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#3「せんせーと怪しい優等生」

 4月11日、16時。


『山倉市立山倉第一魔法高校の裏庭にて、巨大な生物が女子生徒を襲うのが目撃された。駆けつけた同高校の教師との戦闘の末、巨大生物は駆除されたが、魔法官局と警視庁はこの生物を違法な魔法生物とみなして調査を──』


「ふーむ……」


 帰りの会を終えた桜キリカは、教卓の椅子に座って、スマホの電子版・山倉市新聞に目を通しながら声をこぼした。


 片手でスマホをスクロールし、もう片方の手は教卓に置いた黒いとんがり帽をいじっている。


「この間のアレは、誰の差し金だったのでしょう……おや?」


 と。てっきり生徒は全員教室を去ったものと思っていたので、キリカははっとして最後部の席を見た。


「……人間は空気中のマナや、食べ物の組織内に含まれるマナを摂取して自分の体内に循環させ、それを消費して魔法を行使する……あー、中学でも習ったとこだな」


 教科書を見ながら、ぽつぽつと独り言を呟く、今この教室でたった一人の生徒。


「勉強熱心ですね。正宗くん」


「先生……あー悪い、口に出ちまってたか?」


 "魔法基礎論"の教科書の向こうからかけられた声に、浅井正宗は少し申し訳なさそうに答えた。


「そちら、一年生の頃の教科書ですよね?」


「おう、去年は散々勉強サボっちまったからさ。二年になった今でも、こいつをたびたび読み返さなきゃついていけねえんだ。笑っちまうだろ」


 正宗は苦笑いで語る。


「いいえ、笑わないのですよ。ひたむきな努力はどんなものも素晴らしいですし、努力のペースも人それぞれなのですからね」


 新聞を読む手を止め、スマホをしまいながら、キリカは本心でそう答えた。そして小さな足でとてとてと、正宗の方へ歩み寄っていく。


「それでは……頑張っている正宗くんのために!」


「あぁ……? うわ顔ちけえ」


 むふふん、と鼻を鳴らしながら急接近してきたキリカに困惑し、正宗は座ったまま上半身を後ろに引いた。


「先生がご褒美をあげるのですよ!」






 山倉市は、関東圏の端っこ、東京からは少し離れた、あまり都会とは言い難い街だ。


 されど、東京の民がアレルギーを発症するほどの田舎ではない。一応鉄道や空港があって交通の弁は良いし、観光名所もいくつかある。


「久々だなー、サンソーモール来んのも」


 そして市の中心部には、10階建ての大規模ショッピングモール"サンソーモール"がそびえ立つ。言わば、"まあ退屈はしない、そこそこ悪くない、中の下くらいの街"と言うべきか。


「ちょうど新しい服が買いたかったのですよ。ついでに正宗くんの欲しいもの、先生が何でも買ってあげるのです」


「やー、良いって。流石に子供に奢られるわけにはいかねェよ」


「いいからいいから。ほら、正宗くん♡」


「!」


 甘い声でそう言うと、キリカは背伸びして正宗の顎にそっと手を当て。


「先生が大人のエスコートをしてあげるので・す・よ♡ ふふっ……」


 そう告げて、少女らしくない妖艶な笑みを浮かべ。






「びえええええぇぇぇ〜!!!」


 そして、迷子になった。


「やっと見つけた……どうもすみませんでした」


 ショッピングモール内の迷子センターの職員に、正宗は申し訳なさげに頭を下げた。


「びぇ、ご、ごべんなさい、うちのまさむねくんがまいごでぇ〜!!!」


「お前だよ!!」


 クソ、無駄な時間を……正宗はぼやきながら、迷子センターの手前にあるベンチに腰を下ろし、来る途中で買ったコーラのペットボトルを開封した。


「てか、先生何歳だよ」


「じゅう、にぃ゛!!」


「12歳!? 小6!? じゃ迷子になんな! そろそろ自力で頑張る力をつけろ!」


「してまずぅ!! ばっちり一人暮らしですぅ゛!!」


「今言われると、むしろ心配になる情報だ……」


 地団駄を踏みながら言い張る少女を見て、なんだか疲れながら、正宗は肩を落とした。


「…………じゃあ小6のガキが、俺よりずっと強いのか……」


「?」


「とぼけんなよ。ずっと聞きたかったんだ。なんだったんだよ、あのカマキリを消し飛ばしたお前の力は?」


 正宗がハッキリ尋ねると、キリカはあーあれかー、とでも言いたげに手をポンと叩いた。


「驚きましたか? 先生はすごく強いのですよー。なにせ君たち生徒を守らなきゃいけないのですから」


「知ってるよ。だから、なんでガキがそんなに強いんだって聞いてんだ」


「んー……まあ、色々とあったのですよ」


 キリカは語りながら目を閉じ、胸に手を当てた。


「そう、本当にいろいろ……時に地雷原を単身駆け抜け、時に戦車大隊を魔法一つで相手取り」


「…………」


「スパイとなって、政府要人の住処に忍び込んだこともあったのですよぉ……一番大変だったのは、核ミサイルの発射を0.5秒前で食い止めたあの戦いでしょうか……」


「…………ふむふむ。マナの放出や局部集中といった基礎魔法のほかに、人間はおのおの違った固有魔法を使うことができる、と……」


「ちょっ、正宗くん!! 君が聞いてきたのですよ!! なんで本読んでるのっ、こらーっ!!」


「ん? あー。またどうでも良い妄想の話かと思って」


「むきーっ!!」


 おっ、初めてキレた──両腕をぶんぶん振り回すキリカを一瞬見て笑うと、正宗はまたすぐ手元の本に視線を落とし。


「…………本当に勉強熱心になったのですね。まあ、もちろんとても良いことなのですが」


「ん? 俺のことか?」


 そしてまたすぐ、キリカの方へ顔を上げた。


「実は、"魔法官"になりたくてさ」


「魔法官……警視庁と並ぶ権力を持ち、魔法によって国の治安を守る公務員さんですね?」


「そ、小さい頃の夢だったんだ。この前までは正義なんてくだらないって捻くれてたから、諦めてた夢なんだけど……もう一度目指してみようと思ってさ」


 そう、夢を語る。自分にもう一度夢を見させてくれた、先生の目を見ながら。


「素晴らしい心がけなのです。他の皆さんももう少し、正宗くんを見習ってくれたら良いのですけど」


 授業中に駄弁ったり、堂々と寝落ちしたりする2-Fの面々を思い出し、キリカはため息をついた。


「なんか、Fクラスは毎年そうらしいぜ? 落ちこぼれが集まるからやる気がなくて……かくいう俺もそうだったし。最初から真面目だったのは、手前の方の席にいる……おっ」


「? 正宗くん?」


「ほら。噂をすれば」


 正宗が指差した方を、からかも見つめる。迷子センターを出て右手、福屋が並ぶ通りの先。


 白いブレザーに赤のリボン、そして赤のスカート。山倉第一魔法高校の女子制服。


「あいつとかじゃねえか? 焚火(たきび) 紫織(しおり)


「あーっ! 焚火さん!」


 奥から歩いてくる少女が、自分の教え子だと気付くと、キリカはとてとてと駆け寄りながら手を振った。


「ふぇ? あ、せ、先生……?」


「偶然ですね! 焚火さんもお買い物ですか?」


「え、えーっと……はい……」


 突然現れた担任に詰め寄られれば、そういう反応にもなろう。


 焚火紫織。その真っ赤で目立つ長髪とは裏腹に、物静かで大人しい彼女は、たどたどしい口調でキリカの問いかけに答える。メガネの奥の瞳を、キリカから逸らしながら。


「おう焚火。奇遇だな」


「あ、あれ……浅井くん? なんか、雰囲気変わったね……?」


「そうか? まあどうでもいいけど……買い物なら一緒に行かねえか? コイツを見張る人員を少しでも増やしてェんだ」


「んなっ!! 正宗くん、また私が迷子になると思っているのですか!?」


 自分を舐めているとしか思えない教え子の発言に、カチンときて喚き出すキリカ。喜怒哀楽がずいぶん多忙である。


「え? わ、私が先生と?」


 一方の焚火は、困惑しながら弱々しい声で尋ねる。


「や、無理にとは言わねェけど」


「い、いえ行きますっ! ぜひ行かせてくださいっ!!」


「!? あ、ああ、よろしく……」


 かと思えば、突然声のトーンが上がり、正宗はそれに驚かされながらも頷いた。


「やったー! それじゃ早く行くのですよっ、正宗くん焚火さん!」


「は、はい!!」


「おーっ……って」


 早足で動き出して二人を追いかけようとした時、正宗は焚火が立っていた位置に、忘れ物があるのを見つけた。


(焚火のやつ、ここに置いたカバン丸ごと忘れやがった……まったく)


 正宗は呆れながらも、彼女の四角いカバンを拾い上げ。


「ん?」


 ふと、カバンの中で光るものに視線が引きつけられた。


「あいつ、スマホまで忘れてんじゃねェか……って!?」


 正宗は目を見開いた。


 カバンの中の彼女のスマホ、その壁紙は、彼もよく知る人物だった。


 というか、今あそこを歩いている、桜キリカの寝顔が壁紙になっていたから。


(盗撮……焚火のやつ、もしかして…………)


 急に心配になって、正宗は駆け足で二人を追うのだった。



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