#44「みんなの勇者と幼女のヒーロー」
「とうっ!!」
「おわっ……!」
大胆にもドラゴンから飛び降り、数十メートルの高さを経て着地しながらも、勇真は平然としていた。
「お……お前、何でここが分かった……ってか、何しに来たんだよ!?」
「ん? 決まってるじゃないか!! 僕の仲間を、君達を助けに来たんだよッ!!」
「声がでけえ……」
彼とは裏腹に、正宗は困惑を隠せなかった。
「それはありがてえけど……なんでこの場所を知ってんだ!?」
「いや、知らなかったよ!! だけど、真の勇者は困ってる人の所へ、必ず見参するものだからねッ!!」
「い、意味が分からねえ……」
どうやら本気で言っているらしい。最早、コイツに常識や法則は通用しないのだろう──諦めを込めた溜め息を、正宗は一つ吐いた。
「けどまあ、ありがとな」
「ああ!! 正宗、君のそういう率直なところが好きだッ!! だがすまない!! 急なことだったから、僕らしか集まれなかった!!」
「"僕ら"?」
そうだ、先ほどの巨影は──正宗は背後を振り返った。
「っ……あなたは……!?」
不意を突かれ、蛇の突進を喰らいかけていた焚火の眼前を、巨大な何かが覆った。
「焚火さん、大丈夫? 私が守るから、無理しないでね」
「龍川さん……!」
敵の蛇よりも更に巨大な、青い鱗と銀のたてがみの、美しき龍。龍川みなもは、蛇を威圧するようにして立ちはだかった。
「勇真のカンを信じて良かった。一緒にAクラスになろうって約束だもん、絶対傷つけさせないよ」
語りながら、みなもは水晶のような優しい瞳で焚火を見つめた。敵だった時には絶望さえ与えてきたその立ち姿が、今は頼もしくて仕方がない。
「何あれ。ママじゃない」
「あ、天使さん!?」
いつの間にか横に現れていた天使の迷言に、焚火は半分呆れたような声を上げた。
「〜〜〜!!」
一方、蛇は標的をみなもに変えて突き進む。周辺の3匹の蛇もそれに加勢し、みなもは数的不利となった。しかし彼女は全く動じない様子で、息を大きく吸い込み。
「はあぁぁぁッ!!」
激しい水流のビームを放った。ウォーターカッターを巨大化させたようなその横薙ぎの一撃は、一瞬にして蛇たちの頭を両断し、次々と亡き者にしていく。焚火らが一体ずつ処理するのにも苦労していた連中を、彼女は刹那の間に一網打尽にして見せた。
「つ、強い……試合の時よりも、ずっと」
その光景を、焚火は息を飲んで見守り。
「奴は優しすぎるからな。本人は全力のつもりでも、無意識に手加減をしてしまう癖がある」
「!?」
突如聞こえた男の声に、瞬時に振り返った。
「朧木、鉄砕くん……?」
「だが、今回の敵は作り物の操り人形。躊躇う必要は無いわけだ」
体格の大きな男子生徒──Aクラスの"エース"最後の一角・朧木鉄砕。彼が語る間にも、みなもは蛇達を次々踏み潰し、切り裂き、水流で貫いていく。
「すごい……!」
「さて。俺も世話を焼きに行くか」
そう言うと鉄砕は、全速力で側方へと駆け出した。
「……っ、まだ……」
そこにいたのは、息を切らした獣。蛇に囲まれ続けている、渡会ハルだった。
やれやれ──呟き、鉄砕は跳び上がって蛇の背中に乗り込み。
「"砕"ッ!!」
その勢いのまま、精錬されたパンチを蛇に叩き込んだ。
「〜〜〜っ……!」
"殴ったもの全てを砕く"固有魔法。脊椎を粉々に粉砕された蛇は、そのまま力無く倒れ、粒子となって消滅した。
「お、朧木くん……!」
「無駄に体力を使い過ぎだ。もうすこしスマートにやれ」
「あははっ……相変わらず手厳しいね。でもありがとう」
その辛口評価の裏には、彼なりの思いと優しさがあるのだと、拳を交えた末にハルはもう知っていた。
「増援を呼ばれるより速く、殲滅する。ついて来れるな」
「もちろん!」
「"ブレイブ・テイル"ッ!!」
勇真が固有魔法を詠唱すると、彼の顔の横には青いウィンドウが表示された。まるでゲームの画面のようなそれには、"ATK 135"と表示されている。
「攻撃力重視のステータスでッ!!」
現実世界をRPG化する、唯一無二にして万能の固有魔法。駆け出すと同時に拾い上げた木の枝を勇者の剣に変化させ、勇真はシルバーに素早く切り掛かった。
「はあぁッ!!」
「無駄が多い……所詮は学生か」
勢い良く振り下ろされた勇真の剣を、シルバーは槍を振り上げて弾き返そうとした。相性差と槍術の定石に乗っ取った、最も模範的で論理的な一手。
「……ッ!?」
だが、激しい音と共に叩き折られたのは、シルバーの鋼鉄の槍の方だった。シルバーの技術を、勇真の"攻撃ステータス"が上回ったのだ。
「ちっ……"変銀自在"!」
シルバーがすぐさま詠唱すると、鋼鉄が今度は盾へと形を変えた。
「そんな防御は、切り裂けるッ!!」
「!」
それでも、勇者の進撃を止めるには至らない。横一閃の一振りで、鋼鉄の盾は真っ二つに切り裂かれて落ち、その向こうで二人の目が合った。
定石ではどこまでも追いつけない相手なら、埒外の力をぶつければ良い。技術で勝てない相手なら、数値のゴリ押しを通せば良い。そう言わんばかりに、勇真の魔法はシルバーに対して、特効にして特攻であった。
「ならばッ!!」
シルバーは再び、鋼鉄を変形させた。そして今度は纏う。両の拳に、金属製の手甲を。そして、一気に駆け出す。
「おっと……!!」
退けた筈の相手の急接近に、さしもの勇真も目を丸くした。武器をぶつけ合っても勝てないのなら、無防備な懐に入り込んで叩く──シルバーのその機転、それ自体は正しかった。
「……正宗!! 頼んだッ!!」
「!?」
だが、シルバーにとっての誤算があった。
「おうッ!」
咄嗟にしゃがみ込んだ勇真。その背中を踏み台にし、こちらへ飛び込んでくる正宗。
それは、戦闘センスの高さという共通点の産物か。共闘は初めてである筈の2人だが、そのコンビネーションはまさしく完璧だった。シルバーの見立て以上に。
「うおらあぁ!!」
「ぐっ……!」
頭を狙った正宗の回し蹴りを、シルバーは咄嗟に腕を挟んでガードした。しかし大砲のような威力の蹴りを相殺するには至らず、手甲は叩き割られ、シルバーは側方へ強く吹き飛ばされた。
「へっ……やっと倒れやがったな」
「良い調子だね!! 正宗ッ!!」
恨みを晴らしたような爽快さと、この共闘それ自体の楽しさが合わさって、正宗の口角は思わず上がっていた。
「シルバー、大丈夫ー? なんか強そうじゃん」
「問題無い。読み違えただけだ」
上から響くディーヴァの声に、シルバーは振り返ることなく、手の甲の血をぬぐいながら答えた。
「平気には見えないけどねー……大丈夫! お姉ちゃんがこうしてあげるから〜っ♪」
ディーヴァはそう言うと、華奢な白い指をくるくると回し、それを外へと放り投げるような仕草をした。
「みんなー。外の冒険者達を捕食しに行こ〜っ♪」
「なっ……!?」
正宗は驚きの声を漏らした。
ディーヴァの号令の直後、巨大な蛇達が突如として向きを変え、森の外へ外へと進軍し始めたのだ。それも、途中にいる正宗達や焚火達を完全に無視しながら。
「正宗!! 奴ら、一体どうしたんだろうかッ!!」
「万丈、まずい! アイツら、あの女が貼った結界の中で自由に暴れられんだが……その範囲が、山倉市全域らしいんだ!」
「何ッ!? 街の人たちが危ないッ!!」
勇真が、いつになく焦った様子で言った。
「勇真、龍川の背に戻れ! 俺達で奴らの進軍を阻止する!」
「勇真! 急いでっ!」
姿勢を低くしたみなもの背に飛び乗りながら、鉄砕は勇真に呼びかけた。
「万丈、3人だけで平気か!?」
「心配いらないよ!! Aクラスの仲間が、きっと集まってくれる!! それに!!」
素早く駆け出し、みなもの背中へと飛び立ちながら、勇真は最後の正宗に語り続けた。
「勇者とは、全ての民を平等に助けるものだッ!! だから目の前の女の子1人を救うのは、僕じゃなく、君の仕事なのさッ!!」
「……分かった! こっちは俺達が必ずなんとかする!!」
初めは馬鹿みたいだとしか思っていなかった勇者論も、時を経て、こうして指を刺されて言い放たれると、妙に胸を熱くさせられる。そう思いながら、正宗は力強い言葉を返した。
「……ククッ、アッハハハハハハァ!! おアツいスピーチをした所で、もう遅ェんだよ!!」
それを嘲笑うように響いたのは、ヴォイドの高らかな笑い声だった。
「っあ……!?」
「見ろ!」
キリカの頭を無理やり引っ張り引っ張りながら、ヴォイドは正宗達の注目を誘った。
「コイツの魔法防壁を突破するため、お前らがシルバーや蛇と戦ってる間、せこせこ仕事させてもらったぜェ! この通り、既に防壁はほとんど無力化され、今やこうやって直にちび助を痛めつけられるようになった! あと30秒もねえぜェ!」
そう語るヴォイドの右手からは黒い光が伸び、キリカの白く輝く防壁魔法を、食い破るように破壊しつつあった。
「先生……待ってろ! 今助けに行く!」
正宗はすぐさま前へと駆け出す。
「通すと思うか?」
「ちっ……!」
当然、そこにはシルバーが立ちはだかった。
「正宗、大丈夫!! 自分を信じて飛ぶんだッ!!」
だが、勇真のその叫びを聞いた正宗は、立ち止まらなかった。
「何……!?」
そして、シルバーが目を見開く中、彼は高くジャンプした。
ジャンプと言うには、それは高すぎて──まるで、翼が生えて飛んでいるようで。
『そうび:天使の羽』
勇真との共闘の背中、彼がひっそりと正宗のポケットに忍び込ませた、1枚の小さな鳥の羽が、その事象を引き起こしていることを、正宗の顔の横に現れたウィンドウが示しているのだった。
(奴の魔法、他人にも分け与えられるのか!? まずいッ……!)
いくらシルバーに武術の技能があろうと、廃校の屋上まで一気に跳び上がる正宗を咎める手段は無い。
「心配すんなシルバー! "零次元"!」
ヴォイドはそう言い、両手の間に暗黒の空間を作り出した。異次元空間を操り、テレポートを行う魔法。奴がどんな攻撃をしようと、どこか適当な場所へ飛ばしてしまえば──
「"紅の迷い子"!」
「何ッ!? チッ……」
突如、自身目掛けて突っ込んできた火の玉を、跳んで回避したことで、ヴォイドはキリカから数メートル遠ざかった。
「ディーヴァ! 数秒で良い、奴を止めろ!」
「分かってるって……!」
ディーヴァはキリカの方へ駆け寄りながら、本を開き、予備に一体残しておいた蛇を呼び出さんとした。
だがそれよりも速く、校舎の壁を這う一つの黒影が飛び込んだ。
「"ビースト"ッ!!」
「きゃっ!?」
獣の鉤爪に切り裂かれ、ディーヴァが退けられる。
2人はノーマークとなっていた。増援であるAクラスの3人を退けるため、蛇を外へ逃がした彼女の判断は、逆にこの土壇場で正宗に与えてしまったのだ。焚火・ハルという増援を。
「正宗! あの黒いのがもし魔法なら、君の拳で!!」
ハルが叫ぶ最中、正宗は真っ直ぐに見据える。
「……正宗くん……!!」
ああ、やっと笑ったじゃないか──心の中で歓喜しながら。
「はああああああッ!! "消虚"ッ!!!」
その拳が、その掌が、ついに彼女へと届いた。




