6 本人への告知
「お待たせしました」
とても優しい顔をした黒田医師がこちらを向いてニッコリと微笑んでくれた。バリバリのキャリアで眼鏡なんてキラーンと光っちゃう、いかにも凄腕の怖そうな医師って人物を想像していたので、とても穏やかな感じのイケメン先生の登場に少しだけ拍子抜け?
さっき若い医師に厳しい事をいわれたばかりだったので、私は黒田医師の優しそうな瞳に心底安心したのだった。
(よかった!この先生ならきっと穏やかに告知してくれる、この先生なら大丈夫だ)
私の予想通り、黒田医師はゆっくりとした優しい口調で内科で行った検査結果の報告を話し始めた。お兄ちゃんの身体が今どういう状態にあるのか、どの部分に腫瘍があるのかなど紙に書いて丁寧に説明してくれた。
お兄ちゃんの表情を注意深く観察しながら時折笑いを含ませ、白い紙に詳しく病気のことを書き込んでは穏やかな顔を私達に向けてくれていた。ある程度説明し終わり、誰も取り乱していないことを確認したからか?最後にPCのキーをポンと叩いてあの画面を表示させた。
「なっ!!」
健太郎もお兄ちゃんもその画面をみた瞬間、声にならない悲痛な叫びをあげ顔を歪ませた。
「ここが食道でこれが胃の入り口になります。そしてここが……」
次々に変わる画面は、いまどれほどの悪魔に侵されているのかを物語っていた。
本人への告知、この最初の一歩を黒田医師にお任せして良かった!私は心からそう思った。この最初の一歩がどれだけのものか?患者や私達家族にとって一生忘れることのできないこの瞬間、そしてガンという悪魔との壮絶な戦いのスタートでもある。告知とはただ現状を伝えればいいというものではないのだから。
お兄ちゃんは『喉頭がん』だった。
バレット何とかって先生は言っていたけど、お兄ちゃんの事ばかり見ていた私は先生の話がよく耳に入らなかった。お兄ちゃんは取り乱すこともなく静かにしっかりと先生の顔をみて話を聞いていた。
ある程度の説明を受けた私達は黒田医師の指示で色々な検査を再度受ける事となり、その日もまた病院内の検査室をアチコチ移動して最後に外科の診察室に戻ってきた。私は移動で歩くたびにお兄ちゃんの腕に絡みついて離れなかった。三人とも無言のまま……
診察室前の長椅子にお兄ちゃんを間に挟んで私達は座った。健太郎は始終下を向いたまま何も言わなかった。私から状況を聞いていたとはいえ、あの画像をみた衝撃はどれほどのモノだったかよくわかる。
お兄ちゃんは……
膝の上で、固く、固く、拳を握りしめ、その手は震えていた。
「ちくしょう……ちくしょう……」
小さな震える声でその言葉を繰り返していた。私はその横で必死に泣きたいのを堪えながらじっとその拳を見つめているしかできなかった。
(泣いちゃだめだ!ここで私が泣くわけにはいかないんだ!)
再度、黒田医師の診察室に入り今後の治療方針のようなものを聞く、すぐに入院して手術ということになった。
(一刻の猶予もない、ってことか……)
黒田医師は明日にでも入院して下さいと言ったけど、兄は会社を経営している事、諸々の処理の為に一週間後にしてくれと言ってきかなかった。優しい顔で穏やかな声を発しながら黒田先生も折れなかったけど、お兄ちゃんの絶対に無理!という頑固な顔をじっと見つめ、オロオロと困った顔をしている私を見てから、ふっと微笑んでどこかに電話をかけた。
どうやらベットの空き状況を確認しているようだった。肝心なとこは英語のような専門用語を使うので理解できない部分も多々あったが何となく会話の内容は聞き取れた。ベットが確保できたのだろう、先生はにっこりとした顔で私達を見つめながらキッパリと言った。
「それでは2日間だけ、15日には入院して頂きます」
「はいっ!宜しくお願いしますっ!」
私はお兄ちゃんが何か言い出す前にと跳ねるように立ち上がり先生に頭を下げた。健太郎も立ち上がって「お願いします」と深々と頭を下げたので、お兄ちゃんはもうそれに従うしかなかった。
健太郎とお兄ちゃんを先に部屋から出し、私は自分も診察室から出るフリをしながらさり気なくドアを閉めた。そしてゆっくり後ろを振り返ると、黒田医師は何の為に私が一人残ったのか察したのだろう。とても優しい微笑みを浮かべてくれた。
「手術をすれば、兄は助かるのでしょうか?」
黒田医師は静かに言った。
「五分五分です。かなり厳しい状況であると言えます」




