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勉強会②

 学園で有名であろう三人と、僕とハインツ。

 そんな奇妙な集団は道中多くの視線にさらされながらも、無事、図書室へと辿り着くことができた。

 しかしながら、来るまでに時間がかかってしまったため、勉強スペースは案の定他の生徒達に使われており、僕達の使用できそうな机は一つも見当たらなかった。僕はなんとなくそんな予感はしていたため、諦めて別の場所でしないかと言いかける。

 けれど、そのような状況の中でも、ジークは関係ないといった様子で、近くの机までズカズカと歩いていってしまった。


「おい、ここ貸せ」

「はあ? 急になんだよ……ってザイフリート!?」

「チッ、うるせえな。いいから早くどけよ」

「すっ、すみません……!」


 ネクタイの色を見るに上級生のようだが、彼は話しかけられたのがジークだったと気づくと、一目散にその場をどいた。同じ机に座っていた他の生徒達も同様に、慌てて出ていく。残ったのは、綺麗に片付けられた机と六脚の椅子のみ。

 ジークは何事もなかったかのように荷物を置きながら、ミカイルの方を見て言った。


「おい、空いたからここ使おうぜ」

「…………ジーク。あんまり、こういうことはしない方がいいと思うよ」

「ミカイルの言う通りだわ。あれでは出ていった彼らがかわいそうよ……」


 あまりの手際のよさに、誰も口を挟む隙すらなかった。周りからの視線も痛い。

 上級生をいとも容易く追い出したジークは何も気にしていないようだが、僕には身分を重視しない学園の中で、これが現実なのかと無残にもつきつけられた気分だった。二人がジークを責めてくれることだけが、唯一の救いなのが悲しい。


「やっ、やり方はちょっと……乱暴……だったかもしれないけど、せっかく空けてくれた席だし、み、皆座らない……?」

「ディーゼルの言う通りだぜ。そんなとこ突っ立ってたって意味ねえだろ」


 ハインツが勇気を出して言ってくれたことに対し、ジークは何も悪びれていない様子で椅子を引く。


「……そうね、とりあえず座りましょうか」

「ユハン、顔色悪いけど大丈夫?」

「っえ? ……ああ、いや大丈夫だ」


 もしかして、ずっと見られていたのだろうか。

 憂わしげな表情のミカイルにこれ以上心配をかけさせれば、本当に帰らされるような気がする。

 しかし、それではリリアーナさんの提案を飲んだ意味がない。本来は勉強することだけが目的だったが、今の僕には別の狙いもあった。

 だから、ここまで来て帰るわけにはいかなかったのだ。



***



 机には僕を挟むようにしてハインツとミカイルが、そしてその向かいにはジークとリリアーナさんが隣り合って座った。

 つまり、ミカイルとジーク、僕とリリアーナさんが対面している形だ。各々教科書やノートを広げながら、どこか少しきまずい空気の中、最初に口火を切ったのはリリアーナさんだった。


「そういえば、まだ私の自己紹介をしていなかったわよね。……といっても、初めましては貴方だけだけれど」


 リリアーナさんは僕一人だけを見ていた。


「え……僕だけ? ハインツは?」

「ボクとリリアーナさんはそれぞれ同じ学級委員長だから、その集まりの時に何回か喋ったことがあるんだ」

「ええ、実はね」

「あ……そうだったのか」


 ということは、本当に初対面は僕とリリアーナさんだけらしい。


「僕はユハン・イーグラントだ。えっと……、あなたはリリアーナさん……だよな」


 言いながら気づいたが、僕はリリアーナさんの姓を知らない。親しくもないのに女性を名前で呼んでしまったことで、不快に思われたらどうしようと思わず心配になった。


 ───だがしかし、リリアーナさんは特に気にする様子もなく、それは僕の杞憂だったみたいだ。彼女は自身の胸に手を当てると、そのまま自己紹介を続けた。


「ええ、私はリリアーナ・ロースリーン。隣のAクラスよ」

「ロースリーン……? じゃあやっぱりあなたも……」


 ロースリーン家は、北の領地を治める公爵家だ。あのジークと仲が良さそうだったから、それなりに良い家柄の女性なんだろうと既に予想はしていた。

 だからそこまで驚きはなく、彼女の気品高さはむしろそれを裏付ける証明となっていた。


「ロースリーンさん……って呼んだ方がいいか?」

「ふふ、確かに私は公爵家の人間だけれど、だからといってかしこまる必要はないわ。ここでは皆同じ学園の生徒よ。だからリリアーナと、気楽に呼んでくれると嬉しいわ」

「わ……分かった」


 どうやらリリアーナさんも、身分に驕らない性格の持ち主らしい。先程あんな光景を見た後だからか、余計に彼女が輝いて見えた。


「チッ、どいつもこいつも……」


 気に入らない様子でジークが僕を睨む。

 ミカイルがいる手前、そこまで大きくは出れないのだろう。コツコツと机を叩く指の音が、彼の苛立ちを顕著に表していた。


「ユハンは僕の幼なじみなんだ。リリアーナにも前に話したことあったよね」


 不機嫌なジークをよそに、ミカイルが口を開く。


「そうね。幼なじみがいるっていうのは聞いたと思うけれど、それ以上のことはあまり知らないわ。だから、ユハンとは話がしてみたいと思っていたのよ」

「あ、リリアーナさんはミカイルから僕のこと、あんまり聞いてないのか?」

「ええ、ジークにはよく話していたみたいだけれど、そもそも私はクラスが違うから、実はミカイルと頻繁に話す間柄でもないのよ。ただ時々、こうやって勉強を一緒にしたりするくらいかしら。クラス替えは二年目ではまだされないし、隣の教室だからまだ話に行きやすいのはあるけれどね」

「……そうだったのか」


 僕のいなかった一年間、てっきり三人はいつも一緒にいるくらい、仲の良い関係なのだと思っていた。それくらい、彼らは親しげに見えたのだ。

 けれど、実はそうでもなかったと言う事実に、僕は何故かほっと安堵していた。


「おい、ペチャクチャペチャクチャうるせえよ。ここには勉強しに来たんだろうが。口じゃなくて手動かせ」

「あら、そうだったわね。つい話がしたくなってしまって……。悪かったわ」

「僕も。ごめんね、ジーク」


 主に僕に向けて言ったのだろうが、眉をしかめているジークに対して、リリアーナさんとミカイルが謝った。


「……ミカイルには言ってねえ………」


 ぼそっとそう呟いたジークは、やはりミカイルには弱いようだ。罰が悪そうにそっぽを向いている。


「あっ、じゃ、じゃあユハン君は何から勉強する? 約束通り、出題の傾向とか教えてあげるよ!」


 またもやきまずい空気になりかけたところで、ハインツが断ち切るように小さな声で言った。


「それは助かる。なんでもいいのか?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうか。じゃあ、まずは───」

「待って、それくらいなら僕が教える」


 その瞬間、被せるように声をかけてきたのはミカイルだ。

 彼は僕越しにハインツを見ている。表情は優しげだが、どこか言い知れない圧を感じさせる言い方なのが気になった。


「えっ? ほ、本当にボクは大丈夫だよ! ミカイル君はミカイル君のしたいことをしたほうがいいと思うから、こっちのことは心配しないで……」

「いや、ハインツこそ自分の勉強を優先して。ユハンのことは僕がやるから」

「え、でっ、でもそれじゃあミカイル君の時間が……」

「───ハインツもういい。おい、ミカイル」


 眉を八の字に下げたハインツを見かねて、僕はミカイルの方へ振り向いた。ため息を吐きたいのをぐっと堪える。


「…………どうしたの?」

「言いたいこと、分かるだろ。これはハインツと僕が先に約束したことなんだ。勝手にそういうこと言うのはやめてくれ」

「………………」


 ミカイルが黙る。ただ、まだ何か言いたい様子ではあるのか、口を開いては閉じる、という行為を繰り返していた。上手く言葉が見つからないようだった。


「………もういいか? いい加減僕も勉強を始めたい」

「…………分かった」


 消え入りそうな声でミカイルが返事をする。

 表情には何も浮かんでいない。まるで無機質な人形のようなそれは、ぞくりと僕の背筋を震わすには十分だった。

 思わずそらすように横を見れば、心配そうにこちらを窺うハインツの目とかち合った。


「ご、ごめんね……! ボク、あんなに意地を張るつもりじゃなかったんだけど、ミカイル君の負担になったらいけないと思って……」

「ハインツは気にしなくていい。それより、早く勉強を始めよう」

「あ、う……うん」


 そわそわと落ち着かない様子のハインツを尻目に、教えてもらいたい教科の本を開く。なるべくミカイルの方は見ないようにした。先程の彼の表情がずっと頭の中に居座っていた。

 ようやく最近、僕の嫌がることをしないよう気を付けてくれているのに、もう少し優しくすればよかったと今更ながら後悔をしていた。




 そんな僕達のやりとりの裏。

 口を挟まず見ていたリリアーナさんとジークに、僕は気づいていなかった。 


「なんだかユハンって思っていたイメージとは大分違うみたいね。ミカイルがあんな表情をするなんて」

「………………」

「ジークも、ユハンのことは良く思っていないようだけれど、彼とはちゃんと話をしたの?」

「……した」

「それなら、聞いていた話とは違うと感じなかった?」

「………………」


 ジークは何も言わない。

 ただじっと、眉間に皺を寄せ、広げた教科書を見ていた。机を叩く指のコツコツは、気づけば音もしなくなっていた─────


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