#17「正宗と絡まれてる人」
山倉市の駅前は、大小いくつもの街路が複雑に入り組んでいる。
その一角、夕焼けの当たらない細道を、渡会ハルは歩いていた。
「勝手に跡をつけて、悪い人みたいなのですよ……」
そして、その後ろをこそこそと尾行する桜キリカは、家屋の壁から顔を覗かせながら呟いた。
「正宗くん、正面からお話を伺ってはいけないのですか?」
「アイツのあの雰囲気見たろ。多分ろくに話してくれねえ。それに、こっちの方が本来のアイツが分かる」
「本来の? さっき言ってた、"会ったことある"っていうのと関係あるのですか?」
キリカの問いかけに、正宗は頷いた。
「知ってるかもしれんけど、ちょっと前の山倉市って治安悪くてさ。色んな不良グループが普通の人達に、カツアゲやら何やらしてた。俺はどこにも属さず、一人で気に入らねえ奴を殴って回ってたんだけ……どっ!?」
正宗はハッとして立ち止まる。ぴちゃり──誰かが飲み物でもこぼしたのであろう、日陰に水たまりができていた。幸いハルにはその足音が聞こえなかったらしく、彼は振り向きもせず歩き続けている。
「……で、そういう一人で不良と戦ってる奴が、この街には俺の他にもう一人いたんだ」
「もしかして、それが……!?」
「ああ。だけど、自分から殴りかかってた俺とは違う。そいつは確か、一人の女を守るために戦ってた」
別に、友達とかではなかったけどな──正宗はそう付け足しながら、ハルの背中を追いかける。友達でもないのに、えらく印象に残っている背中を。
「俺は中3のある日、路地裏で通りがかりに見たんだ。獣みたいに壁を走って、三角飛びから蹴りを叩き込む、黒髪の男を」
「獣みたいに……もしかして、彼の固有魔法"ビースト"が……!?」
「おう。敵が何人いようが関係ねえ。集団で囲まれても抜け出せるスピードと、一撃必殺で敵を削っていく火力を併せ持った怪物だった」
そのうち、ハルは道を曲がって、もっと暗い細道へと入った。そんな危ない道を通らなくても良い気がするが──とハルに呼びかけたりは勿論せず、正宗らは数十メートル後ろをそっとつけていく。
足元に石があったらつまずきそうな暗がりの中、右へ左へと小道を曲がり。
「……ストップ、先生」
正宗は唐突に、後ろをついてくるキリカを止めた。
「! お話し声がするのですっ」
その理由に、キリカはすぐに気が付いた。確かに、ハルが角を曲がって行った先から声が聞こえてくる。おそらく、若い男が数人。二人は顔は覗かせず、壁に張り付いて聞き耳を立てた。
『テメェ、舐めてんじゃねェぞッ!!』
「正宗くん! 正宗くんみたいなセリフを言って怒ってる人がいるのですっ!」
「俺あんなテンプレ通りのチンピラじゃねえよ……だけど、俺の予想通りかもしれねぇ」
わざわざ暗がりでハルと会った上、あの話し方。おそらく優等生ではない連中だろう。だとすると。
「今覗き込めばきっと、渡会の本当の姿が──ッ!」
正宗はすぐさま、角を曲がって顔を出した。
「オラッ!! このっ、オレたちの財布のクセに歯向かいやがって!!」
「いぎっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
ぼかぼかと人を殴る音。オラオラという声、情けない悲鳴。
(めっちゃボコボコにされてる!! 一人に掴み掛かられて三人に殴られてる!!)
渡会ハルは、それはもうオレンジシャツの大男にいじめられる眼鏡少年くらいコテンパンにのされていた。もっとも、彼の場合は4倍の人数に酷い仕打ちを受けているが。
「なんだか知らねえけど、助けに──」
「待ってください正宗くん」
不良達の方へ駆け出そうとする正宗の服を引っ張りながら、キリカは指先をひょいっと掲げた。
「先生に考えがあるのです。"牡羊座ノ流星"!」
そう唱えたキリカの指に、真っ白な光が集まっていく。キリカの新たな"星の魔法"。凝縮した光はやがて小さな羊の形になり、空を駆けて不良らの方へ向かっていく。
「そーれっ!」
キリカが号令と共に両手を伸ばすと、ポンッという音と共に光の羊が変貌した。
「ああ? 今、誰かの声が──」
それに不良の一人が気づき、キリカ達の方を振り向いた時。
「…………ア゛ァァァァァァァァァ!!!!!」
彼は、突如出現した血まみれの女の霊と目が合った。
「「「ひいいいいいい!?」」」
唐突な怪奇現象、化け物との遭遇。当然、不良達は恐怖のあまり叫び声を上げた。
「何ッ!? 何何何何ぃぃ!?」
「あ、べ、ば、あ、お、に、逃げるぞぉぉぉ!!」
それから、彼らの行動はとても早かった。すぐさまハルを放棄し、四人同時にスタートを切り、全速力で目の前の幽霊から逃亡した。
「ひ、羊が急に幽霊に化けた……」
「羊さんが夢を……つまり、幻覚を見せる魔法なのですよっ。あ、渡会くんには見えないよう設定してるので大丈夫です」
「俺にも見えないようにしてくれよ……今日夢に出そうなんだけど」
スマホで最寄りの寺社仏閣の位置を調べつつ、正宗はぼやく。
「……何だったんだ…………あれ? 先生……」
一方の渡会ハルは、自分を助けてくれた小さな教師の姿を目にし、驚きと共にそんな言葉を漏らした。
「渡会くん、大丈夫なのですか? その、さっきの人達は……?」
そう問いかけるキリカの視線は、ハルの顔の左上、思い切り殴られて腫れた部分に向いていた。
「えっと……昔、あの人たちの一人とぶつかって、高いシャツにコーヒーこぼしちゃって。それ以来、クリーニング代を定期的に渡してるんですけど……ちょっともう、お金なくて。ははっ……」
「……いくらだ? いくら取られた」
キリカの代わりに前に立ち、正宗が尋ねた。
「あれ、浅井くん……えっと、正確に数えてないけど……5万、くらいかな」
「ごっ……ガキが着る服の洗濯代が、んな高いワケねえだろうが!」
怒鳴りながら、正宗は不思議に思っていた。
彼が"あの不良"なのは間違いない。それならば、何故ああも良いようにやられていたのか──と。
「まあ、そうだろうね。だけどほら、断ったらさっきみたいになっちゃうから──」
「倒せば良いだろ。昔みたいに"ビースト"で」
ハルの言葉を遮った一言。ぴくりと動いた眉、揺れた指先、微かに見開いた目、その全てを正宗は見逃さなかった。
「ああ……魔法で? 無理だよ。僕、体内のマナ量がすごく少ないんだ。だから、基礎魔法もまともに」
「そんなはずねえ。そうだろ、先生」
正宗は、キリカの方を向いて呼びかけた。
「『固有魔法は基礎魔法以上にマナの消費量が大きい。よって、体内に蓄積できるマナの量が大きく、さらにマナの放出効率も良い体の作りをしていなければ、行使することができない』──よくお勉強していますね、正宗くん」
「要は、固有魔法を使える時点でわりかし才能があるってワケだ。言い訳は通じねえぞ、渡会」
「……うん。でも、"できる"と"やりたい"は違うんだよ」
ハルの顔は、二人の方を向いていた。だけどその視線は、二人の顔ではない、どこか遠くを見ているかのようで。
「僕はもう、戦っちゃいけないんだ」
だけど、その目に映る後悔のような情念だけは、正宗達にもはっきりと見えた。
「だったら、一生そうやって生きてくのか?」
ああ、まただ──正宗は独白した。
また、昔の自分のような、全てを諦めている人間だ。
「諦めて、何もしないで、人に奪われるがままで。それは生きてるって言えんのかよ?」
そしてまた、自分はそんな人間に対し、こういう言葉をかけて揺さぶってしまうのだ。
彼にも、変わって欲しいから。
「……うるさい」
だが。
「君に何が分かるんだよッ……!!」
その声がいつも、相手に届くとは限らなくて。
「渡会くんっ!」
「…………」
こうして、立ち尽くして彼の背中を見送るしかない、そんな時もある──それは、当たり前のこと。
「……獣の牙は、もう折れてる」
否。あるいは、自ら折ったのだろう。




