第十四話
「最初から⋯⋯どこからだろ」
要領を得ないアルシェにちょっと苛々してくるが、あきらめてこちらから質問することにした。
「マリエルと知り合ったのは実習で同じ組になったからよね?」
「え? そんなところから?」
「いいから!」
この人こんなにもどかしい人だったっけ。
私の勢いに驚きながらも、アルシェが答える。
「うん、そうだよ。六年生になって最初の頃かな」
「そこから親しくなって、マリエルに魔法学校に行きたいって言ったの?」
「いや、マリエルのお兄さんが食べ物に魔法をかける研究をしてるって教えてくれて。それがおもしろいなって思っていろいろ話を聞いてはいたけど」
ここからすでに私の認識と違っている。
一旦考えて、もっと遡った質問をした。
「あのさ、まだ十二歳の頃、学校の願書を出す前に、私に『店を継いでいいのか』って聞いてきたの覚えてる?」
「え? 今度はそんな前のこと?」
アルシェは目を白黒させて、うーん、と唸る。
「聞いたかな?」
「聞いたのよ。花屋のトマが旅に出たいとか騒いでたとき」
アルシェはその言葉で何かを思い出したようだった。
「あ、うん、言った。確かトマに『お前も親の言いなりの人生でいいわけないよな』って言われて。そうなのかなって」
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、別に魔法学校に行きたかったとかじゃないの?」
「え? そんなことはまったく考えてなかったけど」
私は脱力して天を仰ぐと、両手で顔を押さえる。
「ヴィオレット大丈夫?」
「⋯⋯大丈夫」
私は体を起こして、湧き上がる様々なものをおさめるために、紅茶を一口飲んだ。
もろもろの感情はひとまずお腹の辺りに置いておいて、話を進める。
「それで、結局のところどうして魔法学校に進学しようって思ったの?」
「うーん、マリエルに、お兄さんがやってるみたいな研究に興味があるなら、進学すればいいんじゃないかって言われたんだけど」
マリエルが勧めたのか。
「俺はそこまでは考えてなくて。卒業して早く店を継ぎたいと思ってて」
「そうなの?」
「うん。⋯⋯ヴィオレットと約束したの覚えてる?」
『アルシェが料理を作って、私が運ぶね。ずーっとそうしようね』
頭の中に響く幼い声。
もちろん覚えている。
私はアルシェを見て頷いた。
「よかった。⋯⋯だから早くそうなりたくて」
「でも別に私もうお店で働いてたじゃない? 特に急ぐこともなかったんじゃない?」
「いや、そうじゃなくて」
アルシェの歯切れが悪くなる。
「なんなの?」
「だから⋯⋯、早く卒業してヴィオレットと結婚したかったんだよ!」
アルシェらしからぬ早口と声量に気を取られて、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「⋯⋯⋯⋯え? 何? 結婚?」
自分で反復してようやく意味が入ってくる。
私と結婚したかったって言ったのか。
アルシェは顔を赤くして横を向いている。
「そ、そうなんだ」
私もかなり動揺していたが、別に今プロポーズされたわけでもない。
それにまだ、全然核心に触れていない。
「⋯⋯それで、それがなんで進学する方向に変わったの?」
アルシェは質問を続ける私に憮然とした表情を見せるが、結局答え始める。
「マリエルがお兄さんにもらったって、運命の花の種を持ってきたんだよね」
「うん⋯⋯」
「それで、マリエルに言われたんだよ。スズランが咲いたら進学して、それ以外の花が咲いたらそのまま店を継ぐって」
スズランが咲いたら進学?
「スズランが咲いたらマリエルが運命の人なんじゃなくて?」
私が尋ねるとアルシェは首を傾げる。
「いや、そういうことじゃなくて。確かにスズランが咲いた後に、マリエルからそんな感じのことは言われたけど、俺はそんな風には思ってなくて」
それから、アルシェは力なく眉を下げた。
「俺それで混乱して。自分は本当は進学したいと思ってるのかなって。でも、マリエルがとにかく勉強して、合否が出てからまた考えればいいんじゃないかって」
私は心の中でため息をつく。
「ヴィオレットに相談しようと思ったけど、それもマリエルが結果が出てから伝える方がいいって。その⋯⋯、いつもいつもヴィオレットに頼ってばかりだといい加減呆れられるし、そんな決断させるのは負担になるって」
マリエル、マリエル、マリエル。
うんざりしてきた。
「合格が決まって、ヴィオレットに会いに行ったら、先にマリエルがいて」
あの日、あれは報告に来てくれていたのか。
何も聞かずに逃げてしまった。
「ヴィオレットは俺と話したくないから帰ったんだって」
「は?」
聞きとがめて、思わず強い声が出る。
「私が何?」
「俺が決めたことをまだ受け入れられないから、ヴィオレットの気持ちの整理ができて訪ねて来てくれるのを待った方がいいって」
「⋯⋯マリエルがそう言ったのね」
心の奥底から怒りとは違う冷たい感情が広がって、声が震えた。
頭の中がスーッと冷めていく。
目がチカチカして何度も瞬きをする。
あのとき、たった一度でもどちらかがちゃんと話を聞いていたら、私たちはこんなところにいなかった。
きっと今も同じ方向を見ていた。
今の私たちはただ向かい合わせに座って、遠い昔に失ったものの話をしている。
少し落ち着いてきたところで、私はこれまでのマリエルとの出来事をアルシェに伝えた。
アルシェの顔はどんどん青くなっていって、
そして、ただ一言、
「ごめん」
と、言ったきり黙り込んだ。
それから、ずいぶん時間が経って、ようやくまたアルシェが口を開く。
「⋯⋯ヴィオレットが店を辞めて、やっぱり会いに行こうと思ったんだけど、ヴィオレットのお母さんにそっとしておいてほしいって言われて」
アルシェは背中を丸めて、頭を押さえて下を向いた。
「この三年、確かにたくさんのことが学べたのは本当で。これからの為にもなるし、楽しいこともあったけど、やっぱりヴィオレットのことはずっと後悔してて」
アルシェがゆっくりと顔を上げる。
「また昔みたいに戻れたらって思ってる」
そして、私をじっと見つめて言った。
「俺と結婚してほしい」
遠くでグラスのぶつかる音が聞こえる。
私はまだいろいろなものを消化しきれていなくて、アルシェの言葉をどこか他人事のように聞いていた。
そうか、アルシェは今日これを言うために私に会いに来たのか。
変なところだけ冷静になって、そんなことを考えた。
「返事はすぐじゃなくていい、というかすぐしないでほしい。全然会ってなくてこんなこと急に言われても困るだろうし。⋯⋯春が来た頃にまた聞かせてほしい」
春。
また春が来る
あれから何度目の春だろう。
私はそのとき何をしているんだろう。




