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#21「正宗達と快進撃」

「こちら塩野、異常なし。このまま哨戒すんぜ」


 戦いの舞台は、約800メートル四方の市街地跡。Aクラス、Fクラス両チームは、それぞれ対角から一斉にそこへ踏み入った。


 故に、まずは互いに歩き回って敵を探す時間となり。


 塩野智──Aクラスでも"エース"三人に次ぐ実力を持つ彼もまた、通信デバイスを片手に道路を歩いていた。


「せんせー、万丈達はどうしたよ」


「勇真達は隠れて待機だ。なにせ、この後Bクラスや3年生との試合も控えている。こんな勝利確定の消化試合で、少しでも消耗させるわけにはいかん」


 通信の向こうから、半笑いの中年男性の声がそう答えた。


「……チッ。気に入らねえ」


 塩野は勝手にデバイスの電源を切り、ポケットにしまった。担任教師の『主力を待機させる』という作戦。そして、待機せずに雑魚の索敵をさせられている自分。舌打ちが勝手に出てしまった。


「おっ?」


「あっ……!?」


 そんな中、鬱憤晴らしの道具を塩野は見つけた。ばったり会ってしまった、と言わんばかりの驚き顔の男子生徒。


 塩野の知らない生徒だった。だが、彼は自クラスの15人全員の顔を覚えている。即ち。


「雑魚みーっけ! "シュトナ"ッ!!」


「ひいいっ!?」


 塩野が紫の光弾を放つと、男子生徒はすぐさま遮蔽物の向こうへと逃げ出した。


 なにせ彼──吉川は、Fクラスの過半数を占める、固有魔法どころか基礎魔法もろくに扱えない、落ちこぼれ生徒の一人だからである。


「おーい、待てよ、待て待てよ〜!!」


 試合という名目のある、合法的な弱いものいじめ。塩野がこの大会を楽しみにしていた理由。それを逃がすまいと、彼は地面を蹴って駆け出した。


「逃げんなよ! "シュトナ"ぁ!!」


 曲がり角の向こうに再び吉川を見つけ、塩野は逃げる彼の背中に光弾を放った。


「速っ……うああああっ!?」


 高速の魔法弾は、今度こそ吉川を捉えた。爆発で彼の体が吹っ飛び、壊れかけたコンクリートの壁に叩きつけられる。


「おーい、大丈夫かー? ってあー、やったの俺か! ははっ!」


「痛っ…………」


 倒れた吉川の体を無理やり持ち上げて、塩野は高らかに笑った。


「棄権しときゃ良かったのになー? なんで勝てるはずもねえのに、俺達に挑ん……で……?」


 ぴちゃり。一瞬、塩野は思考が止まった。だが、すぐに理解した。


(……は? こいつ、俺にツバ吐きやがったのか?)


「……うるさい。そうやって笑われるのは、もう終わりにするって決めたんだ……!」


 最初は認識出来なかった。なにせ、それは──Fクラスの人間がそうやってAクラスに反抗してくることなど、彼にとっては全くの想定外だったから。


「あー……じゃいいや。殺そ」


「ひっ!?」


 未だ満足に動けない吉川の顔に、塩野は手のひらを添えた。そこへ、急速に彼の体内マナが集まっていく。


「"しゅ──」






「らあああああああッ!!」


「……ぶえっへ!?」


 何だ──!?


 再び、塩野はパニックに陥った。


「だ、誰だ……!?」


 無理もない。突然、何者かに横から殴り飛ばされたのだから。


「浅井君!」


「おう、無事か吉川? 早くここから離れろ」


 Fクラスのリーダー、浅井正宗。


 彼の姿を目にした吉川は、安堵感と嬉しさで涙目になりながら頷き、そそくさと駆けて行った。


「へっ、逃がすか……よ!?」


 がしゃっ。


 吉川を追いかけようとした塩野の周囲に、突如として壁が現れた。


「"一夜壁"ッ!」


「サンキュー建川。これで邪魔が入らねえ」


「しまっ……仲間がいたのか!?」


 気付くのが遅すぎた。建川の作り出した密閉空間で、塩野は正宗と一対一となった。


「鍵かかってっから、一分は逃げられないぜ。人をいたぶりてえなら俺とやろうや」


 拳を握り締め、正宗は塩野に言い放った。


「ほう? 何かと思えば、Fクラスの雑魚が俺とやろうってか? じゃあ早速くたばれよ……"無抵抗体(ノンオーム)"ッ!」


 塩野は固有魔法を詠唱しながら、両ポケットの小道具を取り出した。両手に握ったそれは、数個の小さな円柱。


「電池……?」


「俺は体内マナで媒介することで、電池内の電気を体に取り込めるのさ。そして体の運動を高速化する……モーターみてえになァ!!」


 長い説明に耳を傾けた、正宗の一瞬の隙を、塩野は見逃さなかった。電気エネルギーによって高速で動けるようになった彼は、0.1秒で正宗との数メートルの距離を詰め、拳を握る。


「オラオラオラオラオラオラオラ、オラァッ!!!」


 1秒間に10発。殴打、乱舞、蹂躙。塩野のラッシュを喰らえば、普通の人間なら一瞬でKOされる。


「ふっ……なっ!?」


「っぶねー……良いパンチすんじゃねえか」


「おま、受け、止め、え……俺の、音速パンチを……!?」


「あ? 速えけど、音速は言いすぎだろ」


 自身の拳を掴みながら話す正宗を見て、塩野は気が付いた。自分の体の違和感に。


「速く、なれない……電気を、利用できない……まさかお前、魔法を無こ……かぁっ!?」


 言い終わる間も無く、塩野の顔面に正宗の拳が突き刺さった。


「"消虚(バニッシュ)"ッ!!」


 無に返す拳。正宗のマナを込めた渾身のパンチを食らい、塩野は吹き飛んで壁に激しく叩きつけられ、そのまま気を失った。


「うしっ」


「浅井、勝ったのか? よし、これで二人目だな」


 同時に"一夜壁"が効力を失い、崩れ去る。外側で待機していた建川は、政宗が立ち敵が倒れ伏しているその状況を見て、笑顔で親指を立てた。


「お前が敵を逃がさねえでくれるおかげだよ。事故物件も使いようだな」


「おい、事故物件とはなんだ」


 堅物の戦友に悪い悪いと笑いながら、正宗は再び歩き出した。


「さて……渡会の方は大丈夫かね」






 同刻、正宗達から遠く離れた地点では。


「お、いたぞ! Fクラスの女子二人組だ!」


 公園の跡地で敵を発見したAクラスの男子が、指を指しながら声を上げた。


「あれは、槙野と林……だったか?」


「名前はどうでも良いさ。Fクラスの要注意人物は、浅井と焚火二人だけ。他の有象無象など敵じゃない」


 Aクラスの生徒3名は、にやりと笑いながら二人を見つめる。この試合を、勝てて当たり前の遊び半分の戦いだと思っている、余裕の笑み。


「まーさん聞いた? あたしら有象無象だってよー。こっちには"あの技"があんのに」


「あの、技……?」


 林の言葉に、Aクラスの男子が身構えた。


「動揺するな。コイツらは固有魔法の一つも使えない落ちこぼれ。警戒することはない」


「まあ、確かに固有魔法は使えないよ? "一人じゃ"、ね。まーさん、いくよ」


「おっ、おう……!」


 槙野は頷き、林と共に片腕を前に掲げた。そして、息を吸い。


「……我が身に宿る山の神よ、大地の熱をこの手に与え給え……」


「我が身に宿る海の神よ、愛の雫をこの手に与え給え〜♪」


 緊張気味な槙野の声と、気楽そうな林の声。全く違う声色だが、しかし両者は、似たフレーズを口にする。


「対応する詠唱? 長い詠唱が必要な固有魔法もあると聞いたが……まさか!?」


 二人で放つ、何かしらの固有魔法──Aクラスの生徒は、汗を垂らしながら再び身構えた。


「だから、慌てるな! どうせ、それっぽくほざいているだ……け……!?」


 彼をなだめていたメガネの生徒も、驚愕した顔で二人を見つめる。


「あれは……まさか、ハッタリじゃないのか!?」


 槙野と林の周囲に、蒼と碧の二体の龍をかたどった、まばゆい光が出現したからだ。


「あの龍、本当に何かする気だ! 奴らを分断するぞ!」


「来たっ……由果! しくじんないでよ!」


「はいはーい」


 二人は別方向へ駆け出す。そして槙野が敵二人を、林が残り一人を引き連れて、逃走を開始した。


「ち……地に満つる輝きは、豊穣……えっと……ほ、豊穣と無限の力をもたらさん!!」


 由果のやつ、無駄に難しい詠唱にしやがって──心の中で舌打ちしながら、槙野は廃ビルの中に逃げ込み、階段を駆け上がりながら詠唱を続けた。


「いかん、コイツら離れていても詠唱に効果があるのか……!?」


「急げ、捕まえろ!」


「ひーっ……!」


 後ろから聞こえる足音に戦慄しながら、槙野はビルの中を駆け抜けていく。


 なぜなら。


『もしもし、槙野さん? 僕はいつまで、龍のエフェクトを出していれば良いのかな?』


「ばかっ、エフェクトって言うな! えーっと、あと3分くらいやっといて!」


 通信デバイスから聞こえてきた声に、槙野はぜえぜえと息を上げながら答えた。


 槙野は今、全力で逃げている。


 なぜなら──今槙野と二人で詠唱しているこの固有魔法は、存在しないハッタリの魔法であり。そして先程の龍も、仲間の飾光が固有魔法"ポラリスパレード"で作った見せかけのエフェクトだからである。


 つまり、彼女らの役割は陽動。


「はっ、はっ、よしっ3階着いたぁ……! 渡会あとお願い!!」


 目的地に辿り着いた槙野は、そう叫んでビルの端へと逃げていった。


「何だ……?」


 困惑するAクラスの生徒達。


 その頭上を、大きな影が横切った。


「!? 上だッ!!」


 片方の生徒が気付き、慌てて天井を見上げる。


「"ビースト"ッ!!」


 詠唱が響く。その時にはもう、渡会ハルは天井にはいなかった。


「後ろ!? なんて速さだ……!?」


 Aクラスの二人は、部屋の四方を四つ足で駆け抜ける高速の陰を、一足遅れて目で追うことしかできない。


「しまった、誘い込まれたのか!? こいつの得意とするフィールドに!?」


「おいっ、後ろ!!」


 メガネの生徒が指差した、その先では。


「……はあああああああッ!!」


 黒髪の獣が、鋭い爪を立てて飛び込んで来ていた。


「「ぐあああああっ!?」」


 一閃。鉤爪の一撃が、二人の体を切り裂いた。


「……がっ……」


 抵抗する間も無く、二人は力なく倒れる。


「……はぁ。良かった、倒せたー……」


 そして後に残ったのは、変身を解いて安堵のため息をついた、渡会ハルだけだった。


「渡会ありがとー! さすがFクラスの"エース"って感じ?」


「う、うん……槙野さんも、無事でよかった」


 ハルは恐る恐るそう言った。褒められても喜ぶ気にはなれず、むしろ無能を晒さずに済んだことへの安心感しか湧かない。彼はそういう人間であった。


『……会! 渡会! すまん、こっち手を貸してくれ!』


 そこへ、通信デバイスからの声。


「本庄くん!? 分かった、すぐ向かうからどうにか耐えて!」


 Fクラスには、まともに戦闘できる人間は、ハル含め三人しかいない。故に、彼らは戦場の各地から救援要請を受けていた。


「行って来なよ。私はこの人達の手当てして、ついでに休んどくから」


「うん。気を付けて」


 ハルは槙野にそう言うと、踵を返して走り出した。


「…………」


 去り際、ふと先ほど交戦した二人に目をやった。


 攻撃が深く入り、出血している。だが大した出血ではない。大怪我をしないよう、攻撃する場所も手足に絞った。


(あれなら、すぐ治療すれば大丈夫かな……もっと肉の芯まで、骨まで引き裂きたかったけど)


 残念に思う気持ちは胸にしまって、ハルは次の獲物を求め、涎を垂らしながら走った。




(……!?)


 待て。自分は今、何を考えていた?


(…………違う。僕は……僕は、まともだ。変わるんだ……!)


 言い聞かせながら、ハルは再び移動を開始した。

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