表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ファンタジー的日常生活  作者: パンダらの箱
今日の魔女は掃除機で飛ぶ、編
10/36

第十話「決着! 最新マシンvs最新プレイヤー」

 突然、私の意識がはっきりとしました。

 全身が研ぎ澄まされたような感覚があり、私はそれに戸惑いながらも、状況を把握していきます。

 身体を動かしてみようとしたところ、簡単に動きました。

 なんだか不思議な感覚です。

 何というか、全身の感覚は先ほどまであったのですが、全体的に妙な実在感を覚えてしまうのです。

 説明しにくいのですが、誰かがゲームしているのを横から見ていたら、いきなりコントローラーを渡されてしまったような感覚です。まあ私の場合、そういうのは小学校の時に一度しかありませんでしたがね。

 兎にも角にも、今の流れから察するに、キャットさんが私から出て行ったのでしょう。

 再び、私の身体の制御権は、きちんと私の元へと戻ったのです。

 肩を見てみると、そこには何食わぬ顔の黒猫幽霊が座っていました。

 うん、だいたいわかりました。まずはロボット型との距離を何とかしましょう。

 私は、ブーストボタンの連打を引き継ぎました。

 それから、精一杯の息を吸い込み、力の限り叫びました。


「いやっ、何でこのタイミングなのっ!!!!!!? ていうか諦め早っ!!!!!」


 これに尽きました。

 正直な話、私はさっきまで「あれ、もうこれ憑依戻さなくてもよくない?」と思っていたのです。

 だって、そもそもレースに参加したいと言ったのはキャットさんであり、だったらキャットさんが私の肉体を使って参加するのが一番いいのです。

 気がかりだった犯罪云々に関しましても、ここまで何も言われないのであれば、多分セーフと考えていいでしょう。ならば、レース中はずっとキャットさん操作でも良かったのです。

 ぶっちゃけ、私としてはもうレースはこりごりでしたので、それで一向に構わなかったのです。

 それなのに、いきなりこんな事をされてしまえば、私も何だか悲しくなってきてしまいます。

 しかもタイミング最悪です。八方ふさがりの時に、他人にコントローラーを投げないでいただきたいものです。私も、過去を思い出して憂鬱になるじゃあないですか。

 もうなんか色々酷いです。

 私は、感情の限り叫びました。


「絶対何か他に方法あったと思うよ!!!? どうしてそこでやめるのそこで!!!? というかキャットさんに無理なら私にはもっと無理だよっ!!! 何これ嫌がらせ!!!!? もおやだ帰りたい!!!! かーえーるーっ!!!!」

「お、落ちつけアプリ……僕はね、決してこの勝負を捨てたわけじゃ……」

「嘘つきぃぃいっ!!! このバカネコっ!!!! 何もこのタイミングで投げる事ないよね!!!? なんかもー色々とがっかりだよっ!!!!!!! がっかりもいいところだよっ!!!!!!」

「おいおい、僕を猫の姿で留めているのは君の意思じゃないか……それに、君はちゃあんと僕の言葉を聞いていたのかい?」

「……何?」


 思い切り睨みつけてやります。

 どうせ直線です。前なんて見なくても平気でしょう。

 そんな事より、この猫に色々と問いただす方が先決です。

 私は、涙目でキャットさんを睨みました。

 すると、キャットさんは苦笑するように溜息を吐き、当たり前のようにこう言ってのけました。


「僕はね、僕じゃ無理って言ったのさ。これは言いかえるのであれば……君なら勝てるって事さ」

「……え?」

「もう一度言うよ。僕じゃ無理だ。でも、君なら勝てる」


 気でもふれたのか、急に変な事を言い始めました。

 どんな思考回路であれば、こんな事を言えるのでしょうか。

 そんな当たり前のように不可能な事を、何故こうも可能であると断言出来るのでしょうか。

 私の中では、怒りや不満よりも、だんだん混乱の方が大きくなっていきました。

 ですがキャットさんは、さも当然のように続けます。


「根拠もある。予言しよう。君は、これから普通に飛んでいるだけで勝てる」

「な、何それ……? そんな事言っておだてても……」

「頼む。このまま飛んでいてくれ。あのさ。僕は今回、レースがしたいなぁと思って君とこれに参加した。それは確かに事実だ。けれども今は少し違う想いなんだ……聞いてくれ」

「な、何……?」

「今は、どちらかといえば君の成長が見たい。僕は、不思議とそう思ってしまったのさ」

「んなっ……!」


 歯が浮くような台詞を猫から言われ、私の全身には鳥肌が立ってしまいました。

 なんともまあ迷惑な話です。

 私は平穏無事にレースを終えたいというのに、どうしてこんな期待などされねばならぬのでしょう。

 プレッシャーには弱いと言ったはずなのですがね。

 もう半ば嫌がらせとしか思えません。

 ……ですが、まあ、勝てると言われた以上はやってやろうじゃないですか。

 結局、何の根拠も教えてもらえませんでしたが、そこまで断言するのであれば、いっそ信じてみてもいい気がしてきたのです。

 もしも、それが希望的観測から生まれた勘違いだったり、単なる悪質な嘘であったりすれば、私はもう絶対にキャットさんを許しません。

 だけど、これがもし本当に勝利を約束された出来レースだったのだとしたら、これがもし私の勝てる勝負だったのだとしたら、それは少し好奇心が弾んでしまうというのも事実です。

 生まれてこのかた、私はありとあらゆる勝負事に負けてきました。

 何とかしたいと思ってはいましたが、いつの間にか負け癖がついてしまい、だんだん負ける事に何の抵抗も感じなくなってきてしまったのです。しかし、もしそんな私が勝てるのであれば、何かが変わってくれるかもしれません。

 私は弱い人間です。

 もしもここで失敗すれば、もう二度と頑張ろうとは思えなくなってしまうでしょう。

 そもそもこんな切っ掛けでもなければ、私のような人間は一生このままなのです。ゴミなのですから。

 私のような取り柄の無い人間は、もう何をやっても自分の人生を上手く進める事など出来やしない、という事を経験で知っています。

 だったら、これはある意味チャンスなのかもしれません。

 そう考えると、ここで最後にもう一度頑張りしてみてもいい、とさえ思えてきます。

 精々無駄に足掻いて、無駄な希望に縋り、何とか素敵な結果を得ようと頑張ってみましょうじゃないですか。

 棚から牡丹餅、食わなきゃ損です。

 どうせ駄目な人生なのですし、いっそ失敗覚悟でやってもいいのかもしれません。

 もうヤケクソです。細かい事など後回しです。

 私は、しっかりと前を向き、ハンドルを握る両手に力を入れます。


「……仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ……頑張る。でも、一つお願い」

「何だい?」

「私がちゃんと出来たら、絶対成仏してね! 絶対!」

「……まあ、うん。善処しよう」


 キャットさんが、ばつの悪そうな声でそんな事を言ったのを確認し、私はもうレースに集中します。

 と、その前に一つ忘れていました。

 私は、おまじないを唱えるのを、すっかり忘れていたのです。

 それは私の中の不安を取り除く、魔法よりも魔法らしいおまじないです。

 もう三度目になりますが、それでも言わなければ落ち着きません。

 私は、気合いと共に、そのおまじないを口にします。


「いくよっ、クーちゃん……!」


 これからは私のレースです。

 私は、遠方の空を見据えました。

 そこにはやはり、赤い矢印が見えます。

 今度は左折です。私はきちんと把握し、心の準備を整えます。

 キャットさんの言葉を信じるのであれば、私はこのまま普通に飛んでいるだけで勝てるのだそうです。

 だから先ほどと同じように、あえてロボット型と同じラインを選択する事にします。

 私は、ロボット型の背を見つめ、いつ曲がるのかをしっかりと見極めます。

 しかし、いくら矢印に接近しようと、ロボット型に曲がる気配はありませんでした。どうしたのでしょうか。

 私が首を傾げると、キャットさんが「まさに計算通り」といったような自信満ち溢れる声で、実に楽しそうに解説を始めました。


「フム、やっぱり焦っているようだね……!」

「私?」

「君じゃあない。あの少女さ。それはそうだ……あの動きは、僕達を潰しに来ようとしている動きだ。どう見たってこっちのミスを誘っている。

 さっきのブロッキングには、こちらの魔法攻撃を誘って見極めるという意味もあったはずだ。しかしながら僕らは一切魔法を使っていない。これは、待つ側からすれば相当なストレスになるはずだよ。

 だから、もう魔法なんて気にしなくても済むよう、こっちが何か魔法を使用する前に不意をついて潰してしまおうと考えているはずさ! 単なる推測ではあるが、僕のこういう勘は当たる! 信じてくれ。

 恐らく少女は僕達がラインを選択するのを待ち、即座に身を翻して襲うつもりなのさ。だけどそうはいかない。アプリは、少女のラインをトレースしようとしているからね。いくら待っても、さっきのように僕達が先に仕掛ける事はあり得ない……!」

「あ、曲がった」


 キャットさんが色々と言っている間に、目の前のロボット型はついに曲がりました。

 今までよりも、多少アウト気味の曲がりです。もちろん私はそれについていきます。

 その際、ブーストは切ります。出力も「弱」にします。

 これで、ゆっくりと角度を模索しながら曲がるのです。先ほどと同じように。

 そうすると、やはりロボット型との距離は開いていきます。当然ですね。

 ちなみに、キャットさんは私に構わず解説を続けていました。


「フッ、どこを曲がろうともロボット型のラインは基本的にあまりブレないはず……それなのにあの少女……いつものように曲がれなかった所を見ると、やはりペースが乱れているようだね。あの子の動揺が手に取るようによくわかるよ。僕は経験上、直接会話を交わすよりも、飛んでいる姿を見た方がその人を理解出来る。うん、わかるよ。あの子は恐がっているね。

 僕達の走りは安定していないからね。どういう相手なのか理解出来ないのだろう。コーナリング一つとってみても、場所によって全然戦法も違うしね。ついでに安定性も違う。次第にどうしてそうなのかを考える。でも、その動揺から察するに、僕がアプリについている事を把握出来なかったようだね。

 恐らく、あの少女は相手を観察し、ある程度パターンを読んでから対抗策を練るタイプのようだね。だから僕達の正体が読めずに動揺する。それでいながら、きっとプライドが高いはずだ。

 格上に抜かれる事は許容出来ても、自分が“落とす!”と決めた相手には、とことん付きまとうようだ! だからもう僕達をターゲットにしているわけだ。ぼーっとしているようで、実に闘争心に満ちているじゃあないか! でも残念だ。今この場においてそれは命取りだよ」

「あっ、カクンの回数増えてる」


 私はキャットさんの解説を聞き流し、必死にロボット型の背を追っています。

 その結果、若干アウト側になっているせいか、曲がる動きに多少の変化が見られる事が判明しました。

 今までは、ススーッと進み、カクンと一度曲がって終わりでした。しかし今回は、その曲がる回数が増えていたのです。二度、三度、カクン、カクンと方向転換していたのです。

 心無しか、進む速度も少しゆっくりに見えます。あれは一体何を意味するのでしょうか。

 と、ここでキャットさんが、ようやく実りのある話をしてくれました。


「あれは誘っているね。早く追い付いて来い、って露骨に見せつけているのだよ。なんたって向こうも、タダで魔法を使っているわけじゃあないからね。

 きっと、ハリネズミを一度消して再発動させるより、一度発動したのを維持している方がまだマシなのだろう。燃費悪そうだしね、あの術。

 だけど、そうなってくるとなるべく消費の少ない内に勝負をつけよう、って考えるのは当然の帰結だろうね。フゥム、でもそう上手くはいかないのが勝負の世界さ。アプリの進む速度は遅い、あの程度の減速じゃあ足りないよ。甘い甘い甘い!」

「……それ、もしかして間接的に私の事けなしてる?」

「そんな事はないよ! むしろ逆さ! これ以上ないぐらい褒めているよ!」

「……ああ、そう……」


 なんか逆に複雑な気分です。

 いっそ貶してもらった方が、気分が楽になる気がします。

 私は、以前のように慣れない曲がりに苦戦しながら、比較的緩やかに曲がっていきます。

 当然、ゆっくりのまま速度を上げないので、ロボット型に追い付くわけもありません。

 とはいえ向こうも減速しているので、そこまで大きな差が開く事なく、お互い進んでいく事になりました。

 こうして私達はゆっくりとコーナーを抜け、直線コースへと戻っていきます。

 ロボット型との距離は、目測で二十秒ぐらいあれば追い付ける程度の物でした。

 私は、とりあえずもう少し接近しておこうと思い、出力を強にし、その上からブーストをかけました。

 こうする事により、私の体感速度は一気に上がります。


「―――えっ!?」


 そんな時でした。

 想定外の自体が起こってしまったのは。

 当然、それも可能性としては十二分にあり得る物でした。

 だから、いくら素人とはいえ、私も想定しておいて然るべきでした。

 けれども、だったらキャットさんはどうなるのだ、という話になるので割愛。

 とりあえず、起こった事だけをまずは簡潔に伝えましょう。

 ―――私の前を陣取っていたロボット型が、唐突に停止したのです。

 いきなりのブレーキングです。

 ロボット型は素晴らしいです。何の前触れも無く、ピタっと止まるのですから。

 確かに、クーちゃんとロボット型の距離は離れていました。

 が、前方を行く相手が停止し、尚且つこちらが加速し始めでしたので、双方の距離は瞬く間に縮まります。

 立て直す隙も、減速する距離も、もう一切残されてはいません。

 周囲に紫色の棘を展開したロボット型に、私は激突するしかなくなってしまいました。このままでは、確実にこちらが競り負け、私のレースはここで終わりとなってしまいます。

 迂闊でした。

 このレースの速度に半ば慣れてしまったせいで、速度感覚が麻痺していたのも大きいでしょう。ようは私は、安全な距離を計り損ねてしまった、というだけなのです。

 それに加えるのであれば、ロボット型に乗る少女がまさかここまでの無茶をしてくるとは思っていなかったのも敗因の一つでしょう。こちらの魔法もまだ明らかになっていないのに、こんな自爆じみた賭けに出るとは完全に想定できなかったのです。これは仕方ないとはいえ、無念である事には変わりありません。

 ……というか、私の思考時間長いですね。別に死ぬわけでもないのに、まるで走馬灯か何かのようです。

 私がそんな思考を浮かべた時でした。

 もの凄く聞き取りやすい早口の言葉が、私の鼓膜を素早く震わせました。


「ハンドル持ちあげ! ブースト二度押し! 全力で!」


 私は、その声の主を確認する前に、その指示に従いました。

 ハンドルを全力で持ちあげつつ、ブーストボタンを二度押します。

 これで何が変わるのかはわかりませんが、とにかくこれに従っておけば大丈夫な気がしました。

 そして、私が指定された動きをした、その直後に変化が訪れました。

 ――――妙な浮遊感と共に、私の視界が真っ青に変化したのです。


「ええっ!?」


 それが青空の色だと気付くのに、私は数秒の時を要しました。

 何の事はありません。私は、クーちゃんごと上を向いていたのです。

 どういうわけか、垂直になって、上へと飛んでいたのです。

 先ほど、縦回転を始めた時に近い格好ですね。

 クーちゃんは、いつの間にか仰け反るようにして、真上へと進路を変更していたのです。

 私はそれらの事態を把握してから、まずはハンドルをぐいっと押すようにして、体勢を真っ直ぐに整えます。下を見ると、紫色のハリネズミが見えました。

 どういう事でしょう。まるで意味がわかりません。

 と、まあ、そろそろ解説が来るころでしょうか。これまでのパターンから考えて、ここであの猫さんが説明しないわけがありません。

 案の定、私の肩に乗っているキャットさんが、当たり前のように説明を始めてくれました。


「フゥ……なあ、アプリ。君は、掃除機マシンが空を飛ぶ原理を知っているかい?」

「聞いた程度なら……」

「曖昧なようだね。ならば必要な部分だけかいつまんで説明しよう。基本的に掃除機マシンは、念動系の補助魔法と、ヘッドからエネルギーを排出する際に生まれる推力によって飛んでいるわけだ。

 でも僕のクーシェ・ドゥ・ソレイユの場合、ヘッドは吸引口だ。だから空を飛ぶ時は、完全に念動系魔法に頼るしかないのだよ。

 さて、ここで問題だ。僕達が今まで使っていたブーストというのは、一体どこにどう作用して加速するシステムだったと思う?」

「え、えーっと……」


 いきなり言われてテンパってしまいましたが、ここまでヒントが開示されていれば、流石の私でもわかる気がします。が、実はあまり自信もありません。

 私は、冷静さを取り戻そうと咳払いを一つすると、少々自信なさげに答えを口にします。


「……ね、念動系魔法の、出力増加……かな?」

「大正解さ。僕のクーシェ・ドゥ・ソレイユの本体には、魔法による生成物質や魔力をマナに還元し、そのマナを吸って魔力を放出する変換機が積まれている。キャニスター型のデフォルト装備だね。

 で、だ。ブーストが念動系魔法の出力増加なのならば、当然、上がっているのは速さだけじゃあない。コーナリング性能も同時に上昇しているのさ!」

「えっ、どうして今までそれを教えてくれなかったの……? でも、なるほど」

「それで今回は、咄嗟に上へと逃げたわけさ。ちなみにボタンを二度押したのは、そういうテクニックがあるからさ。その名の通り“二度押し”っていう小技でね。こういう加速系ボタンを、機体の方向を変えつつ二度押しする事によって、急速な方向転換が可能となるのさ。

 正確には、機体の向きを変えている最中に加速すると、一気にグイッと曲がる現象が先にあるのだけれどもね。それを加速中に可能としたのが、二度押し、ってわけさ」

「なるほど……それで、今回は当たる前に避けれたってわけだね……わかった……」


 相も変わらず長ったらしい説明ですが、お陰で起こった現象は理解出来ました。

 顔を下に向けると、大きな紫色のハリネズミが飛行しているのが見えました。

 ですが、私よりも少々後ろを行っているようです。

 当然です。私の方が速度は上なのです。

 という事は、という事はですよ。

 私は、ついにあのロボット型を抜いた、という事になります。

 その事実に今更ながら気付いた私は、なんだか胸の奥から湧きあがってくる達成感に、この身を震わせました。

 だんだん顔が熱くなっていき、視界が徐々にぼやけていきます。

 そうです。私はついにやったのです。

 絶対無理だと思っていた、あのロボット型をついに抜いたのです。

 もう「やったぁ!」と叫びたい気分です。いや、今はもう気分じゃあなくてもいいのです。

 本当に叫んでしまいましょう。

 私は、満面の笑みで息を吸いこみます。空気がやけに美味しく感じられますよ。

 そして――――


「やっ――――」

「気を抜くのは、もう少し後だアプリ! さて、降りるよ! あのロボット型と、最後の決着をつけるのだ!」

「……えっ? でも、だって、抜くだけでいいって……さっき……!」

「ああ、その通りだ。だから、ここから先はただの仕上げさ! さ、行くよっ!」

「……うん」


 私は、勝利の雄叫びを邪魔された上に、何だか気分の盛り下がる事まで言われてしまいました。なんだかとっても不愉快です。

 とりあえずハンドルを下に押し込み、機体の向きを斜め下へと向けていきます。その際、あまり下に意識を向けないよう心がけました。そうしつつも私は下降し、再度ロボット型対峙するために戻っていきます。

 ――――こうして私は再び、ロボット型と同じ高度へと戻ってきました。

 後ろを見ると、やはり紫色の針に覆われたロボット型の姿があります。それに乗る女の子の姿もよく見えました。相も変わらず酷く無機質な目です。

 その存在感に、私はまたしても竦み上がってしまいました。


「ひぃっ!」


 不気味なのは、あの紫色の針が解除されていない事です。

 あんなものに追われるなんて、とても堪ったものではありません。

 私は早速、本日何度目かの涙目となりました。

 ですが、キャットさんの冷静な声が、私の心をギリギリ繋ぎとめてくれます。


「もう大丈夫だ。あの棘はきっと維持専用だ。追い付かれない限り問題無い! なあ、アプリ。クーシェ・ドゥ・ソレイユの先端部分に、スイッチがあるのが見えるかい? ほら、伸縮管とヘッドの中間あたりにあるやつ」

「ええっ!? えーっと……」


 急に言われた動揺を何とか抑え、私は言われるがまま、クーちゃんのヘッドのあたりに視線を向けます。

 すると、確かにそこには、アナログ的なスイッチが一つありました。

 出っ張り、と言い換えてもさして問題は無いような、とっても無骨なスイッチです。

 私は、すぐにキャットさんに報告します。


「あったけど……これが?」

「よし! 次は、ちょっと不安定かもしれないけれど、伸縮管のあたりを両手で握ってもらっていいかな? なるべく、スイッチを押しやすいように」

「う、うん……」


 私は、本体のハンドルから手を離し、代わりにスイッチがあるあたりを握ります。

 グリップを握るもう片方の手も、伸縮管のあたりまで移動させました。

 これで指示通り、両手で伸縮管を掴む形となりました。

 ですが、このままでは機体を操作する事が出来ず、非常に不安定な事となってしまいます。

 私は、焦る気持ちと共に叫びます。


「こ、こうっ!?」

「ウム、上出来だ。後は、伸縮管を斜め前に構えてくれ。なるべく、自分の頭とかぶらない位置にね」

「う、うんっ!」


 私は、可能な限り急ぎながら、伸縮管を構える位置をずらします。

 言われた通り、斜め前へと構えてみせました。

 兎にも角にも、私は機体を操作出来ない不安感から、早急にキャットさんに尋ねます。


「出来たっ! あとはっ!!?」

「ウム。偶然にもタイミングは完璧だ! よしっ! そのスイッチを押して終わりだぁっ!」

「わかったっ!!!!」


 私は、伸縮管とヘッドの中間にあるスイッチを、カチリと押しました。

 すると、するりとヘッドの接続部位がずれていき、直後、ヘッドと伸縮管が別離してしまいました。

 そう、T字ヘッドが取れたのです。

 それと同時に、グンっとした加速感がありました。

 どうやらパーツを外す事により、運動性が増してくれたようです。

 私は、これまでより少し速くなった景色の中で、色々と考えます。

 まず今のスイッチは、ヘッドの接続を解除するためのスイッチだったのでしょう。

 いや、半ばわかっていました。位置的に、完全にそうとしか思えませんでしたし。

 そもそも今のような機能は、掃除用掃除機で嫌というほど見てきました。

 だから、私にわからないはずもなかったのです。

 兎にも角にも、T字ヘッドが取れ、物凄い勢いで後方へ流れていきました。

 私は冷静に脳内で語り、キャットさんは嬉々とした声をあげました。


「ヘッドパージっ!!!!」


 瞬間。背後から、固い物同士が激突するような、すごく鈍い音が聞えてきました。

 それから、また一瞬後。

 またしても背後から、今度は硝子の割れるような、とても鋭い音が鳴り響いてきました。

 私は、もう恐くて恐くて、とても後ろを見れませんでした。

 恐らく、ロボット型の外側にある簡易保護障壁が、今ので割れてしまったのでしょう。

 何だか申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 ちなみに、キャットさんはすごく楽しそうにしていました。


「よし、やった! アプリ! 完全にやったよ! 展開していた棘と一緒に、少女の外側に展開していた簡易保護障壁は砕け散った! もともと爆風の煽りとかでダメージは蓄積していたからね、そこにヘッド攻撃が直撃すればこんなものだよっ!

 もっとも針に当たったせいでヘッドは粉砕してしまったけれどね。それも計算通り! 元々ヘッドの破片をぶつけるという目的だったからね! どうだっ!

 まあ、ロボット型の簡易保護障壁はあと一つ残ってはいるけれど、今の一撃で保護機能が働いて、ロボット型のスペックは著しく低下するだろうね。もうこれで、あの子が追ってくる事はないだろう……加えて、僕らも今のヘッドパージによって多少は加速したしね」


 キャットさんは、何だか聞いているだけで疲れる事を言ってきます。

 しかし今の私には、ほんの少しの余裕がありました。

 だから、軽く聞き流す事ぐらい出来るのです。いちいち腹を立てる必要もありません。

 ただ唯一、これだけは絶対に無視できない事情があったので、それだけはきっちり言わせて貰いますけれど。


「……もしかしてキャットさん、さっきから一度抜かせば勝てるってしきりに言ってたのって……まさか……」

「そうさ! 全てはヘッドをぶつけるための作戦だよ。ヒビが入った時点でヘッドは使用不可だから、どこかで外す必要があった! だからいっそぶつけてやったのさ!

 しかも前から分離する事によって、単に投げつける以上の威力を発揮したというわけだね!」

「……そっか」


 なんだか思っていたよりもずっと行き当たりばったりの作戦で、ほんの少しがっかりしてしまいました。

 しかしながら、実力者であるキャットさんがここまで自信満々に言ってのけるので、きっとこれで確実に勝てるという確信があったのでしょう。だから、まあ良しとします。

 過程なんかよりも大事なのは結果なのですから。

 何はともあれ、私は“勝った”のです。

 いえ、正確には私達の勝利、と言い換えるべきでしょう。

 正直、私だけではとても勝てませんでした。キャットさんと、そして何よりクーちゃんが居なければ、私はここまで来る事は出来ませんでした。絶対に。

 こう考えると、結構、感慨深いものがあります。

 こうして、私は「自分が空に居る事」を極力意識しないようにしながら、次のルートまでの道を進んでいきました。もう邪魔する物は何もありません。

 ブーストはそろそろ残量切れとなってしまいましたが、ヘッドパージによる速度上昇のお陰で、そこまでの減速感はありませんでした。あくまで体感ですが。

 直線ならばもう平気です。

 よしんばカーブが来たとしても、今の私であれば、何とか対応する事が出来るはずです。

 もうこれで一旦、落ちつく事が出来るでしょう。

 私は、安堵の溜息をつきました。

 ですが、こんな平和は長く続かない、というのはお約束です。

 またしてもキャットさんが、私の平穏を砕く事実を口にしてくれました。


「なあ、アプリ。落ちついているところ、非常に心苦しいのだが……二つ、嫌な知らせがある」

「…………き、聞きたくない」

「急ぎなんだ。すまないが、言わせて貰うよ。まず一つ目は、これから先のルートについてだ。そろそろ君の目にも見えてくると思うが、次の矢印は……」


 説明がそこに差し掛かった時、ちょうどだいぶ前にある赤い矢印が見えてきました。

 私は、それを見て仰天してしまいました。あまりにもあり得ないものが表示されていたのです。

 ここで私は、先ほどまで調子に乗っていた自分を呪いました。

 流石に、これは無理です。こんなの絶対に不可能です。

 しかし、いくら拒んだ所で事実は変わりません。

 キャットさんは、静かに、残酷な真実を告げてくれました。


「その、真下……なんだ。方向」

「……う。う、うん……」


 私の頬を、生温かい液体が流れていきます。

 この涙は私の頬を伝い、やがて地上へと落ちていくのです。

 そして、私も同じように地上へと落ちるのです。

 赤い矢印は、真下を向いていました。ようは落ちろって事です。

 下を見ると、断続的に赤い矢印が浮かんでいました。全部、真下向きです。

 どこまで落ちろと言うのでしょうか。

 よく見たら、いくつかの真下向きの人影が見えました。あの影はスティック型でしょう。うわ、本当に真下に落ちています。馬鹿ですか。

 何なんですかこのレース。頭おかしい人達の道楽なのでしょうか。

 まともな神経で、あんな事出来るわけが無いじゃあないですか。ふざけんなですよ。

 赤い矢印に到達するまでは、まだそれなりに長い距離があります。しかし、だからといって私の気分が晴れるわけでもありません。どのみち私は落ちるのです。

 ああ、もう帰りたくなってきました。

 そんな私に、キャットさんは二つ目の絶望を叩きつけてきます。


「それと……非常に言いにくいのだけれど、ついてきてる……ごめん」

「…………本当に聞くの嫌だけど、何がついてきてるの?」

「ろ、ロボット型の子。イヤ、レースだから追うのは当たり前なのだけど……完全にこっちロックオンしてるし、執念のせいなのか技術力も上がっている。直線で風に乗れるラインを探すなんて、普通だったら手間とリターンが釣り合って無いからすぐにやめるのがオチなのだけど……あれで少しは加速するしね、意味がないわけじゃあない。とはいえ本当に実践するとは凄いよ、あの子。

 とにかく……ごめん、まさかあんなに執念深いとは……」


 後ろに視線を向けると、そこには人を乗せたロボット型掃除機が、ふらふらと空を飛んでこっちに向かって来ていました。

 とはいえその速度や私との距離を考慮すれば、まだ追い付かれる程ではありません。動きも先ほどよりも相当緩やかです。この分ですと、追い付かれる事はまずないでしょう。

 しかし、もう本当に勘弁して貰いたいものです。

 もうロボット型の周囲には、棘も簡易保護障壁もありませんでした。

 ですが、乗っている女の子の目がマジでした。

 全力で私を睨んできています。執念の炎が灯っています。あの無機質な目は、もう影も形も残っていませんでした。

 私は、もうキャットさんに対して、怒る気力すらもありませんでした。


「……そっか。ははは……あはははは……」


 私は、渇いた笑い声を発しながら、真っ直ぐに進んでいきました。

 その先に、果たして未来はあるのでしょうか。

 しかし、その結末は、今は誰にもわからないのでした。

 本当に、いつ終わるのでしょうか。私のこの苦難の旅は。

おまけ



パージ機能

・掃除機のパーツを外すことによって、念動性能の底上げや軽量化を図る事ができる。更に外したパーツで攻撃も可能。

・しかしながら操作性も変化する上、物によっては性能が一部ダウンする可能性もあるので諸刃の剣。

・あまり実装されている掃除機は多くない。

・キャニスター型はパージ機能が充実しており、様々なパーツを外す事ができる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ