#25「正宗と危険な妄想」
『本っ当に、良かったのですよ〜っ!!』
無線機の向こうから響いた可愛らしい声に、焚火の口元が思わず緩んだ。
「はい。少し休んだら、私もすぐ行きます。では、また連絡しま──す?」
そう伝え、無線機を切った焚火の肩に、柔らかな感触が当たった。
「ダメよ、足元フラついている自覚が無いの? 少しじゃなく、ちゃんと休みなさいな」
肩に手を伸ばしながら、自分にそう呼びかける天使の震えた瞳を見て、焚火は「でも」の二文字を発さずに飲み込んだ。
いつも気丈な彼女が、不安そうな顔をしている。それはきっと、自分への心配の表れなのだろうと思うと、焚火はそれ以上何も言えなかった。
「そーそー。あたしも30分寝たいー」
「寝るのはどうかと思うけど……それぞれ1対1でエースに勝つって話だったでしょ? 浅井と渡会もきっと大丈夫だって」
水たまりだらけの地面に平気で座り込む林と、その横に立って壁によりかかる槙野の顔にも、疲れが見える。周囲の他の仲間たちも、今すぐ第二ラウンド、とはいけそうにない様子であった。
「そうですね……そうだ、龍川さんっ」
はやる気持ちが落ち着いたところで、焚火はもう1人の存在を思い出し、激闘を繰り広げた道路へと歩み戻る。
「……んんっ……痛たたっ」
それと同時に、壁に寄りかかって寝かされていた彼女──龍川みなもの目が開いた。
「あれ……わざわざ、助けてくれたの?」
気絶したにしては丁寧な姿勢で眠っていたなと、そう思ったのだろう。彼女の問いかけに対して頷くと、焚火は彼女の横へしゃがみ込み、右手を差し出した。
「えっと……立てますか? それと、勝負は──」
「うん、ありがとう。私の負け、だね」
困ったように笑いながら、みなもは焚火の手を取り立ち上がる。先程まで死闘を繰り広げた割に和やかな雰囲気なのは、2人の元来の性格ゆえか。
「ありがとうございました。おかげで、前よりもっと強くなれた気がします」
「こちらこそ。焚火さん、来年は一緒にAクラスになろうね。私たちが背中を合わせて戦えたら、きっと誰にも負けないから」
そう言ってみなもは、繋いだ手をしっかりと握りしめた。
「! はいっ! 精一杯頑張りますっ」
今まで、自信なんてちっとも無かった。
だけど今は、この手の温もりが、前を向いて生きる確かな勇気と元気になる気がして。
「紫織ー? あら。何か良いことでもあって?」
駆け寄ってきた友にもすぐに気付かれてしまうほど、笑顔が溢れて止まらなかった。
そうして、焚火紫織にとって大きな戦いが終わった。
「……あっ!」
だがまだ、試合の勝敗は決していない。そして決着の合図の代わりに、突如としてみなもの無線機が高い音を鳴らした。
「ごめんね、棄権する前に出ても良いかな……? 余計なことは喋らないから」
みなもの頼みに、Fクラスの面々は快く頷いた。
「……あっ、もしもし? 勇真?」
(! Aクラスの万丈くん……!)
試合前、みなもが彼を下の名前で読んでいたことを、焚火は思い出した。
Aクラスのエースの一角にしてリーダー、万丈勇真のことを。
「うん……ごめん、負けちゃった。うん、棄権させてもらうね。そっちは──」
話の邪魔をしまいと、焚火は彼女から数歩離れ、自分の無線機を取り出した。こちらも正宗やハルと連絡をとらなければ──
「……え? 浅井くんに勝ったの?」
みなものその言葉と同時に、焚火の手から滑り落ちた無線機が、地面に触れてカツンと音を立てた。
10分ほど遡り、彼女らの戦場から遠く離れた廃墟で。
「はあっ、はあ……!!」
1人の少年が、息を荒げながら建物の壁に背中を寄せていた。
右腕に巻いた赤い腕章は、"お前が死ねばチームも死ぬ"という重い責任の証。多くの仲間たちと、小さな担任教師の思いが、この腕には込められている。それを思うと、彼から──浅井正宗から、諦めるという選択肢は必然的に消え失せた。
「ってもな……!」
足跡が近づいてくると、正宗は再び駆け出した。
「うおおーッ!! "経験値"をスピードに全振りだーッ!!」
「げっ……!」
だが奇妙な言葉を並べながら、フィジカル最強であるはずの正宗に容易に追いついてくる影があった。
「攻撃全振りッ!! はぁーッ!!」
咄嗟に顔の前でクロスさせた政宗の両腕に、ミサイルのような威力の飛び蹴りが突き刺さった。骨まで砕かんとするその破壊力を殺しきれず、正宗は勢いよく後ろへ吹き飛ばされる。
「うああっ……ぐっ」
転がりながらもなんとか体制を整え、正宗は前を見た。
廃墟の奥から歩み寄って来るのは、茶髪の少年。その右腕には、政宗と同じ模様の、青の腕章が付いている。だが彼とは対照的に、その少年はほとんど無傷であった。
「さあ!! 鬼ごっこは終わりだッ!! 君はこの真の勇者、万丈勇真が倒すッ!!」
そして少年は──万丈勇真は、遥か彼方まで響く声量でそう言い放った。
『万丈 勇真 Lv28
職業:高校生/真の勇者
HP:260/270
SP:76
ATK:121
S-ATK:97
DEF:95
SPD:80
LUCK:43』
「チッ……わざわざ名乗らなくても見えてんだよ」
悪態をつくように、正宗は眼前に浮かぶ液晶画面を眺めながら呟いた。
そう。見えるのだ。彼の名前も各種ステータス数値も、まるでRPGのメニュー画面のように、空中に浮かんで視覚化されているのだ。
「破壊力、硬さ、俊敏性ってとこか……それが数値になってて、経験値とやらの割り振り方を変えて、その時必要な部分に全振りできるわけだ」
「それが僕の固有魔法"ブレイブ・テイル"だッ!! 察しが良いねッ!!」
「そりゃ、どーもッ!」
正宗は左に跳んで勇真の横に周り込み、そのまま急接近して右の拳を振りかぶった。
焦るな。向こうは反応できていない。スピード全振り状態でない限り、攻めの速さはこちらが上だ。フィジカルで押し切──
「防御に全振りッ!!」
「なっ……痛っでえ!?」
否。『ATK:40 DEF:205 SPD:25』。攻撃と俊敏性の数値を半分以下に下げて防御に割り振ったことで、勇真の体は鉄のように硬化した。石の壁をも叩き割る渾身の拳が弾かれ、正宗は痛みに顔をしかめながら驚愕する。
「攻撃に全振りッ!! そして"勇者の剣"ッ!!」
『ATK:188』。数値の急上昇とともに、勇真は地面に落ちていた木の棒を咄嗟に拾い上げた。
「ああ……?」
「SP消費技ッ!! "グランド・バースト"ッ!!」
『SP』の値が減ったのも気がかりだが、正宗にとってもっと気になる点があった。
『そうび:勇者の剣』。彼の手に握られているのは、すでに木の棒ではなく、銀の剣だった。
「マジかッ……!」
いつの間に、どうやって、質量保存のなんとかはどこへ──否、そんなことよりも防御を──!
「ぐああっ!?」
勇真が剣を地面に叩きつけると、地面の石と土が突如隆起し、パンチのように正宗に襲い掛かり、彼を上空に吹き飛ばした。背中からの攻撃が骨に響き、鈍い嫌な痛みを与えてくる。
「ッ……今、攻撃に全振りしてんだな……"シュトナ"!」
「!!」
だが、正宗は冷静さを失わなかった。勇真が反応するよりも速く、攻撃を受けながら右手を彼に向け、基礎魔法を詠唱する。
固有魔法を持たない代わりに、体内マナの扱いに長けている正宗は、高威力かつ高速のシュトナを放つことができた。上空から放たれた光弾は、勇真の胸元に確かにヒットし、マナの爆発を起こして彼を吹き飛ばした。
「うおっとお!? くーっ、今のは効いた!!」
吹き飛びながらも、勇真は両足でしっかりと踏ん張って立ってみせた。しかし先ほどのパンチとは違い、今の一撃はしっかりと効いていた。
『HP:225/270』
(よっと……思ったより削れてんな。あいつのダメージが俺に見える点だけはありがてえ)
傷を負いながらもなんとか着地し、正宗は敵のHPが減少したことを視認した。この数値が本当に勇真の体力を正確に反映している保証はない。だが先ほどのパンチで減らず今の一撃で減ったとなれば、多少の信憑性はあると見て良いだろう。
「うし、まだまだこっから……ん?」
「やるね!! だけど、勇者はまだまだへこたれないッ!!」
そう言い放つと、勇真は足元の草を一本抜いた。何の変哲もない、花やつぼみを付けているわけでもない、本当に地味な緑の雑草だ。
『そうび:薬草』──まさか!
「はむっ……うん!! よし、元気が湧いてきたぞッ!!」
『HP:270/270』。雑草を食べて飲み込んだ直後の、その数値の回復が、そして勇真の胸の傷が一瞬にして消滅した事実が、確かな絶望感となって正宗の胸を襲った。
「野郎……やってることメチャクチャじゃねえか……!!」
今までの戦いで、多くの固有魔法を目にしてきた。
だが間違いない。間違いなく、彼のこの魔法が最強だ。彼のゲーム脳に、世界の方がつじつまを合わせてくるのだから。
「……だったら、やることは一つだッ!!」
それでも諦めず、正宗は立ち向かった。だが空元気でもヤケクソでもない。勝算があったのだ。
「良い気合いだねッ!! 攻撃全振り、そして"勇者の剣"ッ!! はあぁーッ!!」
「見えてんだよ!!」
横振りの銀の剣を、正宗は高く跳んでかわした。
(もうめんどくせえ……"あれ"で決着を付ける!)
そして空中から勇真に近づくとともに、右手にありったけのマナを注ぐ。
「甘い!! 防御全振りッ!!」
『DEF:220』。だがそんな数値の上昇など、正宗にとってはどうでもよかった。
その数値を全て、今から消し飛ばすのだから。
「"消虚"ッ!」
ルール無視、法則の破壊。敵の体内マナに正宗の体内マナを混ぜ込むことで、異常を引き起こし、固有魔法を無効化する一撃。
「しまっ──」
勇真が初めて見せた冷や汗を目にして、正宗は不敵に笑い。
「へっ……はああああああーッ!!!」
そして彼の拳は、構えられた銀の剣を打ち砕かんとして、まっすぐに突き刺さった。




