5 消化器外科受診
朝目覚めて、一瞬だけ何事もない平和な一日がいつもと同じように始まる気がしたけど、すぐに違う事に気付く。泣き腫らしむくんだ酷い顔の自分が鏡の中にいたから。
こんな顔をお兄ちゃんが見たら心配するし絶対に勘ぐる。私はむくんだ顔を冷やし何とか化粧で誤魔化した。泣いちゃダメだ!お兄ちゃんに気付かれちゃう!
あの悪魔の画像が目を瞑ると脳裏に蘇ってくる……
告知をしたらお兄ちゃんもあの画像を見ることになる。自分の身体がどんな状態なのか知ってしまう。医師は本人に告知をと言っていた……どんなに考えても私の中で答えは出なかった。
「健太郎まで休んでついてくる事ねーのに」
「こんなおっちょこちょいの姉ちゃんに任せらんねーよ」
健太郎のお蔭でどんよりした空気が和んでいる。なおちゃんも来るって言ったんだけど、お兄ちゃんが変に思うからやめておいた方がいいって事で今回は三人で病院にきた。
外科の前で順番を待っている間に、私は本人に告知をしていない事をコッソリ受付けの人に伝えておいた。暫くして外科受付の人に呼ばれ『先生から妹さんにお話しがあるそうです』と告げられる。私は何で呼ばれたのか適当に誤魔化しトイレに行く振りをして席を立った。そして受付の人はお兄ちゃんから見えない場所の部屋に案内してくれた。中に入ると少しだけ厳しい顔をした若い先生が座っていて、PCの画面にはまたアノ画像が映し出されていた。
(もういやだ!見たくない…)
そんなもの見たくない!と顔を下に向け、黙りこくっている私の心の中を感じたのか?先生は私をしっかりと見つめ真剣な顔を向けてハッキリとした口調でこう言った。
「ご本人に告知をしていないとの事ですが、コチラで申し上げてよろしいのでしょうか?」
「いえ…それは…」
私は下を向いたまま、それ以上は何も言えなくなってしまった。まだ自分の気持ちも固まっていないのに、どうすればいいかなんてわかんないよ……
先生は私が告知を希望していないと察したのだろう。
「一之瀬さん、この病気は本人に隠して治せるものではないんですよ?」
「はい…」
「ご本人が理解した上で、闘わなければ勝てないんです」
「…」
「私達も最善の努力をします、出来る限りのことをします」
そう言って一呼吸置いてから、少しだけ強い口調でこう言った。
「ですが、患者さんが闘おうとしなければ、それに立ち向かおうとしてくれなければ、いくら私達が頑張ったとしても限界があるんです」
(理屈ではわかってるよ……そんなこと私だってわかってるよ)
何も答えられなくて、静かな時間が少しだけ流れた。
そしてその沈黙を破るように若い医師からでた言葉は?あまりにも無情な言葉だった。
「もし、どうしても告知を希望されないと言うのであれば残念ですがココでの治療はできません。他の医療機関を受診なさってください」
「えっ?」
(そんな……マニュアルにある返答だとしても、もう少し言い方があるでしょう)
昨日の中野医師とは違う、淡々とした厳しい口調でそう語る若い医師に対し、私は不信感と怒りや悲しさ何とも言い難い憎悪に似た感情を抱いてしまったけど、今この病院を追い出されたらお兄ちゃんは死んでしまう!だからココに縋るしかなかった……
私は深く深く深呼吸をしてとにかく頭の中を冷静にした。この若い医師の言っていることはわかる、でも決心がつかなかった。唇を噛みしめて下を向いたままだった。
「一之瀬さん?お兄さんと一緒に闘いましょう、そして治しましょう!」
私は気持ちの整理がつかないまま、頷くしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トイレにいってきたフリをして戻った私はストンとお兄ちゃんの横に座った。健太郎がチラリと私を見たので、お兄ちゃんにわからないように、唇をかみしめてただ小さく首を横に振った。健太郎はそれで全てを察してくれたのか、やはりお兄ちゃんに気付かれないように頷いてくれた。
「兄貴、黒田先生って外科部長みたいだぜ?」
健太郎が医師の名前がいっぱい書かれている掲示板を指差して言った。
「ん?あぁそうみたいだな」
「すげーな兄貴、こんな偉い先生に診てもらえるなんてよ!安心だな」
「お、お兄ちゃんっ、やっぱりアレだね、私が可愛いからだね?」
「はぁ?姉ちゃんが可愛いのと、偉い先生との接点がわかんねー!っか自分で可愛いとか言うか?」
「わ、私は、事実を言ってるだけだもん!」
これから訪れるであろう衝撃がどれだけのモノなのか。それが分かっているから、私達は敢えてバカみたいな話をした。そうしていないと自分たちも崩れ落ちてしまうから……
そしてポン♪という電子音が耳に鳴り響き、私達の番号が診察室横の掲示板に映し出された。




