見えぬ糸口
ゴルド王国マラッカに存在する王宮、トゥグルグ宮殿。
その最奥に、ニュルタム王は居を成す。
そして今、王はとある男と向かい合い、話し合う。
整った顔立ちは、真面目な彼の気性をよく表し、崩れない姿勢や無駄のない仕草が彼の優秀さ、完璧さを語っていた。
王とその男は、様々な事を語り合う。内政の様子、他国の情勢。はたまた最新の絵画、城築技術など、話題は多岐に及ぶ。
そして一瞬王の顔が暗くなったように見え、
「ギルダーよ、所で例の件ではあるが・・・」
話題が『計画』に移った。
「はい、諌言の騎士はクーナ・ウィンタースが一人反対しておりましたが、それも最終的には折れました。現在、騎士団も計画に向けて動き始めております」
「そうか・・・」
少し、残念そうな顔を王は浮かべる。
「王よ。お気持ちは分かります、しかし・・・」
「分かっておる。王は民草を正しく導く存在、決して私情で動いたりはせぬ」
そうは言うものの、今だに王の顔は晴れない。
それをこの男、諌言の騎士の首席、ギルダー・デリゲートは見逃していなかった。
***
『・・・て、起きて下さい・・・』
微かに聞こえた声を頼りに、
「ん・・・」
アルバは自分の意識を取り戻す。
「良かった。目を覚まされた様ですね」
「貴女は・・・」
その目に飛び込んで来たのはルフィヤの顔だった。
その後ろ側には血溜まりに倒れる悪党の首領の姿がある。血が乾ききっていない所を見るに、どうやら長い間気絶していた訳ではないようだ。
影を支えにし、アルバは立ち上がる。
そこへ、
「あ、いたいた!やっと見つけたわよ!」
リエルの声。後ろからエリーとマルクもやって来た。
「あら、貴女・・・」
「え、ルフィヤ?何でここに?」
「コルナからフラン様の行方が分からなくなったと聞き、街中を捜索しておりました所、こちらに辿り着きました」
「こんな路地裏までよく来るよ・・・」
「館近辺の主要な大通りは全て見渡しましたので一番怪しいこの路地裏を当たったのです・・・ところで・・・」
ルフィヤが四人の顔を見渡す。
「フラン様の身に、一体何が?」
質問されると同時に、四人はそれぞれ顔を見合わせた。そして、
「まぁ、早い話がだな・・・フランが誘拐されてしまったみたいなんだ」
マルクがそれに答えた。
「誘拐?一体何者に?」
「そこで死んでいる大男になんだが・・・まぁ、ここにフランはいない訳で・・・」
「そこから先は僕が話そう」
アルバがマルクを手で制す。
「答えから先に言おう。フラン嬢を攫ったのはケツァル・ベルデだ」
アルバが発したその名に、
「いっ・・・?」
「それ、ホントなのアルバ・・・?」
マルクとリエルは驚きと疑いがない混ぜになった表情を浮かべた。
「(ケツァル・ベルデ?また新しい名前が出てきましたわね)」
一方エリーと、
「・・・そうですか」
ルフィヤは対して表情を崩さない。
「彼が一体何を目的としてフラン嬢を攫ったのかは分からない。ただ、何かしらの計画が動いているように、僕には思える」
「計画?計画ってどんなのよ?」
リエルがその先を急かす。
「それが分かったら次にやる事もさっさと決まるんだけどね。如何せん、情報が少なすぎるよ」
やれやれといった表情で、アルバがそれに返した。
「(ケツァル・ベルデ、とは何者ですの?)」
一方エリーは聞きなれない名前をマルクに質していた。
「(あぁ、ケツァル・ベルデっていうのはさっき話した『諌言の騎士』の一人なんだ。別名『暗殺騎士』。その名の通り諜報やら偵察やら暗殺やらが尋常じゃないレベルで得意らしい。勿論、騎士としての腕前も超一流だがな)」
「(その者が、妹君を攫ったと?)」
「(みたいだな。全く、訳が分からねぇ)」
説明が終わると同時にマルクが頭を抱える。事態が呑み込めない上に、主犯の名前が大きすぎるのだ。
そんな中でも、ルフィヤは冷静に思考を巡らせていた。
「マルク様」
「ん?」
「マルク様は先程、そこで事切れている巨漢がフラン様を誘拐したと仰りました。つまりは彼がそこの巨漢を利用した、という事でしょうか?」
「あ~・・・たぶんそうじゃね?」
「いや、その通りだ」
曖昧なマルクの返事の後に、断言するようなアルバの答え。
「その男が殺される直前に、フラン嬢と会話しているのを僕は聞いていた。あの騎士は、どうやらフラン嬢を誘拐する為にそこの男を雇ったらしい」
「それで用済みと見なされ、殺された・・・と?」
「そう見る他はないだろうね。しかし、これが騎士のやる事とはね・・・」
呆れたように、アルバが溜息をつく。
「ちょっと、よろしくて?」
そこに、何やら考え込んだエリーが口を挟む。
「おい、どうしたんだエリー?」
「何者かが雇われて、貴族を襲う・・・」
「あぁ、そうだな。典型的過ぎて言葉も出ねぇ」
軽くおどけるマルクを横目で冷やかに見つめた後、またエリーは口を開く。
「このパターン。似ていません事?」
どうやらその疑念はルフィヤも抱いていたらしい。エリーの言葉に追従するように、彼女もまた口を開いた。
「あの襲撃者達、ですね」
***
「へっくし!」
フォルツァ家の地下牢に、くしゃみの音が木霊する。
運が悪い事にスープを啜っていたドブラは思いっきり床にぶちまけてしまった。
「うわっ汚っ!もうちょっと何とかならなかった訳?」
そしてまた、コルナが正面でドン引きしている。いつしか彼に食事を運ぶのが彼女の業務の一つになってしまった。
「ちっくしょー・・・この俺が食い物を粗末にしてしまうとは・・・」
「流石にそれは食べない訳ね」
「ん、何?食って欲しいの?」
「やめろ」
強烈な強制力を持って、コルナはドブラの奇行を止めた。
「ところでさぁ」
「何?」
「これって、君が作ってくれてるの?」
食べかけの飯を指し示しながら、ドブラが問う。何かを期待した、妙な笑顔を浮かべながら。
「はぁ?私は残飯をくれてやってるだけよ」
「でもその『元』を作っているのは?」
「・・・」
コルナは押し黙った。厨房は、自分の担当である。
「ふ~ん。やっぱりねぇ」
「・・・やっぱりって何よ。分かってたの?」
「いや、言ってみただけ」
「フン・・・」
不機嫌な顔をして、コルナは立ち上がる。
「あー、ちょっと待った待った!」
それをどこか慌てた様子でドブラが引き留めた。
「何よ。これ以上アンタの話し相手なんてするつもりないわよ?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだなこれが。折角美味い飯食わして貰ってきたんだ。タダじゃ悪いと思ってね」
「・・・どうせロクでもないものでしょ」
「さて、それはどうかな?」
「・・・」
ニヤリと笑ったドブラを見て。コルナは元の場所まで戻った。
明らかに、先ほどまでのおちゃらけた顔ではなかった。
「・・・何をくれるのかしら」
「情報さ」
そしてぐびりと、残りのスープを彼は飲み干した。
「アンタら、俺達の襲撃に関して何一つ情報が得られてないんだろ?それを教えてやろうってこと」
「いきなりどういう風の吹き回しなのかしら。今まで頑なに話さなかったアンタが急に情報を喋り出すなんて」
「だから言ったろ?美味い物食わせてくれたからって。それに、そろそろ俺達は捨てられているはずさ。のこのこ帰っても、報酬どころか打ち首だろうしな」
「黙っている意味も無くなったって事かしら」
「そんな所さ」
「どれ程信じられる情報を頂けるのかしらね?」
「信じるか信じないかは自由だぜぇ?只、俺は勝手にしゃべらせて貰うけどな」
「・・・」
瞬時、コルナは考えた。そして、この男に喋らせることにした。
真偽を自分に見抜く力があるかどうかは分からない。
「(それでも・・・)」
この男が『こう言っていた』とメイド長に伝えればよい。あの人なら、真偽を正確に見抜くことが出来る。
「どうぞ勝手に喋りなさい」
その言葉を聞いてニヤリと笑うと、ドブラは口を開いた。
***
エリー、マルク、ルフィヤの三人は傾きかけた夕日の中をフォルツァ邸に向け急いでいた。
「さっきからソワソワと、落ち着きがありませんわよ」
エリーはマルクに対して言う。
「仕方ないだろう。妹が囚われている状況で平然としてろって方が無茶な注文だ」
「そちらのメイド長は随分と落ち着いてらっしゃるみたいですけど」
「フラン様を誘拐した目的が殺害ではないとすれば、こちらにはまだ時間が残されているという事になります。この場合、急いては事をし損じます。・・・マルク様ももう少し落ち着いて下さい。貴方もフォルツァ家の一員なのです。配下の者に対してはもう少し毅然とした・・・」
「こんな時まで説教かよ。止めてくれ・・・」
辟易としながらマルクが返す。が、その言葉の後には幾分落ち着きを取り戻していた。
「(ルフィヤだって、内心焦ってんだ。俺が落ち着きを見せないでどうする!)」
パン、と両頬を叩いて自分に喝を入れた。
「あら、少し男らしい顔つきになりましてよ」
「うるせえな・・・」
そうこうしているうちに、フォルツァ邸へと辿り着く。
『マルク様、それにメイド長も・・・!』
着くなり、庭を掃除していたメイド達が集まって来る。
フランが姿を消してしまった事は既に全員に周知されていた。
『メイド長、フラン様は・・・!』
「居場所は分かったわ。でも、お連れする事は出来なかった。・・・ところで皆、今日の仕事は終えた?」
『いえ、後は蔵の掃除が残っておりまして・・・』
「それは明日に回しなさい。この後にフロイト様がお見えになります。メイド達は全員、お迎えの体制を整えるように。そして同時に非常時に対応できる館の体制も整えなさい。1班は前庭から玄関にかけての警備体制のセット、但し仕掛けの作動はフロイト様が館に入られてから。2班は同館内、但し動きを阻害しないように。3、4、5班はメイド達の装備の調達、裏の蔵からありったけ多目的ホールに集めなさい。ほら行って!」
『は、はい!』
ルフィヤの言葉に捲し立てられながら、メイド達は館に戻る。
「マルク様とエリーは中へ。また後ほど、応接室でお会いしましょう・・・いかがいたしました?」
「いや・・・やっぱスゲェよお前」
捲し立てるルフィヤを、マルクは口を開けて眺めていた。
「お褒めに預かり光栄です。・・・そういえばエリーは何班でしたか?」
「私は無所属でしてよ」
そして二人は館へと歩いて行った。
***
「・・・何て言うか」
「何だい?」
ドブラの話は終わった。しかし、
「劇の見すぎじゃないの?」
彼の語った内容は、にわかに信じられるものではなかった。
「おいおい。ありのままを喋ってやったってのにその反応は傷つくねぇ」
「だって・・・色々と無茶苦茶じゃない。貴方を雇ったのは諌言の騎士で、その背後に国がいるだなんて」
「そんなに無茶苦茶な話でもないさぁ。今までこういう感じの仕事は2回程やった事あるし」
「・・・じゃあこの国は、この家を潰そうって言うの?」
「ここだけじゃない。もう一つのフロイトって家だって、そうだろうよ。どうやって潰すのか、までは知らない。だけど・・・」
「だけど・・・?」
気付けば、冷汗がコルナの頬を伝っていた。
「何をするか。大まかな予想は立てられる。結論から言っちまうと、あのお二人はお陀仏さん。この家も潰される、物理的に。過去2回の流れもそうだった。あんな強いメイドはあった事なかったけどな」
「・・・」
「おいおい。そんな怯えた顔しちゃ参っちまうぜ。これは飽くまで俺の予測だっつーの」
「だ、誰が怯えてなんか・・・!」
コルナの言葉は嘘だった。最後の一言を喋り切るまで、この男の眼光が、鈍る事が無かったからだ。
「と、とりあえず。アンタの馬鹿話、メイド長に伝えておくわ」
そして急ぎ足で、地下牢から出ようとする。
しかし、
「あ、あれ・・・?」
「ん、どうしたよ?」
ガチャ、ガチャ・・・
「嘘、開かない・・・鍵が、壊れてる・・・」
「オォゥ・・・」
事態は、最悪の方向に向かいつつあった。
***
ダラス・フロイト、アルバ・フロリン、リエル・エルメスの3人がフォルツァ邸に入る。
『ようこそお出で下さいました』
瞬間、左右にズラリと並んだメイド達が一斉に頭を下げた。
だが3人とも脇目は振らない。
そのまま真っ直ぐ、奥へと歩いていく。
「どうぞ、こちらへ」
その先で控えていたルフィヤが、3人を応接室へ導いた。
ガチャリ
部屋に入ると、既にエリーとマルクはそこに居た。
チラリとそちらに目をやった後、フロイトの3人は来客用のソファに座る。
それに机を挟んで向かい合う形で、フォルツァの3人もソファに腰かけた。
「本来メイドが座るべき場所ではございませんが、何故非常時の為、お許し下さい」
ルフィヤが軽く頭を下げる。
「いや、謝る必要などない。それよりも、だ」
ダラスはいつもの様にモノクルを光らせる。
「まずはこちらから謝らねばならない」
しかし続いて出てきた言葉はいつもとはまるで違う素直なものだった。
「今回の襲撃者の件、最初からフォルツァ家の差し金と決めつけて話を進めてしまった。そちらはさぞ不快な思いをされたことでしょう。自分が襲われた直後とはいえ、フロイト家の当主として些か軽率だった事は認めざるを得ない。誠に申し訳なかった」
そしてこちらも軽く、頭を下げた。
「あ、いや・・・その・・・」
いつもといきなり違う態度で来られたからか、マルクがあたふたとしてしまう。
「いえ、そのような状況では致し方ない事です。さて、それでは本題に入りましょう」
それをルフィヤが上手い事カバーした形となった。
「話は二人のエージェントから聞かせて貰っている。フランが攫われたらしいな」
「はい。それも諌言の騎士の一人、ケツァル・ベルデによってです」
「ふむ・・・」
前に置かれたティーカップを取り、ダラスは口に運んだ。
「騎士が動くという事は、国が絡んでいる可能性があるな」
「ええ、私もそう考えております」
「しかし、今一つ目的が分からんな」
カチャリ、とカップを皿に戻す。
「フランは誘拐されたのだろう。殺された訳じゃない。目障りな家を潰すつもりかと考えていたのだが、そうではないようだ。それならば、直接殺してしまえばいい」
「それは、あの襲撃者も言っておりました。殺しが目的ではないと」
「因みに、フラン嬢を攫った悪党共も傷をつけない様用心しておりました」
「戦闘の時も誰一人あの子を人質にしようとはしなかったわ。今考えれば妙な話だけど」
アルバとリエルの付け加えに、ふむ、とダラスが頷く。
「国から何か要求は来ておりますかな。例えば身代金の類など」
そして別方向からの思索を試みた。
「いえ、要求どころか連絡の一つもございません」
「そう、か・・・」
だがそれも的を外していたようだった。
「つまり金品や物品は目的ではない、と。しかしながら命を奪う事も目的としていない。一体何故・・・?」
「私も、今回の意図に関しては掴みかねております」
表情を崩さずにルフィヤが答える。そこにおずおずとマルクが手を挙げた。
「な、なぁ・・・」
「なんだね?」
「もしかして、フランを攫ったら俺達には用は無いって事は考えられねえかな・・・?」
「マルク様、それは一体・・・?」
「つまり、用があるのはフォルツァ家とかフロイト家とかじゃなくて、フランとダラスさん本人じゃないかって事。だっておかしいだろ?警告文も身代金要求もないなんてさ」
マルクの案に、皆の考えが集中する。
「ではなぜ襲撃者がこの家を襲ったのか、ご説明頂けますこと?」
それにエリーが問いを投げた。
「聞けば、『暗殺騎士』とやらは姿を消す能力をお持ちですとか。でしたら妹君を直に狙う方が宜しいのではなくて?あのような者達を雇うなど回りくどい上に信頼度も低くなりますわ」
「うっ、それもそうか・・・」
「当主を攫っておきながら、残された家に用が無いなんてことは考えられませんわ。ここは『まだ』情報が来ていないだけ、と考えるのが妥当ではございませんこと?」
そのエリーの考えに、ダラスは興味を引かれた様だった。
「つまり現状では『待ち』がいいと?」
「動いて何かが見える状況でもございませんもの。それ以外に選択肢がございまして?」
エリーの考え、すなわち『今は何もできない』という答えに、誰も反論は出来なかった。
「どうやら、決まりの様ですわね。でしたら私は部屋に・・・」
「いえ、待ちなさい」
立ち上がりかけたエリーを、ルフィヤが止めた。その視線は、鋭く窓の外に向けられている。
「どうやら、連絡が来たようです」
門の外にズラリと並んだ騎士たちを、ルフィヤは睨み付けていた。




