#5「足掻く不良と勇気の焔」
「凄いじゃない紫織ちゃん! おばさんお隣さんに自慢しちゃおうかな」
両親を事故で失い、叔母の家に引き取られた私を支えてくれたのは、"自分に魔法使いの素質がある"というアイデンティティだった。
人間は誰しも体にマナが流れているけど、それを活用して魔法を行使できる人間は五人に一人の割合らしい。そして、魔法使いになれるか否かは、遺伝による先天的な才能が大きいとのこと。
つまり私に宿った魔法の素質は、両親が私に遺してくれた、最大の贈り物だったのだ。
だから私は、この魔法の力で人の役に立つことが、亡き両親に報いる──
ううん、違う。魔法を使っている間は、両親と繋がっていられるような気がした。魔法で誰かを救えば、両親が天国で褒めてくれる気がしたのだ。ただそれだけだった。
ただそれだけなのだけど、それでも魔法は私にとって、かけがえのない救いであり、誇りだった。
それなのに。
「ああぁ、家が、燃えて……子供達もあんな火傷を……」
「お、おばさ──」
「あなたのせいよ!! あなたの……お前なんかを引き取ったせいで!! この化け物!! 魔女!!」
「そ、んな……」
私の魔法が、私の未来を壊してしまった。
──────────────────────
そして、今。
「……電波が、届いてない……?」
強盗の現場に遭遇した焚火紫織は、警察に通報しようと起動した自身のスマホが、通信機能を失っていることに愕然とした。
「クソ、俺のもだ……まさか!」
自分も、焚火も、そして周囲の被害者たちも同じような反応を示していることに気づき、正宗はぐっと強盗たちを睨みつけた。
「鋭いのね。明かりを消したのも、電動シャッターを閉めたのも……そして、このモールに来る携帯電波を無効化してるのも私達よ」
強盗の女──天木は、人質の少年に楽しげにナイフを突きつけながら答えた。
「それが私の固有魔法。自分の周辺の電子機器と電波を操作できる、"スポットジャック"」
「固有魔法!? てめえ、魔法使いか!」
正宗は叫ぶ。固有魔法──魔法使いに一人ひとつ先天的に宿っている、言わば"必殺技"だ。火、水、風、斬撃、重力操作や洗脳、そして天木のような物体への干渉。その有り様はさまざまである。
「てめえ? 天木だけじゃねえぜッ!!」
そう言い放ち、強盗の男──阪口も右手を横に掲げる。
「シュトナ!」
その指先に紫の光が集まり、弾丸のように高速で放たれた。
「きゃあああああっ!?」
マナを凝縮して撃ち出す基礎魔法"シュトナ"。その凶弾で吹き飛んだ店の椅子やテーブルが、呆然と立ち尽くす無防備な買い物客達を襲った。
痛いと叫ぶ声、泣き声、パニックになり駆け回る音。店内装飾のランプだけが頼りの薄暗い店内ではその全容は掴めないが、阪口のもたらす恐怖が彼らを支配したことだけは明らかだった。
「はははっ、泣け泣け! 金を頂く前に、この店で買い物してやがるセンスの無えお前らに、恐怖を叩き込んでやるッ!!」
「ひ、ひどい……」
横暴な態度で叫ぶ阪口に怯えながらも、焚火は静かに胸中に嫌悪感を抱く。だけど、学生にどうこうできる状況ではない。警察を呼ぶ手立てもない。
「浅井くん、どうしよう……浅井くん!?」
いない。ふと横を見ると、さっきまでそこに立っていたはずの正宗が消えていて。
「うあああああッ!!」
「!? なんだお前はッ!?」
高速のダッシュで距離を詰め、彼は阪口に殴りかかっていた。
「浅井くん!!」
「なんで……なんで特別な力のある人間が、そんなことをしちまうんだよッ!?」
正宗の拳をギリギリで受け止めた阪口。だが正宗はそれに怯む様子もなく、坂口を睨んだ。
「何言ってんだ? 自分の力を自分のために使うのは当然だろうが! それともテメェは、弱者救済とか謳っちまう時代遅れの馬鹿なのかァ!?」
「そうかよ……だったら!」
「!?」
啖呵を切り、正宗は両足で高く飛び上がった。右手を掴まれたまま、しかしその両足を阪口の顔の目の前に向け。
「俺は馬鹿で構わねェ!!」
驚異的な脚力から放たれる蹴りを、阪口の顔面にまっすぐに突き出した。鼻っ面の骨が砕け散り、気絶は免れない渾身の一撃。
「……なっ!?」
そのはずだった。
「痛くねえなァ、馬鹿の一撃は」
ガキン、と金属音がしたかと思えば。
見ると阪口の顔には、傷ひとつついていなかった。
にやりと笑いながら、阪口は体制を崩した正宗へ向けて足を振り上げ。
「オラァ!!」
「ぐあっ……がはっ!」
彼の背中を蹴って、元いた場所へと吹き飛ばし叩きつけた。
「おい天木。まだ時間あるか?」
「んー……あと10分はいけるんじゃない? それ以上は警察が気づいて駆けつけてくるかも」
「そうか……ならその人質はそのまま持っとけ。10分でこのガキを処刑する」
「……お、前……!!」
悪人二人が話す傍ら、正宗はふらつく視界の中に阪口を映し、あることに気付いた。
(……鎧……!)
否、先ほどから気づいていた。異様な防御力と破壊力、その理由を。
鎧だ。攻撃を受けた顔と、攻撃を放った右足。そこに魔法で瞬時に、鉄の鎧を纏っていた。それが阪口の固有魔法なのだ。
(マナを纏わせた蹴りでも効かなかった……これじゃシュトナ使っても厳しいか……!?)
「浅井くん、大丈夫ですか……!?」
一方で一部始終を見届けた焚火は、慌てて正宗に駆け寄りその身を抱え上げた。
「問題、ねえ、げほっ」
「浅井くん!」
「焚火……お前、戦えるか?」
「え……?」
突然の問いかけに、焚火は思わず聞き返した。
「情けねえ話だけど……俺、まだ固有魔法が使えねえんだ。アイツの鎧をなんとかするには、お前に頼るしかねえかもしれねぇ」
「でも……でも私たち、学生で──」
「今目の前に、怯えて苦しんでる人達がいるんだよ! 今アイツらを止められんのは、同じ魔法使いの俺たちだけだ!」
痛みに顔をしかめながらも、正宗は震える指で指差した。
「ほーら暴れなーい。あっ、切れちゃうよ? あーっ首切れちゃう! 死ぬっ! 死ぬっ!!」
「〜〜! 〜〜〜!!」
「あっははっ! ビビりすぎ〜」
刃を突きつけられて怯える少年と、それを楽しむ天木。正宗の戦う理由は、それだけで十分だった。
「……俺は、人に誇れるような魔法使いでありたい。キリカ先生みたいな」
「! 浅井くん!」
「っ……!」
正宗は痛みを堪えて立ち上がる。そして、まっすぐ阪口を見据え、地面を蹴った。
「うおおおおおおおおッ!!」
「へっ、馬鹿の一つ覚えか! 鎧よ!」
声と共に、阪口の両腕に西洋風の鎧が現れる。
「……シュトナ!」
だが、正宗は彼を相手にしなかった。
代わりに、天木の方に右手を向けて、そう叫んだ。
「あ……きゃあっ!?」
「! おいッ、油断してんじゃねえ!!」
瞬間のことだった。阪口に殴りかかると見せかけて、人質の少年に夢中の天木への遠距離攻撃。シュトナは少年を避けて天木の右肩に激突し、吹き飛びながら痛みのあまり、天木は少年と刃物を手放した。
「よしっ……誰か! そいつを捕まえ……
がっ!?」
鈍痛。耳鳴り。落下し、横になる視界。そして、地面を触れる手触り。
鎧を纏った腕で頭を殴られ、地面に倒れたのだと、正宗は数秒遅れて自覚した。
「チッ、使えねえ女だ……まあ良い。俺を出し抜きやがったテメェの処刑が先だ、クソガキィ!!」
「っ……ぐっ、あ……」
一転し、今度は正宗が絶体絶命となった。
「死ねェ!!」
だが、阪口はもう計画を狂わされた怒りで、冷静さを失いつつあった。正宗を殺すつもりで、右足に鉄の棘だらけの脚甲を纏い、正宗の頭を踏み潰さんとその足を高く上げ、そして振り下ろした。
「シュトナ!!」
「ぐっ!?」
だが、とどめの一撃は叶わない。正宗のものより少し小さなシュトナが、阪口を襲ったからである。
「誰だ!?」
「……へっ」
とっさに作り出した胴体の鎧でダメージを無効化しながら、阪口は怒号を上げる。
一方、正宗は安堵の声を漏らした。
「……はぁ、はぁ……そ、そ、そそっ、そこまでですっ!!」
攻撃の主は、彼が信じた焚火紫織だったから。
「テメェ!!」
「ひっ……!」
怖い。男に睨まれただけでも怖いのに、それが強盗である。焚火の足はぶるぶると震えていた。
(……だけど、浅井くんは……浅井くんは、逃げなかった……浅井くんは、自分を隠さなかった……逃げなかった……!)
『人に誇れるような魔法使いでありたい』──叔母の家を魔法の事故で全焼させて以来、焚火が忘れていた感情。
自分に自信が持てなくなり、いじめられたことで不登校となり、出席日数不足のペナルティでFクラスに送られてから、無くしていた誇り。
そうだ。自分もかつては、両親に誇れる魔法使いになりたいと願っていた。
「変わりたい、私も……み、見せてあげます! 私の固有魔法!!」
焚火はそう叫び、カバンを開いた。震える手で急いで取り出したのは、ノートとリップクリーム。ノートを開き、そこにクリームを塗りたくっていく。
「はぁ? がははっ、ビビって頭おかしくなっちまったか!? 固有魔法だかなんだか知らねェが……フルアームドッ!!」
正宗を踏みつけながら、阪口はそう言い放つ。すると瞬時に、彼の全身は頭まで鉄の鎧に包まれた。
「どんな魔法が来ようが、トラックとの追突にすら耐えるこの鎧を砕くことはできねェんだよ!!」
彼の言葉に嘘はない。以前の強盗犯罪の際は、逃げるために道路を走っていたトラックを鎧で受け止め、運転手を殴り倒してその車を奪ったのだ。細身の女学生がどんな攻撃をしてこようと、自分は負けない。阪口はそう思っていた。
「……残念ですが」
だが。焚火はライターを取り出すと、リップクリームを──油を塗りたくったノートに、火をつけた。ぼうっという音と共に、一気に地面に火が燃え広がる。
「馬鹿……屋内で、何を……って……!?」
薄れかけた意識の中、正宗は驚き目を見開いた。
浮いているのだ。
地面についた火が、ぐうっと空中へ舞い上がり、浮いている。地面から天井へ火柱が飛びているという話ではなく、火種そのものが飛び上がって宙にに浮いたのだ。
「な、何だ……テメェ、何を──」
「金属を纏うあなたの力は、私と相性最悪、ですッ……!!」
固有魔法・紅き迷い子。その能力は、一定以上の温度を持つもの、その熱の流れの操作。
「金属は頑丈だけど、熱を内側によく通す……!」
「まずい、鎧を解除……い、いや、それじゃどの道炎が俺の体に……!!」
今更詰みに気がついた阪口へ目掛け、焚火は投げつけるような仕草で炎の塊を打ち込んだ。
「行っけえええーッ!!」
「う、うわああああああああーッ!!!」
かくして、4月11日午後6時。
二年間世間を震えさせてきた凶悪強盗犯の二人組は、学生二人に倒され、ついに逮捕された。




