#40「"L.A.S.T"と儚く遠い夢」
時は現代に戻り、とある廃校跡の校舎にて。
「……よし。整備完了」
ボロボロの木の椅子に座りながら、青髪の少年──チタンは、理科室で自身の装備品の整備をしていた。煙幕手榴弾、急速温度変化ガス、サブマシンガンと弾倉、全て良好。
「やっほー。チタン、また機械いじってんのー?」
「ディーヴァさん……あの、近いです」
チタンの両肩に手を置き、体を寄せて間近で作業を覗き込んでくるディーヴァに、チタンは頬を赤くしながら言った。
「良いじゃん、困ることないし♪」
「困……困ります……」
「?」
アイドルが文字通り顔負けする、可憐な彼女がそばにいては、15歳のチタンが緊張するのも仕方のないことであった。
「そうだ、ヴォイドとシルバーは?」
「えっと……上の階の大教室ですよ。あの子の解析を進めてるみたいで」
「あー。ちっこい先生の不思議バリア、破らなきゃいけないんだっけ」
接触をやめないまま、ディーヴァは天井を見上げて言った。恥じらいの反面、チタンはずっとこのままでいて欲しいとも思った。彼女もそれを望んでいて欲しいと、チタンは思っていた。それは少年特有の、思春期の淡い期待の心であり、人間らしい気持ちだった。
「ホントに殺さなきゃダメかなー?」
「当然です。魔法のために最適化されたデザイナーベビー……新世界に、一番あってはいけない存在ですから」
ただ一つ、常人と決定的に違うのは、魔法への強い憎悪であり。
「まあねー……"L.A.S.T"……あたし達を、この世で最後の魔法使いにするんだもんね」
その憎悪と同じものを、ディーヴァも持っていた。
「ええ……」
「…………チタンはさ。魔法の無い世界を作れたら、何がしたいの?」
それでも、殺しに対する人として当たり前の葛藤を捨てられない──その矛盾を誤魔化すように、ディーヴァは問いかけた。
「まあ……僕の努力を、正当に評価して欲しいです。たまたま才能と体質に恵まれただけの魔法使いより、努力して飛び級した僕の科学の方が偉いんだ、って……子供みたいだって笑いますか?」
ばつが悪そうに顔を伏せるチタンの頭に、ディーヴァは華奢な手をそっと乗せた。
「良いじゃん、笑わないよ。チタンが頑張ってんの、あたしも知ってるもん」
ディーヴァは、そうやって笑いかけて。
「叶えてよね。あたしの夢は…….魔法がこの世から消えたって、もう叶わないから」
そう囁く時の顔は、少年には見せないようにした。
決戦の少し前のことであった。
「見回り完了した。ヴォイド、そちらの解析はどうだ?」
ディーヴァ達の一つ上の階。外に侵入者がいないか確認して回っていたシルバーは、この大きな教室にいるヴォイドの元へ帰投したところだった。
「お疲れさん。こっちはまあ、予想よりも少し早く終わるかもしれねェ。1時間ちょいってトコだな」
仕事仲間に声をかけ、前向きな報告をするヴォイドの横には、魔法学の本が大量に積まれていた。それも高度な学術書で、日本語や英語はもちろん、独語や仏語の論文まで多岐に渡っている。
「魔法と言っても所詮は学問。体型に当てはめていった結果、コイツの防御壁は複合式多次元拒絶防壁だと判明した。それさえ分かりゃ、編み物の糸引っ張って解体するみてェに、時間はかかるが必ず解除できる」
「……相変わらず、そのナリでよくも知恵が回るな。お前は」
雄弁なヴォイドの様子を見て、シルバーは率直な感想を漏らした。粗暴で杜撰な彼女だが、魔法学に関する知識と経験は異常なほどに有している。シルバーもこの組織に彼女をスカウトした当時は、そのギャップに驚かされた。
そして、そんな彼女の背後には、手術台のような拘束具がひとつ。そこには、幼い白髪の少女が押さえ付けられていた。
「……っ」
トレードマークのとんがり帽も、自由も奪われたキリカは、それでも強気な瞳で2人をくっと睨む。
「魔法の発動に制限をかける、特殊な作りの拘束装置だ。抵抗はされねェ。残念ながら防壁の方は、常時張られ続けてっから制限の対象外だったがな」
「そうか……おい、聞いたな。1時間後には貴様をこの世から抹消する」
「……Fクラスのみんなには、手を出させないのです」
シルバーの冷たい瞳をまっすぐに見た目返し、キリカはそう言い放った。たとえ見え見えのハッタリであろうと、そう言い切らなければならないと、彼女は思っていた。
「何か勘違いをしているようだが……我々の目的は殺人ではない。この世から魔法を消す、すなわち魔法の行使や魔法学の研究が一切禁止された世界を作る。われわれの目指すところはこれだ」
「そんな……この世に魔法使いが、何百万人いると思っているのですか!? 何のためにそんな無茶を……!」
「魔法は悲しみしか産まないからだ。お前にも心当たりがあるだろう? 橘先生を殺した、お前には」
その眼差しは一層鋭くなった。おーこわっ──ヴォイドは呟きながら一歩後ずさる。
「……巫銀。希織花さんが言っていた、正宗くんと同じ、彼女の魔法の教え子……私を狙ったのは、彼女の仇討ちのつもりなのですか?」
「何度も言わせるな。目的は魔法禁制の世界。その世界には、魔法の行使そのものを目的に作られたデザイナーベビー……そう、お前のような忌み子は、存在してはならない。それだけだ」
「だから消し去る、と……希織花さんが、弟子にそんな教えを説くとは思えな──」
「……黙れ!!」
突然の怒号とともに、ガラスに拳を叩きつけたような音がした。シルバーがキリカに振りかざした右手を、彼女の表皮の手前で、物理防御魔法が受け止めた音だった。
「教えだと? 先生に全てを教わり切る前に、彼女は死んだ! 連絡もなく突然だった……言いたいことも言えなかった! お前のせいで!! お前という、魔法学の忌み子のせいで!! そうだ……この世に魔法が存在したせいで!!」
「……!」
キリカは言葉を失った。
悪質なテロリストだと思っていた彼らが、人間らしい嘆きをこぼすのだから。人間らしい涙を流すのだから。かける言葉が見つからなかった。
「あー、もう良いか? そこにいられると解析の邪魔なンだよ」
「……ああ。悪かった」
「クールに行こうぜ。そんで、計画を全部終わらせたら──」
魔法学の学術書を開きながら、ヴォイドはどこか寂しげな笑みと共に言った。
「オレサマのことも、ちゃんと殺してくれよ?」
ヴォイドが本のページをめくる音や、パソコンに何かを打ち込む音だけが部屋に響く。彼女は時折キリカの恐怖を煽るような言葉を投げかけてくるが、それ以外は完全に自らのタスクに熱中している。
ゆえに、キリカには考える時間があった。
(……みんなは、ここへ来るでしょうか。来てしまうような気がします)
彼女は、それを望んでいなかった。
橘と死別した後、キリカは数年間、とある大学に保護されていた。胸を刺す悲しみと罪悪感は消えなかったが、多少は笑えるようになった。そこで実験体としてではなく、学生として魔法を学び、そして橘が言い遺したように教師になった。
最初の2ヶ月は苦難の連続だった。なにせ初めての授業の相手は、学校1の落ちこぼれクラスだ。それでもキリカは、橘の真似事をしながら、なんとか2ヶ月間頑張ってきた。
いつだって、何度だって、人は変われる──彼女の遺言通り、正宗が変わり、焚火が変わり、Fクラスの皆が変わっていき、前を向けるようになった。
その度に、キリカは誇らしかった。橘の代わりになれていることが。彼女の想いを継いで、教え子達を変えてゆけていることが。
それに、楽しかった。正宗にいたずらを仕掛けることも、槙野や林に子供なのをいじられることも。焚火からのおぞましい干渉も、その奥にある深い愛情を思えば、嬉しいものだった。幸せだったのだ。
そんな幸せを味わうたびに、その夜は罪悪感で体が震え上がった。時には嘔吐した。時には眠れなかった。橘希織花の、その教え子達の幸せを奪っておいて、自分は何を──と。
それでも、Fクラスの教え子達との絆は断ち切れなかった。どうしても手放したくなかった。それほどまでに、幸せだったのだ。幸せだったから、余計に罪が悪寒となって、身体中を這い回っていた。彼女は笑った数だけ、誰にも見えない影で泣いていた。
そんなジレンマが、今、終着した。
『お前のような忌み子は、存在してはならない』
あの時は、橘のためにも言い返してしまったけれど。
ああ、やっぱり──心のどこかで、そう思ってしまったのも事実だった。
途端に、これまでの全てが、単なる自己満足な罪滅ぼしだったような気がして。
(……私が死んで、彼らが助かるなら)
拘束に抵抗しようとする手足の力も、今や完全に抜けきった。
そうして、諦めと共に目を閉じて。
最初にまぶたの裏に浮かんでくるのは、ピアスをした黒髪の不良少年だった。
(ふふっ……手のかかる生徒ほど、記憶に残る……大学の先生も言っていたのですよ)
1番最初から、目を光らせていた相手。1番多く言い合いをした相手。
先生になってから1番はじめに、自分を肯定してくれた相手。
1番笑わせてくれた相手。
(……そっか。涙が出ちゃうほど、私は正宗くんが大好きなのですね)
最期の時まで、1時間を切った。




