#33「正宗とあの頃のこと」
自分に敵う人間など、きっとこの世のどこにもいない。
小学6年生にして、街の不良学生グループを1人で壊滅させた幼き日の浅井正宗は、本気でそう思っていた。
魔法の才能に気付いたのは、4年生の時。魔法の基礎に関する本を読み、冗談半分で基礎魔法を詠唱してみたら、本当にそれが発動してしまった。以来、体内マナを操作しての身体強化の術や、基礎攻撃魔法"シュトナ"を鍛えた。
自分こそが最強。それが誇らしかった。
「ホントにこれで全部か?」
「は、はいぃ!! どうかご勘弁をォ!!」
「チッ……しけてんな」
そのプライドをへし折る相手が現れた──現れてくれた、という表現の方が正しい──のは、中学1年生の時。
「悪者退治は素晴らしいですが……お金を奪うのは感心しませんね。返してあげなさい」
「?」
カツアゲしに来た不良を叩きのめし、逆にカツアゲしていた正宗は、後ろから聞こえてきた声に振り返った。
「女……?」
正宗が呟いた通り、来訪者は黒いスーツ姿ではあるが、女性だった。紺色のショートヘアをなびかせ、片耳に銀のピアスをした、若く端正な顔立ちの人物だ。飲みかけのパックのりんごジュースを片手に、悠々と正宗を見つめている。
「何が悪いの? 不良同士で金取り合う分には、誰にも迷惑かかんねえだろ」
「いいえ。その子達のお金も、元は善良な人々からカツアゲしたものかもしれません。君は不良同士で奪い合っているつもりでしょうが、結局のところ間接的に罪もない方々を困らせているのですよ」
「んなこと言ったら、アンタの財布の金だって、前の持ち主が犯罪で手に入れたモンかもよ?」
「それとこれとは違います。君の場合、そういう汚い奪い合いに自ら加担していることが問題なのですよ。ですからこんなことはやめて、お家に──」
「うるせえッ!」
聞くに耐えない、いつもの大人の説教。そう決めつけた正宗は、女性めがけて駆け出した。
(どうせ俺の方が強え! 魔法でボコボコにしてやる!)
胸中ですでに勝ち誇っている正宗は、右手を彼女めがけて掲げ。
「"シュトナ"!」
詠唱した。正宗の手から、紫のマナの塊が勢いよく放たれる。
女性は避ける素振りを見せない。鈍臭いから避けられないのだと、正宗は思った。さあ、1秒後には魔法が当たって──
「よいしょっ」
「……は?」
そう。当たりはした。
正宗の渾身の"シュトナ"は、女性の右手に当たり、そして何故かその右手によって掻き消されたのだ。
「びっくりした〜。その年で魔法を使いこなすとはやりますね。ですがその程度、こうやって高密度のマナを纏えば防げてしまうのですよ」
女性は自慢げにそう言った。
「さ、次はどうしますか? よーく考えてみましょう」
「!! 舐めやがって……!!」
怒りに身を任せ、正宗は再び突撃した。許さない。コテンパンにのして、泣かせてやる。
「うおおおおおおッ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……ぐ、うぅ……!!」
正宗は、コテンパンにのされた。そして泣いた。
「君、お名前はなんて言うのですか?」
「……うっせえ。教えねえ」
「んー、仕方ないですね。それなら続きを──」
「ま、正宗!! 浅井正宗!!」
正宗は大慌てで名乗った。今のをもう一度喰らうなんて、冗談じゃない。
「正宗くんですね、はじめまして。私は希織花。橘希織花と言います。今日からきみの先生なのですよ」
そうして正宗は、魔法官・橘と出会った。
魔法官は、魔法に関する事件などの解決に当たる警察の一種。中でも橘は特殊魔法官だった。副業として、有事の際にのみ捜査権や逮捕権を与えられ、それ以外の平時は別の本業に就いている。
「あっ! 正宗、また学校サボりましたね? まったく……」
「お前だって働いてねーじゃん」
「良いのですよ、事件が起きても起きなくても固定給なんだから」
──というのが本来の業務形態なのだが、橘は例外。彼女は本業を持たず、特殊魔法官として、短い労働時間で高い給料をかっさらう卑しき半ニートであった。
「はぁ……それじゃ、行きますよ。勉強しないなら訓練をしましょう」
そんな橘と街中で出くわすと、彼女は決まってそんなことを言った。
そして、一緒に街外れの河川敷へ行って。
「一発当てたら、飯おごってくれんだよな?」
「はいっ。あ、あと胸触らせてあげましょうか」
「ッ!? い、いらねえッ!」
そこで、魔法を使って戦う訓練をした。実践経験豊富な橘は強く、今まで負け知らずだった正宗も幾度となくコテンパンにされてきた。
そして、その度教えを受けた。視線で動きを悟られないようにしろだとか、踏ん張りや体のバネを大事にしろだとか。
「そーれ、無重力の魔法に地面が跳ねる魔法〜っ」
「わっ、とっ……うわあああああっ!?」
だがそれ以上に、いつも橘が入念に言っていたことがあった。
「きみが先生に勝てないのはね、拳に何も込めていないからなのですよ」
「痛ってて……拳ならマナで強化してんだろ、いつも!」
「そういう意味ではないんです。自分にとって本当に大事なもの、これのためならいくらでも戦えるぞ! って思うもの。それがあれば、いざという時に普段の何倍もの力が湧いてくるんですよ」
「先生も、そういうものがあんのか?」
「私はいつも、正義を胸に抱いています。これが正しいって思うこと、これをすればこの人は笑えるだろうなって思うこと。私が胸を張って生きられるような生き方。それを大切にしています」
「……じゃあやっぱ、俺には無理だ」
どうして? 橘はそう問いかけながら、顔を伏せる正宗のそばに座り込んだ。
「昔、クラスでいじめられてた奴がいてさ。そいつ泣いてたから、俺が代わりにいじめてた奴らを殴ってやった。正しいことだと思ってたのに、その日からみんな俺を悪者扱いだ。助けてやったあいつも、みんな」
友達でもない女に何を語っているんだろう──そう思いながらも、何故か正宗の口は止まらなかった。
「でも俺、そういうやり方しか知らないんだ。だから俺は……多分、正しくないんだと思う」
「なるほど。本当は優しい子なのですね」
引かれるか、呆れられると思っていた。だから橘その反応に、正宗はつい目を丸くした。
「大丈夫。もっと色々なことを学んで、色々な人と出会ったら、本当に正しいことのために戦えるようになりますよ。人はいつだって、何度だって変われるのですから」
「……適当にそれっぽいこと、言うなよ」
「いいえっ」
「!?」
両頬に感じる温もり。橘は正宗の顔に手を当て、その視線をくっと自分に向けさせた。
「先生は信じているのです。でなきゃ、こんな所でこんな話はしませんよ。ねっ」
優しい瞳が彼を見つめた。曇りの無い本心なのだと、正宗には分かった。レッテルを貼って、テンプレート的な説教を並べる他の大人とは違う、「ただ君と話がしたい」というだけの純粋な瞳だった。
「……るせぇッ」
ひねくれた少年には、それはあまりに眩しくて。
だけど、嬉しいものだった。
訃報は、その1年と少し後に届いた。橘希織花は、とある魔法事件の捜査中に命を落としたのだ。正宗は、彼女の最期に立ち会うことは出来なかった。
(何かを込めた拳は強い、か……今なら分かる気がする)
あの頃と同じメーカーのパックジュースを、正宗は墓石に添えた。そして、目を閉じて彼女を思う。
(橘先生が死んでから、正義が分からなくなった。誰よりも正しくて優しかったあの人が、なんで死ななきゃならなかったんだ、って……)
だが、命が消えても、その遺志は消えない。消させない。
(人は変われる。橘先生が教えてくれたこと。それを無駄にしないために、変わり続ける。今よりもっと、自分に胸張れるように)
それこそが、自分の人生を変えてくれた彼女へ報いる道だから。
(もっと強くなるんだ。キリカ先生が、俺を信じて全部話してくれるように)
自分にとって、橘と同じぐらい大切な存在である、あの少女の力になりたいと、正宗は強く思っていた。
「……とりあえず、謝りに行くよ。またな、橘先生」
正宗は立ち上がり、墓地を後にした。
「おやおや? 誰かのお供え物……やっぱり人気者なのですね、希織花先生は」
5分後。橘希織花の墓標に、もう1人の来訪者の姿があった。
「……私はちゃんと、"あなたになれて"いるでしょうか」
供え物のジュースは2本になった。




