#35「Fクラスと脱出不可の結界」
「ディーヴァって言ったか? 何が目的だ」
緊張感に包まれた校庭で、正宗はディーヴァをまっすぐ見つめて問いかけた。
「んー、教えてあげても良いかな? 足止めだよ。あたしの仲間が、君達の先生への用事を済ませるまでの、ね」
「!? キリカ先生ッ……!」
正宗はハッとして呟いた。こんな非常事態に、桜キリカは一体どこで何をしているのか──胸中の思考を読まれたかのように、目の前の女が彼女を回答に挙げたから。
そして彼女こそ、今の正宗にとって最も気がかりな存在だった。
『先生がいなくても、皆はきっともう大丈夫なのです』
いつか言っていたその言葉が、どうしても頭によぎって仕方がなかった。
「テメェ、先生に何する気だ!? 答えろッ!!」
「ぶぶーっ。そこはヒミツ〜♪」
小悪魔じみた可愛らしい声色と共に、不敵に笑うディーヴァの姿も、今の正宗にとっては怒りを沸かせる対象でしかなく。
「チッ……だったら、無理矢理にでも吐かせてやるッ!!」
そわそわとした気持ち、抑えきれないイライラを吐き捨てるように、彼は踵を蹴って飛び出した。
「浅井くん!」
だが、その身は強く後ろに引っ張られ。
「!?」
ふと振り返った先では、赤髪の少女が彼の手首を掴んで止めていた。
「焚火……」
「落ち着いてください。先生ならきっと大丈夫です。それより今は、ここにいる皆を」
そう語る彼女の背後には、十数人のクラスメイト。その大半がまともな戦闘能力を備えていないことは、無論正宗も知っている。
そしてその周囲にはすでに、どこからか出現した何十騎もの黒騎士たちが、虐殺を今か今かと待ち侘び待機していた。
「……だな。悪い、つい」
それでも、他の誰かの言葉なら、振り切っていたかもしれない。
冷静な呼びかけとは裏腹に、その休まらない胸の内が額の汗や手の震えに表れている、彼女の言葉でなければ。
「ふーん。ま、無駄な抵抗してごらん♪」
そう言いながら、ディーヴァは手元の赤い本を開いた。直後、そのページが怪しい輝きを放ち始める。
「盲信にして忠実。百戦錬磨の権化たる騎士どもは、姫の号令と共に仇なす者を喰らわん。行ってこーい♪」
物語の一節のようなフレーズの後、ディーヴァはFクラスの面々を指差して呼びかけた。直後、周囲を取り囲む騎士たちは、腰の剣を抜いて構え始める。それすなわち、処刑の開始。
「俺と焚火の破壊力で数を削る! ハルと天使はみんなのそばに付いて守れ!」
「はいっ!」
「分かった!」
「ええ!」
直後、正宗は焚火と左右に分かれて駆け出した。一人は刀を抜くような所作を構え、一人は改造高火力ライターに指をかける。
「"心刀・正宗"ッ!!」
「"紅の迷い子"!」
それぞれの魔法と共に、騎士達の真っ只中に飛び込んだ。超圧縮された高密度のマナの刀は、本来不得手なはずの鉄の装甲を容易く真っ二つにしていく。一方で魔女の指先一つで操られる火炎は、高熱の刃となって騎士の首を刎ねていった。
そして両者の駆け抜けていく背後では、空っぽの騎士たちが力なく倒れて砂へと還る。コイツらも人間と同様、致命傷の概念があるらしい──敵が不死身ではないことに安堵しつつ、正宗は刀を振るい続けた。
「ハル、そっち平気か!?」
15、16、17、まだ来るのか──キルスコアを数える最中、正宗は友の背を振り返り叫ぶ。
「大丈夫! だけど、数が多すぎる……!」
黒い鉤爪で騎士の鎧を引き裂きながら、ハルは額に汗を浮かべた。駆け回りながら基礎魔法"シュトナ"で応戦する天使の方にも、徐々に疲れが見え始めている。一方で騎士の方は、ざっと見ただけでも100体近くが控えていた。
「踏ん張れ! いつかマナ切れが来る!」
これが神の御技ではなく、人間の魔法ならば。信じて正宗は斬り進む。
「ふーん。ま、こっちはあと300は用意できるけど……めんどくさいから、これで片付けようかな♪」
「何……!?」
聞き間違いだと願いたくなる数字を述べながら、ディーヴァはさらに指をくるくると回し、何か放り投げるような所作をした。直後、地面が揺れて砂埃が舞い。
「クソッ、マジか!!」
大型トラックよりも巨大な銀の大砲がそこに現れたのを見て、正宗は冷や汗をかいた。
「それっ、発射〜」
ディーヴァの号令と共に、その砲身が輝き始めた。周囲の騎士もろとも、この場を吹き飛ばすつもりだとすぐに分かった。
どうする。砲身を斬るか。"シュトナ"で相殺するか。否、どちらも不可能──正宗は瞬時に判断し、そして第三の案を閃き。
「建川!! 頼むッ!!」
叫び、正宗はFクラスの面々のもとへ駆け戻る。焚火達も彼の考えを察したのか、同じくこちらへ駆け寄ってきた。
「任せろ! "一夜壁"ッ!!」
体格の大きい黒髪の生徒──建川の固有魔法。Aクラス戦でも活躍した、建築の魔法。
Fクラス全員を取り囲むように、瞬時にコンクリートの建物が下から上へと形成されていく。
「うおおおおおおッ!!」
「ばーん。ふふっ、そんなハリボテじゃ木っ端微じ……あれ!?」
直撃、そして爆風。しかしその結果は、ディーヴァにとって全くの予想外であった。
「よしっ……建川建設の社訓は安全第一! この程度でウチの物件が壊れるか!!」
「助かったぜ、建川!」
その魔法が、攻撃能力を一切持たない代わりに、完璧とも言える防御力を誇っていることを、彼女は知らなかったから。
「周りの騎士が吹き飛んだ今なら……槙野さん、林さんッ!」
そう言うとハルは、鉤爪をしまった両腕に、1番近くにいた2人を抱えた。
「わっ……!?」
「うおー、渡会大胆だねえ」
2人の反応を気にも止めず、ハルは高速で駆け出す。
「今なら脱出できる! まずは2人……!」
"ビースト"によって身体を強化されたハルにとって、人ふたり抱えて運ぶなど容易い。再装填に時間をかけている大砲の横を駆け抜け、ワンジャンプで一気に校庭を囲むブロック塀を飛び越えた。
このまま、学校から抜け出すことができれば──
「…………なっ!?」
その希望は、直後に砕かれることとなる。
校外へ飛び去ったはずの3人は、再び校庭のど真ん中、Fクラスの生徒らのそばへ戻って来ていた。
「なんでハルが戻ってきて……あいつ、ワープまで使えんのか!?」
「違います、恐らくこの学校を範囲とした結界魔法です! 決して出られないよう出来ているんです……!」
瞳を震わせながら、秀才博識の焚火が呟いた。
「そゆことー。じゃ、今度こそトドメだね」
ディーヴァの言葉通り、再び騎士たちが地面から生まれていく。その数は先ほどの倍以上。正宗達のマナも徐々に尽きかけている今の状況では、絶望的な戦力差だった。
「そんな……どうしたら」
「焚火」
「!」
不安げな声を漏らした焚火に、正宗が呼びかける。
「結界って言ったよな。その境界線はどこだと思う?」
「え、えっと……十中八九、この学校の敷地、四方を囲むブロック塀を境にしていると思います。渡会くんも、そこを帰る瞬間にここへ戻されましたから」
「分かった……行ってくる、あと5秒だけみんなを守れ!」
「あ、浅井くん!?」
正宗は振り返ることもなく、走り出した。
(この箱から脱出できねえって言うなら……箱そのものをぶっ壊す!)
そしてブロック塀目掛けて、高く飛び立った。
「無駄無駄。何度越えようとしたって、逃げられないよ〜っ」
「越える? はっ、誰がんなことするかよ!」
「え……?」
正宗は、右手の拳を強く握りしめた。もうすぐブロック塀を越える、その瞬間。
「ここだ!! "消虚"ッ!!」
彼は、空間を殴りつけた。
「何を……なっ!?」
ディーヴァは驚愕の声を上げた。
無理もない。空気中に、大きなヒビ割れが起きているのだから。自らが作り出した完璧な結界が、正宗によって壊されようとしているのだから。
「はああああああああッ!!」
全ての魔法を消し飛ばす、無敵の拳。
それは結界に対しても、例外ではなく。
「嘘……!?」
おののく姫君の図上で、紫の雲がバラバラに砕けて、青色に染まっていった。
「やった……!?」
焚火が呟く。その視線の先では、周囲を囲む騎士たちがバラバラと崩れ去っていく。
「騎士サマが守ってくれんのは、センスのねえ結界の中だけみてえだな?」
不敵に笑いながら、正宗はディーヴァに言い放つ。
「やー、参ったね。君のそのパンチ、ここまでなんでもありとは思わなかったよ」
しかし彼女は、焦るそぶりを見せなかった。
「ただ、あたしらの勝ちだね。ほらっ♪」
「何……?」
困惑しながら、正宗は彼女が指差した方へと振り向いた。
「…………なっ!?」
そして、見た。
桜キリカ。自分の担任教師の姿を。
「………………」
「先生ェ!!」
その彼女が、フードを被った1人の人物に抱きかかえられているのを。
気を失っていて──まるで、その人物に倒されたかのようであるのを。
無敵だと思っていた、いや無敵であるはずの桜キリカが、敗北している姿を。
「テメェら……先生をどうする気だ!? 何が狙いだ!?」
「へっ、良いぜ。ディーヴァの魔法を突破した褒美に教えてやるよ」
中性的な声をしたフードの人物は、その口元に笑みを浮かべながら言った。
「オレサマ達は"L.A.S.T"。この世界から、全ての魔法を消し去るために集結した。そしてそのために、桜キリカを──殺す」




