1 告白
私は昔から、寝汚い男でございました。
先立った妻にもよくそれで叱られたものです。
目が覚めてから暫くは、夢と現実の区別がつかなくなるのです。
たとえば、飼い猫が病気になる夢を見たとするでしょう。
夢から覚めて、あぁ夢でよかったと考えながらも、はて本当に夢かしらん、と心配でたまらなくなる。
重い身体を引き摺って、顔を洗って、少し頭がすっきりする。
そのときになってやっと、猫など飼っていなかったと気づくのです。
ですから、この出来事も最初は夢だったのではと思ったのですが…。
いえ、本当は今もまだ夢の中なのかも知れません。
昨日の夜遅くのことです…。
私の屋敷は、すぐ近くに川が流れていましてその上に石橋がかかっております。
その橋を、見知らぬ馬車が通るのが見えたのです。
橋のこちら側には、私の屋敷しかありません。
恥ずかしながら、私には訪ねてくるような友人もいません。
男爵家といえどもうちは貧窮しておりまして、使用人など雇えません。
ですから私は一人で馬車を出迎えに行きました。
私が屋敷から出たのに気づくと、馬車は橋の上で止まりました。
私が馬車の近くまできたところで、馬車から男が降りてきました。
その男は、背格好が私に似ておりました。
青い目と、白髪が混じりはじめた黒い巻き毛まで同じでした。
けれども、雰囲気は私とは全く似ていません。
背筋はしゃんと伸びていて、質の良い服を着ていました。
男は馭者に命じて馬車を帰らせました。
馬車が遠くへ離れたのを確認して、それからやっと口を開きました。
「やっと会えたな、偽物め。
さぁ、俺の人生を返してもらうぞ。」
私は男が何を言っているかわからなくて、ただ困惑しました。
けれども男は深い憎しみを込めて私を睨みました。
「お前は俺の偽物だろう。
俺の人生を勝手に借りたな。」
おどおどするばかりの私に、男は痺れを切らして私の胸ぐらを掴みました。
「お前の屋敷も、お前が結婚した女も、お前の名前すら、俺から借りたものだ。
さぁ、返してもらうぞ。」
男はそういって、私に襲いかかりました。
男は私を橋の柵へ追い詰めました。
男の指が私の首にかかり、力いっぱい絞めてきました。
私の上半身が柵の向こうへと押し出されました。
私は苦しくて、恐ろしくて、わけもわからずもがきました。
無我夢中でもがくうちに、私はなんとか身をよじり、彼と位置を入れ替ることができました。
私は逃げようとしました。
しかし、彼は私の腕を掴みました。
私はとっさに、彼の身体を強く押しました。
男の身体は下へと落ちて、川へと飲み込まれていきました。
自分のしたことが恐ろしくなり、私はその場から逃げ出し、屋敷に篭りました。
そうして布団に潜って、あれは夢に違いない、目が覚めたら何事もなくなっているはずだ、と言い聞かせました。
泥のように眠りました。
目が覚めたら、もう昼過ぎでした。
いつも通りの、変わり映えない昼下がりでした。
きっとあれは夢だった、そう思ったのですが…。
夕方、郵便受けに入れられた新聞を見たとき、自分の目が信じられませんでした。
その新聞には、フォーゲル男爵失踪と書かれていました。
そうです、私が失踪したと書いてあったのです…!
そして新聞に載せられた、フォーゲル男爵の写真。
そこには、あの男が写っていた。
昨夜私が橋から突き落とした、あの男が。
私が殺した男が、私に成り代わってしまった…!




