忠義
『ニュルタム歴753年、金の月5日。
本日は娘のフランを初めて王宮に伴い、国王に謁見した。
国王はフランの聡明さに感心され、フランもまた国王との謁見をそつなくこなした。
我が娘ながら本当に出来が良いと思う。
帰り掛け、兵舎の方で軽いいざこざがあった。二人の兵士が高価な剣を自慢しあい、自分の剣の方が優れていると互いに譲らず、小競り合いになっていたのだ。
それを見たフランは間に入りこう言った。1000の価値がある剣1本で、1の価値しかない剣1000本に勝てるのかと。兵士の本懐を見誤ってはいないかと。
兵士達は己が行為を恥じ、その場は収まった。
娘の成長が、非常に楽しみである。
そういえば王宮に居る間、ルフィヤがギルダー殿と話していた。
時折あのルフィヤが笑顔を見せていた。
やはり強者は惹かれ合うものなのだろうか。
こちらもまた楽しみな事である』
パダカ・フォルツァの手記より
***
フォルツァ邸門前。
ズラリと並んだ騎士達の間を、一人の騎士が歩く。
ズシン、ズシン・・・
一歩一歩が、重い。それもそうだろう、彼の身体は特殊な鋼で出来ている。
無駄なく組まれた金属の身体は白銀に輝き、まるで鋼で出来た骸骨が、ケープを纏って闊歩しているようだった。
エスクード・イェン・ディルハム卿、全身に機械改造を施した一人の人間で、諌言の騎士次席の騎士である。
「用意は整ったか?」
低く、くぐもった不気味な声が一人の騎士に掛けられる。
「はっ、騎士団第二班50名、戦力欠く事無く集結しております」
「成程。やはり先の闘いは物足りぬものがあった・・・」
クックッと噛み殺しきれぬ嗤いを漏らすと、ディルハム卿はフォルツァ邸の門を潜る。
騎士達もそれに続いた。
そしてディルハム卿は騎士達が全員フォルツァ邸に入ったのを確認し、
「ダラス・フロイト!出て来い!ここにいるのは分かっておるぞ!!」
拡声機構を通した大声を、館に向かって張り上げた。
「・・・との事です」
その声を室内で聞いていたルフィヤがこれといった感情を交えない声と共にダラスを向く。
「そのようだな。明らかな脅迫のようだ」
それを受けたダラスは迷いなく立ち上がった。
「出て行くのかい、ご主人?」
少し不安げな顔をアルバは向けた。
「向こうの言いなりになって出て行くのは少々癪だが、致し方あるまい。見ればあれも諌言の騎士。今回の事に関して何かしらの情報を得られるかもしれん」
「そうね。ここで固まってても何も始まらないし。いざという時は私の魔術でぶっ殺しちゃえばいいもんね」
「じゃあ僕も共に行こう」
そしてフロイトの三人は立ち上がる。
「じゃ、じゃあ俺も行くよ」
その後を追うように、マルクが立ち上がった。
「・・・無理して来ることはないぞ。出て来いと言われているのは私だけだ」
「で、でもアイツはこの家に対して何か叫んでるんだろ?だったらこの家の人間として、俺も出るよ」
努めて勇ましく見えるよう、マルクは振る舞う。
「足が震えていましてよ」
それは一発でエリーに看過された。
「し、仕方ねえだろ。相手は国家戦力クラスだぞ・・・」
どこかで自分を納得させるように、マルクは返した。
「でしたら」
その言葉を受けて、ルフィヤが立ち上がる。
「私達も参りましょう」
「・・・私も数に入っていますのね」
「貴女もあの騎士には、少なくとも興味があるでしょう?」
「ええ、どの道私も外に出るつもりでしたわ」
「決まりですね」
そして六人が、正面玄関に向かった。
***
トゥグルグ宮殿、銀の間。
命を受けたクーナは、この場所で待機していた。甲冑を付け、いつでも戦える状態で。
コン、コン・・・
そこに扉のノック音がする。クーナは鼻をぴくりと動かすと、
「入りなよ」
音の主に、入室許可を出す。
「失礼する」
果たして、入って来たのはケツァルだった。その腕に、静かに眠るフランを抱えて。
「・・・上手くいったようじゃないか」
ケツァルの方に歩きながら、クーナが言う。そしてフランの顔を覗き込んだ。
「(変わらないなぁ)」
まだマルクも自分も小さかった頃。路地裏で悪友としてマルクと遊んでいた頃。勿論あのころと比べて成長はしているが、当時たまに見た顔の面影を、そのまま残している。
「(・・・そういえば)」
その時彼女は言っていた。自分は兄と共に父をも超える立派な貴族になってみせると。
それに自分は答えた。こんな辛気臭い路地裏に澱んでいるつもりは無い。立派な騎士となってこの国を動かしてやると。
彼女は言葉通り、立派な貴族になった。彼女の父を超える日も遠くないと、自分はそう思っている。
「(・・・)」
比べて自分はどうだろうか。実力一つで騎士となり、諌言の騎士の座まで上り詰めた。だが、果たして自分は立派な騎士になれているだろうか。今の自分を、昔の自分は憧れの目で見るだろうか。
「ウィンタースよ」
追憶に耽っているところに、ケツァルの声が掛かる。
「ん?ああ、何だ?」
「予定通り、フォルツァ様をお連れした。お前も予定通りに動け」
「分かってるよ。この部屋から出さなければいいんだろ?」
「然り」
そう言うと、フランの身体はケツァルからクーナに渡された。
「(うっ・・・)」
軽い。とても軽い。ともすれば折ってしまいそうな程に、その身体は華奢だった。
「な、なぁケツァル?」
「どうした?」
「アンタはさぁ、この計画ホントに正しいと思ってんのか?」
「無論だ。貴様はこの期に及んでまだ反論するつもりか?」
「・・・」
「今更感情が芽生えたなどと、現金な事を言うつもりか?」
「違うさ。ただ、余りにも野蛮じゃないかって、そう思っただけだよ。アンタに言っても、ムダだったみたいだけど」
「その様だな。我らは騎士だ。行動原理の基本は、国にある」
そう言って、ケツァルは背を向けた。
「・・・ウィンタースよ」
しかし、扉を開け部屋を出ようとした時に、彼はふと足を止めた。
「今度は何だい?」
「・・・騎士という身分を外した私個人は、この計画を野蛮だと思っている」
「え・・・?」
そしてクーナが声を掛ける隙も無く、彼は姿を消した。
***
フォルツァ邸前庭。誰も出てこないこの状況に、ディルハム卿は痺れを切らしていた。
「出てこぬか・・・それも又良し」
来ないなら、こちらから行くまでの事。押し潰し、蹂躙するだけの事。
「第二班、突撃用意」
機械の腕が、上げられる。
その時
『ディルハム卿、あれを・・・』
一人の騎士が声を掛ける。
同時に、ディルハム卿もそれを視認していた。
「フハハ・・・」
六人も出てきたことは、少々予定外だった。
「ダラス・フロイトだな」
低い、機械音が混じったような声が六人に届く。
「如何にも。私がダラスだ」
「引き籠らずに出て来たか。共が多いのが少々癪だが、その度胸は褒めてやろう」
「何か要件があって来たのだろう、早くしてくれたまえ」
ディルハム卿の社交辞令を軽く流すと、ダラスは話を進めていく。
「宜しい。それでは要件から先に言わせてもらおう。ダラス・フロイト。我々騎士団と王宮まで同行して貰う」
「それは何故かな?」
「貴様が知る必要などない」
「それでは承諾しかねますな」
「そう言うとは思っていた」
ククク、と嗤うと。
「おい、アレを持ってこい」
何かを、部下に指示する。すると部下の騎士が何者かを連れて来た。
「なっ・・・!」
並べられたのは五人。それらは全て、フロイト家のメイド達だった。
「驚いたかな、ダラス・フロイト?貴様の館など、これだけの騎士をもってすれば制圧するなど容易い事であった」
「他の者達はどうしたっ・・・!」
「殺した。全て、私が」
機械の腕が、腰に差したサーベルを抜く。
「残ったのは、こやつらのみ。さて、どうする?」
「騎士が人質をとるか・・・!」
「それでは答えにならぬな」
猿轡をされ、石畳に正座させられたメイド達の一人に刃を当てながら、ディルハム卿はニヤリと嗤う。
「では、まずはコイツの首から・・・」
ディルハム卿のモーターが回り始める。
「待て!私が行けばいいのだろう!」
ダラスが騎士達に向けて一歩歩みを進める。
その肩を掴んだのはルフィヤだった。
「何をする、ディナール殿!?」
「それは私のセリフです」
落ち着いて、ルフィヤは言う。
「貴方が行って、それで解決するとお思いですか?」
「何をッ・・・!?」
「あの男は『貴方が行けば人質を解放する』とでも言いましたか?」
「・・・」
「どちらにせよ、もうあの子たちが助かる道はありません」
冷静に、そして冷酷に。ルフィヤは状況を把握していた。
「ちょっとアンタ!もう少し言葉ってのを・・・!」
リエルがそれに食って掛かった。彼女とて、この状況で冷静でいられる立場になかったのだ。
「しかし、状況は先ほど述べた通りです。残念ながらあの五人は、諦めざるを得ないでしょう」
「そ、そんなの知らないわよ!私の魔術で、みんなやっつけちゃえば・・・!」
理性が欠け、リエルの語気に興奮が混ざる。
「いや・・・リエル」
そこへ静かに、ダラスの声。
「ディナール殿の・・・言うとおりだ・・・」
諦めの中に、悔しさを滲ませていた。
「何、言ってるの・・・?」
信じられないという表情を、リエルは浮かべた。
「あの子たちは助けられる!助けてみせる!」
「いや・・・それは出来ない。そしてこれは、全て私の責任だ・・・!」
「そんな事ない!私の力があれば、出来る!その為に、私の力はあるんでしょ!力があるのに指をくわえて見てろなんて、私は我慢できないわ!」
「・・・」
「・・・もういいわ。アンタが行かないってんだったら、私が蹴散らしてあげるわよ!」
魔導書を取り出し、リエルは駆け出そうとする。
ガッ!
それを、黒の手が止めた。
「アルバ!?何してんのよ!」
「ダメだ・・・!」
「馬鹿な事言わないで!今すぐこの手を放しなさいよ!」
「ダメなんだっ!」
黒の手で、リエルの口をアルバは塞いだ。
それを見て、ダラスが声を張る。
「ディルハム卿!貴様のような卑劣な輩の手に、このダラス・フロイトが乗る訳にはいかん!貴様の要求を私は断じて・・・断じて・・・」
そこから先を言うには、もう一息が必要だった。
「承諾しない!!」
決死の叫びが、庭に木霊した。
「フッ、ハッハッハッ・・・!」
満足気に、ディルハム卿が嗤う。そしてサーベルを当てたメイドの猿轡を、外した。
「どうだ。貴様の主人は、貴様らを見殺しにするようだぞ。ほれ、恨み言の一つでも言ったらどうだ。何を言おうとも、構わんぞ?」
それを受けて、メイドは口を開いた。
「フロイト様!」
そのメイドから、ダラスは目を逸らさない。どのような恨み言も、どのような罵倒も、今の自分には受け入れる義務がある。
しかし、
「私は、私達は!貴方の下に仕えて、幸せでございました!」
飛んでくる言葉に、一切の黒さはない。
「どうか、ご武運を!私達はいつまでも、貴方のお帰りをお待ちしております!」
残りのメイドも、揃って首を縦に振った。
「!」
そこでダラスには新しい義務が生じた。
言葉に、返す義務だ。
「長年の忠義、誠に大義であった!私も君達の下へ、必ずっ、還る!!」
震える声を押さえつけて、ダラスは言葉を返した。
「・・・フロイト様」
「ああ・・・」
ルフィヤの声を受けて、ダラスはメイド達に背を向ける。リエルを抑えたままのアルバも、後を追って館に入った。
「貴様らっ・・・!」
ディルハム卿は不満たっぷりな表情を、メイド達に向けた。
彼女たちは一仕事終えた、すがすがしい表情をしていた。
「貴様らぁ!!」
ズバァッ!
そんな彼女達の首を、ディルハム卿は一気に切り落とした。たちまち血の噴水が出来上がり、大地を赤に染めていく。
「・・・見事・・・!」
そんな彼女達に、ルフィヤは心からの賞賛を送った。
『いかがいたしますか、ディルハム卿?』
騎士の一人が、指示を仰ぐ。
そこに激昂したディルハム卿の声が飛んだ。
「突撃だ!蹂躙しろ!目に付くものは、全て壊せ!全て殺せ!叩いて、潰せ!!」
『はっ!』
指示を受け、騎士達が楯と剣を構える。
それを見て、マルクが口を開いた。
「さて、ルフィヤ。俺は今、スゲェ怒ってる。お前は?」
「私も同じくです。マルク様」
「へぇ。お前にもそれなりの感情はあるみたいだな」
「これでも人間ですので」
フン、とマルクは笑った。ルフィヤにしては中々ユニークな回答だ。
「さて、お前はどうだエリー?」
期待をしつつ、エリーに話を向ける。
しかし。
「あれ?」
隣から、エリーはいなくなっていた。
***
「くそっ、忌々しい・・・!」
後を全て第二班に任せ、ディルハム卿は一足先に王宮へ向かっていた。目立たぬように、裏路地を。
事は計画通りに運んでいる。しかし、彼から不満の色は消えない。
原因は、勿論先ほどのやり取りにある。
彼が想定したシナリオに、あんな綺麗な筋書きは無かった。彼が想定したのはもっと暗く、醜いものだった。
「それをあの女共はっ・・・!」
罵倒も、恨み言もなく、只主に対する感謝。これ程彼の心を害するものもないという程に不快であった。
「・・・まぁいい・・・」
熱くなりかけたボディを収めながら、一息つく。
何も悲劇は先程だけ起こるものではない。この計画が進めば、もっと残虐な絶望を与えてやる機会が回って来る。それまで、待てばいいだけの話。
ククク・・・と、また下卑た笑いが漏れた。
「・・・それで」
そして、機械の身体を180°回転させる。
「貴様は何故、付いてきている?」
フォルツァ邸からここまで、誰かが付いてきている。
尾行、という訳ではなさそうだ。殺気も気配も、まるで隠す様子がない。
カッ
そして路地裏の壁から、追跡者は堂々と現れた。
「御機嫌よう、機械の騎士様」
エリーが、余裕たっぷりに挨拶をする。
ディルハム卿は眼光を鋭くした。
「貴様、フォルツァの者か?」
先程フォルツァ邸から出て来たうちの、一人である事を、彼は覚えていた。
「いいえ、違いますわ」
「何?」
エリーの答えにディルハム卿は疑問符を浮かべる。確かにコイツは館の中から出て来たはずだ。
「そして・・・それは今、全くどうでもいい事ですわ!」
「!」
キィン!
ディルハム卿は思考を進める前に、剣を構える事を余儀なくされた。
エリーがいきなりナイフで斬りかかって来たのである。
「何だ・・・貴様は!」
ナイフを弾くと、サーベルを横に振るう。
エリーは上方に避け、ディルハム卿と距離を取った。
「フフ、フフフ・・・ウフフフ・・・」
そして不気味な笑い声。同時に覗く、艶やかな舌。路地裏に響く彼女の声と妖艶さが、この場の不気味さを強調していく。
「(戦闘狂か、只の変態か・・・)」
だがそのどちらでも、彼にとってはよい事だった。
「丁度いい・・・私も戦いを求めていた所だ!」
二本のサーベルが抜かれ、ディルハム卿のサーボモーターが唸りを上げた。