そうだ、田舎に帰ろうか
平成の大合併。地方公共団体が期待した成果があがったとはとても言い難い結果となった。むしろ大失敗と形容した方が適切であろう。少なくとも合併を“された”町にとっては。
野山村での合併論議は住民同士を真っ二つに分断した。
「当初合併したら町から市になる」「市の駅前にあるような大型商業施設もくる」「合併特例債で町が潤う」
等の流言飛語が飛び交った。
結果統廃合されたのはもちろん野山村の名前だけではなく、役場、村立小中学校、そして郵便局に農協、野山村営病院も芋づるをひっぱると次々と土の中から芋がするすると顔を出すように後を追い村から姿を消した。公共事業や官公需が支えていた地域の中小業者の経営はたちまち行き詰まり廃業。
それまで地域のコミュニティを支えていた地元業者が消え、あっという間に就労の場はなくなり自治体には行く宛のない高齢者達が残った。(『野山村史』著者:姥谷弥七)
過疎の山村によく見受けられる事例であるが、山村から人が消えれば森の動物達はその個体数を増やし、森は畑を飲みこみ、わすか10年のうちに地域の主役は人間からタヌキやキツネ、シカ、イノシシ、サルらとなった。
遅れること数年。
人類支配が磐石かの様であった都会においても、人類の天敵の出現によってその地位から転落の憂き目にあうこととなった。
いまや都市を跋扈するのは人ではなく、―重症急性回虫型脳症(Severe Acute Ascaridida Encephalopathy)感染者、通称Biterと呼ばれる存在だ。
突然変異型有鉤嚢虫(Mutant type Cysticercus cellulosae)が動かす人の残骸というのが正しい表現であろう(とあるネット民)
…
田舎に帰ろう!
って、なんかの雑誌やテレビの旅番組のタイトルみたいだな。
と思いながら、二人に叫んだ。
二人は「コイツなに言ってんだ?」といった感じでキョトンとした顔をしている。
オレの田舎は富岡市内から車で北に高速で2時間インターから降りて4時間ぶっ飛ばしたところの山の中の限界集落だ。
ふるさと野山村は近年、隣の隣の山中町に隣の野々山町ごと吸収合併されて、山野中市となった。
合併のときには推進派の村会議員のおっちゃんから「市になったらわい達の村も都会になるんじゃ。カラオケやボーリングもできるかもしれんぞ。喫茶店やワカモノが集う場所ができるけえ」
等と夢物語を聞かされた。
若いヤングな女子との出会いに飢えたオレたちはワクワクだった記憶がある。
その後は何一つ約束事は達成されぬまま村は山野中市の町はずれに、集落は限界集落になった。役場からは人は居なくなり、学校も廃校になった。
帰省するたびに寂れていく故郷を悲しく思ったものだ。
しかし、
そんな田舎なら生き延びられるかもしれない。
オレはさっそく同居人の常さんとカッパに
「オレの田舎に行かないか!?」
と提案をしてみた。
「な、山奥だから人口も少ない。だが畑もあるし、鶏もいる。捕まえりゃイノシシだってわんさかいるさ。今なら奴らもまだ来ていないかもしれないだろ?自衛隊や警察が片付けてくれるまでなら十分籠城できると思うんだ!カッパの車にみんなで行ってみないか?な、いい案だろ!?」
「無理だな」
常さんがぼそりとつぶやいた。
「なんでだよ!」
「ノリさん、だってこの天気だぜ。まるで真冬だ。山野中市のさらに奥なんて大雪だぜ!?」
カッパに指摘され今気づいた。
「ノリ。ここは雪解けを待つしかないぜ。たしかに糞ド田舎ならゾンビも少ないかもな。そもそも年寄りくらいしか人間がいない。住むにはいいかもしれない。だがな、ここでこんな天気だ。糞ド田舎はもっとだ。春になってからだ」
常さんの繰り返す糞ド田舎発言にグッサグサと傷つきながら自分を納得させる。
「わかった…。じゃ、じゃあ食糧はどうする?もう数日で底をつきるぜ。近くのコンビニまでは歩いて10分だよ。だけど、外にはあいつらがいる」
「メシはあとどれくらい持つ?」
常さんが聞く。
「節約してあと3日くらいだよ」
「よし。調達に行くか」
常さんはすくっと立ちあがり
ガン!ガンガン!
おもむろにバールで部屋の土壁を壊し始めた。
「ちょちょちょ!!!なにやってんだよ!」




