7 ジキルとハイド
数日後、カメリアは再び彼女に依頼をしたあの男と面会をした。
カメリアは、「お待たせしてしまい申し訳ございませんわ。」と男に頭を下げた。
「調べ物に時間がかかってしまったものですから。」
男は相変わらず青ざめた顔で「お気になさらず…。」と言った。
「まず、いくつか確認させてくださいまし。」とカメリアは男に言う。
「貴方のお父様のファーストネームを教えていただけますか。」
男は蚊の鳴くような声で、「ルイスです…。」と答える。
「では、貴方のお母様のファーストネームは?」
「母はフィーネといいます。
旧姓は知りませんが、平民の娘だったと聞いています…。」
男の返事を聞くと、カメリアは「ありがとうございます。これでわかりましたわ。」と微笑んだ。
「貴方は、ルイス・フォン・フォーゲルとその妻フィーネの息子、ハイド・フォン・フォーゲル様ですわね。」
「そう思ってこれまで生きていました。
でもそれは、私の思い込みで…。」
「いいえ、思い込みなどではございませんわ。」
カメリアの言葉に、男の虚だった目が見開かれる。
「貴方が生まれ育った川沿いの屋敷にほど近い場所にある教会を訪ねましたの。
教会では、洗礼を受けた者の名前を名簿にして大切に保管しています。
貴方の名前も、きちんと名簿にございましたわ。」
「まさか!」と声をあげたのは同席していたハドソン警部補だった。
「この男は身分を偽っていたんじゃ…?」
困惑するハドソン警部補に、カメリアは「ハイド様は嘘などついていませんよ。」と断言する。
「教会では結婚の誓いを立てた者も記録しています。
お父様のルイス様とお母様のフィーネ様の結婚も、ハイド様とダニエラ様の結婚も記録がありました。」
カメリアは青い顔の男を指し示し、「この方は正真正銘、フォーゲル男爵なのですわ。」と言うのだった。
「それじゃあ、殺された男の方が身分を偽っていたと言うのですか。」
ハドソン警部補が驚いた声で問うが、カメリアは「そうではありません。」と首を振る。
「二人のフォーゲル男爵は、どちらも嘘をついてはいませんのよ。」
「どういうことですか。」
問われたカメリアは、「私は王都の教会にも名簿を確認しに行ったのです。」と話す。
実業家ジキル・フォン・フォーゲルの生家はかつて王都にあった。
彼の洗礼の記録は王都の教会に残っていた。
「そちらの洗礼者名簿には、ルイス・フォン・フォーゲルとその妻マギーの息子、ジキル・フォン・フォーゲルの名前がありましたわ。」
カメリアは真相を告げる。
「二人のフォーゲル男爵は、お互いに存在を知らずに育った異母兄弟だったのですわ。」
ハドソン警部補は髪をかきあげ、「待ってください。」と訴える。
「カメリア嬢は先程、この男はルイスとその妻フィーネの息子だと言いましたよね。
それで、殺された実業家はルイスとその妻マギーの息子だと言うのですか。
それでは、先代の男爵ルイス・フォン・フォーゲルは二人の女性と結婚していたことになる。」
カメリアは「その通りですわ。」と答えた。
「そんなこと可能なんですか。
この国の法律も教会も、重婚を認めていませんよ。」
「もちろんそうですわ。
でも、洗礼者や結婚した者の名簿の管理はそれぞれの教会で行われています。
それぞれの名簿を照らし合わせることもありません。
だからルイス・フォン・フォーゲルが二人の女性と誓いを立てたことは露見しなかったのです。」
さらにカメリアは、「法的な婚姻はどちらかとしかしなかったのでしょう。」と付け加えた。
ルイスはマギーとジキルを王都に、フィーネとハイドをそこから離れた川沿いの屋敷に住まわせた。
マギーもフィーネも、夫に別に妻と子どもがいるなど思ってもみなかったのだろう。
故に息子たちは兄弟の存在を知らなかった。
ハドソン警部補はまだ納得しないようで、「しかし、貴族なら社交の場で周りに知れたり、それぞれの家族が鉢合わせてしまうのでは。」と聞く。
ハイドの小さな声が、「うちは下級貴族ですから、宮廷で開かれるような格式高い社交の場に呼ばれることはありませんでした。」と話す。
「私の母は平民の出で、貴族社会には馴染みありません。
母が社交の場に参加することはありませんでした。」
ルイスは重婚していることが周りに知られないように、うまく立ち回っていたのかもしれない。
それがどんな方法か、私には想像もつかないが。
カメリアは、「ルイス様の二人の息子が鉢合わせてしまったことはあったのですわ。」と言う。
「ジキル様は2度、夜会でハイド様を見かけています。」
ジキルは生き別れの兄弟を、そうとは気づかずに自分の偽物だと思い込んで恐怖し、憎悪した。
異母兄弟はすれ違いのすえ、悲しい運命を辿ったのだ。
「ハイド様、事情はどうあれ、貴方が殺人を犯したことは変わりません。
けれども貴方の身元を偽っていないことが証明されましたわ。
ジキル様の残した手紙には、彼が貴方を殺害するつもりだったことが記されている。
これらは裁判にいくらか影響するかと思いますわ。」
しかしハイドは、「いいのです、相応しい罰は受けるつもりですから。」と言う。
彼は「そんなことよりも、私はカメリア様が私を見つけてくれたことに感謝しているのです。」と目を潤ませた。
彼の顔は、胸のつかえが取れたように穏やかだった。
「私は誰の偽物でもなく、ただ私だった…。」




