第五話「信じる、という選択肢」
洞窟の中は当たり前だが暗かった。
そんな中を、グリムはゴツゴツした岩の壁に手を当てながらおそるおそる移動していく。
何も見えないが、奥から水の音が聞こえてきた。そして、生温かい風も吹いてくる。
雰囲気からして、この奥に何かがあるのは間違いなさそうだった。
「それにしても、長いな……」
しばらく真っ暗な道を歩いていたグリムだったが、一切光が見えてこないのに気がつく。出口らしき場所も見当たらないのだ。
こうなってくると彼も不安になってくる。彼はさっきから壁伝いに移動しているので、もし反対側に分かれ道があったとしても気がつかないかもしれないという不安もある。その分かれ道の方が出口だとしたらと考えると、もう居ても経ってもいられなくなってしまう。
だが、だからといって壁から手を話して思いきった行動を起こせるほど、精神的余裕はない。
彼は仕方なく、真っ暗な道を進み続けるのであった。
「……はーっ……って、あれ? 光……?」
しばらく歩いていると、奥の方に青白い光が見えた。
とはいっても、ほんの小さな光源が奥に確認出来ただけだ。奥に光る何かがあるという証明ではあるものの、この程度の光ならば大して期待は出来ないだろう。しかし、グリムの心はほんの少しだけ踊った。
「何があんのかわからんけど、こんな暗闇よりはよっぽどマシだよな……」
グリムは笑みを浮かべ、歩くペースを速める。
近づいていくにつれ、その光にはまるで水に反射しているかのような「揺らぎ」がある事が判明した。どうやら先ほどしていた水の音と、何か関係がありそうな感じである。
歩いていくにつれ、徐々に徐々に光が強くなっていく。この先に、青白い光源が置いてある場所があるようだ。
グリムは多少の不安と多少の期待に心揺さぶられながらも、何とかその場所へと辿りつく。
「……なんじゃこら……」
グリムが辿りついた先にあったのは、洞窟内のドーム状になっている空間だった。一般的な体育館程度の広さのそこには、グリムが入ってきた場所以外の出入り口が無く、完全に行き止まりである。
ドームの中心には大きな水たまりがあり、その真ん中には青白く光る巨大な宝石のような物が置かれていた。ここに至るまで目撃していた光はこれの事だったのだろう。
こんな奇妙な場所に戸惑い、一人立ち尽くすグリム。
だが、そんな彼に話しかける声が存在した。
「あれ……グリ君……!?」
その聞きおぼえがある声に、グリムは急いで振り返る。
するとグリムの背後には、ひらひらと宙に浮かぶ妖精種の姿があった。
妖精種のアルミは、驚いたような顔でグリムの顔をじっくりと眺めてくる。
それに対しグリムは、己の中にある警戒心をこれでもかというほど引き上げた。
――――さて、どうするか。
グリムはアルミに対して、どういった行動を取るべきかを考える。怪しいので逃げてみるか、いっそ話しかけてみるか、それとも攻撃行動に移るか。選択肢は複数存在する。
だが、魔法を使えない今では逃げるのも攻撃するのも、グリムとしてはあまり効果的だとは思えなかった。
故に選択する。話しかけてみる、という選択肢を。
「……アルミさん? なんでここに……!?」
グリムは驚いた顔でアルミから数歩後退しつつも、声をかけてみる。
だが、驚いているのはアルミも同様のようであった。
薄青い洞窟の中での再会。離れていた時間はさほど長くはないが、グリムにはその再会がひどく久し振りのものであるかのように感じられた。
お互い、言葉を発せずにその場で停止する。
そして、先に動いたのはアルミの方であった。彼女の声が洞窟内を反響する。
「……グリ君こそ、どうしてここに……?」
「俺はアルミさんが居なかったから、そこらを歩き回って探していただけだ。“どうしてここに?”それこそこっちの台詞だ、俺を置いてどこ行こうとしてたんだよ?」
グリムは即座に嘘を含めて言い返すが、アルミはただ俯くだけであった。
沈黙が場を支配する。
グリムは待った。アルミの返答を。
そうして何分が経過した頃か、ついにアルミがその顔を上げた。その表情は真剣そのものであり、これから話す事の重要性を如実に表している。
そんな緊迫した空気に、グリムは思わず息を呑んだ。
グリムが硬化してきた感情を抑えると同時、アルミは軽く息を吸ってから声を放つ。
「……まず、グリ君が眠っている隙にここまで来たのはごめんなさい」
「謝罪なんていい。そんな事より、どうしてこんな事をしたのか教えてくれよ」
グリムはアルミに対して、とりあえず最低限の警戒は怠らない。
アルミがグリムを騙している可能性もあるからだ。その疑いは未だ晴れていない。
確かにグリムは最初、アルミを信じると言った。けれどもそれは最初だけの話である。一度信じた後に疑わしい行動をされれば、後は好きなだけ疑ってもいい。これがグリムの掲げる理念であった。
そうして、アルミが数秒の間を置いて話し始める。
だが彼女が放った一言は、グリムのどんな予想すらも裏切るものであった。
「私、本当は妖精じゃないんだ」
「は……っ?」
それはあまりにも突然すぎるカミングアウトであった。
どうしてそうなのかもわからなければ、ここで明かす意味もわからない。
グリムからすれば全く理解不能な言動である。
しかしながらアルミは、ここから話を始めるつもりだったようで、どんどん口を動かしていく。
「……精霊って知ってる? それなんだよ。夏の精っていうんだ」
「はぁ? 精霊? ……ずいぶんとまた、突拍子もない話だな」
あまりに唐突すぎて、グリムの疑心はかえって息をひそめた。アルミの発言を疑おうにも、何故こんな事を言うのかまるでわからないので考えようがないのだ。
“精霊”とは、一種の魔法に特化した謎の生命体である。昔は神秘的な存在として祀られてきた精霊達も、研究の進んだ現代では“出どころ不明の謎生命”として気味悪がられていたりする。
確かにアルミの仕事を聞いた際に、グリムも少しは“精霊”の事を連想したりもした。妖精種と精霊は職場が被るなどと、考えてはいたのだ。
しかし、だからといってこれは信用しかねる問題である。
グリムはひとまず疑問を棚上げにし、アルミの話に乗っていこうと決めた。
「ていうか、おかしくないか……? だって、精霊はもっと凄いなんかアレなんじゃないのか?」
「精霊には水も飯も空気もいらないんだよ。だから“完全遮断結界”を使っても問題無いんだ……」
「完全遮断結界?」
当たり前のように出てくる新単語。
もちろん魔法についての知識が不足しているグリムにわかるわけもない。
だが、アルミはここでグリムに問いかけてくる。
「グリ君は、結界について何処まで知ってる?」
「えっ? 空間と、空間を隔てる魔法の壁……で、いいんだろ?」
流石のグリムも、結界についての最低限の知識ぐらいは持っている。
結界は透明な魔法の壁、その程度の事は小学生でも知っている知識だ。
けれどもアルミの話は、そこから少し踏み込むようなものであった。
アルミは人差し指を立て、少しだけ声を大きくする。
「そうだけど、一口で言っても結界にも色々あるの。つまり、完全遮断のものもあれば、必要な物だけは通すフィルター式のものもある。そして、実はポピュラーなのってフィルター式なんだ」
「へぇ……そうなのか」
結界とは言っても、全てを遮断するものばかりではない。
アルミのそんな説明に、グリムは納得気に相槌を打つことしか出来なかった。
しかし、アルミの説明のお陰で空気が少しだけ弛緩している事に、グリムは気付く。
グリムはそれに安堵しつつも、ひとまずは状況把握のためにアルミの話に集中していった。
「それでね。なんでフィルター式が多く採用されているのかというと、それは完全遮断だと空気のような生きるのに必要不可欠な物も遮断してしまうからなの。だから、必要な物だけを通せるフィルター式の方が圧倒的に多いわけなんだ。国民が受けなきゃならない魔法封印もこのタイプ。
だけど私は精霊だから、何もかもを通さない“完全遮断結界”を施されても平気なの……精霊は水も空気もいらないからね」
「そう、なのか……」
ここでようやく話の主題であったはずの“完全遮断結界”について明らかになる。
グリムはいきなり投げつけられた大量の知識に溺れそうになりながらも、なんとか曖昧な思考で考えた。
完全遮断結界とはつまり、フィルター式のように「特定の物を通す」という性質を持たない、文字通り完全に遮断する結界の事であったのである。
ここでアルミは苦笑した。
「とはいっても、精霊は隔たれた空間に声を届ける事や、逆に声を聞いたりする事が出来るの。だから私は完全に遮断されているのに、グリ君と話せるっていうわけなんだ」
「でも、証拠はあんのかよ?」
「物的証拠は……何も無いよ。一応、私の術は全て陽光関連なんだけれど……理由としては弱いよね」
「そうか……」
精霊が妖精と偽る理由。そんな話など聞いた事がない。
仮にこの話が本当だとしたら、きっとグリムの想像をはるかに超える何かがあったのだろう。
グリムは少しだけ好奇心を働かせるが、これは本題では無い事を思い出し、すぐに気持ちを落ち着かせた。別にアルミが何者であろうと、グリムには関係ないのである。
妖精だろうが精霊だろうが、ほんの些細な差に過ぎないのだ。だから追及はしない。
グリムはここで本題を思い返す。
今のアルミの説明は、彼女がこの洞窟に居た理由には成り得ないのだ。
「つーかそれより、本題はどこいったんだよ? 俺からすればアルミさんが妖精だろうが精霊だろうが、どっちでもいいんだけどよ……」
「……そうだね、じゃあここからが本題」
アルミはそう言うなり軽く俯き、ドーム状となっている空間の中心を指さした。
そこにあったのは大きな水溜りに浸された“青白く光る岩”である。巨大な宝石のようにも見えるそれは、ここら一帯を照らす光源となっていた。
そのため直視しようとすると少し眩しいが、それでもグリムはアルミに合わせる形でその岩を見る。
そして、青白い光りに照らされたアルミが、言葉を続けた。
「これは封魔鉱、っていってね。この魔物が潜んでいる地域を封印するための“結界”を発生させる特殊な鉱石なの。そして、私はこれの状態を確かめに来たの。
私はその、わけあって力は封じられてるけど、ここら一帯の管理と監視を任されているから……」
「はあ……」
相も変わらず話の全貌が見えてこなかった。
だが、封魔鉱についてはグリムも聞いた事ぐらいはある。この世界には「魔法を使える鉱石」である魔鉱が存在しており、またそれとは真逆の性質を持つ「魔法を封じる鉱石」である封魔鉱という物も存在しているのだ。
となってくると、途端にグリムの抱いていた疑問の一つが大きく揺るがされる事となる。
グリムはそれに気付くと、途端に目を見開いて大声をあげた。
「って、ちょっとタンマ! ここには結界が張られてるのか? ならおかしいだろ。なんで事故ったバスが結界突き破って、こん中に入ってきてんだよ?」
グリムは、そもそも魔物が封じられているといわれるこの場所に、結界が張られているかどうかというのを正しく把握していなかった。
だが、もし妖精種の言葉を信じるのであれば、ここには元々結界が張られていたという事になる。
それも現在進行形で機能しているのであれば、バスが結界の“内側”であるこの場所に入ってきたという事実が、相当不自然なものになってしまうのだ。
バスは幾分か魔鉱を含んでいる物質とはいえ、結界が遮断すべき物質であるという事には変わりない。結界が正常に機能している状態で、結界の内部に物質が侵入する事は「理論上不可能である」と言ってよいのだ。
グリムは珍しく思考を働かせ、アルミに詰め寄る。
「一体どういう事なんだよ? 全くわかんねぇ」
「落ちついて、グリ君。順を追って説明するから……」
ここからアルミが語った事は、事故の真相の一部分であった。
まず、何故バスが「結界が張られているはずのこの場所」に入ってこられたのか、という点について。これについてはシンプルに「封魔鉱が不調を起こし、一時的に結界が解けていた」という理由が存在していたそうだ。
アルミがその事実に気が付いたのは、グリムを発見する少し前だったらしい。
アルミは封魔鉱の調子を確かめる任をしていたそうだが、その際に封魔鉱に異常が見られたそうだ。具体的には、封魔鉱の光が弱まっていたらしい。封魔鉱から放たれる光の強さは、そのまま結界の強固さに比例する。
それ故に、封魔鉱の光が弱まるという事は、結界の強度も弱まるという事になるそうだ。
アルミは顔を伏せ、結論を告げた。
「つまり、グリ君達のバスが落ちる数分前に“封魔鉱の力が弱まっていた”という事……だからバスは弱まった結界を突き破って、この中まで入ってきてしまったというわけ……だと思う。あっ、でも、ここの結界には一部フィルターがかかってて、人間なら出入りする事が出来るから安心して! 明日には帰すから! 絶対!」
ここで明らかになる一つの事実。
――――さて、どうするか。
グリムはここまで話を聞いて、アルミの話を信じるか否かの考察を始めた。
無論、アルミが嘘をついている可能性はある。しかし、真実を言っている可能性もあるわけだ。証拠が無いという点では嘘っぽいが、言っている内容は概ね筋が通っていて真実らしい。
こうして少しの間考えた結果、ひとまずグリムは信じておくことにした。
「なるほど」
まずは信じるところから始める、これが彼の信条だ。疑うのは後でもいい。だが、今は仮定としてでも信じなければ話も進まないのだ。
だからグリムは「バスが事故を起こす数分前、結界が弱まった」という仮定を事実として受け止める。
これで判断材料が揃ってきた。もしこれが本当ならば、一つの仮定が途端に真実味を帯びてくる。
それは「この事故が人為的に引き起こされた」という仮定だ。バス事故のタイミングと、結界が弱まったタイミングが偶然にしては一致し過ぎている。その上、バス自体に残された奇妙な痕跡。
それから“リーパー”という謎の魔族の存在。
グリムの脳内でそれらの事実が渦巻き、更なる混乱へと彼を導いていく。
先ほど蛇型の魔物の口から出た「リーパー」という単語。どうして大戦時代に活躍し、今は姿を消している魔族の名がここで出てくるのか。グリムにはそれが不思議でならない。
不可解な事ばかりが続くこの現状、真実は一体どこにあるのだろうか、グリムは静かに溜息を吐き捨てる。
「まあ、どうしてアルミさんが俺を置いてここまで来たか、というのは理解した。だけど俺はここに来る途中、魔物が寝てるのを見かけた。それはどう……」
「えっ!? グリ君、魔物の方へ行ったの!? どうして!? 危ないのに!」
グリムの言葉を遮り、アルミが真剣な顔で詰め寄ってくる。
心底心配しているような表情だ。
グリムに相手の嘘を見抜く力は無いが、しかしこのアルミの表情は真に迫るものがある。そしてグリムには、相手がどれぐらい真剣に自分を見ているかと把握する力はあった。
この感じだと、疑わしい部分は多いがこの妖精種は信じてよさそうである。グリムはそう判断して顔を緩めた。
「何笑ってるの!? 夜になると魔物は確かに眠るけど、物音に反応して目覚めたら本当に危ないんだよ!? 機嫌が悪いから、すぐに食べられちゃっても不思議じゃ無かったんだよ!?」
アルミの言葉は概ね事実と一致していた。
だからグリムは、更にアルミを信用してみる事にする。
「そうか……俺にはそれだけわかれば充分だ。さて、封魔鉱の様子は確かめたんなら戻ろうぜ」
「……えっ? うん。そうだね。でも、本当に気をつけないと駄目だからね!」
「はいはい、気をつけるよ」
こうして、グリムとアルミは洞窟の奥から出ようとする。
そこにどんな絶望が隠れているかも知らず、ひとまず出ようとしたのだ。
けれどもそれは結果として叶わない。
何故ならば、グリムとアルミは致命的な見落としをしていたからである。
その不審の芽は今になって育ち、悪意の花となって開いた。
「……えっ?」
まず、アルミの飛行が止まった。
それから“それ”を見たグリムの足も止まる。
グリムとアルミが洞窟内の空間から出ようとしたその先、出入り口となる空洞のあたり。
そこにとある人物が立ち尽くしていた。
それはグリムにとっては見覚えのある姿。アルミにとっても、ある意味では見覚えのある姿。
“その人物”は、ニヤリと笑って片手を上げた。
「やーやー。ひっさしぶりっすね。まさかこんな場所で会うなんて」
グリム達の前に立っていたのは、黒いジャージを着た若い男である。
軽薄そうな笑顔を浮かべた男だ。そのジャージはグリムの通う学校指定のものであり、その姿はどう見ても“グリムと同じバスに乗っていた生徒”そのものであった。
グリムはその人物に見覚えがあった。バスで彼の隣に座っていた男である。
その男の姿を見て、グリム達は目を見開いて全く同じ言葉を口にした。
「「い、生き残り……?」」
――――そんなはずは無い。
あの時、バスが崩壊した中にグリム以外の生き残りなど、誰一人として残ってはいなかったはずだ。
グリムの脳裏に浮かぶは蘇生魔法の可能性。現代の魔法技術を用いれば、人間ぐらい蘇生させられるのではないかという可能性である。しかし、蘇生魔法は使える者や状況が相当限られているため、こんな僻地で使えるなんて事は恐らくあり得ない。
ならばどういう事なのか、その答えはグリムにもアルミにもわからない。




