聖女様
「────は以上だ。さて、」
タルテ先生は諸々の報告事項を読み上げ終わると、バインダーから顔を上げた。
「お前らはもう知ってると思うが、毎年恒例の祝祭が来月開催される。実行委員は変わらずその年の第二学年が担当だから、お前らってことだなァ。委員になれば催し物の提案から準備、当日の運営まで……とにかくめんどくせェもんだ。けど、やれば経験にはなる。……っつうことでそんな物好きは手挙げろ。ちなみに最低でも三人はクラスから出さねェと俺が文句言われるから、いなかった場合は適当に指名する」
終始ダルそうに説明した先生は、最後に不穏な一言を付け加えて教室を見渡す。面倒くさがりな彼らしいが、適当に指名するとはいかがなものだろうか。心なしか教室全体にも張りつめた空気が流れ始める。
しかし、はいっ!と勢い良く手を挙げた僕の前に座っているハインツによって、それは一瞬の内に断ち切られた。
「ボクやりたいです!」
「ディーゼルな。他には?」
手元のバインダーにハインツの名前を書きながら、先生が再度問いかける。
「はい。僕もやります」
ハインツの勢いに押されて、僕も手を上げた。驚きと戸惑いの混じった視線が向けられる。タルテ先生はヘェ、と面白そうに口角を釣り上げていた。
「わ、私もっ!」
「………………」
緊張した面持ちのテイリットさんと、無言で手を上げるジーク。約束通り、彼らもちゃんと参加してくれるようだ。
しかし、ミカイルは軽く俯いたまま微動だにしない。ホームルームが始まってから一度も、彼は面を上げずにいた。
「これで4人。とりあえず及第点か。他にやりたいヤツいねェんだったら締め切るぞ」
「………………はい」
ぎりぎり、ミカイルが手を上げる。
良かった。ちゃんと話は聞いていたみたいだ。
それにほっと息をつくも、タルテ先生はミカイルを視界に入れると僅かに眉を寄せた。
どうしたんだろう。ここからではミカイルの表情を窺い知ることができないのに、不審そうな先生を見て僕も不安な気持ちを覚える。
「あー……とりあえず実行委員はこれで決まりだ。委員会は早速今日の放課後からあるから忘れず行けよ。それとアイフォスターは俺についてこい。話がある。他の奴らは以上、解散だ」
タルテ先生はミカイルだけ指名するとホームルームを終えた。途端に室内は私語で溢れる。
呼び出されたミカイルについては、タルテ先生と一緒に前の扉から出ていってしまったため、結局僕は話しかけることができなかった。それにほっとするような、残念なような、言い様のない気持ちを抱える。
心配する想いに嘘偽りはないが、ミカイルとまた喧嘩してしまう恐れがあるのが怖いのだ。
────しかしながら、その不安は杞憂にしか過ぎなかった。
何故なら、戻ってきたミカイルは普段と何ら変わらない、いつも通りの姿を僕の前で見せたのである。不気味なまでに、何も変わらない。
なんならそう見えるよう装っているのではないかと疑うほどだったのに、結局放課後になっても彼は平常通りのまま。あの一件に対して怒ることも悲しむこともなく、僕は気が抜ける思いで一日を過ごしたのだった。
***
「それじゃあ各自、班に分かれて相談してくれ」
放課後。
各クラスから数名ずつ集まった委員会でまず決めたことは、各々の役割分担についてだった。
僕は特に希望するものがなかったから、誘ってくれたハインツに合わせた。当然ミカイルも一緒で、そうすると自然にメンバーはあの勉強会と全く同じ結果になった。
ちなみに担当する仕事は、祝祭の最後の締めに行われるパーティーの催し物を企画、運営すること。初めて参加する僕にとってはなかなかハードに感じるものだったけど、一緒にやる仲間が頼もしいおかげで変に構えずできそうなのがありがたかった。
「まずはパーティーで何をやるのか考えないといけないわね。意見のある人はいるかしら?」
集まった僕達6人を見回して、リリアーナさんが問いかけた。
「ボクはやっぱり、聖女様に何かしら関連したことがやりたいなあ」
「そんなもんとっくに今までの祝祭でやりつくしてんだろ」
「ええっ! そ、そうかな……」
「ちょっとジーク。せっかく出してくれた意見に真っ向から否定するなんてどうかと思うわ」
「じゃあ具体的に言ってみろよ。何かあんのか?」
「……うう。まだそれは思い付いてないけど……」
ほらな、と言った表情でジークがリリアーナさんを見る。
「そもそも、俺は聖女とかいう存在に違和感しか感じてねえんだよ」
「……違和感?」
ミカイルが聞き返した。
「ああ。考えてもみろ。当時の国王は魔法で国を支配するくらい強かったはずなのに、どうして一介の村娘だった聖女は、その王の前に無傷で立てたんだ? しかも、どの文献にも慈悲なる言葉で改心させたとか書いてやがる。普通に考えればそんな訴え一つで変わるわけねえだろ」
「たっ、確かにそうですわね……。私は幼い頃にそれを当然のものとして教わったので、今まで疑問に感じたことはなかったですけど……」
「テイリットさんと同じ、私も大しておかしいと思わなかったわ……。でも言われてみればそうよね。どうして聖女様は王の魔法を受けなかったのかしら?」
「どうだろう。いくら魔法が使えるといっても相手は一人でしょ? 聖女様の周りにはたくさんの仲間がいたっていう話だし、完全に防備して大勢で攻めこめばそれも難しいことではないんじゃない?」
首をかしげる女の子二人にミカイルが口を出す。
他の皆は気づいていないかもしれないが、なんだか少し焦っているように僕は見えた。幼なじみの勘によるものだろうか。
僕がミカイルに話しかけようとしたところで、それよりも先にハインツが口を開く。
「ボクはいろいろ聖女様に関する本を読んだけど、それについて論じてるものも確かにあったよ。その中で一番有力だと考えられてるのは、聖女様が実は魔力持ちだったっていうことだね」
「魔力が……聖女様に? でも彼女は普通の村娘だったはずよね」
「そっ、そうよ……。王族以外に魔力持ちなんているわけないでしょ……?」
「っボクも、本当のところは分からないよ……。ただそういう仮説もあるよっていう話がしたかっただけで……」
「────もしかして……聖女様には魔法が効いてなかった……?」
「えっ?」
ポツリと溢した僕の言葉にハインツが驚く。
「いやなんでもない。少し考え事をしてただけだ。気にしないでくれ」
「そ、そう……?」
不思議そうなハインツを横目に、僕はある一つの仮説を思いついていた。
僕の特異な体質。もしもこれが聖女様にもあったならば。
アルト先輩の魔法が効かなかった自分になら分かる。例え強大な魔力を持つ王だったとしても、自分と同じように魔法が効かない体質であれば、聖女様が一人で立ち向かっていたって何ら不思議ではなかったのだ。
「チッ、結局最後まで薄気味わりいままじゃねえか」
「でも私はとても面白い話だと思うわ」
「僕はただの夢物語にしか過ぎないと思うよ。現実的に考えて、ただの一般人に魔力があるのはあり得ないから」
ミカイルのその言葉に、テイリットさんが「余計なこと言うんじゃないわよ……」とでも言いたげな目付きでハインツを睨む。
けれどリリアーナさんの言う通り、魔力があったという説は非常に面白い。これをパーティーに組み込んだら他の生徒達も喜ぶんじゃないか……?
そんな考えが頭をよぎった。
「あのさ……一つ思いついたんだけど、魔法を使ったパーティーっていうのはどうだろう。それならこれまでに誰もやったことないんじゃないか?」
僕の意見を聞いた皆が驚きで目を見張る。
「てめえは馬鹿か。魔法は王族にしか使えねえって言ってんだろ」
「あ……でも! ユハン君はアルト殿下と仲が良いよね? その伝手を使ったら何かできるかも……」
「僕は反対だよ。わざわざ僕達のために手を煩わせるのはどうかと思う」
「あら……私はとても良い案だと感じたけれど……」
まばらな反応だ。テイリットさんはどちらとも言えない複雑な表情で周りを見ている。
「……殿下に頼んで魔法をどうにかできんならアイディア自体は悪くねえ。だから具体案をまずは出せ。話はそれからだ」
僕とアルト先輩の関係を思い出したジークは意外にも再度、好評価をしてくれた。
「そうだな……」
顎に手を当てて考える。せっかくの期待を無駄にしたくはない。
僕が知ってる魔法で、かつ皆を楽しませられそうなもの……
「あ」
一つだけあった。僕とアルト先輩の出会いのきっかけ。僕の体質が普通ではないことを証明したアレが。
「……なんだよ」
「実はさ、自分の容姿を全く別の人だと認識させる魔法があるんだ。それを使って、一夜限りの仮面舞踏会みたいにするのはどうだろう? ほら、ここは身分を尊重しない場所だけど根底にはどうしても残ってるだろ。だけど皆いつもと違う自分になれば、そういうしがらみから一時でも解放された状態で楽しめるんじゃないか?」
「へえ……いいわね。とっても面白そう。今までにない斬新な企画として、皆喜んでくれるんじゃないかしら?」
「ボクもすごく良いと思う! 別の誰かになれるって、そうそうできることじゃないからね……!」
「…………その肝心の魔法はてめえがどうにかするんだよな?」
「もちろん。僕からアルト先輩にお願いする。きっと先輩なら協力してくれると思うから」
「…………だったらいい」
ジークはそれ以上特に文句もないようで、腕を組み背もたれに凭れた。
「ミカイルとテイリットさんはどうだ?」
「わっ、私は……」
テイリットさんは考え事をしているミカイルをチラと見て口をつぐむ。しかしすぐに意を決すると、眉をキリッと上げ意見を述べた。
「私も……良いと思うわ。その……あんたにしてはなかなかね……」
最後の方は小さすぎてよく聞き取れなかった。が、とりあえず異論はなさそうだ。テイリットさんは口を尖らせそっぽを向く。
あとはミカイルだけになり、自然と視線も彼に集まった。
ここまで他の人は賛成してくれたが、おおよそ一番大事なのはこの意見だろう。僕も思わずごくりと唾を飲み込む。
そうしてミカイルは真剣な顔つきのまま、静かに口を開いた。
「ユハンはさ、どうしてもそれがやりたいんだよね?」
「まあ……最初は思いつきで出した意見だけど、今はかなりやってみたいと思ってる。けっこうワクワクしてるんだ。だからミカイルも良ければ協力してほしい」
「そっか……」
再度ミカイルは軽く俯いた。そして一拍間をおき、ゆっくりと顔を上げる。
「────分かった。僕も異論はないよ」
ほっと安心したように皆の顔が緩む。
ミカイルの結論次第では却下されることも大いにあり得たから、僕もドッと肩の荷が降りる感覚がした。
「じゃあひとまずはこれで進めていこう!」
「ええ。申し訳ないけれど魔法に関するところはユハンにお願いして、私達はそれを盛り上げる何かができたらいいわね」
「そ、それならっ! プロの奏者に来てもらって実際に演奏してもらうのはどうでしょうか……? 私の知り合いに紹介できる人がいるので、もし良ければ────」
残りの時間は皆で、会場の飾り付けや演出について話し合った。
あやふやのイメージだけだったものが、だんだんと形になっていくのがこの上なく楽しい。それに何より、僕の出した考えをジークやテイリットさんが認めてくれたのが嬉しかった。
なんだかこのまま全て上手くいく。そんな予感だけが胸の内にあって、僕は終始ニヤケを抑えるのに必死だった。
だから気づかなかった。机の下で強く強く拳を握ったミカイルのことに。
彼からのサインはこれまでたくさんあったのに、僕は踏み込もうとしなかった。
まさかそれを後悔する日が来るなんて、そんなことは全く思いもせず、ただのうのうと、僕は明るい未来を見据えてこの時を過ごしていたのだった────




