#34「正宗と来たる最後の敵」
「……天気、こんな悪かったか……?」
学校に着くや否や、正宗はそんなことを呟いた。空は曇っている。それもただの灰色ではなく、紫がかっているのだ。
妙だ。妙だが、そういうこともあるのかもしれない。科学に特別詳しいわけでもない正宗は、それ以上考察することもなく、せっせと昇降口へ入って行った。
(ん)
昇降口の先で階段を上がる途中、正宗はふと意識を惹きつけられ、左前を見上げた。
「うっす」
「あ、おはよ浅井」
クラスメイトの岸田だ。一瞬おっと思ったが、特別仲がいいわけでもないので、それだけ言葉を交わして歩き去る。他に話すこともない。
それよりも正宗の頭は、桜キリカのことでいっぱいだった。一晩明けて、墓参りも終えて、気持ちの整理がついたからだ。
桜キリカへの恩返し。橘希織花から受け継いだ正義と、彼女への恩返し。年端も行かない少女を守り、助けてやりたいという、人として当たり前の思い。そうした感情全てが混ざり合った果ての結論として、自分は彼女に並べるくらい強くなって、力になりたい。
それが正しいやり方なのかも分からない。だけどとにかく、あの少女が物憂げな顔を、辛そうな顔をしなくても済むようにしたい。誰だって抱えうる、それだけの単純な思いを、今の正宗は抱えていた。
だから──と、物思いにふけていた正宗の意識は、階段の上の曲がり角で水たまりを思い切り踏んでしまったことで、一気に現実に引き戻された。
誰かがバケツの水でもこぼしたのだろうか。なんにせよ最悪だと、正宗は下を見下ろす前に思った。なにせこの高校の上履きは、水を吸いやすく乾きにくい。だから靴下まで
違う
色が違う
赤い
血だまり──!?
「なっ!?」
整理しきれない頭のまま、正宗は階段の先の廊下へ飛び出し、そして目を丸くした。
「…………だ、げて」
その男もまた、クラスメイトだった。名は佐野。彼もまた、正宗と特段仲が良いわけではない。先ほどの生徒と違うのは、中世西洋を思わせる黒い剣に、その胸を貫かれて鮮血を噴いていることだけだ。
「何、が……!?」
混乱に頭を支配されながらも、正宗は剣の持ち主の方へ目を向けた。
騎士だ。写真を撮って、世界史の教科書にそのまま貼り付けて資料にできる、そんなイメージそのままともいうべき黒騎士だ。兜をかぶっていて顔は見えないが、その視線はどうやら、正宗に向いているようだった。
「てめえ……何者だッ!!」
正宗は一瞬にして飛び出し、騎士の左脇から接近した。そして、その勢いをそのまま乗せたタックルで、騎士を吹き飛ばす。
「おい、大丈夫か!?」
すぐさま正宗は、刺さった剣ごと騎士の元を離れた男子生徒に近づき、彼が地面に倒れる前に抱え上げた。
「……っ、あぁ………………」
虫の息の佐野は、そのまま目を閉じて生き絶える──
「!?」
ことはなく。
その体は、無数の白い光の粒子と化して消滅した。まるで彼という人間がはじめから、作り物だったかのように。
殺気。
「"シュトナ"ッ!!」
整理する暇もくれないのか──胸中で愚痴りながらも、正宗は突然反撃してきた騎士に動じることなく、基礎魔法を直撃させて騎士を再び吹き飛ばした。今度は爆発によってその身が壁に叩きつけられ、鎧が粉々に砕け散る。
「何!?」
だが、人殺しの顔を拝むことはできなかった。
顔が無いのだ。
「空の鎧……くそっ、どうなってんだよ! 佐野はどうなったんだ……!?」
そう呟いているうちに、その鎧も男子生徒同様に、光を放って消えてしまった。
魔法だ──正宗は、すぐに気が付いた。でなければ、あんな消え方は、こんな朽ち果て方はあり得ないのだから。
「まだ試合には早えだろうが…………そうだ、Fクラスは!?」
"マーリン杯"とは関係の無い異常事態だと、正宗も分かっていた。いくら大会といえど、校舎内で魔法で暴れて人を殺すなどあってはならない。そもそも犠牲者が出る前に教師陣が、特に自分の担任が助けに来るはず──ああ、また彼女頼みか!
やりきれない思いを無理やりしまいながら、正宗は通い慣れた教室へと駆けていく。
「って、またか……!」
角を曲がり、もうすぐ2-Fの教室だという手前。そこには、先ほどと同じ体格、同じ見た目の騎士が、双璧のように立ちはだかっていた。すぐに正宗に気づき、剣を構える2騎。話し合いの余地はないと、先ほど学んだばかりだ。
「お前ら、魔法で動いてんだよな……だったら!」
ならば、殴り飛ばすのみ。
「"消虚"ッ!!」
右腕にめいっぱいの体内マナを込め、騎士が剣を振り下ろすより早く、その胸の甲冑に拳を叩き込んで砕いた。
「よし……!」
途端に、騎士の甲冑全体が砂のように溶けて消えていくのを見て、正宗は笑みを浮かべた。彼の見立て通り、甲冑の正体はマナの塊であった。なれば、"消虚"で正宗のマナ、すなわち異物を流し込んで内側から破壊できる。
だが。
「しまっ……!」
消滅した歌詞の後ろから、すぐさまもう片方の騎士が剣を突き立てて飛び出してきた。正宗は驚きながらも、咄嗟に後ろに飛び退き。
「がっ!?」
途端、廊下の壁に強く頭を打ちつけた。失神するほどではなかったが、鈍い痛みが襲い掛かり、判断が大きく遅れる。
そして、文字通り血も涙もない黒騎士は、その隙を逃さない。とどめを刺さんと、正宗に迫り来る。
「くっ……!」
「浅井くん伏せて!」
「!?」
瞬間、反射的に正宗は体を縮こませてしゃがんだ。
「"紅の迷い子"!!」
直後、赤く燃える刃が、騎士の腹を横一線に裂き千切った。上下に泣き別れになった騎士は、そのまま黒い砂になって消滅していく。
「浅井くん! 無事だったんですね!」
「焚火か! 悪い、助かった!」
立ち上がると、教室の中から援護した焚火と目が合った。そして、さらに嬉しいことに。
「お前ら……!」
天使。槙野に林。他のクラスメイトたちも、そのほとんどがこの教室に集まっていた。
「浅井、遅いわよ! 怪我してるなら治すわ」
「や、問題ねえ。ありがとな」
天使と言葉を交わしながら、正宗は他のクラスメイトらの様子にも目を向けた。幸い、大怪我を負った者はいないようだ。
「正宗!」
さらに声がして、正宗は廊下の奥へ視線を移した。
「ハル! 大丈夫か!?」
黒いマフラーとコートに身を包んだ男子生徒──たった今、別の騎士を撃破した渡会ハルは、正宗の顔を見て安堵するような笑みを浮かべた。
「うん、正宗も無事でよかった……そうだ正宗、佐野くんと岸田くんを見なかった!?」
「ッ……岸田は、さっき一階で会ったきり分からねえ。佐野は……悪い、間に合わなかった」
「そ、そんな…………」
その言葉だけで状況が伝わるほど、ハル達の方も切羽詰まっていたらしいと、正宗は瞬時に理解した。
「浅井くん! 他のクラスの人達はどうでしたか?」
「他のクラス? いや、他の連中までは流石に気が及ば──」
そんな場合ではない、と、思いかけた。
そういう問題ではない。
そもそも、他のクラスの人間に会っていない。今はもう午前8時22分、学校中が生徒で溢れる時間だというのに。
「……誰にも会ってねえ」
「実は私達もなのよ。こんなホラー映画のような状況だというのに、変だと思わない? 悲鳴の一つも、避難する足音も聞こえないの」
「俺達しか、校舎にはいねえってことか……?」
謎が謎を呼ぶ状況の中、次に口を開いたのは焚火だった。
「ここはひとまず、外へ脱出しましょう。私と渡会くんと浅井くんで、前を先導する形で良いですか?」
「それで行こう。このパニックホラーを終わりにすんぞ」
正宗は、紫の雲が不気味に浮かぶ窓の外を見上げた。
道中に騎士の襲撃が何度もありながらも、正宗達3人で退け、そしてついに校庭へとたどり着いた。
「うへー、今日白い靴下で来ちゃった」
「由香、言ってる場合?」
非常事態の中でもマイペースさを崩さない林と、反対にどこかそわそわとしながら言葉を交わしている槙野。靴を履く暇もなく校舎を飛び出したFクラスの面々は、周囲を警戒しながら校庭を歩いて行く。
「おっ。思ったより多いね、生き残り」
「!!」
聞き慣れない女の声。正宗は、そして仲間達はすぐさま、校庭の隅にそびえ立つ巨大な欅の木の上に視線を向けた。
「テメェか、佐野を殺しやがったのは!?」
怒りのこもった声色で、正宗は女に強く叫ぶ。
「あー、勘違いしないで。あの子も一階で逃げ遅れてた子も、別に死んじゃいないよ。ただ……あたし達の邪魔をするなら、そうとも言い切れないけど♪」
「……?」
陽気で気さくな話し方が、逆に不信感を与えてくる。紫の髪を長く伸ばした20歳ほどに見える女は、赤く分厚い本を片手に不気味に口角を上げた。芸能人と見紛う美貌に、黒のシックでありながらも美しいドレスを纏った姿は、まさしく騎士に守護される姫君のよう。
「あたしはディーヴァ。よろしく♪」
それは、滅びの戯曲を綴る絶望の歌姫の名。
今度の戦いは、"試合"では済まない。




