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滅ぶ世界のヒストリア  作者: なつ
第二章 蒼炎の黒き魔導師
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第七話 カルサ、黒き魔導師

 すぐにアセリーナたちは、小さくはあるがよく手入れの行き届いた部屋に案内された。

「今呼んでくるから、ちょっと待っててね」

 小さな、多分まだ五、六歳の女の子がそう言って、数人で一緒になって部屋から出て行く。部屋の中央には透明なガラス状のテーブルがあり、それを囲むように座り心地の良さそうなソファーが並んでいる。テーブルの上には花瓶があり、何の花か分からないけれど、黄色の花が刺さっている。フィルもエサカも、スタインでさえ緊張しているように見える。そういうアセリーナも、「ジェル」について手がかりが得られるかと思うと、胸がどきどきしてそわそわしてしまう。やがて部屋をノックする音が聞こえ、全員がそちらを振り返ると、ノブが回された。

「失礼します」

 澄んだ女性の声が聞こえ、司祭の格好をした女性が入ってくる。相手の表情も、どことなくこわばって見え、その目も震えているようだ。

「あの、すいません、お忙しいところ」

 アッハーニに書いてもらった手紙を取り出して彼女に渡そうとすると、彼女はそれを受け取る前に叫んだ。

「エサカ!」

 それに釣られ、エサカに視線が集まる。

「よかった。無事だったのですね」

 彼女の安堵の混じった声に対し、当のエサカの表情はきょとんとしている。

「えっと……お知り合い、でしたか?」

「……そうですか」

 エサカの返事に、彼女の表情は見る見る曇る。けれど、彼女は何かを察したのか、一度深くため息をつくと、表情を明るく戻した。

「わたしは、申し訳ないのですが、二ヶ月ほど前からの記憶がないのです。それ以前にお会いしていたのでしょうか? もしも、あなたがわたしについて何か知っていることがあるのでしたら、お願いします。教えてください」

 胸に右手を当てて声を上げるエサカの髪が激しく揺れる。彼女は口元に手を持っていき、ふふふと笑う。

「記憶は、なくされているようですが、しゃべり方や態度は全然変わっていないのですね」

 それから真剣な表情のエサカに合わせるように、彼女も真顔になる。

「今記憶がない、ということは、その方がいいということです。無理に記憶を呼び戻そうとするのは、非常に危険なことです。あなたの心の中にある記憶を隠している要因が、自然と取り除かれるのを待つことをおすすめします」

 その口調が朗々としていたためか、エサカもその言葉を受け止めたようだ。

 アセリーナはアッハーニに書いてもらった手紙を彼女に手渡す。彼女は微笑みながら手紙を受け取り、しばらく読むのに集中する。途中、眉を潜めたり、和んだ表情を見せていたが、読み終わるとすぐに真顔に戻した。それから彼女の視線はスタインと、クォに向かう。確かアッハーニが、スタインには呪いが掛かっていると言っていた。その呪いのことを考えているのだろうか。

「大体の話は、アッハーニからの手紙の内容で分かりました」

 彼女が切り出す。

「私はエレネ・リューンと言います。こちらで司祭をさせてもらっています。ですから、私にもできることがあると思います。ですが、もう少し皆さんから調節お話を聞くことができれば、と思います。おそらくそのほうが、より原因を特定できるでしょうし、私にできることも明白になるでしょうから。ですから、もし差し障りがないようでしたら、私に話して下さいませんか?」

 エレネはとても丁寧な口調で私たちを順に見る。それを受けてフィルが前に出る。

「俺はフィルウィルド・グランス・アッシュフォード……」

 フィルが名乗った瞬間、部屋の中にいたすべての動きが止まる。アセリーナも例外ではない。まるで突然深い水底に沈められたような圧迫感だ。視界ギリギリのところで、クォがスタインの肩から落ちるのが見えた。

 強い魔力だ。

 それも、悪意のある魔力がこの空間を満たしている。

「へー、結構みんないい勘してんじゃん」

 部屋の隅から声が聞こえる。顔は動かせないが、何かがいる。

「でも、勘だけじゃぁ、足りないよね」

 声の位置が、エレネの後方に変わる。いつからそこにいたのか、エレネの後ろに人が立っている。まだ子どものような背丈の少年だが、明らかにそこから魔力が発せられている。

「やあ、みなさん。こんな時に居合わせるなんて、不幸だったよね」

 その少年が言った。全身に黒い服。同じ黒色のマント。それ以外に装備はない。

「あなたは、誰?」

 エレネがこちらを向いたまま問う。

「あれれ? 君は僕のことを知ってるんじゃないのかい? それとも耄碌しちゃったのかな? 若いのに大変だね」

 エレネの背後から少年がエレネの頭を撫でる。背が低いせいか、あいにく少年の顔は見えない。が、その動きが止まると、少年はさっと横に出る。背丈と同じように、その顔も大人とはいえない。けれど鋭く釣り上がった瞳は、服と同様に黒く、まるで感情を読み取れない。

「まあいいや。ギャラリーもいることだし、自己紹介しておこうかな。僕はカルサ。黒魔道士さ。見かけどおりの年齢と侮るんじゃないよ」

カルサが不敵に笑う。その音を無視するように、後ろでガサと音がする。

「あれれ、驚きだ。僕の魔力の結界の中で動ける奴がいるなんて」

 言葉とは裏腹に、カルサの表情に動揺はない。けれどその瞳は、アセリーナの後ろに向けられている。

「なんだ。誰かと思えば、お前はシュタイベルグじゃないか」

「知らない」

「そりゃそうさ。知ってるわけがない。君には僕の呪いが掛かってるんだからね。まぁ、そのおかげで動けるんだろうけど。あん時のお前は傑作だったよ。顔を真っ赤にして切りかかってくるんだからね」

 カルサは笑いながら続ける。

「そうだ。いいことを考えたよ、エレネちゃん」

 いたずらを思いついた子どものような表情をし、カルサは少し背伸びをするとエレネの耳元に近づく。

「な、に?」

 返事をするエレネの声が震えている。

「チャンスをあげよう。僕はこれから、ここから西に行ったところにある棲家に帰るよ。それで、そこの四人の奴らに、君がお願いするんだ。黒魔道士を退治して下さい、てね。面白いだろ?」

 カルサの身体が浮かび上がる。

「それで君たちは、はいって返事をするんだ。分かったね。それじゃあ、僕はもう帰るから。明日の日没までに来るように。てか、来なかったら、そうだね。僕にとってはどうでもいいことだけど、とりあえずここの港を失くしてしまおうかな」

 カルサは笑い声を残しながら、空気に溶けこむように消えてしまった。

 それと同時に、身体を覆っていた重圧も消える。体が軽くなった瞬間から、汗が吹きでる。呼吸も乱れる。

 ちらと周りを見ると、スタインを除き、みな同じように肩で息をしている。正面のエレネは、その場に座り込んでしまっている。

 今、私たちにするべきことは……、と考え始めようとすると、隣でフィルが誰よりも先に立ち上がった。

「さてと、行きますか」

 明るい口調で首を回す。

「そうですね、そうするしかありませんね」

 続いてエサカも立ち上がる。やはり、考えていることは皆同じのようだ。私も立ち上がった。スタインも肩にクォを乗せている。座ったままのエレネが、驚いた表情をする。

「あなたたち、何を言っているの?」

「いやだって、俺達が行かないと、この港が滅ぼされてしまうんだろ?」

「ですが、あの魔力を見たのでしょ? あんな魔力を持った相手に、あなたたちじゃぁ……」

 そこで言葉を止める。敵わない、ということだろう。確かに、勝てるとは思わない。

「他に方法があるわ。それに必要ならまだ時間もある。港の住民を避難させれば」

「あれの意図はそんなことじゃない、そんなこと分からないハズないだろ?」

 フィルはまだ軽い調子で答えている。それだけの力を相手が持っていることも分かっているし、はっきり言えば、これは逃れることが出来ない脅しだ。しかも相手からしたら、遊びにすぎない。

「それに時間稼ぎというなら、俺達が行かないんじゃなくて、俺達が行ったほうが稼げると思うね」

「そういう意味では……」

 そこで一度言葉を止めると、エレネは立ち上がった。

「先に王都に向かえば、彼の目も届かないかもしれない」

「それは、できない相談です」

 今度はエサカが答えた。

「自分の保身のために、何かを犠牲にするなんて、私には出来ない」

「そう、ですね。あなたなら……以前のあなたでも、やはりそう答えたでしょう」

 一度悲しそうな瞳を見せてから、エレナは私に向き直った。

「あなたたちは、死んではいけない。特にマナ、あなたは絶対に生きていなければならない人、それが分かっていますか?」

「心得ています」

「微弱かもしれませんが、私の祈りを聞いて下さい。彼の魔力に多少なりとも抵抗できるはずです」

 エレネは目を瞑ると、小さな声で祈り始めた。


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