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襲来

 一ヶ月程続いた試験期間は、つい先日終わりを迎え、教室の黒板には成績上位者30名の名前が貼り出されていた。

 一位はミカイル。二位はリリアーナさん。ハインツは16位で、ジークとテイリットさんの名前は見当たらない。

 かくいう自分はというと、まさかまさかの30位という好成績だった。

 寝る間も惜しんで勉強した甲斐がある。ミカイルには睡眠も大事だよ、と言われたが、それでは一年分の遅れを取り戻すことができるはずもなくて、綺麗さっぱりその助言は無視した。夜中に電気をつけっぱなしでいたのはちゃんと申し訳ないと思っている。

 あとは、あれから何度か同じメンバーで開催された勉強会だ。あの場で十分な対策を教えてもらったのが功を奏していた。そのおかげで僕は効率的に勉強ができたし、ついでにいうと仲も少し深まった気がする。

 僕の主観だけではないことを願いたいが、この調子なら、例の祝祭の実行委員とやらも、なんだかんだ上手くいきそうな予感がしていた。



「ユハン君すごい! 上位の中に入ってるよ!」

「ありがとう……でもハインツの方がもっとすごいじゃないか」

「ボクなんてまだまだだよ。ミカイル君に比べたら足元にも及ばないから……」

「たしかに、ミカイルはやっぱりすごいよな」 

 

 貼り出された紙を見ながら、感心して頷く。ミカイルにできないことなんて、最早ないんじゃないだろうか。そのくらい彼は何事にも長けていると思う。昔かけっこで勝負した時も全く歯が立たなかったし、今のところハインツよりも、僕の方が全然ミカイルに敵わない。

 それでも依然として悔しい気持ちが込み上げてくるのは、僕が負けず嫌いだからなんだろう。彼の友達としてふさわしくあるためにも、いつか絶対に、定期試験でミカイルを超えてやろうとひっそり闘志を燃やす。


「そんなこと言わないで。僕は二人とも十分すごいと思うよ。特にユハンは今回本当に頑張ったと思うし、僕も自分のことのように嬉しい」

「ミカイルに言われてもな……。でも、今回は僕だけの力じゃ絶対に無理だった。上位に入れたのも皆がいろいろ教えてくれたおかげだ。ミカイルもハインツもありがとうな」

 

 僕の言葉でハインツが照れくさそうに、ミカイルは目を細めて笑った。

 少し離れたところでは意外そうに片眉を上げるジークが見える。なんとなくだが、クラスの皆も僕を見直してくれたような気がするのは気のせいだろうか。以前よりも刺々しさを含む視線が減っていることが、僕はこの上なく嬉しかった。



 ────そんな、穏やかな朝の時間。


 突如鼓膜を震わせたのは、久方ぶりに聞くあの人の声だった。


「ユーーハーー!!」


 教室の前方の扉に、輝かしいほど眩しい笑顔を浮かべたアルト先輩がいる。彼はドッとざわめき立った室内に配慮する素振りも見せず、ただまっすぐ僕だけを見つめていた。


「アッ、アルト先輩……!」


 呼ばれた声に、僕は一歩足を踏み出す。


「っ、ユハ……! 行かないで……!」


 しかし、僕の行く手は目の前に立つミカイルによって塞がれた。両肩を掴まれ、その場から動くことができない。


「ミカイル、」

「天使クン邪魔。オレとユハの感動の再会を邪魔すんなよ」

「……何しに来たんですか。ここは僕達の教室ですよ」

「部外者は入っちゃいけねえ決まりでもあんの? ただでさえお前のせいで会えなかったのにさぁ。……あーもう、これ以上間に入ってくんなら────」


 アルト先輩はミカイルの耳に顔を近づけ、何かを囁く。


「っ! それはっ!」

「分かったか? こいつにバレたくねえんだったら大人しくしてろ。オレもお前とケンカしたいわけじゃないし」

「………………」


 ミカイルは歯を食い縛り、黙って俯いた。効果はてきめんだったらしい。

 でもそんなことより、僕は先輩がミカイルに何を言ったのかが気になってしょうがなかった。

 ミカイルが言い返せず黙り込むなんて、僕からしたらあり得ないことだ。この間感じた通り、やはり彼は僕に何か隠し事をしている。そうとしか思えなかった。



「ユーッハ!」


 ミカイルを押し退けた先輩が、元気よく僕の前へやってくる。


「アルト先輩。……あの、今ミカイルになんて────」

「なあなあ。オレと会えなくて寂しかった? 寂しかったよな?」

「あ……はい。それはもちろん」

「オレもすげえ寂しかった! オジサンにしばらくは会いに行くなって言われたから我慢してたけどさ、もう限界」


 そう言うと、アルト先輩は僕の腰をぐいっと引き寄せ愉快そうに笑う。

 周囲のざわめきもいっそう増す。垂れ落ちた髪の毛で表情が分からないミカイルのことが気にかかったものの、距離の縮まった先輩に僕は意識を取られた。


「ネクタイ結んで、ユハ」

「あっはい……、というかもしかして、僕がいない間ずっとこのままだったんですか?」

「当たり前じゃん。自分じゃ結べねえし。ただオジサンには、だらしねェ……って言われて怒られたケド」


 タルテ先生の真似をしながら、先輩がうんざりしたように顔をしかめる。けっこう似ていると思うのは、やはり彼らの血が繋がっているからだろうか。

 性格はまるで正反対なのに、物真似が意外なほど似ているのが面白くて、つい口元が緩む。


「あはは! 僕で良ければいつでも結びますよ」

「ふ~ん。じゃあこれから毎日来ていい?」

「え?……僕は構いませんけど……。そういえば、タルテ先生にはちゃんと言ってあるんですか? 先輩が僕に会いに来てること」


 周りには聞こえない声量で、そう問いかける。

 タルテ先生は他の生徒からすれば一介の教師にしか見えていないはずだから、先輩と繋がりがあるとバレるのはまずかった。


「ん? 言ってるわけねえじゃん。どうせダメだって言われんのがオチだし」

「ええ……大丈夫なんですかそれ……」

「オジサンは保守的すぎんの。こうでもしねえとオレ、もう一生ユハに会わせてもらえねえところだったんだから」

「……大袈裟すぎません? 流石の先生もそこまでじゃ────っと、はい。できましたよ先輩」


 結び終えたネクタイをポンと軽く叩く。それを見た先輩はニンマリと口角を持ち上げた。


「ありがとユハ。すげえ嬉しい」


 そしてそのまま、先輩はふわりと僕を上から抱き締めた。


「きゃああああ!!!」

「えっ嘘だろ!?」

「でっ、殿下がなんであの冴えない男と……!」


 響き渡る悲鳴。怒号にも似た叫び声。

 まるで地響きのように空間を揺らすその喚声は、先輩の熱しか感じ取ることができない僕にとってどこか他人事のようで。


 その瞬間だった。


「うるせェな。何だこの騒ぎは」


 自然と耳を通る男の重低音が聞こえた。すっとざわめきが引いていく。

 扉を開け入ってきたタルテ先生は、一瞥しただけで様子を把握したようだ。


「おい……ランヴォルグ。ここは2年の教室だ。とっとと出てけ」

 

 眼光鋭く、タルテ先生はアルト先輩に言った。物静かな声なのに身体中を浸透させるようなそれが酷く恐ろしい。

 先輩は慌てた様子で、やべっ、と溢すと僕は解放された。


「あー、スミマセンセンセイ。オレはもう帰りまーす」


 演技じみた台詞だ。すみません、なんて心にも思っていないだろう。

 アルト先輩は僕にまたな、と言うと彼のために開けられた道を通って扉へ歩いていく。

 すれ違いざま、先輩は先生に顔を寄せて何かを伝えているのが見えた。しかし、それに対して先生は眉をひそめただけで何も言うことはなく、先輩もまたそのまま教室を出ていった。


「はぁ……。お前ら早く席につけ。ホームルーム始めンぞ」


 深いため息をつき教室を見渡したタルテ先生を皮切りに、皆自分の席へ戻っていく。様子がおかしかったミカイルに話しかけたかったのに、ぞろぞろと僕の前を通るクラスメイト達のせいで彼の表情すらも見えない。

 そうこうしている内にも鳴り響いたチャイムが後押しして、僕も自分の席へ慌てて向かうこととなった。

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