嘘と嘘
「ベンジャミン・グラハム……? マウロ署長、あなたは確かその人が今どこに居るのかもわからないと、そうおっしゃっていた筈では……」
ハルの問いにマウロは口をつぐんでいる。
「グラハム……。ベンジャミン・グラハム。先生、一体何のお話ですか? その男は何者なんですか?」
フランチェスカの問いにハルが答える。
今朝、警察署を訪れた際に、マウロから話のあった前任の署長の名前を聞いたこと、その男の名前がベンジャミン・グラハムであることを伝えた。
マウロは二人に目を合わせずに、静かな声で答えた。
「申し訳ありませんでした。グラハムから、自分と繋がりがある事は伏せるように、と言われていました。グラハムと今も繋がりのある人間は私も含めてごく僅かです。私がまだ署長になったばかりの頃から、彼に随分と助けられてきました」
「なぜ、それを私達に教えてくれたんですか?」
フランチェスカの質問に対して、マウロは少しバツの悪そうな顔をする。
「グラハムは恐らく、自分が当時責任者だった頃に解決できなかった事件を再び明るみにしたくないと考えたのです。ロイはまだ新人でしたが、潜入捜査のプロでした。彼にあなた方の監視を頼んだのもグラハムでしょう。ロイは何故かグラハムと親密だったのです」
「なるほど。マウロ署長、なんとかグラハム氏に会わせて頂く事はできませんか?」
マウロは少し考える。
「そうですね……。私がお二人をお連れする、と言う事はできません。理由は二つあります。一つ目は、あくまで彼との繋がりは無いものであるという立場です。二つ目は、グラハムはもうその場所には居ないかも知れない為です」
マウロはメモとペンを取り出して、住所を書き出す。
厨房の扉が開き、警察官が一人入ってきた。
「署長、遺体は検死官に引き渡すことになります。ですが、現状我々が見定める限りでは、恐らくロイは自殺しています」
「なっ、自殺……!?」
マウロは思わず顔を上げる。
「詳しく調べたらまた違う可能性も出てくる段階ですが。自ら頭を撃ち抜いている様です」
マウロは絶句していた。
が、我に返ったように首を少し振ると、警察官に検死官への遺体の引き渡しを許可し、ハルとフランチェスカへ向き直った。
「ここへ。この場所にベンジャミンは居ます。迷う事はないでしょう」
ハルは、マウロから手渡されたメモの住所を確認する。
そこに示されている住所には見覚えがあった。
「……ここは」
ハルとフランチェスカはその場所を既に訪れていた。
「そうです。10年前、あなた方の調べている事件が起きた場所。なぜ彼がそこを選んだのかは不明です。聞く事も私にはできなかった。あなた方がそこへ調査しに行く為に、警察署に許可を取りに来た事がありましたね? あの時、私はそれをグラハムに伝えました。するとグラハムは荷物を纏めて何処かへ去ってしまったのです。また戻ってきているかは分かりません。彼と連絡を取るのはとても難しいのです。常に彼から連絡が送られてきますので……」
「とにかく、情報提供に感謝します。マウロ署長」
「もう私の事は信用出来ないかもしれませんが、それでもできる事があればいつでも助力します」
ハルとフランチェスカはマウロと握手を交わす。
三人は厨房からロビーへ戻った。
ロビーに集められていたホテルの利用客の姿は見当たらない。
「自殺の線が濃いので、皆さんには各自自室へ戻って頂いてます。お二人ももうこの場を離れてもらって構いません。では、私はこれで」
マウロは急ぎ足でホテルを出る。
ハルとフランチェスカはロビーにある休憩用のソファに座った。
「さて。どうするか。猶予はあと一日半。もう一度、あそこへ向かうか?」
「私、実は少し気になる事があって。少し、調べものをしたいと思ってて」
「わかった。では、夜にまたここで落ち合おう。私は今から急いであの家に向かう」
「わかりました」
二人はそこで二手に別れた。
ハルは急いでタクシーを呼び止め、目的地へ急いだ。