タツノオトシゴの苦難
いつもより長めです
タツノオトシゴはナンパが趣味だ。
自他共に認める趣味である。
なので美人を見かけるとホイホイついて行ってしまう。
今回はそれを利用されたのだ。
………イルカに。
僕は真性の悪戯好きだ。今回のターゲットは、タツノオトシゴ。
カルガモと仲の悪い彼は僕とあんまり喋らない。
基本的に同僚のカルガモといる僕に彼は近づかないのだ
お互いにあまり接点がないからでもある。
僕は昔からクジラに引っ付いて歩いているので、クジラとよく喋っているクラゲとならまだよく会うのだけど。
「そんなわけで、僕はタツノ君に絡んでいこうと思うから、コバくん手伝って」
隣で紅茶を飲んでいるコバくんに話しかける。
僕は緑茶だ。
コバくん、僕は気にしないけれど、紅茶は舐めて飲まないほうがいいよ。犬の飲み方だから、ソレ。
余談だが、舌の先で熱いもの触ると火傷するらしい、猫舌なのはそのせいなんだって。
「わかりましたぁ。でも、何するんですか?」
美少年コバくんはニコニコしている。彼は彼で元魔物というだけあり、また僕とは違った感性を持っている。だからこそ、僕と一緒に悪戯してくれるのかもしれない。
「ちょっと女装して、彼を誑かしてきてよ」
「じょそう?」
コバくんはこてんと首を傾げた。
「女の子の格好して、彼と喋ってお茶してくればいいよ。ネタバレの時は僕がいく」
「それだけでおどろくんですか?」
魔物は男女の違いに対する気持ちが動物に近い。美人がいるうわぁすごいとは思っても、あれが異性だったらなぁなんて思わないのである。
「驚く驚く。君の顔ならいい感じに化けるだろうし」
「おれ、キツネじゃないんですけど……」
そう言いつつも、じゃあ可愛くしてくださいねなんて言ってくれるコバくんは天使である。
「ねぇねぇ、カルガモちゃん今暇?」
「その笑みはどう考えてもくだらないことを考えている笑みですね、なんでしょう?」
少し引きつった口元を書類で隠して、カルガモは僕に問いかけた。
「コバくんを可愛く女装してー」
「タツノオトシゴさまをおどろかせにいくのです。かわいくしてください」
僕ら二人でえへへと笑う。
カルガモは目を丸くして驚いたが、そうですか、と静かに返し、その後、人の悪い悪役令嬢みたいな微笑みを浮かべた。
「美人にしてさしあげます。服は……悪戯用でイルカが持っていますよね?」
「もちろん」
こうして着々と準備が進んでいった。
「あっ、あの! すみません。ここらへんのかたですか?」
いつものようにナンパ相手を探して散歩していたタツノオトシゴに、ちょっと舌足らずな美少女が声をかけてきた。
犬耳がピクピク動く、不安げに揺れる瞳と尻尾。
白がよく似合う素直でまっすぐなイメージの子だ。
藤色のうすいストールを首に巻き、黒いブラウスに白のロングスカートを履いている。
あ、この子魔族の中でも美女だ。
タツノオトシゴは確信した。
「そうだよ、どうしたのかな?」
人から好かれる爽やかな微笑みを向けつつ、返事をする。
「あ、えっと、その……。す、……スーパーのばしょ、しりませんか。あ、きょうだいに、おつかいたのまれて……でも、お……ぼく、ひっこしてきたばかりで……。」
人馴れしていないのか口ごもりながらも聞いてくる美少女。
「ああ、スーパーか、案内しようか?」
にこりと笑いながら了承する。
その笑みの裏では、わざと広いショッピングモールにでも行き、中も案内するとかいってお茶してあわよくば連絡先も…とか考えているのだ。
この男、外ズラはいいが、中身が悪い。
だからこそ、それを知っている仲間たちに誑かされているのだ。
「あ、お、おねがいします!じつは……ぼく、ほうこうおんちで」
えへへと笑う無垢な少女()は、悪い男に引っかかってしまった(振りをした)。
それを後ろから、動画を撮りながらストーキングする二人。
「別についてこなくてもよかったんだよ?」
「いえ、あの阿呆の失態を直で見て、ネタバレの時に思いっきりバカにできる機会を逃したくないので」
イルカとカルガモだ。
二人揃って、変装してバレないように知り合いを装い歩いている。
イルカは普段は着ない水色のTシャツを身に纏い、中にキャップ帽を被った上でフードまでかぶる。これで特徴的すぎる黒髪は隠れた、色眼鏡も付けて目の色も誤魔化す。
ダメージジーンズと運動靴を履けば、よくいる調子のいい若者の完成である。
カルガモはお揃いのキャップ帽を被り白い半袖のブラウスに紅茶色のチェック柄ミニスカート。同じく運動靴を履いている。
「お揃いだと仲良しに見えるよね」
「まぁ、そうですね」
急に話が変わった、突然何を言いだすのだとカルガモは首をかしげる。
「これで友達……?」
珍しく不安そうなイルカに、カルガモは内心驚いた。
そういえばよく忘れてしまうが、イルカは黒い髪と目で嫌われて心狭い思いをしていた暗い過去を持つ。
ふと浮かんで急に心配になったのだろう。
「友達っていうか、仲間でしょう。同僚ですし。ある意味友達より親しいんじゃないですか」
投げやりだけど愛のある槍に、イルカは、ぱあっと笑った。
カルガモは苦笑しつつ、二人を追いかけましょうと促した。
「なにからなにまでありがとうございます!」
美少女のコサちゃんは、タツノオトシゴに丁寧にお辞儀した。
コバンザメのコバくんなので、偽名としてコサちゃんにしておいた。『ザ』から濁点を抜いて『サ』にしたのだ。
「おちゃまでいただいてしまって……」
「いいよいいよ。あ、でも」
好青年な雰囲気の彼はにこりと笑う。
しかし、言葉をいいながら笑みの種類を変える。
今の彼はさながら獲物を見つけた蛇の目だ。
「連絡先とか、教えてくれないかな?」
しかし、この蛇。
後ろから二匹の猫がにじり寄ってきていることに気がつかない。
後ろが見えているコサちゃんならぬコバくんは、うわぁ、と心の中で残念な者を見る目になる。
もちろん、今までのことが無駄にならないように顔には一切出さない。
だんだん近づいてくるイルカとカルガモ。
イルカの手には『ドッキリ大成功』と書かれた看板が、カルガモの手には『ねぇ、今どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?』と書かれた看板を持っている。
イルカはいつも通りとして、カルガモは全力で煽ってきている。
周りの一般人(一般の魔人と魔物)が引いている。二人に驚いて逃げている。
「あ、その」
もじもじと恥ずかしそうにしているコサちゃんに、あともう一押しかなとタツノオトシゴが口を開く。
「ダメ、かなぁ?」
「貴方、とうとう男にまで手を出す気になったんですか?」
「え、おとっ……男…?って、おまっ」
思わずタツノオトシゴは後ろを振り向く。
そこにはにやけた顔のイルカと完全に罵る気満々のゲス顔のカルガモがいた。
「すみません! タツノオトシゴさま! コボルトのコバンザメです!」
そこに響いた、ネタバレの声。
訳の分からない自己紹介だが、事実である。
「嘘、だろ?」
「テッテレー。悪戯大成功!コレ、動画で撮ってあるから、あとでクジラたちと見ようね!」
「は?」
まだタツノオトシゴは呆然としている。くすくすと笑う二人とオロオロしている仕掛人を見て、少し間を開け、そして気がついた。
(俺、嵌められた。)
「俺、自分がナンパしてる場面を職場の上司とともに視聴しなくちゃなの?ねぇ、俺、お前に何かした? イルカになんかした覚えないんだけど」
「僕の悪戯心が叫んでたんだよ。タツノ君を堕とせと」
「堕とせ? 酷くない?俺何もしてないのに」
その後。
タツノオトシゴは、何もしていないのに、上司に醜態を晒されるという酷い目にあった。
彼は割りかし、カメに近い。
彼とカメは言うなればこういう枠である。
『不憫枠』
タツノオトシゴの苦難は続く。




