その3「しきたり~残照~」
せっかく久しぶりに光代に会えたんで、送るついでに挨拶にでも行こうかな。
リアルでは、どうにも早々に老眼が始まったらしくて事故が怖くて乗るのをやめて免許を更新しなかったんだけども、こっちの世界では創造主特権でケータハム・スーパーセヴンに乗ってみたりする。一時期本気で購入を検討した憧れの車だ。が、いかにもクラシックレーシングカー的な二座のオープンカーに着物の女の子というのはいささかシュールだったかなあ。しかもこう見えても人妻だし、人妻を抱きかかえて車に乗せるってのは、リアルだとマズいかな。何しろドアすらないこの車。思い切りサイドボディを跨がないと乗れないから、女性用の着物でなんて一人じゃ乗れない。だったらランクルのBJ42Vの方が良かったかも知れない。
でも、初夏のこの時期は山の中を流すにはやっぱりスーパーセヴンはいい。リアルではジムニーSJ40のフルホロでホロを取っ払ってフロントシールドまで倒して走ったことがあるだけだけど、あれも気持ちよかった。だったらスーパーセヴンならもっと気持ちいいと思う。
しかし道中、光代はほとんど口を利かなかった。私も運転を楽しみたかっただけだから彼女の存在を半分忘れていた。私にとって光代は因縁の存在というだけで、実際には好きなタイプではなかった。ついでにバラすと、彼女は私より年上だ。見た目は十代半ばだが、実際はもう還暦過ぎのまさにロリBBAである。
まあそれは大して問題じゃないんだが、私の好きなタイプはもっと自分の気持ちをはっきりと口にする、奥さんのような女性だ。アリシア(仮)まで行くとさすがに持て余すが、それでもまだマシかも知れない。光代のようにこちらがいろいろと察しないとコミュニケーションも成り立たない女性はむしろ苦手だったりする。
とは言え彼女は、自分の気持ちを相手が察してくれないからといってそれに憤るようなタイプでもなく、それこそ本当に昭和どころか明治以前のステレオタイプな忍耐強くて奥ゆかしい女性像を徹底的に仕込まれた存在だから、好きな人にとっては理想的な女性なんだろう。私には合わないだけで。
などと説明してるうちに屋敷の近くまで来たのは、さすがは空想の中。実にご都合主義だ。
昔は歩いてか、せいぜいエンデューロバイクでないと到底これなかったこの屋敷も、未舗装とは言え自動車が通れる道が出来たのは時代の流れというものか。敷地に入ってすぐのガレージを兼ねた納屋には、バンデンプラスプリンセスMk-Iが鎮座している。私が、いくら何でもこの時代に自動車すらないというのはさすがにと思って与えたものである。年に数回使われる程度の筈だが、まるで新車のごとく手入れが行き届いているのは、これもまたご都合主義の極み。と言うかこの屋敷の主人の唯一の趣味なんだが。
で、こちらも相変わらず古めかしい屋敷の客間に通された私は、サラッとした畳の感触に感じ入っていた。好きだなやっぱり。畳は。
と、そんな私の前に、光代を伴って一人の男性が現れて、床の間を背に静かに二人で正座した。年齢は60代半ばといったところか。それでいて背筋がピンと伸びた居住まいはさすがだと思う。
「お久しぶりです…」
そう言って男性は私に向かって深々と頭を下げた。私は正座は5分も出来ないので胡坐のままで「こちらこそ」と頭を下げる。
その男性に名前は無い。あったかも知れないが私が覚えてないんだから無いのと同じだ。
「清真と、今は名乗っております」
私が覚えてないのを見透かしたように彼が答える。
あ、そうなの?。まあいいやそれで。察してると思うけど、彼が光代の旦那。この家の現在の当主で、おそらく最後の当主になる筈。というのも二人には子供が出来ず、かつある意味呪われたこの家系を自分達の代で終わらせることを望んでるんだよな。でもなあ。こうやって光代と並ぶと、どう見ても祖父と孫だよなあ。
「して、今日はどのようなご用件でしょう?」
家を絶やすまじという信念の下で無言の圧力が半端なかった先代当主とはうって変わって、現当主の清真は完全に、時代の流れに取り残された自分達は消えゆく存在なのだと達観しているからか、当主と言っても拍子抜けするほどに穏やかな雰囲気なんだよな。
いや別に。私ももう人生の半分を過ぎたんでね。そろそろやり残したことの清算を始めようと思ってさ。で、二人にも引導を渡そうかな、と
と言って清真と光代の顔色を窺ってみるが、二人は全く動じる様子すらなかった。それどころか、
「そうですか。それは大儀なことです。私達はいずれ消えゆく身。残される者もありません。御意のままに…」
と、二人して深々と頭を下げたのだった。ったく、冗談の通じない奴らだな。お前らは私の中にいるんだから、私が完全に忘れるか死ぬまでは、消えることもできんだろ。シャレだよシャレ。本気にすんな。
けど、清算しようってのはまあまあ本気なんだ。お前達の結末は既に考えてるけど、そのうちどこかで形にするかも知れんし、しないかも知れん。その辺は成り行き次第だな。でも久しぶりにこうやって向き合ってみてよかったよ。お前達は私にとってはある意味で呪わしい存在だけど、あそこで成功していたら私は奥さんとも出会ってなかったかも知れないし、子供達とも出会ってなかった可能性もある。そういう意味では感謝もしてるんだ。
「ありがたいお言葉。冥利に尽きるというものです」
って、いちいち改まらなくていいから。やれやれ本当に四角四面な奴らだよ。
などと相変わらずの彼らに少し安心しながら、私は帰路に就いたのだった。
「……」
って、おい、なぜここにいる光代!?
帰りの林道を流す私のスーパーセヴンの助手席に、確かに屋敷の前で主人と一緒に私を見送った光代が座っていた。おのれいつの間に?
「…私は、光代ではありません。光代´(みつよだっしゅ)です……」
光代´(みつよだっしゅ)って…違和感パネェな。なんだそのパチモンは?。
「…貴方は私を呪いだと言った…呪いは解かれるまで掛けられた者から離れられないものです……私は、貴方に掛けられた光代の呪いが顕現したものです。貴方に掛けられた呪いが解けるまで、お付き合いします……」
なんだそりゃ。でもまあいいよ。前回「付き合ってもらうぞ」と言った手前、家に送り届けてお仕舞いじゃ、確かに変だからな。結末がどうなるか知らんけど、なるようになれ、だな。




