#53「キリカと終末の魔法」
「緊急魔法プログラム──通称"終末落星"、起動」
致命傷を負ったはずの桜キリカは、低く淡々とした声で、そう言った。
「……!」
そして、"それ"が桜キリカではないことに、正宗はすぐに気が付いた。
無機質すぎたのだ。今こうして目を合わせているのに、彼女の瞳に、自分が映っていないような気がした。
「へェ、まだ隠し球があったか」
「! ヴォイド……!」
「緊急だかなんだか知らねェが……風穴一つ開けても死なねえなら、二つ開けりゃあ良いんですかァ!!」
正宗など気にも留めず、ヴォイドは虚ろな目のキリカめがけて、無詠唱のシュトナを放った。
だが。
「防御衛星、展開」
キリカがそう言うと、彼女の周囲に、光り輝く玉のような何かが飛び回った。周囲を楕円状の軌道で回る、12個のそれは、まるで衛星のようだった。
その玉は、ヴォイドのシュトナに触れた途端、相殺するようにそれを破壊した。宿主を守護するかのように。
「何を──」
「射出」
彼女の方を振り向き、キリカは次なる号令を下した。
「! 避けろッ!!」
途端に、正宗は叫ぶ。
「……かはっ……!?」
だが、咄嗟の声を上げた時にはもう、ヴォイドの体には、12個の風穴が空いていた。キリカの周囲を取り囲んでいた光る衛星が、今度は直線運動で、彼女の体を突き抜けたのだった。
力が抜け、倒れていく。いくら肉体を改造された実験体であろうと、四肢と腹部を貫かれ、平然としていられるはずが無かった。
「クソ……何なんだよ、これ!」
正宗が困惑している最中に、キリカは彼の方を向き直り。
「複数人の生体反応を確認。致命的危機状況を打開するため、半径1km以内の全ての人間を殲滅、開始」
「なっ……!」
正宗が瞬きをした直後、キリカは一瞬にして変貌を遂げていた。
この奇妙な魔法の力なのか、その瞳は機械じみた白いバイザーの奥に隠れ。
その背中には、終末の天使を思い起こさせる、白く大きな翼が生えていた。
そして、その翼が光り輝き。
「うわっ!?」
刹那、地面を薙ぎ払うような光線が、周囲四方に放たれた。正宗は転倒に近い咄嗟のダイブで、すんでのところでそれをかわす。
「地面が……!」
安堵の一息をつきかけたのも束の間、ビームに焼き切られた地面のコンクリートが、激しく揺らぐのを見て、正宗は声を漏らした。
まさか──!
「っ、うわあああああっ!?」
嫌な予感は的中した。地盤沈下のように地面が、いやこの廃校全体が建物の崩壊を起こし、トランプタワーが崩れるかのように、無惨に砕け散っていく。足場を失った正宗も、空中に投げ出される形となった。
ひっくり返った体勢で、必死にしがみ付ける場所を探す。だが、そんなものあろうはずがない。何もかもが崩壊し、正宗は地上十数メートルの死のバンジーを強いられているのだ。
そんな今の彼を、救うことができるとすれば。
「──そこは不思議なお菓子の国。穴から落っこちた少年少女らを、マシュマロの地面が出迎えた」
魔法の力くらいのものだ。
「!?」
死、気絶、最低でも骨折を覚悟していた正宗は、落下した先で自分の体がぽよぽよと飛び跳ねたことに、驚きを隠さなかった。
だが何にせよ、彼は助かったのだ。
「っと、みんな大丈夫? 君も、危ないとこだったね」
「お前……ディーヴァ!?」
ディーヴァが落下寸前に発動した、"参加型劇場"──彼女の固有魔法で、お菓子の国を舞台とした演目の世界を、その場に展開したことで。
「テメェ、何のつもりだ!?」
柔らかすぎるほど柔らかい地面の上で、立ち上がるのに苦労しながら、正宗はディーヴァをまっすぐ睨みつけて問いかけた。
「あ、浅井くん大丈夫ですっ! ディーヴァさんは、もう敵じゃないんです」
「焚火……?」
困惑を隠せない正宗だったが、こうしてディーヴァを庇うように前に出てきた焚火の様子を見ると、握った拳をほどかないわけにはいかなかった。
「浅井、無事だったのね。怪我してるなら治すけど?」
「問題ねえ」
2人の横から現れた天使に、正宗は答えた。よく見回してみると、ハルとチタンの姿も──正宗が一時離脱している隙に、どうやら和解したらしいと分かった。
「それより、何が起きたんですか!? 浅井くん、屋上から落ちてきたように見えましたが……」
「俺にも分からねえ……ただ」
正宗は額の冷や汗を拭いながら、自分が落ちてきた空を見上げた。
「あれは……先生!?」
焚火達も声を漏らしながら、同様に見上げた。
桜キリカの翼の煌めきが眩過ぎて、相対的に夜空のように黒く見える、歪な空を。
「……確認。8名」
自分達が知っている姿とは全く違う彼女が、降臨するようにゆっくりと、この場に舞い降りてくる様を。
「何あれ……聞いてないんだけど!?」
「俺達だって分かんねえよ! 仮想人格がどうとか、緊急プログラムがどうとか言い出して、それで──」
「あの! 心当たり、あるかもしれません」
ディーヴァと正宗の言い合いに口を挟んだのは、手元の有り合わせの拳銃に玉を込めていた、チタンだった。
「前に僕らがある魔法研究施設を物色した時、見かけた文献があるんです。人工的に作った魔法を、人体に後天的に組み込んで、使用できるようにする実験のデータでした」
「つまり、何だ!?」
「仮想人格、緊急プログラム……その辺りから察するに、あの子にもそういう人工魔法が組み込まれていたのでしょう。先天的に会得していた星座の魔法とは別に、もしかすると、本人も知らないうちに」
「……先生には固有魔法が2個あって、その片方があの暴走した姿だってのか……!?」
正宗の問いかけに、チタンは頷きを返した。あくまで憶測ですが──と、律儀に付け足して。
「……ふざけんな」
「正宗!」
ハル達の制止も聞かず、正宗は歩き始めた。
「なんで」
正宗は言う。歩みが向かう先で、研究者達の悪意に、良いように使われている、大切な少女を見据えながら。
「なんで何もかもが、アイツを不幸にしやがるんだ!!」
歩むその足は、やがて駆け出し始めた。
望むところだ。不良らしく、絶望的な未来など、殴ってブチ壊してみせる。
「──迎撃」
そうして必死に伸ばす手を拒むように、キリカは無機質な口調で唱えた。
「!」
途端に、彼女の翼の輝きが強くなる。正宗はすぐに察知した。"何か来る"と。そして直感に身を任せ、右に跳んだ。
直後、翼から閃光が放たれる。正宗の身を喰らい、焼き殺さんとする死の閃光が。
「っぶね……!」
"鯨座ノ奔流"に似た極太のビームは、正宗の体を丸ごと包むほどの光線だった。先読みして回避していなければ、今頃死んでいたかもしれない。だが体勢を整える暇も無く、再び翼が輝き出した。
「くそッ!」
足元目掛けて襲来した二発目の光線を、正宗は高くジャンプして回避した。
「捕捉。"シュトナ"」
「やべっ……!」
空中で機動力を失った正宗へと、キリカは手を掲げ、詠唱した。翼の光線と、本体から放たれる魔法の連打攻撃が、不可避の一撃となって彼に迫り。
「"ビースト"ッ!!」
直撃の直前、飛び込んで来たハルの背中を灼いた。
「っく……!」
なんとか致命傷を避けて着地した2人だったが、正宗を抱えて救出したハルは背中に傷を負い、苦しげに顔をしかめた。
「渡会! 今治すわ!」
「接近。迎撃」
膝をつく彼の元に駆け寄った天使を視認すると、キリカはその右手を彼女に向け。
「あっ……!」
しまったと目を見開く彼女を射殺するべく、無慈悲にその白い翼を煌めかせた。
「──"紅の迷い子"!!」
だが、それを拒むものがあった。
死角から飛来した炎の矢。キリカは攻撃を即座に中止し、素早く横に跳んでそれを回避した。
「紫織!」
「目を覚ましてください! 先生っ!!」
泣き叫ぶような声と共に、焚火は火矢の裏からキリカに駆け寄った。伸ばした手は彼女の腕に届き、離さぬようぐっと握りしめられた。
待ち焦がれていた、どうしても取り戻したかった温もりが、その手に伝わる。だが。
「排除」
「! きゃあああっ……!!」
添えて向けられたのは、純粋な敵意だった。白い翼が煌めくと、キリカは人間離れした腕力で焚き火を振り投げ、彼女は膝を擦りむきながら地面を転がった。
次いで、キリカはその右手を焚火に向け。
「よせッ!!」
それを遮るように、チタンは両手に握った拳銃を発砲した。恩人を守るために、白い翼を破壊するべく。
「ッ!?」
豆鉄砲を食らったような声──否、本物の弾丸を、チタンは浴びた。
キリカの翼に触れた途端、不可解な魔法によって反射された二発の銃弾が、彼の腕と肩を掠めたのだ。
倒れる彼に向けられたキリカの右手が、再び輝き始める。必中にして不可避、敵の息の根を止めんとする一撃。
「先生、やめてくださいッ……!!」
膝を突きながら、泣きじゃくるように上げた焚火の声が。
「先生ェ!」
たまらず駆け出した正宗の叫びが。
「お前は兵器じゃねえ!! 人間だッ!!」
戦闘兵器ではなく、桜キリカへと手を差し伸べようと走る、彼の姿が。
「……わた、しは…………」
キリカの瞳に、微かに光を宿した。
「! 先生……!?」
正宗が驚愕の声を上げる。
止まった。何かしらの攻撃を放とうとしていたキリカの手から、光が消えていく。何らかの理由による、魔法の中断。
「…………排除ッ!」
だが、それも刹那のことだった。キリカの瞳の色は、またすぐに深い闇へと染まっていき。
「ぐああっ!?」
残り10メートルのところまで接近した正宗だったが、その歩みは彼女の翼から放たれる光線に阻まれた。直撃をなんとか免れたが、地面を吹き飛ばすほどの衝撃波に吹き飛ばされて地を舐める。
「……いける……!」
だが、それでも。
「一瞬だけど、声が届いた!!」
可能性が1%でもあるのなら、それだけで十分だ。
「浅井くん……!」
「正宗!」
満身創痍の体を、希望を胸に奮い立たせ、焚火とハルも正宗の元へ集った。
「行くぞ! 絶対ェ諦めんなッ!!」
「"癒天使"」
「っ……すみません、助かります」
その背後で、天使はチタンの傷を癒していた。
「あの子、助けられるのかな……」
「助けるわ。何が何でもね」
その最中、天使はディーヴァに強気に答え。
「いや、今のままでは無理だ。ここにある、全ての力を結集しなければ」
「! あなた……」
近づく足音とその声に、天使は声を上げた。彼が意識を取り戻したのだ。
「シルバー!」
「来てくれ。その癒しの力を、必要としている奴がいる」
そう言い、シルバーは廃校の瓦礫の奥へと目を向けた。
未だ目覚めぬ"最後の1人"へと。




