍で控えていたセバスに連れ出され、ミカイルの部屋へ向かって歩く。僕の小さな体では、この大きな屋敷を移動するのも一苦労で、気づけば覚えのある頭の熱さに、僕は嫌な予感を感じ始めていた。



***



「うわあ、広いな……」


 到着したミカイルの部屋は、僕の部屋より一回りもふた回りも大きく、これならかけっこをして遊んでも怒られないのではないかと思うくらいの広さをしていた。

 いつもは自分の部屋で走り回ると止められてしまうから、せっかくなら二人で体を動かして遊ばないか、とミカイルにそう提案する。

 しかしミカイルは走るのが嫌いらしく、紙と色鉛筆を持ってきては僕にお絵描きをしようと言ってきた。当然僕はそのことに不満を漏らしたものの、ミカイルは以外と圧が強くて、押し切られるように僕達はお絵描きをすることになった。


「ぼくはユハンをかくから、ユハンはぼくをかいてくれる?」

「……うん、わかった」


 渋々色鉛筆を持って目の前のミカイルを観察する。絵は療養中にたくさん描いていたから得意だったが、飽きているのもまた事実だった。

 それでも、せっかくなら上手に描いてあげたい。


 窓から降り注ぐ陽の光によって、キラキラと輝きを放つ黄金の髪。瞳の色は蜂蜜を煮詰めたような琥珀色で、手元にある色鉛筆だけで表現するのは難しい。すっと高く通った鼻筋は意外と描きやすく、薄く淡いピンク色の唇も我ながら上手に描けたと思う。

 初めて見たときの印象を思い出して、天使のわっかもついでに描き足しておいた。

 実物の綺麗さには劣るが、特徴は捉えられた絵になったんじゃないだろうか。


 ミカイルはまだもう少しかかりそうで、僕はそわそわしながら彼が描き終わるのを待っていた。 



「できた! ……あれ、ユハン、もうおわってたの?」

「うん。ちょっと前にな。ミカイルは?」

「ぼくも、かきおわったよ」

「じゃあ、僕から見せてもいいか?」

「うん!」


 ドキドキと緊張しながら、手元で伏せていた紙を裏返す。


「わあ! すごくじょうずだね!」


 ミカイルは眩しいほど煌めいた笑顔を見せてそう言った。


「あっ、ここ、あたまの上にかいてあるこのわっかはなあに?」

「それは天使みたいだと思ったから、かいちゃったんだ。いやだったら消すけど……」

「ううん! ぜんぜんいやじゃないよ。きれいにかいてくれてありがとう」

「…………ミカイルのもみせてくれ」

「あ、うん、これなんだけど……」


 ミカイルが真っ直ぐ僕を見て誉めたことに少し照れくさくて、早く彼の絵を見せるように促した。心なしか顔も熱く火照っている気がする。

 体の熱を逃がすようにパタパタと手で仰いでいれば、ミカイルは恥ずかしそうに描いた絵を僕に見せてくれた。


「え……これが僕?」

「うん…どうかな? すごくがんばってかいたんだよ」


 正直に言って、そこに描かれていたのはとてもじゃないが僕には人に見えなかった。

 かろうじて目と鼻と口?らしきものはあったが、それらはすべて顔の輪郭からはみ出していたり、バランスもぐちゃぐちゃだ。それに加え手と足は全て同じ長さで下に伸びており、化け物の顔をした四本足の動物がそこにはいた。

 僕の顔には特徴的な黒淵の眼鏡が掛かっているし、髪の毛もお父さん譲りの茶髪だから絶対に描きやすいと思ったのに、その絵は全く自分には見えない。


 もしや僕への嫌がらせでこれを描いたんじゃないか?


 そう疑ってミカイルを見れば、彼は真剣な表情で僕を見つめていた。その様子に決してふざけていたのではないのだと気がつく。そうなると余計にこの絵が可笑しすぎて、失礼だと分かってはいても笑いを抑えることはできなかった。


「……っあははははは!!なんだこれ!へたすぎだろ!」 

「……っ!へ、へた?ぼくが?」

「うんっ…!だってこれ、どうしたって人にはみえないもん。……っくくく!」

「っそんなに?ぼく、がんばってかいたんだよ。じょうずじゃない?」

「なんかい見てもわらっちゃうくらいへただってっ!あっははは!」


 暫く笑いが止まらず、腹を抱えて俯く。


 その間、ミカイルが悔しそうに唇を固く結んでこちらをじっと見ていたことなど、僕は全く気づいていなかった。




 ひとしきり笑ってようやく収まった頃。

 ミカイルはポツリと呟いた。


「ぼく、はじめてひとに絵がへただって言われたよ……」

「え、そうなの?」

「うん」


 これにはさすがの僕もびっくりだった。それならばなおなら、さっきの出来事はミカイルにとって予想外なものだっただろう。


「へぇー。みんな、ミカイルにやさしいんだな」

「……そうだね」


 ミカイルは何か思うところがあったのか、それ以降は視線を俯かせると、あまり喋らなくなってしまった。


 もしかして、僕は嫌なことを言って怒らせてしまっただろうか。


「ミカイル、その……。いやなことをいったならごめん。あと、笑っちゃったことも……」

「…ううん。ぼくのほうこそ、急にだまっちゃってごめんね。ちょっと考えごとをしてたんだ」

「考えごと?」

「うん。……ねえ、ユハン。ユハンはぼくのこと、もうすきだよね?」

「え、」


 ミカイルの瞳が妖しく光ったように見え、思わず目を見張る。それと同時に頭もズキスキと痛み出して、僕は顔をしかめた。


「ユハン?」

「あ……、えっと、すき、とはまだ言えないかもしれない。ケーキのこととかいろいろあったし……、でも、仲良くはなりたいと思ってる。それで、ミカイルと友達になれたらって……」 


 僕の返事を聞いて、ミカイルが呆然とした様子で小さく何かを呟いた。


「…………やっぱり、――――」

「……? ごめん、今なんて……」

「ううん、なんでもない。ねえユハン、またぼくの家にあそびにきてくれる?」

「それは…もちろん。ミカイルがいいなら、僕もまた遊びたい……」


 頭が沸騰するように熱く、半ば上の空でミカイルの質問を返す。視界も霞がかかるようにぼんやりとしてきて、限界が近かった。


「ユハン、かお赤いけどだいじょうぶ?」

「…………ああ、うん……」


 楽しい雰囲気を壊したくなくて、これまで黙っていたが、そろそろそれも無理そうだ。


 コンコンと扉をノックする音が聞こえたのを皮切りに、僕の体はぐらりと傾いて、そのまま意識は暗い闇の底へと沈んでいった。






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