#41「落ちこぼれFクラスの決意」
一方、山倉高校の校庭で。
「……キリカ先生が、橘先生と……」
正宗は呟いた。2人の魔法使いの出会いと別れ、その全てが、手紙の中で綴られていた。
そして手紙の最後には、こう書いてあった。
『最後に。もしこの出来事にクラスの誰かを巻き込んでしまっていたのなら、心から謝ります。本当にごめんなさい。全ては、あってはならない存在でありながら、教師になってしまった、私のせいなのです。
正宗くんも……橘希織花さんを奪ってしまって、ごめんなさい。希織花さんは、きみのことが大好きだと言っていました。
皆さんが元気でいられることを、先生は願っています。
桜キリカ』
「…………っ!!」
「紫織……」
手紙を読み終えるや否や、焚火のすすり泣く声が、それを慰めんとする天使の震える声が、正宗の心を締め付けた。
そして、同時に。
(……なんだよ、それ……何が橘先生の仇だ、キリカ先生も被害者じゃねえか……なのになんで、アイツが謝らなきゃならねえんだよ……!)
愛を知らずに育ち、一筋の光のように差し込んだ、橘希織花という愛を奪われ。それでも強く生き、しかし今、生きることすらも否定されようとしている。
桜キリカを襲うそんな理不尽な全てが、正宗を苛立たせていた。
「お、おいお前らぁ!!」
「!?」
怒号のような叫びにびくりとしながら、正宗達は校舎の方を振り返った。
「今すぐ保健室に来い!!」
その男は、ついこの間顔を合わせたばかりの人物──2年Aクラスの担任教師だった。
「保健室……まさか!」
「岸田、佐野ッ!!」
先ほどのディーヴァの騎士達の襲撃により、行方知れずとなっていた、Fクラスの男子2名。
「…………」
彼らは、保健室のベッドに横たわっていた。
「2人とも、さっき廊下で気絶してるのを見かけたんだ。心拍も呼吸も異常無さそうだが、目を覚ます気配もねえ」
Aクラスの担任教師が言った。確かに目立った負傷も具合が悪そうな様子もないが、2人ともいくら揺すろうともまぶたを開かない。
「恐らく、あの女の人の魔法のせいだと思います。断定はできませんが」
「だろうな……」
ディーヴァの召喚した騎士に斬られてこうなったのなら、彼女を倒せばあるいは──言葉を交わす焚火と正宗の考えは、一致していた。
「というか、アンタは今までどこにいたんだよ?」
「そりゃこっちのセリフだ! さっき何かが壊れる音がしたかと思ったら、急にお前らFクラスが校庭に現れたんだろうが!? くそっ、ただでさえ行方不明者多数でてんやわんやなのによ……」
「……待てよ。行方不明って何のことだ」
聞き逃せないワードに飛びかかるように、正宗は食い気味に尋ねた。
「朝から連絡が取れねえんだよ! 一部の先生方や生徒と! ついさっき臨時休校が決まって、それを知らねえのは今までそこに雲隠れしてたお前らだけ!」
今、保健室の先生がいないのもそういうことか──事態の深刻さを、正宗は理解した。
「ってことはアイツら、本気で世界を滅茶苦茶にする気なのか……なあ、今いる先生を集めてくれよ! すぐにキリカ先生を助けに行かねえと──」
「バカッ!! 行くわけないだろッ!!」
「なっ……!?」
教師ならば、自分達の本気の声にきっと応えてくれる──それは、正宗が出会いに恵まれすぎていたが故に抱いた、幻想だったのだと知る。
「俺の教師生活は順風満帆だったのに、あのガキ教師が来てからシッチャカメッチャカ……あげくにこれだ! 俺は前から、アイツが怪しいと思ってた! 得体の知れないアイツのために、なんで俺達が命を賭けなきゃならない!?」
「何を……この学校の教師だろ!? テメェの仲間じゃねえか!!」
「違う、奴は外部講師!! それが怪しいテロ集団と因縁があるなんて公になったら、この高校の信用と今度の平穏に関わる!! だったら、無関係として切り捨てて……ぶっ!?」
殴打。Aクラス教師の頬を、強く叩く音がした。
「た……焚火!」
「子供を守るのが、教師でしょッ!?」
怒りと悲しみの混じった叫びと共に、焚火はAクラス教師を睨みつけ。
「私は……私が、先生を助けに行きます!! 世界中が先生の敵で、先生を許さなくなって……私はずっと、ずっと先生を愛してる!!」
それは偏愛であり、妄執でありながら、同時にどこまでも深い純愛でもあった。そして焚火紫織という少女を、こうして愛を叫ぶまでに積極的で勇敢な人間に変えたのは、他ならぬ桜キリカとの出会いであった。
「……僕も、正宗とキリカ先生のおかげで今がある。今度は僕の番だ!」
渡会ハル。道を何度も踏み外しながら、それでももがき続けた少年。人は変われると、教師・桜キリカが教えてくれたから。
「……そうだな」
正宗も、彼らの声に応えた。
「何が、あってはならない存在だ……アイツがいなきゃ、俺達は誰も出会えなかった。誰も変わらなかった。アイツが俺達の何もかもを救ってくれた……その思いを全部、そのままアイツにぶつけてやる!!」
ただそれだけの、単純な気持ち。だが、そういう激情が、そういう正義が、いつだって浅井正宗を突き動かして来た。突き動かされて必死に戦った先に、後悔があったことなど一度も無かった。
「よーし……行こう! みんなで先生、助けようよ!」
「おーっ」
槙野と林も。
「私のこと褒めてくれたの、キリカ先生だけだもんっ!」
「みんな変われたんだ! 塞ぎ込んでる先生の気持ちも、俺らで変えてやろうぜ!」
他のFクラスの面々も、次々声を上げていく。
「待ちなさいな。あなた達は待機よ」
「はぁ!? 天使アンタ、何を──」
「待機。邪魔だと言っているの」
そんな彼らの昂りに冷水をぶちまけたのは、天使の声だった。
「んな言い方は無えだろ、天使」
「浅井、あなたこそ考えなさい。"マーリン杯"とは違うの、死人が出る戦いよ。ここにいる誰かの命と引き換えに先生を助けて、それで彼女は喜ぶの?」
正宗に反論する術もない、ごもっともな正論であった。
「私達4人で行くわ。大丈夫よ、この私がいるんだもの。皆はその2人を見てて頂戴」
「……うん。確かに邪魔だよね、あたし達……」
戦闘に向かない残りのクラスメイト達は、天使の言葉におのおの頷いた。しかし、そこには重たい空気が張り込める。
「あの、槙野さん。すぐ付けられるネイルって、今持ってますか?」
「え……?」
居心地の悪い静寂を破ったのは、焚火の声だった。
「…………うん。チップのやつ、あるけど」
「それ、頂いても良いですか? 槙野さんの思いと一緒に」
「焚火……うん! すぐ用意する!」
槙野は、ポケットの小さなピンクのケースを取り出した。
「なあ建川、お前のメガネ貸してくれよ」
「いや、それは貸せないが……これならやろう。うちに代々伝わる、安全祈願のお守りだ」
そう言って建川は、正宗に青いお守りを手渡した。
「渡会、これなんだけどさ……」
「ありがとう! きっと力になるよ」
「天使さん、私のヘアピン貰って。死んだお婆ちゃんのなんだけど、いつも悪いことから守ってくれるの」
「柊の飾り……ええ、付けてあげても良いわよ」
そうして皆は、各々の大切なものを手渡した。2ヶ月前は話したこともなかった、話してみる気すら起きなかった、仲間達へと。4月には持っていなかった、強い情熱と共に。
「よし……こんだけありゃ、負ける気がしねえ」
既に両のポケットはいっぱいだ。1人のクラスメイトがベルトに付けられる小袋をくれたが、それすらももうピンポン玉一つ入りそうにない。
「あっ……でも、先生はどこへ連れて行かれたんでしょう」
「それなら分かるぜ。さっき見かけたんだ、ほら」
そう言い、正宗は先の手紙の裏側を焚火に見せた。
『追伸。もしこれを読んでいるきみが緊急事態に直面している場合、この手紙から微かに漏れている、白い光を辿ってください。先生がいる場所への道案内になっているのです。大丈夫、きみ達以外には見えないよう細工をしています』
即ち、これで準備は整った。
「な……ま、待てお前ら! 本気で行くつもりか、死ぬぞ!? ここは穏便に済ませろと、さっきから──」
「うるせェよ、クソ教師」
「!?」
まさか、といった面持ちで焦るAクラス教師に、正宗は強く言い放つ。
「言っとくが止めても聞かねえぜ。何せ俺達、"落ちこぼれFクラス"だからな」
落ちこぼれ。不良の集まり。
それならば、このくらいの無茶が丁度良いだろう。
「行こうぜ! スカしたバカどもをぶっ潰して、先生にもう一度会いに行く!」
そうして、4人は校舎を去った。
負ける気など、微塵も無かった。




