カラーヒヨコとウニ
ウニは疲れていた。ここのところ勇者の動きが活発で、防ぐための準備で忙しく、それに加えてイルカがイタズラしまくっていたのだ。
本気で勘弁してほしい。
胃痛を抑える薬をイライラで噛み砕きながら書類に向かう。
この書類の山どうしてくれようか。いっそのこと破り捨ててやろうか。
考えながらペンを持った瞬間。
「ピヨッ」
何か声がした。
なにかと振り向くが誰もいない。
またイルカのイタズラだろうと考えるがそれにしてはインパクトがない。
いま自分の真後ろにあるテーブル、そこにソレは立っていた。
黒い何か。手乗りのふかふかな何かがそこに居座っていた。
なんだこれは。可愛いテロか。
ソレはまるで何も考えていないかのごとくぼんやりとその場に居座っている。いや、それよりも。
「何故ここに入れた」
ここは魔王城、そしてさらに幹部の部屋であるため防衛は完璧である。魔術壁と巡回兵から見つからずに来ることなど不可能に近い。
許可のないものはアリ一匹入れないここにどうやって入ったんだ。
ソレは首を傾げる動作をしつつ、テーブルを歩き始める。
待て、そこは書類が山になっている。危ないだろう。
咄嗟に止めようと手を伸ばしたところで、ソレはこちらをじっと眺めてくる。思わず身構える。
「ピィーヨッ!」
やたらと『ヨ』を強調する鳴き声が響いた。
それとともにバサバサという羽ばたく音。
ふわりと羽が舞い、顔面に何か黒いものが衝突した。
「いっ……イルカぁぁ!!」
不意にかのイタズラッ子の名を呼んだのは神経反射だと思う。おい、元凶。これはどういう状況か説明してくれ。
「なぁにぃ、ええと。ウニ」
「これ、なんなの! テロ?!」
イルカは呼んだらすぐに来てくれたので、ソレを突き返す。
ソレ、こと黒いヒヨコはその場に佇んでいる。
イルカはヒヨコを手に乗せ、横から上からと観察した。若干困惑しているのは気のせいだと思いたい。こいつが元凶なら全て解決するんだ。侵入者とか、スパイとか、そんな余計なことを増やさないでほしい。
「……あの、期待してるところ、悪いけど。覚えがない」
「……わかった。このヒヨコは今晩の夕食だ。コックに渡せ」
目が死んだ自信がある。
イルカはこちらを非道を見る目で見てくる。普段お前も似たようなことしているだろう。同じ目で見返してやりたいが、目が生き返らない。
「……原因は僕の方で調べておくよ。そんな顔しないで」
ヒヨコはイルカが連れ帰った。もうこれ以上胃痛の元を作らないでいただきたい。
数日後、イルカが部屋にやってきた。
大きな鳥を連れて、具体的には、身長180を軽く超えるクラゲを見下ろすことができそうなくらい。クラゲはこの場にいないから本当にそうできるかはわからないが、大柄な種族にも対応できる魔王城の天井に頭が軽くぶつかりそうだから、大きいことは確かだ。
黒い羽が美しい。これで赤ければ、不死鳥にも見える。
「ねぇ、それ…。」
「そうそう、あのヒヨコくん。この子、色付けされたニワトリの雛じゃなくて、ふしちょ『珍しい魔物の幼体だね』……え?」
「そうだよね、魔物の幼体。不死鳥とか聞こえてない。」
「聞こえているよね。不死鳥の亜種。珍しいのは確かだけど。おそらく外敵から身を守ろうとして、転移の術を使ってたまたま部屋に入ってきたんだよ」
「そっか。……………山に返してきて」
もう、こちらに害がないなら何でもいい。
返ってくれ。戻ってこい、安定した休日。
「それが、ウニが気に入ったみたいで、配下にでもしてあげたら……?」
「嫌」
それは拒絶だった。
もう何も見たくないとばかりに本物のウニのように部屋という殻に閉じこもる。扉を閉め、鍵をかけ。窓も閉め、おまけとして結界もはる。
イルカが、じゃあこれ置いていくねと告げたのが扉越しに聞こえた。
……多分この行動は紙装甲なのだと予想ができる。
「びぃぃぃーうおぉぉ」
ちょっとやかましくなった鳥の鳴き声が室内からした。
わかってた。転移の術なぞ使えるのだ。こんなのウサギが柵を飛び越えるようなものだ。
諦めて振り返る。そこには予想通り黒い巨大な鳥がこちらを見ていた。
諦めるしかないようだ。
「配下……なるの?」
「びぃぃぃ」
「おまえはうるさいから庭で草むしりでもしてるといい。イルカは見つけ次第おもちゃにしていいけど、死にそうだったら助けてあげてね」
黒い鳥は器用に扉を開けて、すぐに庭に向かったようだ。
素直で良い子である。
…何はともあれ、ヤンチャをする人の子の良い見張り役ができた。
一応、クジラの子供とあり、力も、多少の地位も自分で築いているが、あの子はどう転んでも人間だ。魔人の域には入れない。自覚はあるだろうが、他の者のやっかみがある。
コボルトの子供や使い魔もいるが、万が一のための護衛はいるだろう。
不死鳥と呼ばれるほど、野生界を長く生き抜けることができるこの鳥なら、役不足ではないはずだ。
なんだかんだいって、イルカを気に入っているのはクジラや魔王、カルガモだけには止まらないようだ。
自覚を持ちつつも甘やかす自分に苦笑しながら、地獄みたいな書類を前にする。
これが終わったら、一人で旅行に行こう。
休暇をめいいっぱい取って遊ぼう。
そう決めてウニはペンを持った。




