#20「Aクラスのエースと開戦の時」
そして、"マーリン杯"当日の朝がやってきた。
「ここか……」
校庭で簡単な開会式を終えたのち、正宗はジャージに着替えてある場所にやってきた。
(……これ、ホントに会場か? 不謹慎だけど、でけえ地震の後の街みたいな……)
校舎から歩いて10分弱。会場だと伝えられていたその場所は、どこからどう見ても廃墟だらけの広大な荒れ地であった。
それもそのはず。この場所は、数年前のある事件で廃墟と化し人のいなくなった地区を、山倉第一高校がまるごと買い取って運用している特殊演習場なのだ。廃屋ばかりだが、一部の建物では水道や電気が未だに通っているのだとか──とかく、詳細は謎に包まれている。
「あーっ、正宗くーん! きみが最後なのですよーっ」
ともかく、正宗は迷子になったわけではないようである。会場の奥の方から、手を振りながらとんがり帽の少女が駆けてきた。同時に、周囲でおのおの準備をしていたFクラスの14名の仲間達も、二人の方へ集まってくる。
「さ、正宗くんのなのですっ」
クラスメイト達の視線が、一気にキリカの手へと集まっていく。
「焚火じゃなくて良いのか? 俺あんまリーダーってクチじゃねえだろ」
そしてその視線は、"それ"を受け取り右肩に付けた正宗の方へと移る。
「いいえ! とっても似合っているのです」
右肩の赤の腕章──クラスリーダーの証を身につけた正宗を見て、キリカはうんうんと頷いた。
「それじゃ、最後の確認に移るのですよ〜」
キリカはとてとてと会場の方へ歩いて行くと、何やら地面に引かれた赤いラインを指差した。
「この特殊なマーカーで囲まれた範囲が、戦いのリングなのです。ここを出ちゃうか、あるいは気絶などで行動不能とジャッジされると失格なのです。そして前言った通り、リーダーの正宗くんが失格になると、Fクラスの敗北です」
そして──キリカは正宗に、黒い小さなデバイスを投げた。
「?」
正宗はそれを手に取り、片耳にはめる。よく見てみると、他のクラスメイトらも既にそれを装備していた。
「正宗くーん」
「うお、耳元に声が……」
「好調のようですね。先生はリング内には入れませんが、これで外から指示やアドバイスが出来るのです。勿論、選手同士でお話しすることもできるのです」
「へー。そっか、ここのダイヤルいじったら──」
正宗はデバイスの小さなツマミを回し、音量を少しだけ上げてみた。
『おーーーーい!!!!』
「痛っっって!? 何だァ!?」
「? 浅井くん?」
急に正宗が叫んだので、驚いたのだろう。隣に立っていた焚火が、目を見開きながら心配した。驚かされたのは、正宗も同じなのだが。
なにせ、耳をつんざくような大声が突如、イヤホンの中で響いたのだから。
『勇真! それ、あっちの人達と繋がっちゃうから……!』
『あれ!? そうなのか!! Fクラスのみんなー!! すなまい!!』
「だぁ、だからうるせえって……!」
直後に聞こえてきた謝罪すら騒がしく、正宗は我慢ならなくなってイヤホンを外した。
「おーい!!」
「うわ、電源切ったのにうるせえ!?」
「浅井くん違います! あっち……!」
焚火が指差した方へ、正宗は視線を向けた。
「さっきは申し訳ない!! 間違ってFクラスの予備を僕が使ってしまっていたようだ!!」
そう言いながら、駆け寄ってくる茶髪の男。彼は正宗たちと同じジャージを纏い、そして右肩に青の腕章を付けていた。
その模様は、正宗のものと同じ。すなわち。
「……お前、Aクラスのリーダーか……!?」
「? ああ、そうとも!!」
Aクラスのリーダー。その少年は、ぐっと背筋を伸ばして両手を腰に当てた。
「僕は万丈勇真!! 真の勇者さ!!」
「勇者だあ……?」
「そう!! 最強にして最高!! 弱きを助け強きを挫く!! そして──おっと!!」
軽快かつ豪快に名乗りを上げる勇真は、しかし突然ぐっと何者かに体を引っ張られた。
「ほら、敵に情報を教えない……あの、さっきはすみませんでした」
勇真を引っ張りながら、その後ろからちょこんと、一人の女子生徒が顔を出して言った。
空の青と雲の白を混ぜたような、淡い水色のツインテール。穏やかそうな顔つきだが、その竜のような青い瞳には、相手の視線を引き込む強さがある。
「みなも!! 謝り終わったんだけど、これはどうしたら良いのだろうか!!」
勇真は引っ張られながら、女子生徒──龍川みなもに尋ねる。
「それは……とりあえず大会本部に持って行って。そしたら、Aクラス用のデバイスと交換してもらえるはずだよ。そっちはFクラスのとは繋がらない周波数だから、不正も無くて──」
「そうなのか!! やっぱりみなもは賢いね!! そういう所も大好きだっ!!」
勇真は膝に手をつき低い姿勢になって、みなもの瞳をじっと見つめ言った。
「だ……ちょ、や……その………………うん。私も」
対して、みなもは赤くなる顔をツインテールで覆い隠しながら、震えた小さな声でそう答える。
「おーし。この男ぶん殴るか」
「浅井くん!?」
その横では正宗が、俺何見せつけられてんの? と思いながら拳を震えさせていた。
「おい、お前ら」
だが正宗が彼らに歩み寄るより早く、一人の男が二人の肩に手を置いた。
「試合前だぞ。彼らにちょっかいを出すのはまだ早いだろう」
黒髪をオールバックにしたその男子生徒は、見たところ身長180──否、もしかすると190センチかもしれない。眼鏡の奥の瞳は暗い色だが透き通っていて、誠実かつ厳かな雰囲気を感じさせる。
「おっ!! やあ、鉄砕!!」
「鉄砕くん、私勇真に付き添ってるだけなんだけど……」
「やはり勇真が原因か……っと、すまなかったな。Fクラスの諸君」
丁寧な言葉遣いと共に、男は正宗の方へ歩み寄りながら、ジャージのポケットの中に手を入れ。
「改めて、Aクラスの朧木 鉄砕だ。よろしく」
そして小さな名刺を取り出し、差し出しながら深く頭を下げた。
「……社会人?」
「いやまさか。俺も君らと同じ高2だが」
「あははっ、すまない!! 鉄砕は真面目なんだ!!」
鉄砕の数メートル後ろから補足する勇真の声は、鉄砕よりもはるかに大きかった。
「では、俺達はこれで。良い試合をしよう」
挨拶を終えると、鉄砕はそそくさとその場を去った。みなもも頭を下げたのち彼に追従し、リーダーの勇真は──そのままぼーっと突っ立っていたが、すぐにみなもに捕まえられて歩き去っていった。
「何だ、ありゃ」
「個性的な人ばかりなのです〜」
「先生がそれ言うかよ……」
目線の位置にあるとんがり帽をつんつんと小突きながら、正宗はツッコんだ。
「ま、少しは変な奴もいるんだな。Aクラスにも」
「それがさ、浅井」
クラスメイトの声に、正宗はふと振り返った。
「槙野……って、何だよそれ」
そしてすぐ、槙野がピンクのノートを腕に抱えていることに気付いた。
"秘密ノート"の五文字と、彼女の名が記されたノートである。
「あたしらロクに戦闘できないからねー。まーさんと情報収集やってたんだよ」
槙野の横からひょいと顔を出し、親友の林が答える。演習にあまり顔を出さないと思ったら──正宗は胸の内で感心した。
「んでさ、これ見て」
そんな"秘密ノート"をめくり、槙野はとあるページを正宗に見せた。
「これは……"Aクラスの三人のエース"……!?」
その見出しのページに記された、三人の生徒の名前。それは、正宗も知っている──というより、今知った名であった。
「そ、あの三人がAクラスのエースみたいなの。あの女の子は"ドラゴン"って通り名以外詳細不明だけど……鉄砕ってメガネは武術と魔法、両刀の達人って呼ばれてる」
中学三年間は、空手の全国大会で毎年優勝──にわかには信じがたい情報だが、それでも正宗は信じて読み進め、槙野の説明を聞いた。
「んで、勇者って名乗ってたリーダー。アイツは今、三年生も含めたこの学校の生徒で一番強いんじゃないかって噂で……話が本当なら、"不死身"らしいの」
「不死身ぃ? あり得……なくはねえか。魔法だもんな」
「これも、詳しいことは分かんない……ごめん。結局、あんまり役に立ってないや、私」
槙野は目を伏せて言った。不貞腐れるのを辞め、前を向こうと決めた。それでも才能なき者の努力には限界があった──それを思い知った少女の憂い。
「善悪とは結果ではなく、何を願い行動したかで定まる。わがマリオス正教の言葉よ」
「……天使?」
槙野がふと顔を上げた先には、優しげな目で彼女を見つめる天使の姿があった。
「その通りなのですっ! 槙野さん、授業中にネイルばっかりいじってた頃からよく変わったのですよっ」
キリカがほがらかにそう言うと、槙野は恥じらうような、喜ぶような笑みを口元に浮かべた。その頬を、林はつんつんとつついた。
「槙野さんだけではないのです。みなさんは不幸にも、学校の一番下という地位に押し込められてしまいましたが……自分達は変われると信じ、今こうして前を向き、這い上がろうと一致団結しています。この前まで出席すらまともにしなかったきみ達が、なのです」
正宗は、その言葉が自分達だけではなく、彼女自身にも向けられているような──そんな気がした。
「いつからだって人は変われます。先生はそう信じています。だから……絶対に勝って、帰ってくるのですよっ!」
『……はいッ!!』
全員の声が重なり、彼女に呼応した。
そして、Fクラスの面々は歩いていく。戦いの舞台、廃墟街へと。
「おーい。渡会」
その最中、正宗は見つけた。ずっとクラスの輪の端っこにいた、渡会ハルがそこに立ち止まっているのを。
「あっ、浅井くん……ごめん、ちょっと緊張してきちゃって」
しっかりしなきゃね──そう言いながら、彼は自分の頬をパンパンとはたいた。
「無理やりしゃきっとすることねえよ。ただ、ほんとに参っちまう時が来たら、自分の一番大切なもんをしっかり思い出せ。俺はいつもそうしてる」
「……うん。ありがとう」
ハルは胸に手を当てた。
そのまぶたの裏に浮かぶのは、ただ一人の少女だけ。
「変わる。僕は今日、ここで!」
そして、"マーリン杯"初戦の幕が開く。




