#22「焚火と龍の瞳」
「だあ、くそ……何やってるんだ、勝って当たり前の試合だぞ……?」
戦いのフィールドから少し離れた場所に、大会運営テントが張られ、両クラスの担任はそれを挟んで両側に座り、ドローン中継の映像で試合を見守っている。
そして、自クラスの生徒が次々やられていく様を見ながら、Aクラスの担任の中年教師は悔しげな声を漏らした。
「いてて……先生ごめん、やられちまった」
一方Fクラス側の席には、フィールド外へ弾き飛ばされてリタイアとなった男子生徒が、申し訳なさげな面持ちで帰ってきたところだ。
「石井くん、お疲れ様なのですー。こちらの方が残存人数が多いみたいなので、心配いらないのですっ」
学校支給の大きなタブレットの画面を眺めながら、キリカは余裕の表情でそう答える。
「そうだ先生、さっき浅井が固有魔法使ってたんだよ! あいつ、使えないって言ってたのに」
キリカの隣に腰掛けながら、石井は驚きを隠せない様子で言った。
「敵の電気の魔法を掻き消したり、氷の魔法を溶かしたりしててさ……何なのあれ?」
「あ〜、正宗くんの"消虚"ですね。あれは正確には、固有魔法ではないのですよ〜」
「え? でも、"相手の魔法を消す魔法"とかなんじゃ……?」
「固有魔法の定義は、"体内のマナの形質を変化させて特定の事象を起こす魔法"なのです。ただ正宗くんは、その"形質の変化"が苦手で、それゆえ固有魔法が使えないのですよ」
そのかわり──落ちてきた帽子のつばを整えながら、キリカは言葉を続ける。
「正宗くんは相手と接触することで、自身の体内のマナを直接、相手の体に流し込むことができるようなのです。言わば特異体質なのですよっ」
「流し込む……? あっ、もしかして」
「多分、石井くんの考えている通りなのです。流し込まれた正宗くんの膨大かつ高密度なマナは、相手の形質変化したマナを上書きするように飲み込んでしまうのです。それによって、相手の固有魔法を無効化するのですよ」
「飲み込んで無効化か……マナにそんな使い方あるんだ」
「コップ一杯のジュースも、巨大な川の中に飲み込まれたら、薄まってただの水になってしまいますよね? そういう感じなのです」
びっくりなのです、とキリカは付け加える。実際それは、魔法戦闘の猛者である彼女でさえ実行不可能な芸当であり、正宗だけのアイデンティティであった。
「……仕方ない。勇真、聞こえるか勇真」
「!」
テントの向こうから聞こえるAクラス担任の声に、キリカはぴくりと反応して視線を向けた。
「三人とも出てくれ。全力で潰す必要があるようだ」
三人──誰のことなのかは、すぐに分かった。
(ここからが勝負ですよ、正宗くん!)
細い道路の地面に、ライターが落ちる。
その火は真下の木の枝に着火し、瞬く間に燃え広がった。
「"紅の迷い子"ッ!」
詠唱とともに、焚火の手の先で火炎が巻き上がる。そして炎の塊は槍のように尖り、眼前の敵へと鋭く飛び込んでいく。
「ぐああああっ!?」
Aクラスの生徒はモロに炎の奔流を浴び、吹き飛ばされて地に倒れた。
「ふう……林さん、ありがとうございます」
敵を一人退けて安堵した焚火は、後ろを振り返って言った。
「はいはーい」
するとその声に応えるように、物陰から林がひょこっと顔を出した。
「油、まだ残っていますか?」
「あと二回分くらいあるよー」
林は、ポケットから小さなペットボトルを取り出して言った。そこには水でもジュースでもなく、ベタついた液体が入っていた。
「しおりん、火の玉こっちに向けないでよ? 死んじゃうから」
「き、気をつけます……」
この大会では、武器の持ち込みは禁じられている。ただ、"固有魔法を補助するための、ポケットに入る程度の小物"に関しては許可されている。そこでFクラスの林含む数人は、焚火のためにポケットに油を入れた容器を忍ばせているのである。
ちなみに、焚火は誤爆を恐れて最後まで反対したのだが、少しでも役に立ちたいという非戦闘員のクラスメイトらの強い押しによって、この作戦は採用された。
「さてさて……先生、戦況どんなもんよ?」
『は〜い。えっと、集計すると……』
通信デバイスの奥から聞こえたふんわりした声に、若干口角を緩めながら、林と焚火は返答を待った。フィールドの外では、キリカが応援と全体の指揮を行っているのだ。本人曰く、"監督さんなのですっ"とのこと。
『こちらは4人脱落、対してAクラスは10人脱落しています。残りは11人対5人なのです』
「マジ? めっちゃ勝ってんじゃーん」
「はぁ……」
焚火は安堵感で肩を落とした。まだ2人しか倒せていないので不安だったが、正宗とハルが彼女の予想以上に奮戦していたようだ。
「じゃ、このままいけば何とかなるね〜」
『はい……ただ、こちらからも報告があるのです。どうやら、Aクラスの"エース"が──』
「紫織〜!!」
「わっ!?」
キリカの報告を遮るように、何者かが叫びながら焚火に飛びかかった。
敵かと思い、すぐさまポケットのライターに手をかける。だがその人物は、焚火のよく知る人間だった。
「あ、天使さん」
「みんなを治して回ってるうちに、迷子になっちゃって! 通信機も無くしちゃって! あと道中3回くらい殺されそうになったの!」
冷や汗だらだらの天使に、焚火は苦笑いで返す。殺されることはないと思うのだけど──という言葉は胸にしまいながら。
「わ、私を護衛する権利をあげるわ、2人とも!」
「なんで上から目線やねん」
「まあまあ……先生、お話の続きをお願いします」
ひっついてくる天使の頭を撫でつつ、焚火はキリカの言葉を待った。
『はいなのですっ。たった今、Aクラスの"エース"3人が動き出したようでして……正宗くん、渡会くん、焚火さんのいずれかと接触してくる可能性が高いのですよ』
「! あの3人が……」
試合前にFクラスの元を訪れた、3人の生徒。焚火も鮮明にその顔を覚えていた。
「まー平気じゃない? なんかあの人ら、あんま強そうじゃなかったし」
「林、見かけで判断してはいけないわ。まあ私の方が強いのは事実でしょうけど」
「あんた殺されかけたとか言ってなかった? 雑兵に」
何よ? と、天使が林に突っかかっていく傍ら、焚火は一呼吸置いて口を開いた。
「分かりました。気をつけながら進むことに──」
「「「……!?」」」
体の震え。生物の本能的な、危機感知機能。
3人は誰に命令されるでもなく、自然に後ろを振り向いた。
「あ……こんにちは」
そこにいたのは、微笑みながらこちらに軽く頭を下げる、水色のツインテールの少女であった。
龍川みなも。Aクラスの"エース"の一角。
「……うへー。なんか、小さい頃お父さんに怒られた時の感覚に似てるなぁ」
林がおそるおそる口にした感想は、焚火とも天使とも概ね一致していた。
本能的に肌で感じる。目の前の彼女が、恐怖を覚えるほどの強者であることを。
「えっと……ちょっと、頼みがあって」
だが予想とは裏腹に、彼女との接触は攻撃ではなく、会話から始まった。
「私と勇真、あと鉄砕くんも、今一斉に動き始めたの。それで、多分私達が本気で戦ったら、Fクラスのみんなに怪我をさせちゃうと思うから……棄権、してほしいんだけど」
威圧的なほど凄まじいオーラとは裏腹に、その目にはこちらを侮る意図など微塵もなく、その温和な声色からは、悪意は感じられない。
恐らく、本気でこちらを心配し、勧告してくれている優しい人物なのだろう──焚火はそう読み取った。
「……ありがとうございます。だけど、私達はそのくらい覚悟して来ています」
それでも、引き下がる選択肢は絶対に無い。だから焚火は、力強くそう答えた。
「ま、ここで逃げたらただのひねくれ者に逆戻りだしねー。天使どーする?」
林も一歩前に歩み出て、背後の天使に尋ねた。
「そうね……ごめんなさい、私としたことが少しビビっていたわ。神の子の辞書に、"逃走"なんてあるはずがないのよ」
天使にとって目の前に立つ敵は、神の子である自分と同じく"超人"の域にいる人間であった。だからこそ、負けるわけにはいかない。強者の存在は、逆に天使の心に火をつけたのだ。
「先生。交戦します」
『はいなのですっ! どうかお気を付けて!』
その言葉を最後に通信が切れると、焚火は息を呑みながら正面を見た。
「分かった……馬鹿にするようなことを言ってごめんね。龍川みなも、全力で皆さんと戦います」
あちらも決心がついたらしい。みなもはそう告げると、そっと目を閉じた。
「……肉体の枷を解き放ち、幻想へとこの身を変貌せん」
「!」
みなもが詠唱すると、彼女の周囲に巨大な魔法陣が現れた。そこから放たれる青い光が、彼女の体を包み込んでいく。
「──"リヴァイオス・ダ・ガイア"」
その言葉を皮切りに、辺りは眩い光に覆われた。
「っ! 見えない……」
思わずきつく閉じた目を、焚火は何秒もかけてゆっくり開いていく。視界全体を飲み込むような白光はだんだんとフェードアウトしていき、ようやく周囲の景色が見えてきた、その時。
「……え!?」
目の前に現れたのは、青い巨大な何か。
「おいおい……マジ?」
林が上空を見上げながら声を漏らす。焚火も確かめるように、視線を上へ移した。
サファイアのように輝く瞳。長い口から見える鋭い牙。白い立髪と、巨体を覆い輝く真っ青な鱗。
「ドラ、ゴン…………!?」
先刻まで龍川みなもだった、その20メートルの巨大な怪物を前に、焚火は震える声を漏らした。




