第十七話
二話同時に投稿しています。
ごった返す学生の中、引き寄せられるように歩き出す。
近付いていくうちに、彼がドレス姿の誰かと一緒にいるのが見えてきた。
淡い金色の髪の、スズランみたいな女の子。
マリエル。
向かいに立つニコを見上げて、一生懸命に話しかけている。
満面の笑みで、心から喜んでいるようにも見えた。
ニコの手に握られていたのは、
白い花、
スズランの花。
でも、それでも。
ニコが咲かせた花がスズランでも。
私を運命だと言ってくれない花でも。
諦められない気持ちがあった。
伝えたい思いがあった。
私は歩みを止めずに二人に近付く。
「ニコ」
私が呼ぶと、二人がこちらを向いた。
マリエルの顔が歪んだ気がするが、今は構っていられない。
「ニコ、私」
「ヴィオラ。これ受け取ってもらえるかな」
ニコが花を差し出してくる。
「え、あ、ありがとう」
あまりにも自然に渡されて、思わず受け取ってしまった。
私の手の中のスズランの花。
「この後、会いに行こうと思ってたんだけど」
「え、うん」
私は持っている花を戸惑いながら見つめる。
花はきれいに包装されていた。
薄い緑の紙に包まれて、銀色のリボンで結ばれている。
これ、運命の花じゃないのかな。
「なんで!?」
一瞬存在を忘れていたマリエルの声が響いた。
「それ運命の花じゃないの!?」
私が思っていたことをそっくりそのままマリエルが聞いてくれる。
「そうだよ」
ニコはなんてことのないように答えた。
やっぱりこれ、運命の花なんだ。
「なら、それは私の花でしょ!? そうでしょ!? そうよね!?」
マリエルが噛みつくように、言い聞かせるように、懇願するように叫ぶ。
「いや、マリエルさんに渡すつもりはないよ」
ニコが穏やかにきっぱりと言った。
マリエルはなおもすがるようにニコに迫る。
「これ、見て。スズランの花。私のことでしょ」
マリエルがあのネックレスを見せている。
あれ、まだ持ってたんだ。
他の男からもらったもので説得しようとするマリエルの神経がわからないけど。
でも、アルシェとは特別な関係じゃなかったわけだから、お世話になった先輩にもらったもので、別に問題ないということなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ニコが私を見て口を開いた。
「僕はどんな花が咲いてもヴィオラに渡そうと思ってたから。僕が花をあげたいのはヴィオラだけだ」
その言葉になぜかまわりから歓声が上がる。
「よく言ったニコラ!」
「それでこそ我が研究会の星!」
「めちゃくちゃ美人じゃねぇか! くそ! 羨ましくなんて⋯⋯あるぞ!」
ニコの友達だろうか。
よく見たら、その人たちとニコは同じ黒い衣装を来ているから、何かのグループなのかもしれない。
なんてことを思って、そこでようやくニコの言葉が効いてきた。
こみ上げてくる嬉しさと恥ずかしさに、私は白い花の陰で顔を俯ける。
しばらくして、ニコがマリエルに話しかける声が聞こえてきた。
「マリエルさん、お兄さんから試験に受かったって聞きました。おめでとうございます」
「うるさい⋯⋯」
マリエルの声は嗚咽混じりだ。
私も顔を上げて、彼女を見る。
「よくがんばりましたね。これから大変なこともあると思いますが、体に気をつけて、自分の道を歩んでくださいね」
「⋯⋯っ! ほっといてよ! もうやだ⋯⋯」
マリエルは悪態をついていたが、がんばりましたねと言われた彼女は、ほんの少し救われたようにも見えた。
もちろん、それは彼女にしかわからないけど。
会場を離れて、私はニコと二人で歩いている。
「今日は開放されてるんだね」
着いた先はあの花園。
門は開けられていて、多くの人が出入りしていた。
「うん。卒業式だから、みんな最後に行っておこうって」
丘を登った先には、あのときと同じようにたくさんの花々が咲き誇っていた。
二人で並んで花園の道を歩いていく。
真ん中まで来たところで、私は背中を真っ直ぐにして立った。
そして、ニコを見つめる。
「ニコ、好きだよ」
心に花が咲いたような気持ち。
「うん。僕もヴィオラが好き」
ニコは言った途端、私を引き寄せて思いっ切り抱きしめた。
「わ⋯⋯」
慌てて花が潰れないようにしていると、ニコの声が降ってくる。
「ヤバい。嬉しすぎる。俺、今めちゃくちゃ幸せだ」
心の声がそのまま出てしまっているらしい。
私も嬉しくなって、「そうだね」と笑う。
それから、手を繋いで花園のまわりを散策していると、前と同じベンチが空いていたので二人で並んで座った。
いつかと同じ光景が広がる。
「ヴィオラと前にここに来たときのことずっと心に残ってて」
ニコが話し始めた。
「あのときの空の色とか、咲いてる花とか全部、鮮明に覚えてる」
「うん。私もあのときニコが言ってくれたこと全部覚えてる」
今の私がここに座っているのもあの日があったからだ。
「隣にヴィオラがいて、本当に特別な日だったんだけど」
ニコが一度言葉を切って、私を見る。
「それがただ特別のままで終わりたくなくて、ずっと当たり前みたいにヴィオラの隣にいたいと思った」
私はニコの肩に頭を寄せた。
「うん。私もずっとニコの隣にいたいと思う」
赤、青、紫、白。
色とりどりの花が目の前に広がっている。
春の暖かな光の中、
スミレの花とスズランの花が並んで風に揺れていた。
── ─
それからすぐに私とニコは婚約して、今日はその報告を兼ねたお茶会をしている。
ここはイリスに紹介してもらって仲良くなったリアの家のお庭だ
最近はアニエスも一緒に、四人でよく集まっている。
「そういうわけで、ジルは運命の花を渡せなかったんです」
イリスから、ついにあの真相を教えてもらって、私は思いっきり吹き出してしまった。
運命の花は強く思ってることを咲かせる花で。
ジルさんはイリスに好かれたくて、運命だと思ってもらうためにアヤメの花を咲かせたけど、自分の気持ち悪さに気付き、渡すのを諦めたらしい。
「ジルさんのイメージと違いすぎる」
私は、あのクールでそつのないジルさんを思い出して、余計可笑しくなってしまった。
「気持ち悪いとまでは思わないけど、たぶん。どうかな」
「まぁ、重いか重くないかで言えば、かなり重いものが込められてるわよね」
「そういうの好き! 思い詰めちゃう男の人かわいい! あははは」
そう言ったのはアニエスだ。
さっきからずっと大笑いしながら聞いている。
そうか、アニエスはそういうのがいいのか。
それなら、セオの思いもある程度は受け入れてもらえるかもしれない。
私もアニエスにつられてまた笑ってしまう。
見ればイリスとリアも笑っていた。
歩いてきた道の先に、こんな未来があって。
それを運命という人もいるのかもしれないけど。
ここは私が自分でたどり着いた場所だ。
足元には履き慣れた靴もある。
その価値を決めるのは他人じゃない。
私はその中で、
出会えた人を、
一緒に歩いてくれる人を、
ずっと、ずっと、大切にしていこう。
第二章 おわり
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