表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

その7「始めるのは簡単さ。終わらせることこそが難しい」

ところで、私の奥さんはデートの途中で居眠りして私の腕に涎垂らすような女性だったんだが、まあ、光代はそういうことしないタイプだよな。


「…そうですね。出来ないと言った方が正しいかもしれませんが…」


だよな。人格歪むくらいそういう所作とか立ち振る舞いを叩き込まれたんだもんな。当時はそういうものとして認められてたものだが、それだけ問題も多く生んだと思うよ。


「私はそれを正しいことだと教えられてきました…だから疑問に思ったことさえありません。疑問に思うだけの情報さえ与えられていませんでしたし……」


そうだな。もちろん、それらすべてが間違ってたとは私も言わない。昔はある程度の合理性があったから長く続けられてきたんだろう。でもそれは、情報が限られた閉鎖的な社会でのみ通用するものだと思う。自分達の信じる価値観とは全く異なるものが世界にはあるんだというのが画面をタップするだけで分かってしまう社会じゃ、それは通用しない。そうやって自分達だけの価値観に閉じこもるのはカルトのすることじゃないかな。


「今なら…おっしゃる意味も分かる気はします。あの人も同じことをおっしゃってました。今の世の中では、自分達を縛るしきたりは逆に毒になると…」


ずっとそれを正しいと信じ切っていた世界で、そういう風に考えることがどれほど勇気のいることだったか、私には実感ないけど、それが出来る彼を私は素直に凄いと思うよ。でもあの屋敷は、文化遺産として残す話が進んでるんだって?。


「はい…屋敷は地域の中でも最も古い木造建築の一つになる可能性があるそうで、既に財団を作って名義を変更し、資産の殆どもそちらに移し、屋敷の維持管理を行う手筈は整っています」


さすがに割り切ってるね。もう自分の家ということさえ捨てたのか。


「そうですね…私達は既に、書類上ではあの屋敷の管理者でしかありません。介護が必要になれば、施設に入る段取りになっています…」


それだけのことが出来る財力があればこそだとは思うが、それにしても潔いもんだ。


「ええ…ただ、せめてもの矜持として、可能であれば屋敷で生涯を全うしたいとはおっしゃってますが…」


ああ、そうだな。その願いはたぶん果たされるんじゃないかな。お前達は誰も傷付けずに自分達の望みを果たそうとしてる。邪魔をする者もそれをする根拠を持つ者もいない。お前達が丁寧に根回しをしてきた結果だと思う。終わらせるのは本家の家系としきたりのみと割り切って屋敷の文化財としての価値を認め、それさえ残ればという言い訳を与えることで何となく反対しなくてもいいかなという空気を作り出すことが出来た。分家の連中だってもう自分達のことで手一杯だし、本家の縛りから解放されたいというのも本音だった。上手くやったと思うよ。


「ありがとうございます…」


私としてもお前達の望みはかなえてやりたい。その方向で結末は考えてる。もしかすると多少の紆余曲折はあるかも知れんが、まあそれも成り行き次第だよな。今のところはその気配もない。


ただ、光代´…いや光代。お前と光代は本来は同一の存在。お前が見聞きしたことは光代にも伝わるし、光代の考えはお前の考えでもあるよな。だから訊く。お前自身はどうなんだ?。これまで語ったのはあくまで清真せいしんの望みの筈。お前自身は本当はどうしたかったんだ?。


「…私は…あの人と一緒にいられればそれで構いません……」


本当か?。本当にそれだけか?。私に嘘を吐いても無駄なことは分かるよな?。


「そうですね…そうでした……本当の私には、望みはありません。私は今でも人形のままです。あの人のおかげで人であることの多くを取り戻せましたが、この老いない体が何よりの証拠だと思います……私はただ、その存在が終わるまでそこにあり続けるだけです。それ以上でも、それ以下でもありません……」


妄執が生み出した人形か…残酷だよな。本家の直系の血筋がお前だった時点で、あの家が終わるのは決まってたんだろう。あとはどう綺麗に静かに後を濁さずに終わらせるかってことか。


「はい…こんな私をあの人は受け入れてくださいました…だから私はあの人の望みを叶えたい。そういう意味では、あの人と一緒にいられればそれで構わないというのが私の願いだというのは、嘘ではないと思います……」


そうか…分かった。分かってはいたが、お前の口から改めて聞けて良かったよ。お前達を生み出してしまった者の責任として、どういう形であっても始末はつけるつもりだ。気長に待っててくれ。


「承知しました…」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ