第十九話「超常的技術による頂上決戦」
「えっ?」
私は、思わずモニターを二度見してしまいます。
モニターには、相変わらず白魔女が飛行している姿が映し出されていました。どうやら白魔女は先ほどの虹を抜けたようで、またしてもビルの間を低空飛行しています。ここまでなら問題ありません。
しかし白魔女を追うようにして、その背後からショルダー型のおじいさんが肉薄していたのです。その掃除機間距離はほとんど離れていません。
……いつの間にか、おじいさんが白魔女に追い付きかけていました。
これはどういう事なのでしょうか。おじいさんは白魔女の攻撃を避けるため、あえて距離を取ったのではないのでしょうか。というかそもそも簡単に追い付けるような距離では無かったはずです。
だいたい追い付いて何になるのでしょう。
これでは白魔女が圧倒的に有利です。何せ、近くで幽霊攻撃を行う分ではあまり集中を乱さずに済むので問題ないと、先ほど白魔女自身が言ったばかりなのです。そして白魔女が幽霊攻撃を使ってしまえば、おじいさんに対抗手段は残されていないはずなのです。
確かに白魔女が幽霊攻撃を至近距離で行おうとした結果、おじいさんの連続砲撃によって集中を乱されて攻撃始動を阻止されてしまったという事もありました。ですが今の白魔女は先ほどよりも集中を高めているのです。だから前回のように受け身でばかり居るはずもないと、私にはそう思えるのです。
それ故に現在、白魔女はかなり優勢であると推測する事が出来ます。
けれども白魔女の表情はやはり晴れませんでした。口元では笑みを浮かべていますが、頬をつたう冷や汗のせいで動揺を隠しきれていません。
「……にしても、この老人は本当にあり得ないね……まさかあんな事までしてくるなんて……☆」
そう憎々しげに告げる白魔女の前には、またしても虹の道がかかっていました。
斜めにかかった虹は綺麗にアーチを描き、遠方の道路へと続いています。
白魔女は、前と同じように虹に沿って進んで行きました。
これが一番空気抵抗を受けない進み方です。白魔女の技術は素人目に見ても完璧でした。これだけの飛行技術を持った白魔女が相手ならば、並大抵の人は機体差でしか追い付く事が出来ないはずです。
ですが白魔女のスティック型とおじいさんのショルダー型では、そこまで進む速度に差があるようには見えませんでした。ともなればです。おじいさんが白魔女の技術を上回っていない限りは、ここで白魔女に引き剥がされて大きな差をつけられてしまうのは間違いないでしょう。
私がそう考えた時です。
白魔女の口がゆっくりと開きました。
「ム。来たね☆」
白魔女の言葉と同時、おじいさんが虹の麓へと到達している所が映し出されました。
私は当然、このままおじいさんが虹に沿って進んで行くのだと思いました。実際、そうしなければ良いラインを選択する事が出来ないのです。だから、私は当たり前のようにそう考えたのです。
だから、私はこの後の展開を想像する事が出来ませんでした。
「……ええっ!?」
……おじいさんの行動は、私の予想を大きく上回ったのです。
想像すらも及びませんでした。まさか、という声を出す事すらも憚られるような驚愕が私を満たします。
なんと、おじいさんは虹をまるで無視して、虹のかなり下の空をそのまま進んで行ったのです。もちろん街中の建物を避けるように最低限の高度は保ちながら、完全に虹を意に介していないような挙動で空を進んだのです。
一応、虹からの距離は相当離れているとはいえ、軌道的には虹の下を通っているようなものです。だからなのか、おじいさんがコースアウト扱いになる事はありませんでした。しかしどう考えてもギリギリの位置です。
そもそも、その場所では空気抵抗を受けて、かなりの減速を強いられる事となるはずです。良いラインというのは空気抵抗が少ない場所の事であり、それが虹の付近であると設定されている以上、虹から離れ過ぎたおじいさんの進むラインがまともであるはずも無いのです。多大な空気抵抗を受けないはずがないのです。
なのに、不思議な事におじいさんは減速していませんでした。空気抵抗を感じさせないスムーズな動きです。色々とあり得なさすぎます。
白魔女はその姿を目で追いながら、大きな溜息を吐き捨てました。
「あれ、ズルいよねぇ。あのショルダー型、やけに速いと思ったらこういうタネだったんだ……フゥム。この老人、信じられないぐらい強い☆ ね、アプリちゃん♪」
……あ、これ独り言じゃなくて私に話しかけていたんですか。
急に話を振られてびっくりしてしまいました。
私は後ろに気を配りながらも、白魔女の方へと意識を向けていきます。
何やら尋常ならざる状況のようです。
ちなみに、私は白魔女に対して何も言いません。別に打算ありきの行動ではありません。
ただ、この人とは会話したくなかったのです。気持ち的に、生理的に、色々と嫌なのです。
ですが、白魔女は全く気にしていない様子で、当たり前のように言葉を続けました。
「いや、なるほどって感じだよ☆ 確かにショルダー型が誇る最大の特徴は“砲撃機能”だ。けど、何もショルダー型自体が“砲撃しか能の無い機体”というわけでは無い……
イヤむしろ……あの砲撃機能のお陰で、乗り手の使う魔法に幅が出る事の方が恐ろしいんだ。あれがあるから無理して攻撃魔法を入れる必要が無いわけだし、仮に入れたとしても肝心な時のために魔力を温存出来る。ショルダー型の砲撃エネルギーはほぼ無尽蔵だからね♪
そして、攻撃魔法を入れなかった場合……術の二枠は補助に使う事が出来る。二枠補助魔法を使った機体は凄いよ☆ やりようによってはだけど、改造機にも引けを取らない性能を発揮出来るんだ。機体操作の念動魔法は重ねがけすると共鳴し合って、術の効果が倍加されるしね。
きっと、老人はそうしているのだろう……◇ 訂正するよ、あれは“どノーマル”な機体だ。改造なんてしていない。補助ユニットもパック式だから無改造だ☆
それで、二枠補助魔法を使った場合の難点は、本来なら攻撃手段を無くすという所にある。攻撃手段が無ければ、周囲に居る危険分子の排除や、それに襲われた時の対処が難しくなるんだ☆ 速度に差がある相手なら逃げればいいけれど、普通は自分と同格の速度を持つ者を狙う……そんな時、やはり闘う術があった方が有利なんだ☆ それが無い以上は、いくら補助で機体の性能を高めたとしても、結構なデメリットを背負う破目になるわけだね。
だけど、ショルダー型にその弱点は無い。デフォルトで攻撃手段があるからね☆☆☆ つまり、いまの老人は二枠補助プラス攻撃手段を持っている……本物の怪物だ」
相も変わらずクソ長い説明です。
正直な話、私は半分ぐらい聞き流してしまいました。自分の運転もあるので、あまりこちらに意識を向けてばかりはいられませんですし。
こういうただの解説台詞は話半分で良いのです。
と、私がこんな曖昧な反応をしていると、白魔女さんが「しょんぼり」と口にしながら意識をレースへと戻していっていました。急に表情を引き締め、集中しているような空気を醸し出してきたのです。
しかし、相変わらず白魔女の口は動きっぱなしでした。
今度は独り言のようです。
「……それにしても、ライン選択ミスの際に生じる風圧などの抵抗要素を“還元”させてしまうとはね……確かにそれならラインを無視して進む事が出来るけれども、思い立った所であそこまで完璧にやれるわけが無いんだけどなぁ……
一体、あの老人はどれだけの間、あの還元魔法習得に時間をかけたのだろう……四年や十年ではとても足りない熟練度だよ、あれは……!
何せ、魔法で生成された物質じゃあなくて、その場にある空気などをマナに還元しているのだからね……難易度は魔法生成物質にやるよりも格段に上がっているはず。なのに、精度、範囲、継続時間、どれも全部あり得ないレベルだ……! そして極めつけは……」
言いつつ、白魔女は目を見開きながら首を傾けました。
直後、白魔女の頬付近を青色のエネルギー弾が通り抜けていきました。下からの砲撃です。器用に白魔女の顔を狙った一撃でした。一瞬でもかわすのが遅れていたら、間違いなく直撃してしまっていたような軌道です。
白魔女が下を見ると、そこには砲撃体勢のおじいさんの姿がありました。ほとんど白魔女の真下に近い位置です。ビルの屋上ギリギリの位置で飛んでいるおじいさんは、またしても伸縮管とグリップを両の手で掴み、ホースを曲げ、ヘッドを白魔女の方に向けています。
おじいさんは、そのままエネルギー弾を連射していきます。白魔女はそのたびに機体や身体を動かし、何とか辛うじて砲撃を避け続けていきました。今度は一撃もかすらせません。白魔女の動きは先ほど以上に洗練されていました。
そうして結局、白魔女は全ての砲撃を避けきってしまいました。しかし、その表情は苦々しいままです。
「……この砲撃、すごく嫌だね。僕が幽霊攻撃やろうかなーって思った瞬間に、もう砲撃体勢になってるのやめてくれないかな……! 何で、こうもこっちの手の内を読み切ってるような動きなんだ……!? それもコントローラー理論!?
無視して攻撃しようとしたら、その集中の乱れを突かれてやられそうだしさ……! やりにくいッ!
でも……!」
白魔女の口調には余裕がありませんでした。
けれども、攻防はまだ終わっていません。
おじいさんが飛行体勢に戻ったのを見届けた瞬間、白魔女は素早く右手を上に持ちあげました。
それから指をパチンと鳴らし、大量の風船型幽霊を召喚します。どうやら、おじいさんが砲撃をやめて機体の向きを元に戻す瞬間を狙っていたようでした。確かにこれならば砲撃による即妨害が通用しません。
現に、おじいさんは機体の向きは変わらぬままです。
白魔女はこれを好機と判断したのか、再度指を鳴らして幽霊を全て消しました。いえ、厳密には消したわけではありません。
――――おじいさんの進行方向を覆うようにと、一斉に全てを転移させたのです。
幽霊の特性上、消えたり出たりは思うままです。白魔女はそれを応用し、こういった大規模な幽霊移動を行ったのでした。
白魔女の口元が笑みで歪みます。
「距離があるから大丈夫だと思ったかなぁ!!!? 甘いっ!!! その対策はたったさっき……思い付いたばっかりなんだよぉッ☆☆☆☆」
全部の幽霊の形が変わり、まるで大きな一枚の壁のようになりました。
これで、おじいさんの進路は全て塞がれてしまいます。しかも、壁は徐々におじいさんの方へと接近していっています。
それに対しておじいさんは、機体の前後を入れ替えて、ようやく砲撃体勢に移行した所でした。それはいいのですが、目の前に迫る壁のせいで白魔女を狙う暇がありません。このまま幽霊の壁を撃っても意味がありません。
そもそも、おじいさんには幽霊が見えていないのです。先ほどのコントローラー謎理論によって攻撃方法を理解しているのかもしれませんが、それでも絶体絶命の状況には変わりありません。
しかし、おじいさんはヘッドを前に向けた砲撃体勢のまま、ヘッドの噴射孔から推進用のエネルギーを放出しました。これにより、おじいさんは“後ろ向きに加速”する事となります。
これで、おじいさんは壁に激突する事を避けました。それどころか、このままどんどん下がっていって距離を取り直す事も可能になるはずです。
そう、そのはずでした。
ですが、現実はそう上手くはいきません。白魔女が指を三回連続で鳴らしていきます。すると、おじいさんの背後にも別の白い壁が出現したのです。板挟み状態です。いえ、そんな生易しい物では済みませんでした。
前後二つの白い壁は、ひしゃげるように形を変えていき、まるでおじいさんを包みこむような球体へと変形していきました。二つの壁が半球化していき、その二つが徐々にくっついていっているのです。この球体が完成してしまえば、中のおじいさんに逃げ場はありません。
仮になんとか無事でいられたとしても、ここに閉じ込められたままでは白魔女との間に距離が出来てしまいます。一瞬の判断。おじいさんに求められているのはそれでした。
結局、おじいさんは白魔女の方へとヘッドを向け直しました。おじいさんに霊視能力は無いので、ここで幽霊の壁に視界を遮られるような事は無いはずです。
おじいさんは、そのまま白魔女に対して連続砲撃を仕掛けていきました。心なしか、今まで以上に熾烈な攻撃のようにも見えます。この勢いある攻撃ならば、幽霊操作を行って集中を乱している白魔女に避けられる事はまずあり得ないはずです。
私がそう思った時でした。
白魔女が、これまで以上に口を歪ませて嗤いました。
「これ、つまりさ――――」
白魔女は自分の方に来るエネルギー弾に対し、真っ直ぐに手の平を向けました。どうやら避けるつもりが無いようです。
おじいさんの砲撃は、逃げ場を無くすためかあらゆる方向に撃たれていたので、確かに最初の一撃を避けなければ被弾は最低限で済む事でしょう。
しかし、おじいさんは序盤で多くの人を一撃で葬ってきています。これまでの流れで、おじいさんの砲撃は一撃必殺なのであるという認識が成り立っていたのです。だからこそ白魔女もこれまで直撃は避けてきたのです。
おじいさんの砲撃は一撃でも喰らったら不味い、そのはずでした。
それなのに白魔女は避ける動作の予兆すら見せず、不敵に手を翳すだけです。一体、どういうつもりなのでしょう。ここで何か魔法を使うのかとも考えましたが、そんな素振りすらも見えません。
――――そして、青いエネルギー弾が白魔女に激突しました。
青い光が、小さな爆発音と共に炸裂します。これで白魔女は撃墜された――――はずでした。
なのに、何故でしょう。
声が、酷く甘ったるいその声が、まだ、聞こえてくるのです。
「――――技術、だろう?」
手を翳したままの白魔女が、おじいさんを真上から見下ろしていました。
それから白魔女は、翳した手をぐっと握りしめました。まるでその動きと連動するように、おじいさんを包もうとしていた白い壁がどんどんひしゃげていき……ついに白い球体が完成します。
おじいさんは完全に閉じ込められてしまったのです。その上、白魔女は常に前進しているため、おじいさんはその場に置き去りにされる形となってしまいました。
それを見届けた白魔女は、楽しそうに言葉を紡いでいきます。
「ようやくわかったよ。あれは簡易保護障壁の脆い部分を攻撃していたのだね。そういう弱点は確かにあるけども、普通は絶対わからないのにさ。よくやるよ。
全く。機体ごとに位置が違う上に、持ち主もまともに把握していないような弱点を、よくもまああんな軽々と攻撃できたね。
だけど、わかってしまえば対処は簡単だ。簡易保護障壁は本来、ショルダー型の砲撃一つ程度で壊れたりはしない。なら、これまで狙われていなかった部分で防げばいいって話だよ。
残念ながら老人……僕の勝ちだ☆」
白魔女はそう言って――――今はそれなりに遠方にある――――老人の入った白い球から視線を背けました。
その際に一度手に力を込めて「あれ、潰れない……変だな」と言っていましたが、その言葉の意味を理解出来るほど私は博識ではありませんでした。何にせよ、白魔女はこうしておじいさんに勝ってしまったのです。
しかし、そのすぐ後、白魔女は大きく目を見開いて右側に逸れました。まるで砲撃を避けていた時のような動きです。
いえ、それは物の喩えではありませんでした。
実際に、複数の青い砲弾が白魔女の簡易保護障壁をかすめていったのです。
それも、おじいさんの居た方向からではなく、白魔女よりも高い位置から撃たれたような軌道です。
ですが攻撃が来た方向を見ても、そこには何も無い空が広がっているだけでした。
ならば今、白魔女はどこから攻撃をされたのでしょうか。私にはわかりません。
けれども、白魔女は何か心当たりのあるような思案顔で、静かに言葉を放ちました。
「変化球か……!」
白魔女がそう言うなり、またしても変化が訪れます。
おじいさんを覆っていた白い球体が解れ、その中からおじいさんが飛び出してきたのです。
白い球体はどんどん個別の幽霊へと分裂していき、一体一体がふらりと宙を漂って行きました。白魔女はそれを見るなり表情を引き締めると、即座に指を鳴らして、宙を彷徨っている幽霊を消します。
それから、白魔女は静かに一呼吸しました。
そうして白魔女は困ったような笑顔を浮かべます。口元だけが笑っていますが、他の顔のパーツが動揺を隠しきれていません。
白い球体から出たおじいさんは、ショルダー型の推進力を一度チャージし、それから驚異的な加速力を発揮して前へと進んで行きました。白魔女とおじいさんの距離は上下で離れていますが、それでも向かう先は同じく虹の麓です。進路は同じなので当然、抜かす抜かされるの概念もきっちり存在しています。
おじいさんは――――今の加速で白魔女を追い抜かし――――いち早く虹の麓へと到達してしまいました。その先にあるのは市街地の路面です。
それから少しして白魔女も虹の麓へと到達し、再度また低空飛行を始めていました。おじいさんは白魔女のだいぶ前を進んでいます。白魔女は完全に追い抜かされてしまったのです。
白魔女は、しばし唖然としたまま、それでも口を動かしていました。
「……なるほどね。さっき僕に当たらなかった分の砲弾は、全部変化球だったというわけだ。砲弾は、僕の横を通り過ぎるなり、少ししてから軌道を変えて反対側から僕を襲った、と。ははっ。
……それと、幽霊から伝わる情報を分析するに、今使われたのは念動と還元の組み合わせか。推測するに、あの老人の術は念動と還元だ。まず、念動を自らの機体に重ねがけする事によりセルフブーストをかけ……還元によって、先ほどのようなライン無視といった技能の実現や……機体性能の底上げを行ったというわけだね。
……そして、その二つは“魔法生成物質”ではなく“既存の物質”に作用させるタイプの術だったわけ、と。主に機体と抵抗に対して使っているからね。だけど、それらは何も魔法に対して何の干渉力も無いってわけではない……
魔法っていうのは“魔力”を使って何らかの物質に影響を与える技術だ。つまり、僕の支配魔法も老人の念動・還元魔法もその源は魔力にある。魔力同士、干渉力が無いわけがないんだよ……
……やられた。あの老人、僕が幽霊にかけた支配魔法に……念動と還元で少なからずの影響を与えてきたと思ったら……それを上手く利用して……!
僕の支配魔法を、一時的にバグらせて応答不能にしやがった……!!!」
白魔女の口調が荒れていきます。
それにしてもとんでもない理屈です。魔法で操作している物質自体に何らかの形で干渉するのであればともかく、それを操作している“魔力”そのものに影響を与えて無力化するなど普通はあり得ません。
確かに魔力同士の干渉という現象はありますが、だからといって狙って異常を起こせるほど魔力はデリケートな物でもないのです。普通なら魔力同士が多少干渉した程度では、術の発動に何の影響も無いはずなのです。
それでも、おじいさんはやってのけました。
意味がわからないスーパープレイです。これならば私が何もしなくても白魔女が沈みそうです。
今まで以上の大きな希望が見えてきました。
おじいさんが白魔女をターゲットにしている以上、白魔女は常にあの砲撃に狙われ続けるのです。それも幽霊攻撃を攻略され、尚且つ逆手に取られた状況で狙われるのです。ただ狙われるのとはわけが違います。
その上、白魔女は何度かエネルギー弾に簡易保護障壁を削られています。先ほどに至っては、いくら一撃必殺を免れたとはいえ一発は直撃しているのです。どう考えても白魔女の簡易保護障壁は弱っていました。
この状態で、後どれだけ砲撃を避けきれるのかという話です。もう無理でしょう。
私は白魔女の敗北を心から望みました。
……しかも、この状況で更に追い風が吹いてきます。
白魔女を抜かしたおじいさんが、前から白魔女に向けてエネルギー弾を放ちました。それも飛行体勢のままです。ショルダー型の利点として、相手の前に位置取った時、わざわざ砲撃のために機体の前後を入れ替える必要がなくなるのです。だからおじいさんの砲撃はもっと隙が無い物へと変わるのです。
おじいさんは減速防止用の加速をしてから、噴出孔から何発も青い弾丸を放ちました。
白魔女視点で考えると、今度は前から襲いかかってくる弾丸です。自分が前進している以上、前から来る攻撃は相対的に速く感じてしまいます。つまりここで白魔女は更なる不利を強いられるのです。
白魔女の表情は、もう避ける事に精一杯といった感じでした。
私の勝利はもう目前です。やりました。白魔女は、さっさと撃墜されてレースから消えてしまえばいいのです。
しかし、白魔女はここでまた小さな笑みを浮かべました。必死な表情を何とか歪め、無理矢理笑みの形にしたような苦しげな表情です。
「……しょーがない、か☆」
そう言うなり、白魔女は掃除機の高度をどんどん落としていきました。
ここで私は、初めて白魔女の「金色のスティック型掃除機」の形状をきちんと把握します。
T字型ヘッド、太く重量感のある円筒状の本体、その上についたパイプと輪状のグリップ、ここまでなら普通のスティック型と大差ありません。
しかし、グリップの頂点から本体の背面にかけて謎のホースがかかっているのです。それからよく見ると、ヘッドと本体の間に小さな車輪が二つついています。
どちらのパーツも用途が不明です。しかし、とてつもなく嫌な予感がしました。
白魔女の眼は、またしても感情によって黒く染まっていました。何かを覚悟したような迫力を感じます。
その気迫に私の心臓が委縮してしまった、その瞬間でした。
白魔女が、あはは、と小さく笑いました。
「ここまで対等な敵と出会えるとは思わなかったよ……本当、だからレースはやめられないよね。
僕は幽霊の記憶を掘り起こして利用しているし、クーシェ・ドゥ・ソレイユだって“本物の”キャッツェントが使っていた機体さ。
だけど、それを再現できるだけの技術力は僕の自前だし、操縦技術だって自分で会得した物だ。むしろ僕の方が年季が入っているんだよ……!
それでさ、アプリちゃん。おかしいとは思わなかったかい?」
モニター越しに話しかけられ、私の心臓はトクンと大きく跳ねました。
ですが、私は焦りつつも何とか質問には答えます。
「……何が?」
まともに答えるかどうかは別として、とにかく思った事を口にしました。
実際、主語が曖昧で、何を聞かれているのかがまるで分らなかったのです。
けれども白魔女は当たり前のように答えました。
「君が今乗っているクーシェ・ドゥ・ソレイユだよ。いくらなんでも速過ぎるとは思わなかったのかい? いくら地上特化とはいえ、あり得ない速度だとは思わなかったのかい?」
「な……何が、言いたいの……?」
「そのクーシェ・ドゥ・ソレイユはね、実は無理して作られた機体なのさ。規格外のモーターを無理矢理積まれ、あらゆる要素を地上特化にされた機体……それがそのクーシェ・ドゥ・ソレイユなのだよ。だけど、これには代償とも言える欠点というか大きな特徴があってね……
――――それ、使い捨て、なんだよ」
「え……?」
いきなりの言葉に、私の思考はまた白く染められてしまいました。
何も返す言葉が浮かびません。それどころかまともに言葉を咀嚼出来ません。
そんな私に対し、白魔女はどんどん言葉を重ねていきます。
「クーシェ・ドゥ・ソレイユはかなり無理している機体だから、一度レースに参加したら次はもう無いのさ。色々な所が壊れて二度と使えなくなる。そんな欠陥機だからこそ、彼の専用機にしかなれなかったというわけだね」
「……そ、そんな……!」
普通にショックでした。
これまで色々と一緒にやってきたせいか、私はクーちゃんに少なからずの情を抱いていました。物に入れ込むのは馬鹿らしいと言う人もいますが、しかしながら物に対する愛着を簡単に拭い去ることは不可能です。
むしろ物の方が人と違って裏切りませんし、私に危害を加えてきたり馬鹿にしてきたりもしません。つまり並大抵の人よりもよっぽど優しいのです。今回のレースだって、私はクーちゃんに沢山助けられてきました。
それなのにこのレースが終われば壊れる、というのはまるで恩人が死んでしまうみたいで嫌でした。いえ、まさか二度目のレース参加などは全く考えていませんでしたが、だからといって機体が壊れてもいいわけではないのです。壊れる、という事自体に抵抗があるのです。
ほんの少し悲しくなって、私はまた涙目になりました。
けれども白魔女は、そんな私を無視するように話を進めていきます。畜生ですかこのド外道。
「そう、クーシェ・ドゥ・ソレイユは無理して強化した機体だ……だけど僕は考えた。もしも、その破格の性能をギリギリまで残して通常スペックに押しこみ、常に反則一歩手前の性能を出し続ける事が出来る機体があれば最高なのではないかとね……
故に僕は、そういったコンセプトで勝手に次世代機を開発した。それがこの僕のスティック型掃除機……クレール・ドゥ・リューヌだッ!」
白魔女はそう言って、自らの桜色のスティック型掃除機を見せてきました。
今、確か「何とか……リュー……何とか」と言ってた気がするので、こちらは“リューくん”とでも呼ぶべきでしょうか。そうですね。これで呼びましょう。ややこしい名前なのでとても覚えられません。
それにしても今の説明は少し腑に落ちませんでした。クーちゃんに比べ、リューくんは今のところ“単なるスティック型掃除機”の域を出ていません。特殊な要素を何一つとして見せていないのです。
これが単なるスティック型掃除機なのだと言うのならば、むしろベゼちゃんのバアルゼブルの方が優秀に見えてしまうぐらいです。とても破格のスペックを誇るクーちゃんの兄弟機とは思えませんでした。
しかし、今の私の心情はしっかりと見抜かれてしまいました。
「アプリ、君は納得がいってないようだね。それもそのはずだね。今のクレール・ドゥ・リューヌはまだまだ真価を発揮してはいない。
僕がただのスティック型を使うと思うかい? 言ったはずだよ、僕は単なるスティック型は好きじゃあないのさ。だからこれも必然、ただのスティック型であるわけがないッ!
正直、君が追い付くまでこれは見せるつもりが無かったが……あの老人は強い。ここで手を抜くわけにもいかないさ……! 故に見せてあげるよ……! これが夕焼けを溶かした後に誕生した、まるで全天を照らす月明かりのような……真に輝く究極の光だッ!」
言いつつ、白魔女の高度は地面すれすれまで落ちていきます。それから白魔女はリューくんの機首を上げて、ヘッドとその後ろについた車輪を地面にこすりつけながら進みました。当然、ヘッドや車輪は自動的に稼働などしません。ただ地面にこすられてカラカラと無機質な音を立てるのみです。
バイクのウイリーにも似た体勢の白魔女は、両の足をT字型ヘッドの上に乗せました。両手は相変わらず輪状グリップを掴んだままです。その乗り方は、電動立ち乗り二輪車やホッピングに乗る時のそれに近い物がありました。こうして見るとなかなか滑稽です。
けれども行動の意味が分からない以上、迂闊に気を緩められません。
と、ここで私の側にも変化が訪れました。
「わっ、こんな時に……!」
背後から、ロボット型に乗る少女が追い付いてきました。私が映像を見るのに手いっぱいになって減速していたせいで、簡単に追いつけてしまったのでしょう。これでやりにくくなりました。最悪です。
しかし、映像からも目が離せないのも事実です。幸い、まだロボット型との距離はあります。これならまだ大丈夫そうです。だから私は映像に目を向けました。
……せめてこの一部始終だけでも……!
私は、立てかけた状態のようなスティック型に乗った白魔女が、一体何をしでかすのかと気が気で無いのです。
そして、ここで白魔女が分かりやすい変化を起こしてくれました。白魔女が、本体に備え付けられている灰色の無骨なボタンを片手で押し、輪状グリップを握る手に力を込めると――――
――――まるで鞘から抜ける刀のように、本体からスポッとパイプが抜けてしまいました。いえ、パイプのみならずその先に取り付けられた“黒くて長い何か”までもが一緒に本体から抜け出たのです。
パイプの先端には黒くて細長い、まるで刀身を思わせる形のヘッドが取り付けられていました。そのヘッドの切っ先に当たる部分には、細い小さな穴が開いています。掃除用掃除機ならばここが吸引口になるのでしょう。
ここでようやくホースの意味がわかってきました。本体の後ろから伸びたホースはグリップへと接続され、間にパイプを挟んで、そこからこの刀型ヘッドへと繋がっていたのです。
白魔女はグリップを振りまわすように後ろに構え、もう片方の手で本体についたハンドルを握りしめました。
白魔女は楽しそうに叫びます。
「この掃除機は可変式なのさッ! 実は本体には空洞があり、普段はそこにこの刀型ヘッドを納めている形になっているのだよ……
多くのスティック型掃除機は本体で生成されたエネルギーを、そのままヘッドを通して放出する形となっている。でも僕のクレール・ドゥ・リューヌは違う。本体で生成されたエネルギーはこのホースを通り、グリップとパイプを伝い、この刀型ヘッドについた噴出孔から放たれるのだよ……!
本体の空洞はT字型ヘッドまで繋がっているからね。そこにこの刀型ヘッドを突き刺せば、そこから放たれたエネルギーが内部空洞を伝い、T字型ヘッドからエネルギーが直接放出されているように見えていた……というわけさ!」
「な、何が言いたいの……?」
「だからこうやって刀型ヘッドを出せば、クレール・ドゥ・リューヌはもうまともな運用が出来なくなるのさ。T字型ヘッドからはエネルギーが出なくなって加速不能になり、逆に本来移動用エネルギーだったはずのものも行き場と役割を失くしてしまう……
だからね。それを補うだけの機能があるのさ……このクレール・ドゥ・リューヌにはァッ!!!!」
変化は唐突に訪れました。
地面をこすらされていたリューくんの車輪が、高速で回転し始めたのです。
それと同時にリューくんは凄まじい火花を巻き上げ、信じられない速度で地上を駆けていきました。
現在リューくんは、ヘッドを地面につけて立てかけられているスティック型掃除機……のような状態のままあり得ない速度で前進しているのです。
その速度はクーちゃんにも負けず劣らず、といった所でした。
……地上走行型!!?
私の眼は驚愕に見開きます。
モニターに映し出された映像は、高速で加速する白魔女の背を追いきれていませんでした。
一筋の線と化した白魔女は、圧倒的な加速力でおじいさんを追い抜かします。それどころかどんどん差を伸ばしていきました。とんでもない速度です。
それから少しして、モニターの映像が白魔女に追い付きました。
白魔女の声は楽しげです。
「空陸両対応可変式スティック型掃除機、それがこのクレール・ドゥ・リューヌだ……! 前進用モーターヘッドと補助用二輪の自動稼働によって、推進用エネルギーを必要とせず地を駆けられるのさ……! これはどちらかと言えばキャニスター型に近いつくりになっているのだ!
そして、そろそろこっちも使用可能になる頃かなぁ……!?」
白魔女はグリップを後ろ手に構え、そこから伸びる刀型ヘッドの切っ先をおじいさんへと向けます。
まるで先端の長い銃を構えているかのような格好です。
すると少しして、刀型ヘッドの切っ先から金色の光がちらちらと見えてきました。
と、私がそう認識した次の瞬間。
――――刀型ヘッドの先端から、金色の輝きを放つ球体状のエネルギーが生成されました。まるで小さな満月が宙に浮かんでいるかのようです。
これが本来、このリューくんを動かしていたエネルギーなのでしょう。金色のエネルギー球はどんどん膨張していきます。エネルギーを放出せずに溜めているのでしょうか。その可能性が高そうです。
「これまで機体を動かしていたエネルギーはその役目を失い、ただの砲撃用エネルギーとなる……! フッ、砲撃がショルダー型の専売特許だと思ったら大間違いさ!
むしろ地上走行している僕に、移動のためのエネルギーは必要じゃあ無い! 老人、君と違って僕は減速しないぞ!
その上、クレール・ドゥ・リューヌは一撃を極限まで溜めて撃ち出すスタイルだッ! ここから放たれる極太の光線が君に避けられるかなぁ!?」
白魔女は声を荒げて、背後のおじいさんを挑発していきます。
あのおじいさんの事でしょう。きっと今の発言は聞えていたはずです。
現に、今モニターに映し出されたおじいさんの顔は、ニヤリとしている笑顔でした。素敵な笑顔です。そして全身から魔力の光を放つと同時、一時的に動きを緩めて加速力をチャージした後、機体速度を一気に引き上げて白魔女へと追い付いてきました。
どうやらこれがおじいさんの全力加速のようです。こうして白魔女とおじいさんは、再び等間隔で進む形となりました。
――――もう、双方の距離はさほど開いていません。
おじいさんは、たった数秒の間すら置かずにすぐ口を開きます。
「やってみろ」
おじいさんは即座に機体の前後を入れ替え、グリップと伸縮管を掴み、T字型ヘッドを白魔女へ向けました。
お互い、万全の砲撃体勢です。
おじいさんと白魔女の視線が、またしても激突しました。
恐らくは、これが最後の激突となる事でしょう。私にはどうしてもそう思えてなりませんでした。
白魔女は邪悪な黒い眼光を放ち、おじいさんは真っ直ぐにそれを受け止めます。
そこにもう余計な言葉は要りませんでした。
私は自分の方のコーナーを曲がりながら、ごくりと喉を鳴らします。
そうこうしている間にも金色の膨張は続いており、もうバスケットボール大にまで膨らんでいました。
どれだけ膨らめばマックスなのかはわかりませんが、視覚的には相当膨らんでいます。
おじいさんにはあまり猶予は残されていないのかもしれません。
しかし、両者共に研ぎ澄まされた焔を瞳に宿し、それが一瞬たりとも揺らぐことはありませんでした。
……そして、最後の撃ち合いが始まりました。
まず、おじいさんが白魔女に対して複数の青いエネルギー弾を放っていきました。しかし地上を走る事によって速度を増した白魔女には、そう簡単に攻撃は当たりません。白魔女は自由自在に地上を駆け、縫うような動きでおじいさんの青い砲撃を全て悠々と避けていきます。
リューくんの切っ先は、未だおじいさんの方を向いたままでした。このままではおじいさんが撃たれてしまいそうです。
それに加え、白魔女が小声で何かを呟くと、その背中に真っ白な魔法陣が出現しました。魔法陣とは特殊な魔法を使う際に出現する「宙に浮かぶ半透明の幾何学模様」の事で、それはつまり何かしらの強力な魔法が発動される予兆であると把握する事が出来ます。
ここで白魔女は何らかの魔法まで発動しようとしているようです。そういえば白魔女の「二つ目の術」はまだ謎に包まれたままでした。これから発動するのがそれなのでしょう。どんどんおじいさんの旗色が悪くなっていきます。それと同時に私の心にも不安が宿っていきました。
けれども、おじいさんは眉一つ動かさずに連続砲撃を続けました。複数発射された弾丸が白魔女を捉えかけますが、白魔女が一段階速度を落としたせいで全弾外れてしまいます。もう白魔女が避ける動きに必死さはありません。いつの間にか、追い詰められているのはおじいさんの方でした。
それでもおじいさんは連射を続けます。それにつれ、おじいさんの速度が徐々に落ちていきます。これで距離を稼ぐつもりなのでしょうか。その真偽は、私には判断しかねます。
おじいさんの砲撃は、速度を増した白魔女にまたしてもかわされてしまいました。ですが、おじいさんの青い弾丸は地面に着弾してしまう前に方向を変え、白魔女を取り囲むように展開していきます。これは先ほど使っていた変化球でしょう。こうなってしまえば白魔女に逃げ場はありません。
金色の球体はもうバレーボール大になっていましたが、これで仕留められれば全てのカタが付きます。
私は密やかにおじいさんの勝利を確信しました。
……しかし、自らの逃げ場を塞いだ攻撃を前にした白魔女は、小さく笑っていました。
それから口紅で彩られた唇を動かし、やけに甘ったるい声を囁くように放ちました。
「飽きた」
瞬間。
白魔女の姿が消えました。
恐らく透明になったわけでは無いはずです。何故なら、白魔女を取り囲んでいた青い弾丸同士が激突し、その場で青い小爆発を引き起こしていたからです。もし透明になっただけなのであれば、今のに巻き込まれて撃墜されていなければおかしいのです。
私が呆気に取られた――――その直後、信じ難い変化が訪れました。
「私」の背後で、まるで雷でも落ちたかのような轟音が響き渡りました。それから一瞬遅れて、機体を煽って不安定にさせるような突風が吹き荒れます。背後で何かが起こったのかと思い、私は咄嗟に後ろを見ようとします。が、眩い金色の光が目に入り、すぐに顔を背けてしまいました。
この一瞬で、私の後ろで何かが起こってしまったようです。
数秒して、ようやく背後から伝わってくる圧倒的な気配が消えました。
そこで一先ず安堵した私は、恐る恐る背後を振り向きます。
すると……そこにはロボット型と少女の姿がありませんでした。
しかし、その代わりとでも言わんばかりに「ある人物」がそこに居たのです。
その人は、はにかみながら楽しそうに告げました。
「やっほ☆ 暇潰しにも飽きたし、どれだけ待っても追って来てくれないから来ちゃった♪ ルール変更だ。やっぱり追う方が楽しい。今から、君は一度でも僕に抜かされたらアウトね。その時は、全身支配で強制的に墜とすから^^ 全力で追うから、逃げてね☆ミ」
白い魔女帽子、風に揺れない長くて黒い髪、鎖骨と肩を露出させた大胆なデザインのウェディングドレス風衣装、両腕を覆う純白のアームカバー、それらとは不釣り合いな運動用シューズ、そして金色のスティック型掃除機。
そこに、私の背後に、まるで当然のように――――笑顔の白魔女が居ました。
私は目を見開き、呼吸を荒くする……事すらも出来ませんでした。私の脳が全力で現実を拒否しています。この状況になってしまった不運を受け入れられなくなってしまったのです。
私は、ただ口をぽかんと開けて呆然とする事しか出来ませんでした。
「ちなみに今のは転移系の術だよ☆ 人間と魔族の戦争の折……勇者のお供が使っていたと言われるスペシャルな術さ! 一度自分の来たことのある場所へと移動する術っ☆ もっとも僕の術の場合、移動速度を最優先としているため三十分前以内に来た場所限定になっているけどね♪
さ、開始だ」
白魔女のスティック型掃除機は飛行体勢へと戻っていました。
つまり浮いているのです。先ほどの地上加速を使うつもりはないのでしょうか。
と、考える私の思考自体もどこか空虚で、半ば上の空であると言われても反論の余地がありません。
怪獣映画を見ていたら、いきなり画面から怪獣が出てきて自分に襲いかかってきたような気分です。
そんな事になれば、誰だって現実を受け入れられないまま死んでしまうはずでしょう。
私とて例外では無いのです。
心が、そろそろ恐怖を認識し始めてきています。寒気がしました。身体が震えてきました。
しかし、白魔女はそんな私を無視するように言葉を続けます。
「そうそう、いつまでもあの老人を映していても面白くないしね。画面は切り替えるよ」
白魔女が指をパチンと鳴らすと、私の傍にある幽霊モニターの映像が切り替わりました。
おじいさんの飛行風景から、ベゼちゃんの飛行風景へと。
ベゼちゃんは未だに白魔女型幽霊を撃とうとしては、何度も何度も避けられていました。
「さて……あ、そうだ。あの覚醒パターンは完全に潰しておかないとね☆ 共闘フラグも好きじゃないしー♪」
何かを思いついた顔の白魔女が、指を軽くパチンパチンと二度鳴らしました。
するとベゼちゃんの周囲に、一瞬で大量の白魔女型幽霊が出現しました。今の指パッチンで白魔女が送り込んだのでしょう。ベゼちゃんはきっと混乱しているはずです。何せ、私と違って前情報が無い状態で白魔女が複数出現したのですから、いっそ取り乱していても不思議ではありません。酷いとばっちりです。
けれども、そんな事をしでかした白魔女は笑顔のままでした。
「ま、流石に撃墜まではしないよ♪ でもここまでの幽霊に妨害されちゃあ君を励ます暇も無いよね。さっ、ここから自分の力だけで頑張ってみてくれ☆ 僕はそういう覚醒パターンが好きなんだ☆ミ」
こうして、私は他の参加者からも孤立してしまいました。
もう一縷の望みすら見えません。完全に詰みです。
私は喉奥から嗚咽を漏らし、思わず下を向いてしまいました。
涙は流れません。そんな物は、もうとっくに涸れ果ててしまいました。
「……もう、無理、これ」
こうして。こんな絶望的な状況のまま、私のレースは最終局面へと突入したのでありましたとさ。
おまけ
ショルダー型に乗るおじいさんの術
・念動操作と抵抗還元の二つ。それも相当な練度。
・念動操作はロボット型に乗る少女の物とは異なり「魔法で生成していない、既に存在している物質」に対して有効な術。掃除機を動かしている魔法と系統は同じであるが、実はこの老人が使う念動魔法の方が高性能。
・抵抗還元は補助ユニットに元々備わっている機能を、更に強化したというもの。空を飛ぶ上で妨げになる空気抵抗や衝撃を緩和させる術だ。空気は一時的にマナへと還元し、空気抵抗を生まないようにしている。全ての物質はマナで出来ていることが提唱されているため、既存の物質にも還元魔法は通じるのだ。




