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#4「せんせーとせんせー専属の変態」

「へー。ミサンガとかも良いな……」


 リーズナブルで学生にも人気の洋服店、『CU』。その一角でアクセサリーコーナーを見物しながら、正宗は呟いた。


 今つけているピアスも気に入っているが、そろそろ別の装飾品も付けてみたい。あとはそうだ、首にかけるアクセサリーなんかも探してみて──


「正宗くーん」


「お? どうした先生」


 試着室の方からふと声をかけられ、正宗は物思いを中断して後ろを振り返った。


「にゃ〜ん♡」


 ネコミミである。


「は?」


 試着室のカーテンを開けて現れたのは、黒いネコミミと猫の尻尾。そしてモコモコな猫の手足と、露出度の高い服。


 まるでコスプレのような──というか、おそらくコスプレである。


「おやおや〜? 固まっちゃってますね〜?」


「…………」


「あら? なんで目を逸らしちゃうのですか? もしかして、先生の魅力に気付いちゃって目も合わせられなくなったのですか〜?」


 棒立ちのままそっぽを向く正宗に、キリカが擦り寄った。


(ふふふ……正宗くんは私を舐めてる所がありますからね〜。未だにお前呼びですし……ここらで私がグラマラスでミステリアスで妖艶な先生だと見せつけて、どちらが上か教えてやるのです……♪)


 完璧な計画だと、本人は思っているらしい。キリカは胸を両腕で抱え上げながら、恥じらい目を逸らす正宗の横顔をちらりと見上げた。


「ほら、ほらぁ♡」


「………………っ、くくっ……」


「へ?」


 だが、正宗の顔に恥じらいの色はなく。


「おま……お前、んな馬鹿みたいな真似を堂々と…………くっ、ははっ……お前のボケおもろいな……!」


 顔を逸らした理由は、込み上げる笑いから逃れるためだった。


「ば、か、ぼけ…………? う、うあああああああああん!!!」


「え!? ちょ、お前試着したままどっか行くな! おーい!!」


 正宗の声も聞かず、キリカは泣きながら店の外へ走り去って行ってしまった。


「おいおい……悪い焚火、俺ちょっと先生を追い──」


 正宗は背後を振り返り、近くで自分の欲しい服を探しているであろう焚火に声をかけた。


 ぱしゃぱしゃ。


「……焚火さん?」


 ぱしゃぱしゃぱしゃ。


「あぁ、尻尾が揺れてる……かわいぃ、先生ぇ……くひっ」


 焚火は、服など探してはおらず、代わりに自分の担任教師の背中にスマホのカメラを向けていたが。


「おい、焚火」


「はひっ!?」


 猫の背後にきゅうりを置くと、びっくりして飛び上がるという動画を、正宗は昨日の晩見た。


 そして今の焚火のリアクションは、その猫とほぼ同じであった。


「…………け、景色を撮るのが好きで……」


「無理だよ、ここからそれは」


 桜キリカを標的にした盗撮犯が、自分のスマホを慌ててカバンに隠しながらそう答えるのに対し、正宗は冷静にツッコんだ。


「スマホの壁紙もさっき見ちまったんだけど、お前……」


「ち、ちちち違いますよ!? け、決して、変な癖(へき)を持ってるわけじゃ……」


 まだ何も尋ねていないのに、べらべらと勝手に暴露しながら、焚火はあわあわと不自然な足取りで引き下がり。


「あ、あーっ!?」


 何もしていないのに、勝手に足を滑らせて盛大に転倒した。


 ばさばさっ……その表紙に肩にかけていたカバンが放り投げられ、中からノートが飛び出して開いた。


 そこには、何枚もの上手なアニメ絵。だが。


「裸の絵だ……子供の……」


「う、うわあああああああっ!!! 何でもないですぅー!!!」


 鉛筆で書かれた絵を見ながら正宗が呟くと、焚火はクラスでの様子からは考えられないほどの大声で叫び、ノートに覆い被さった。そのせいで余計、周囲の人間の視線を集めてしまっているが。


「……はい。私、ロリコンなんです。末期です」


「いやまだ何も聞いてねえよ。なんで自分で言っちゃうんだよ」


 金髪、赤髪、黒髪。アクキー、缶バッジ、ぬいぐるみ──ついでにカバンから飛び出した大量のロリ萌えグッズに囲まれながら、焚火は絶望の面持ちで白状した。


「殺してください……知られたからには、もう死ぬしか……」


「殺さねえよ」


 とりあえず落ち着け──正宗がノートを拾い、閉じて差し出すと、焚火はそれを受け取って立ち上がった。


「まあ、その……別に何が好きでも、俺は良いと思うけど……盗撮はダメだろ、普通に」


「は、はい……」


 なんでこんな当たり前のことを説教しているのだろう──正宗は呆れながら、しかし目の前で焚火がしょぼくれているのを見ると、これ以上説教する気にはなれなかった。


「こそこそしねェで、直接頼めば良いんじゃねえの? 一緒に写真撮ろうって。女同士なら別に変なことじゃねえだろ」


「駄目ですよ。踏み込んだら、私のことを深く知られてしまう。こんな私を知ったらきっと……先生は、私のことを嫌ってしまいます」


「そうか? でも多分そんな人間じゃねえぞ、アイツ」


「……それでも、駄目なんです。私は、変な人で……迷惑な人、ですから。黙ってなきゃ」


 焚火はカバンを持つ手をぐっと握りしめながら、自分に無理やり言い聞かせるように、そう言った。


「んなことは──」


「お客様」


 二人の会話に割り込むように、誰かが正宗の肩を叩き。


「あぁ? ……あっ」


「お客様。先ほどのお連れの方……どうやらお代をくださらなかったようでして」


 『店長』。右胸の名札についたその称号が目に入った途端、正宗の額に冷や汗が浮かんだ。


「い、いや、お代なら俺じゃなくてアイツから……」


「お客様、あの方の保護者の方でしょう? こちらとしても法的措置は望みませんので、どうか」


「違うんすよ! むしろどっちかというとアイツが! アレ、俺のクラスの担任教師で!」


「………………?」


「だよな!! その反応になるよなクソがッ!!!」


「あ、浅井くん……」


 勝手に買い物に連れ出して、迷子になって、今度は自分が彼女の連帯保証人だ。


 どれだけ人に迷惑をかけるのか。盗人や詐欺師の方がまだマシだ。正宗の胸中に、そんな文句が次々浮かんでくる。


「お支払いいただけないのですか?」


「あーっ、えーっと……」


 正宗が気まずそうに目を逸らした、その先の通路。


「?」


「おう店長。そいつを責めないでやってくれよ」


 そこからこちらへ歩いてくる、見知らぬ筋肉質の金髪男がいた。


(誰だ?)


「はて……? お客様、こちらの方々のお連れで?」


 困惑する正宗の傍ら、店長も怪訝な顔で男を見つめた。


 ふと気になって斜め後ろを見てみたが、焚火も知り合いを見つけたような反応はしていない。キリカの知人だろうか──


「知るかよォ!!」


「がっ!?」


 殴打。店長が吹き飛び倒れた。


「!? おいっ!!」


 突然のことに一瞬遅れながら、しかし正宗は男に睨みを効かせた。


「金なんか必要ねえだろ。どうせここは、今日で店じまいなんだからなァ」


 悪びれもせず、男は店長を見下して言い放つ。


「……その声、思い出した。去年クビにした、阪口君じゃないか……そんなだらしない髪色に染めて……がっ!?」


「よく分かってんじゃねえか、店長ォ!! その節はお世話になりましたァ!!」


「がっ、がはっ……」


 背中を踏みつけられ、店長は苦しげな呻き声を上げた。


「おい! 何やってんだ馬鹿野郎!!」


「あ、浅井くん駄目っ……!」


 焚火の制止も聞き入れず、正宗は強い怒号を上げる。


「あぁ? こいつが俺を理不尽にクビにしやがったんだよ。今日はその復讐に来たのさ。こいつの店を台無しにしてやるんだ」


「な、何が理不尽だ……君が女性の同僚たちにセクハラを、繰り返したから……店の金を盗んだのも気付いてるぞ……」


「黙れェ!!」


「がっ……!!」


 阪口が思いきり頭を踏みつけると、店長は小さな声の後、気を失って動かなくなった。


「チッ……勝手に寝てんじゃねえ、この野──」


「やめなよ、阪口」


 女の声。その一声で、あれだけ粗暴横暴だった阪口がすっと店長から足を下ろした。


 同時に響いたのは、ガタガタガタという派手な音。バチっという不快な異音。気付いた時にはもう遅く、辺りは真っ暗闇。


「な、何だ!?」


「入り口が……!!」


 災害時に閉じる、店の入り口の緊急シャッター。そして、漏電に備えたモール全域の一斉停電システム。


 その二つが同時に誤作動し、店内はシャッターで密室化し、同時にモール全体から明かりが消えた。


「おう、悪いな天木」


「ったく……電気ジャック完了。人質も取った。さっさと金貰ってずらかるわよ」


 現れたのは、ごく普通の私服を着た茶髪の女。さっきまで、店内の誰もが単なる客の一人でしかないと認識していた女だ。


「〜〜〜!!」


「ほーら喋らない。抵抗すると、2度とともだちに会えなくなっちゃうぞ〜?」


「!?」


 だが狂気的な笑みを浮かべる彼女の、その手にはナイフが握られ、その凶刃は彼女に捕縛された小さな少年の首に突きつけられていた。


「強、盗……!?」


 焚火が震える声を上げた。


「どうする、先生──」


 こういう有事において、真っ先に頼れる相手。数日前の激闘を思い出し、正宗は後ろを振り返り。


「……そうだ、迷子……だぁーーークソッ、アイツ!!」


 後ろにシャッターの壁しか無いのを見て、悔しげに声を上げた。






「はわわ……彷徨っていたら、なんだか突然停電に……正宗くーん!! 焚火さーん!!」


 真っ暗闇となったモールの別階には、ネコミミの少女の孤独な叫びだけが虚しく響くのだった。


 即ち。


 この戦いは、桜キリカには頼れない。

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