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勉強会③

 しばらく各々で勉強をしていると、ジークが席を立った。

 リリアーナさんが声をかけたものの、何も言わず何処かへ行く。机の上はそのままだから、戻ってくるつもりはあるのだろう。

 それ以上誰かが声をかけることはなく、ジークは勉強スペースを出て行くと本棚のある方へ消えていった。


 それを見届けた僕は、ハインツに教えてもらっていたのを一旦中断させ、同様に席を立つ。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

「うん、じゃあ続きは戻ってからにするね」

「ああ」


 頷いて、席を離れる。心なしかミカイルの視線が背中に突き刺さっているような感じはしたが、振り返ることはしなかった。



***



 今回の僕のもう一つの目的。

 それは、ジークともう一度ちゃんと話すことだった。彼がついてくるのを良しとしたのもそのためだ。

 普段の教室で話しかけるには人目が多すぎて、余計な噂を立てられかねない。それにミカイルにはジークとの一件を内緒にしているから、彼には知られず話をする必要があった。

 だから、こうして僕はジークが一人になる時をずっと見計らっていた。出てくるタイミングが少し不自然だったかもしれないが、戻るのが遅くならなければいいだけの話。もし聞かれたとしても、今回は上手く誤魔化す自信があった。



***



 立ち並んだ本棚の隙間を、縫うようにして探す。

 それほど人はおらず、背の高いジークならばすぐに見つかりそうだ。僕もわりとすぐに出てきたから、そう遠くには行っていないだろう。


 しかし、予想に反してなかなか彼の姿は見当たらなかった。

 まさか、図書室の外に出ていったのだろうか。そうなれば、いよいよジークの居場所など分からない。遠くに行きすぎて戻るのが遅くなるのはまずいが、かといってこれでは呼んだ意味がない───と不安が渦巻いてきたところで、つきあたりにある壁を背にして、もたれかかるジークの姿が目に入った。

 ズボンのポケットに両手をつっこんで軽く俯いている彼は、普段の粗暴さをひそませ、物憂げな雰囲気を滲ませている。何か考え込んでいるのか、僕が来たことに気付いてはいなかった。


「こんなところにいたのか。おい、ジーク」

「あ? …………チッ、何しにきたんだよ」


 小声で呼べば、先程までのアンニュイな雰囲気は一気に消え失せ、いつも通りのジークに戻る。なんだか惜しい。ずっとさっきのような感じでいればいいのに。

 しかし、当たり前だがそれは叶わない願いだった。


「お前と話がしたくて探してたんだ」

「俺と……?」

「前にミカイルについていろいろ言われただろ。あの話、やっぱり僕には理解ができなかったし、納得できるものじゃなかった。だからもう一度、お前と話をする必要があると思ったんだ」

「……ああ、奇遇だな。俺もてめえに聞きてえことがあったんだよ」

「聞きたいこと? なんだ?」

「………お前、ミカイルに何した?」


 ジークは一瞬、言うかどうか悩む素振りを見せた後、そう問いかけた。

 相変わらず眉間に皺は寄っているが、珍しくこちらを睨み付けてはいない。真剣な目付きだった。


「何……って、なにが? それじゃあ抽象的すぎて何を答えればいいのか分からない。もっと具体的に言ってくれないか」

「…………チッ、……さっきのミカイル、様子が変だっただろ。まるで、てめえにワガママ言ってるみてえな……。普段のあいつだったら、他人を気遣う時だけしか自己主張なんてしねえのに」

「あれは────僕からしたらいつも通りのミカイルだ。あいつはいつだって僕に対しては強気だし、自分の主張が通らないと気が済まない。そういう奴なんだよ」

「それは……てめえのことが嫌いだからじゃ……」

「……あのさ、もういい加減ジークも薄々気づいてるんじゃないか?────自分が言ったことと実際見たこと、その二つに矛盾が発生してることに」


 言いながら、気分はまるで、真実を突き付ける名探偵かのようだった。


「そんなわけねえ……」


 しかし、ジークは自分の非を認めたくないらしい。自分の額に右手を当て、ぶつぶつと呟いている。

 けれどこんなところで僕も引くはずがなく、更に追加で言い放ってやる。


「お前は僕がミカイルにワガママを言って困らせてると思っていたみたいだけど、そんな事実は残念ながら一切ない。どうしてそんな勘違いをしたのか、ハインツに話は聞いたけど、ただのお前の思い込みでしかなかった。だからなんであれほどの憎悪を向けられるのか、僕にはやっぱり納得できないんだ。……なあ、この際だから他にも理由があるなら教えてほしい。僕だってただの勘違いで嫌われ続けるのは嫌なんだよ」

「……勘違い?……勘違いだと?……俺は確かに、ミカイルから困ってるって、うんざりしてるんだってそう聞いたんだよ。これが勘違いなわけねえ。あいつは確かに言ってた……言ってたんだ……」


 自信がないのか、ジークは何度も言い聞かせるように繰り返した。


「ああそうだ。手紙の件だって、ミカイルから聞いた。てめえが返事を書かねえと怒るからって……ミカイルの優しさにつけこんでたのは知ってんだ……」

「手紙?……僕は確かに手紙を出していたけど、返事が遅いと怒るのはミカイルほうだった────」

「はあ!? そんなわけねえだろ! あいつは確かに困った顔して、挙げ句の果てにはてめえを気遣うことまで言ってたんだ!」

「ちょっ、ここ、図書室だからそんな大きい声出すなって……!」


 ぎょっとして、咄嗟に周囲を見渡す。

 幸いにも辺りに人の気配は感じられず、ほっと一息ついたのも束の間。目の前のジークは収まらない怒りをそのままにして僕の肩を掴むと、本棚の壁へ、どんと勢いよく押し付けた。


「痛ったいな……!」

「てめえの戯れ言にはもううんざりだ」


 上から覗き込むジークの開ききった瞳孔。彼が激昂しているのがやすやすと分かった。


「どうせ今のミカイルの様子がおかしいのはてめえのせいなんだろ。ああ絶対にそうだ。それしかねえ……」

「はっ、……どこまでも僕の仕業に仕立て上げたいんだな。────分かった、そっちがそのつもりなら、よく見てみろよ。僕とミカイルのことをさ。これから定期的に勉強会を開くから、お前も来い。それで、どっちの言ってることが正しいか、ちゃんと見極めろ。お前も公爵家の人間として、物事を俯瞰的に捉えることくらいはできないといけないだろうからな」

「…………言ってろ、このクズ野郎が」


 そう吐き捨てたジークはぱっと手を離すと、この場を背にして歩いていった。


「逃げるなよ、ジーク」


 僕も一言だけ投げ掛ける。聞こえてはいるだろうが、ジークは振り返ることなくそのまま本棚の角を曲がると、姿を消した。




 ────結局、言いたいことは言えたものの誤解が解けることはなかった。

 なぜジークがあんなにも頑ななのか、僕には理解がしきれない。プライドが人一倍高いというのはあるだろうが、それにしてもだ。どうにも僕が悪くなるようになっている感じがあった。



***



 その後少し時間を置いて戻ってきた僕を待っていたのは、ミカイル、ハインツ、リリアーナさん。以上の三人だった。

 ジークの席はもぬけの殻で、机に広げてあった教科書類はなくなっている。

 三人の話によれば、ジークは戻ってきたかと思うとすぐに荷物をまとめて出ていってしまったらしい。その時の手つきがやけに荒々しく、不機嫌さも増していたせいで誰も何も問いかけなかったようだが、後から戻ってきた僕を見てミカイル達はどことなく心配そうな視線を送っていた。


「……ユハン、帰ってくるの遅かったけど、何かあった?」

「別に何もなかった。ただ、東館ってあんまり来ることないからさ、トイレの場所が分からなかったんだ。だからちょっと戻るのが遅くなった」

「───へえ。それならいいけど。……心配してたから、何もなくてよかったよ」


 目を細めてミカイルが微笑む。僕の言ったことを信じているのかいないのか、判断のしにくい表情だ。


「確かに、広いから少し分かりづらいところはあるわね、この学園。慣れてないと迷ってしまうのもよく分かるわ。────それはそうと、ユハンはジークに会わなかったみたいね。彼、出ていったときよりも何故か不機嫌になって戻ってきたから、何かあったんじゃないかって皆で心配してたのよ」

「ボクも、一緒に行ってあげた方が良かったんじゃないかって不安だったよ……」 


 困ったように眉を下げ、頬に手を添えているリリアーナさんと、そわそわと所在なく指を動かしているハインツ。


「心配かけてごめん。でも、本当にジークには会ってないから安心してほしい」


 僕は緊張で脈打つ鼓動を無視して、ノートを開いた。

 その言葉を聞いた二人は、何も疑っていないようで、ほっと一息つく。ミカイルだけでなく、彼らにも嘘をついてしまったことに心が痛んだ音がしたが、これは僕自身の問題だ。他の誰にも迷惑をかけたくなかった。



 それから閉館時間まで勉強をした僕達は、次の約束を決めると、寮へそれぞれ帰った。

 ミカイルには怒られるかもしれないと思ったが、彼は終始穏やかな笑みを絶やさず、次の予定を決めるときでさえ、文句の一つもあげなかった。僕にとってそれは喜ばしいことのはずなのに、時折見せる人形のような顔つきは僕の最も苦手とする彼の姿で、何を考えているのか分からない、真意の読めないミカイルが返って不気味に映っていた。

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