その16「私は人を殴ったりすることを正当化できる理由なんてないと思ってる」
昨今、躾と虐待の境が云々っていう話題が多いみたいだけど、自分が親として思うことは、<殴っちゃったら言い訳できないよね>ってことなんだよね。
「どういうことですか…?」
だってほら。相手は子供だよ?。親と子供ってさ、立場が全然違うんだよ。圧倒的に親が優位なの。何しろ、生殺与奪の権をほぼ全て握ってるようなもんよ?。特に子供が小さい頃なんて、親が見捨てたら子供は即、命の危機に曝されるんだよ?。それほどまでに絶対的優位な立場にある親が子供を力で支配しないといけないって、冷静に考えたらおかしいだろ?。
体力も経済力も社会的な立場も持ってる、子供から見たら全然次元の違う存在であるところの親って、本来だったら何もしなくたって子供はすごいと思うはずだよ?。だって、本当にすごいんだから。子供には決してできないことを易々とやってるんだからさ。だから、親を尊敬しない子供っていうのは、それは子供の問題っていうより親の問題だと私は思うんだよ。
普通にしてれば子供ができないことをしてる親がすごいのは当たり前なのに、何か子供が尊敬したくないと思ってしまうことを親の方がやってるとしか思えないんだよ。
「…」
私は人間的には全く大したことのないただの凡人だけど、それでも私の子供達からは慕われてるし、まあまあすごいと思われてるんだよね。とは言え、高校生になった娘には大した人間じゃないってことはバレてきてるんだけどさ。当然だよな。本人がもう大人に近い能力を持ち始めてる、それなりに社会のことも分かってきてるから、そういうものと比較して私がどの程度の存在かっていうのは見えてくるし。でも、嫌われてはないんだよ。毎日普通に会話も交わすし。
それに比べると私は、中学高校の頃は母とは本当にまともに会話してなかった。何を話していいのか分からなかったというのもあるし、父の事とかで正直反発もあったから顔を合わせたくないっていうのもあったんだ。でも私の娘は、年頃の女の子にありがちな父親に対する嫌悪感も、べたべた触ったりしなければ大丈夫だし、個室はないけど家には部屋はいくつかあるしテレビもネット環境もあるから私と顔を合わせたくないのならそっちに行ってればいいものを、ここがいいと言って私の仕事部屋に居座ってるんだよね。私が娘と同じ年頃だった時とは大違いだ。
小学生の息子の方も、私に構ってもらおうとしょっちゅうちょっかいを掛けてくる。しかも何かにつけて<お父さんすごいね。お父さん頑張ってるね>と言ってくれる。これは決して親馬鹿じゃなく、客観的な事実だ。
これらのことを実現する為に、私は特別なことは何もしていない。少なくとも自分で特別だと感じる様なことはしていない。子供のご機嫌をとる為にお菓子を与えたり玩具を与えたり小遣いを与えたりもしてない。むしろ、お菓子は週に一度も与えてないし、玩具だって子供の日や誕生日やクリスマスといった特別な日にしか買い与えてないし、小遣いに至ってはいまだに実質ゼロだ。必要な時に必要なだけ渡すようにしてるし。
その一方で携帯電話は持たせてないがタブレットは持たせたりしてるけども、それだって基本的に家の中でだけしか使わせてない。外に持ち出す際は私が一緒にいる場合のみだ。だからむしろ、今どきの一般家庭よりは厳しいんじゃないかな。
だけどそれは、決して私が力で抑え付けてるわけじゃない。子供達がそれで概ね満足してるからだよ。もちろんお菓子も毎日食べたいし玩具だってほしいものはあると思うけど、例えば店でそれを万引きしてまで欲しいとかは思ってない。
私は、子供達を殴らないし怒鳴らない。娘がまだ小さかった頃は慣れてなかったこともあってつい怒鳴ってしまったことはあったりもしたけど、今から思えば全く必要のない行為だったと分かる。脅すような真似をしてしまったこともあるけど、それも同じく無意味な行為だった。親として未熟だったと反省してる。
親が子供に尊敬されるのに必要な一番のコツは、人間としての圧倒的な器の大きさを示すことだと思う。そう言うと大袈裟に聞こえるかもしれないけど、普通の大人ならできて当たり前のこと、<相手の話に耳を傾ける>っていうのを子供に対してするっていうことだと思うんだ。
前にも言ったけど、それが子供の承認欲求を満たすと思うんだよ。この人は自分の話に耳を傾けてくれる。それだけでも子供にとってはすごい事なんだと思う。もちろん話を聞いた上で、聞き入れられることは聞き入れたらいいし、無理なことは無理ってちゃんと伝えると、子供だって結構分かってくれるよ。こんなに自分の話に耳を傾けてくれる人が無理って言ってるんだから無理なんだなって、子供なりに理解するんじゃないかな。それでも一時期駄々をこねることもあったけど、そんなに酷くはなかったし、3回に1回くらいの割合で聞き入れてればしばらくしたら収まったよ。毎回は聞き入れられないけど、折り合いをつけるっていうのも大事らしい。
子供にとっては自分がこの世に生まれてきたことを認めてもらえるのが一番安心できることだと思うし、それが実感できてると精神的にも安定するんだと思うよ。そうしたら他人に石をぶつけたりなんてこともする理由がなくなるし。子供の問題行動は、精神的に不安定になってるのが一番の原因じゃないかな。安定させることができれば、わざわざ怒られると分かってるようなことをする意味が無くなるはずだよ。
これも、子育て中の仲間も交じって議論した中で、一番筋が通ってる考え方として得たものなんだ。それを今実践することで、有用性を確認してるところなんだよな。
「そうだったんですね…」
うん。そういうこと。だから私は子供を殴ったりしないし怒鳴ることも必要だとは思わない。そんなことしなくても問題行動を起こすような子供にはならないんだから、それを正当化する理由なんて何もないと思ってるんだ。
自分もフィクションを描く立場だから、話の中でそういう場面を描くこともあるとは思うけど、それはあくまで作り話の中での話だから。現実ではないからっていうことははっきりさせたいね。




