その5「檜の風呂って憧れるけど手入れは大変そうだよな」
「今日はどちらに…?」
取り敢えずマナ(仮)のところかな。
また、創造主特権でスーパーセヴンに乗り込む私に、光代´(みつよだっしゅ)が尋ねてきた。予告通り、もう随分以前に廃刊になったマイナー系アダルト小説誌に掲載された私の二本目の投稿小説を振り返ることにしたのだ。が、ここで私は気付いてしまった。アリシア(仮)だけでなく、光代以外のキャラの名前全てが出てこないことに。
でもまあどうでもいいことだから今回も(仮)でいかせてもらうことにした。
で、その舞台は、光代らの屋敷があるところほどの山奥ではないが、住人の数が僅か一ケタという限界集落のさらに外れという場所にわざわざ新築で建てられたまあまあのお屋敷だった。そしてそれは、私と違ってデビュー作から立て続けにヒットを連発したという、私と同じ歳の小説家である。彼はそこで、学習障害を持つ、血の繋がらない姪と一緒に暮らしている。
ま、官能小説として投稿するような内容だからどういう関係にあるかはお察しの通りだが、別に陰惨な内容じゃなくて、社会に馴染めない者同士で依存しあって慎ましく生きようとする人間達なんだよな。
なんてことを言ってる間に、彼らの家がある集落に入ってきていた。20数年前には住人が一ケタだったが、実はここにも、光回線まではさすがにまだだが、高速ADSLの回線は来ていて、そのおかげもあってか小説家の彼の熱心なファンを中心に都会からの移住組が増加。元の住人の三倍以上の人数が既に外からの移住者という逆転現象が起こっていたのであった。なのでこの辺の景色にはちょっと不釣り合いなくらいに真新しい今風の家がちらほらと。
だが、これは彼が望んでた展開じゃ無い筈なんだよなあ。彼は厄介な人間関係を避けたくてここに居を構えた筈なのに、さて、どうしてることやら。
などと考えながら、彼の家へと辿り着いた。
新築当時は、外見上は純和風な造りではあるが綺麗すぎて若干違和感があったその家も、20年以上の月日が経てばそこそこ落ち着いた風合いになってきて、いい感じになっているように見えた。ただ、家の前に無造作に置かれた、今でも動くのか?と一見戸惑う錆だらけの1977年式ミニキャブ・ワイド55トラックが、彼のその辺りの無頓着さを物語っているかも知れない。どうせ二人でしか乗らないし、遠出もしないし、いざとなったら荷物も積めるしで、地元農協御用達の販売業者から中古で買ったものだ。あの頃は相当儲かってた筈なんだからもうちょっと気の利いたのを買えばと思うが、その辺りは彼の堅実さなんだろう。
インターホンを鳴らしてしばらく待つと、ガチャガチャといくつもカギを外す音がした後に、ようやく扉が開かれた。
おっさんになったなあ、さすがに。
それが、久々に彼を見た最初の印象だった。でもまあ、それは向こうも思ってるだろう。
「お久しぶりです。どうぞ」
相変わらず他人と視線を合わせられないらしい彼の招きに従って家に入ると、奥の座敷の陰から一人の女性がこちらを窺っているのに気が付いた。マナ(仮)だ。あれから20年以上だから、もう30代半ばの筈。の割には、光代ほどじゃないがあどけない感じが残ってて、うっかりすると10代くらいにも見える。
こんにちは、元気だったか?
久しぶりに顔を見せる親戚のおじさんよろしく気安く声を掛けると、彼女は部屋の中に逃げるように隠れてしまった。まるで猫だな。
「彼女も相変わらずですよ。油断してると裸のままで外へ出ていくから、だんだん鍵が増えてしまって」
玄関を上がってすぐの客間に腰を下ろしながら、彼が言う。
そうか。大変だな。だが元気そうで何よりだ。
などと、自分がそういうキャラ設定をしておいてよく言うと思われそうだが、まあ普通の社交辞令としてそう返しておいた。だが、リアルでなら学習障害と診断されるだろうからそう言ったが、彼女はさっきの様子の通り、猫っぽいのだ。人間としての知識や常識や社会通念は備えていないが、行動原理がほぼ猫に近く、服を着ることを嫌い、かろうじて触り心地のいい天然素材の肌着程度なら短時間の間は着ててくれるという感じである。
「でも最近は、化学繊維もすごく触り心地のいいものがありますからね。吸湿速乾性シャツは割と平気なようです」
ふーん。技術は進んでるんだね。と、そうそう紹介しておこう。彼女は光代´。
「お話は聞いてます…て、ダッシュ?」
そりゃそうなるよな。彼女は光代の分身なんだ。だから光代´。
「なるほど。僕は<小説家>です。名前はありません」
「光代´です…」
そうやって二人は挨拶を交わしたのだった。しかし、シュールな挨拶だな。
まあそれはいいけど、どうよ、最近の調子は?
「そうですね。一時マナーの悪い人がうちに突撃してくることもありましたけど、今は落ち着いてます。村に移住した人達は元々都会暮らしに疲れた人達でしたから、みなさんそれぞれ静かな生活を望んでらっしゃいますし」
仕事は?
「以前ほどは。ブームはとっくに終わりましたし、僕の作風は最近の読者には合わないみたいですから、別名義で携帯小説などを細々とさせていただいてます」
それで食べていけてるのか?
「幸い、蓄えは充分ありますし、僕は彼女と二人で暮らせていければ他に望みはないので…ただ、うちの檜風呂が痛んできてますから、近々リフォームの予定です」
そうか、まあもう20年だもんな。一人じゃ手入れも行き届かないんじゃないのか?
「そうですね。何しろ彼女が好きなので、ほぼ一日中お湯を張りっぱなしですから。どうしても」
だろうね。
マナ(仮)は、さっきは猫っぽいと言ったが、猫と違って大の風呂好きで、下手をすると一日中風呂で遊んでる。某風呂好きヒロインを凌ぐフロリストだ。
だが、リアルに準拠して考えるなら、ちょいとシリアスな問題がある。老後のことだ。年齢的に考えれば普通は彼の方が先に逝くだろう。そうなると彼女はどうなるのか…
「その辺はたぶん大丈夫だと思います」
ほうほう? それは何故かな?
「実はもう10年ほど前から、ここに移住してきた女の子二人と彼女がすごく仲が良くて、僕にもしものことがあった時は一緒に住もうと言ってくれてるんです。今は二人とも町の診療所で看護師をしてます。だからケアとかも僕よりよっぽど詳しいですよ」
へー、そんなことが。人の巡り合わせっておもしろいな。
「そうですね。僕もそう思います」
そうか、じゃあまあ二人のことは自分達で何とかなりそうだな。安心したところでお暇させてもらおうかな。マナ(仮)にちゃんと挨拶したかったが、さすがは猫気質。慣れない人間がいると姿も見せないや。
「すいません」
なに、その辺は私も承知してるよ。彼女とお幸せに。
と、彼らの家を後にした。その帰り、
「私達の関係と被ってますね…」
という光代´からの指摘が。
ほっとけ。そういう路線が受けると思ったんだよ。悪かったな。




