疑う者、襲う者
「・・・入っても?」
扉の向こう側から、エリーの声。
「おぅ、いいぜー」
それに対して、明るくマルクが返答する。
ガチャ
そして、扉を開けてエリーが入って来る。
「・・・これでよろしくて?」
そこには、モノトーン基調のメイド服に身を包んだエリーが立っていた。
「おぉう・・・」
その姿に、マルクは一瞬目を奪われた。場所の問題もあるだろうが、出会った時の妖艶さは消え、そこには一人の年相応の少女が立っていた。
「・・・あ、余りじろじろ見ないで下さる?」
「あ、ああ、すまない。案外、似合うものだなーって思ってしまってな」
「ふーん・・・素敵な趣味をお持ちなようで」
「し、仕方ないだろ。形はメイドを雇うって事なんだから」
「・・・まぁ、服装はいいですわ。それよりも」
「それよりも?」
「少し、気になる事がございまして」
ゆっくりと部屋に入って来ると、傍にあったマルクのベッドにエリーは腰かけた。
「気になる事って、ルフィヤの事か?確かにアイツは堅物で難しいが悪い奴では・・・」
「勝手に話を進めないで下さるかしら?」
「あ、はい」
はぁ、とエリーは溜息一つ。
「別にあの方の事は気になっていませんの。気になるのはむしろ貴方の妹君ですわ」
「フランか?別にアイツは何もないぞ?ちょっと気弱だが頭は良くて・・・」
「じゃなくて。どうして私をすんなりと受け入れたのか、ですわ」
「と言うと?」
はぁ、と二つ目の溜息がエリーから漏れた。
「少し考えれば分かるのではなくて?確かに実力は証明致しました。それでも私の素性は全くと言って良い程分からない。そんな人間を軽々しく館に迎え入れるなんて、おかしいですわ」
「ああ、その事か」
「他のメイド達もそうですわ。恐らくはこの館の重要人物である貴方に、私がいきなり近づく事を、何も咎めなかった。この館に全く明るくなくとも、それが異常である事位分かりますわ」
「・・・」
「何か、特別な理由でも?」
「・・・ふぅ」
今度はマルクが溜息をつき、ドサリとベッドに横になった。
「そういっぺんに話されると頭が疲れちまう。・・・ま、教えとくか。その方がエリーも動きやすいだろうからな」
「・・・?」
「俺とフランは、父親が違うんだ」
「・・・え」
「親父―フランの父親の方な―、フォルツァ家先代当主、パダカ・フォルツァの血を正統に受け継いでいるのはフランだけなんだ」
「じゃあ、貴方は・・・?」
「お袋が結婚する時に連れてきた子供なんだってさ」
「・・・」
「そんな訳で、俺という存在はまぁ、ぶっちゃけお荷物なんだなこの家にとっては。エリーが暴れてもルフィヤが抑えるし、俺が最悪殺されても特に問題なし。だからだな、あんなにあっさりと迎え入れたのは」
「・・・貴方の妹君はそんな事を考えてはいらっしゃらない様に見えますわ」
「そう、信じたいな」
「そう、なのです。家族の絆というものは、貴方が考えるよりも深く、強いものだと私は知っております」
「・・・」
「妹君をお疑いになるのは、おやめになった方がよろしいですわ」
「・・・へへ、それもそうだな」
ガバリ、とマルクは起き上がる。
「悪ぃ、辛気臭い話になっちまったな。そんな事より、館を案内してやるよ。ついてきな」
無理矢理話を断ち切るように、マルクは動き出した。
エリーは黙ってついていく事しか、出来なかった。
***
ダン、ダン、ダンッ!
館の廊下を踏み固めるように、その男は歩みを進める。
「フ、フロイトさまお待ち下さい!いくら貴方様といえど・・・!」
「・・・フランは何処だ!?」
館のメイド達の制止も聞かず、男はズンズン歩いていく。オールバックに整えた髪や眼窩にはめ込んだモノクルが乱れんばかりに歩いていく。
「・・・」
その後を、やや呆れた顔を浮かべながら小柄な少年がついていく。
「(アレは何者ですの?)」
二階から眺めながら、エリーがそっとマルクに耳打ちする。
「(ダラス・フロイト。フランと同じ貴族の家の当主さ)」
「(何かお怒りのご様子ですけど?)」
「(もともとフロイト家とフォルツァ家は仲が悪いんだけどな。しっかし、あそこまでストレートに敵意を見せてるのは初めてだな。いつもはもっと嫌味な感じなんだけど)」
「(後ろのちんちくりんは?)」
「(さてな・・・俺も初めて見るぜ。しっかしホントなんなんだ・・・?)」
マルクもダラスの様子に心当たりは無い様で、首を傾げている。
「フロイト様」
「ぬ?」
すると、フロイトの足が止まった。止めたのは彼の目の前に立ったルフィヤである。
「本日お出でになるという連絡は受けておりませんのですが」
「こちらとてこの様な外出は出来れば避けたかった所だ・・・!」
「随分とお怒りの様ですが、我が家が何か粗相でも?」
「何か、だと・・・?」
ダラスの苛立ちが増した。
「正面から喧嘩を吹っかけておいて・・・」
「申し訳ありません、私には全く心当たりが・・・」
「ならいい」
スッ、っとダラスは一歩下がる。
「アルバ、この物覚えが悪いメイドに思い知らせてやれ」
そして、後ろに控える少年に命を下した。
「・・・ご主人」
「何だ?」
アルバと呼ばれた少年は、何処か納得いかない所があるような素振りを見せた。
「いや、何でもない・・・」
だが、すぐにその様子は消えた。
フゥ・・・
一つ、息を吐くと。
ズォ・・・
アルバの周りで、『何か』が動く。
「(な、なんだありゃあ・・・?)」
「(もしかして、あのちんちくりんも・・・)」
ヴィィィ・・・
そして、彼の右腕には、黒い刃が生成されていた。
「「(『異能者』!)」」
ヒュン!
アルバは間合いを詰め、ルフィヤに斬りかかった。
キィン!
それをルフィヤは、難なく槍で受ける。
ギチ・・・
「いきなり斬りかかるとは、穏やかではありませんね」
「・・・」
「その能力、影を操る力ですか」
ギィン!
再び、両者が離れる。
「はっ!」
次に仕掛けたのはルフィヤだった。リーチを活かし、自分だけの間合いに持ち込んだ上で槍を突き出す。
「!」
それをアルバはしゃがんで躱す。
スル・・・
そして滑るようにルフィヤへ身体を動かし、
キン、キン、ガキィン!
三連撃。もちろんルフィヤは対応してのける。
だが、
「!」
ドゴォン!
別の方向から来た攻撃に、その身体は飛ばされた。
「(な、何が起きた!?)」
「(剣とは別に創り出した拳によるショートアッパー。あのちんちくりん、剣だけじゃなくて色んな物を作れるみたいですわね)」
「(おいおい、ルフィヤは・・・)」
「(・・・)」
焦るマルクに対してエリーは冷静だった。
「・・・そうきますか」
果たして、ルフィヤは大丈夫だった。突然の攻撃にも、受け身を難なく取ってみせたのだ。
「・・・へぇ」
意外さと、その中に面白さを見出したのか、アルバの顔に自然と笑みが零れる。
「もう少し、強めに行っても良さそうですね」
ヒュン!
一瞬で、アルバの前に位置を取る、
「!」
手持ちの剣で受け切るのは不可能と判断したのか、アルバは剣を分解し、全身に影を纏う。
ガキン!
そこへ刃が振り下ろされ、
ギギギギギ!!
石突、刃、交互に降り注ぐ。
「(なんて連撃・・・)」
防ぎながら、アルバの心は驚きと悦びに満ちていた。
「(でも!)」
刃と石突が入れ替わる、その一瞬の隙を彼は見つけた。
ヴォン・・・
見つけると同時に、身体が動く。先ほど創ったものと同じ拳が、右肩に生成され、
ヒュン!
ルフィヤ向けて、繰り出される。
キィン!
その拳は、彼女の槍を弾き飛ばした。
だが、ルフィヤの顔は曇らない。まるで、予定通りと言わんばかりにアルバの懐に潜り込むと、
ダン!
膝蹴り、そして
ドン!
掌底の組み合わせで、アルバを吹き飛ばした。鎧に包まれた相手に、衝撃で対抗したのだ。
「いったた・・・何というか、流石だね」
「それ程でもありません」
「じゃあ、こっちももう少し力を入れて・・・」
瞬間、
「そこまでです!!」
フロアに、大声が響く。
声の主は、フランだ。
「館の中で何をしているのルフィヤ!?それにフロイト様!いきなりこの様な事をなさるとはどのような了見ですか!?」
その声で、全員が固まった。
そこから最初に動いたのはダラスだった。
「・・・そのように大声で叫ばれては敵いませんな」
「何事だというのです、フロイト様。何のご連絡もなくこのような・・・」
「言わせて頂きますが、先に喧嘩を売って来たのはそちらの家ではありませんか?」
モノクルを光らせながら、ダラスがフランを睨み付ける。
「・・・どうやら、大きな誤解があるようですね。一旦落ち着いてお話ししましょう。ルフィヤ!」
「はい」
「お二人を応接室にお通しして。それと、その物騒なものはしまっておきなさい」
「畏まりました」
槍を短くし、スカートの内側にしまうと、
「失礼いたしました、こちらへ」
ルフィヤはメイドに戻った。
「(いや~、すごいもん見ちまったな)」
「(そう?)」
「(そうだって。ルフィヤが戦う所自体そうそう見るところないってのに、フランがあそこまで凛々しい姿を見せるのも同時に見れたんだぜ・・・)」
「(確かに、妹君の方が当主としてふさわしいかもしれませんわね)」
「(傷つくなぁ・・・)」
「(それよりも、次はどちらを案内して下さるの?)」
「(あぁ、悪い。次はこっちだ)」
応接室から離れるように、マルクはエリーの案内を再開した。
***
「それでは、お伺い頂いた件に関しまして、お話をお聞かせ頂けますか?」
応接室で机を挟み、フランとダラスが会談を始めていた。
「結論から申し上げましょう。そちらの家の者が、昨夜フロイト家に襲撃を掛けたのです。まぁ、アルバが簡単に追い払ったみたいですが」
「・・・そんな」
「何かの間違いではございませんか?」
傍にいるルフィヤにも心当たりは全くない。
昨晩使いに出したメイドはいない。勿論自分も館の中にいた。
「出来れば間違いであって欲しかったんですがね・・・」
「何か証拠を掴まれているのでしょうか?」
「ええ」
フランの質問に、ダラスは一枚のワッペンを突き出しながら答える。
「それは・・・」
そこには、フォルツァ家の紋章が刻まれていた。職人により金の刺繍が施され、フォルツァ家の者しか手にすることの許されない一品だ。
「まさかこれを・・・」
「・・・襲撃者が持っていた」
アルバがフランの言葉の続きを言う。
成程、ダラスがフォルツァ家を疑うに十分な証拠である。
しかし、
「それでも、心当たりは全く・・・」
ないものは、ないのだ。
「・・・フン」
その答えを聞き、ダラスの顔は曇る。
「あくまでも白を切るつもりですね」
「そんなつもりは・・・」
「いえ、構いませんよ。何度来ようが、無駄な事ですからね。しかし残念です、まさか貴女がこのような事をなさるとは・・・」
「ですから・・・」
「回答は急ぎません。一週間後にまたお伺いしますので、その時にまたご回答下さい。行くぞ、アルバ」
そしてアルバを伴い、ダラスは席を立った。
「ルフィヤ、お見送りを・・・」
フランの心遣いを、
「ああ、構いませんよ。後ろから討たれても、敵いませんからな」
ダラスは無下に断った。
パタン
来客が去り、静まった応接室で。
「ルフィヤ・・・」
「頑張りました、フラン様」
静かに、フランは泣いていた。
***
夜。館の中での慌ただしい一日が終わり、殆どのメイドはフリーに入る。
「ふぁぁ・・・」
「こら、気を抜かない」
しかし、門番当番はそうはいかない。彼女達にとってはここからも仕事である。
「でもさぁ一日働いて終わったと思ったらコレじゃない。やる気なんて出る訳もないというか・・・」
「フロイトの家が昨日襲われたばっかりらしいじゃない。この家だって安心は出来ないのよ」
「そう言ったってさぁ・・・」
ザッ・・・
雑談の間に、何者かが門前に現れた。その音に、二人は意識をそちらへ向ける。
「よぅよぅ嬢ちゃん達、こんな遅くまでご苦労さん」
見るからに軟派な男が、そこには立っていた。所々光るピアスが、彼の軟派さを強調している。
「そんなつまらない事してないでさぁ、俺と遊んでかない?」
二人は顔を見合し、溜息をつく。こういう手合いは非常に面倒臭い。
「帰ってください。私たちは暇ではないので」
「申し訳ありませんが、お断りです」
手短に、意志だけはっきりと伝える。とりあえずこれで引いてくれればいい。
「あらあら。お二人ともつれないねぇ。んじゃ、仕方ないか」
どうやら粘着質ではないようだ。ほっとした顔がふたりに浮かんだ。
「そんなにお仕事好きなら、まぁ精々頑張ってくれよー。あ、そうそう。最近は貴族の家が襲われるとか物騒な事が起きているみてーだからお二人とも気を付けて」
「あのね。それを防ぐのが私達の仕事なの」
「ふーん。その様子じゃ、襲撃者がどんな奴なのか知らねぇみたいだね」
ヒュン!
「ぐっ・・・」
拳が叩き込まれ、門番の片方が膝から崩れ落ちる。
「俺がその襲撃者だっつーの」
男の顔に、下卑た嗤いが差していた。
「このっ・・・!」
もう一人が、攻撃に移ろうとするも、
ゴン!
不意に後ろから来た衝撃に、意識を飛ばされた。
「無駄な手間を掛けさせるな、ドブラ」
倒れたメイドの後ろから、白スーツに身を包んだ長身の男が現れる。その手には二本のトンファーが握られていた。
「へへ、サンキュー兄貴」
「礼などいい。それよりも任務だ、行くぞ」
「へーい。しっかしさあ、兄貴?」
「何だ?」
「館の人間まとめて殺しちまった方が早いんじゃねぇの?このメイド二人だってさぁ・・・」
「任務外の殺生は余計な事を生じさせることが常だ。そもそも今回の任務は殺しを目的とするものではない」
「んじゃあ、館の奴らが襲ってきても全員殺さず気絶させろってのかい?」
「そうだ」
「かぁ~っ!面倒臭ぇ依頼してくれるぜ!おかげで昨日の館もめちゃくちゃ立ち回りにくかったしよぉ・・・」
「そう文句を言うな。報酬は相場の7倍だぞ」
「うぃ~す」
そこで会話を終え、襲撃者二名、リタス・ムルチとドブラ・マドラはフォルツァ邸へと足を踏み入れていく。
ザッ、
そして門から10メートル程立ち入った所で、
「ドブラ」
「りょーかい」
リタスがトンファーを構え左に、ドブラが鉤爪を右に構えながら歩き出す。
直後、
ピッ!
何かがリタスの足元で反応する。
と、同時に
ババババババ!!
トラップが反応、周囲から矢の雨。
スッ・・・
しかし、トンファーと爪は既に動き出し、
ギギギギギギン!
悉く、矢を弾き飛ばす。
「ヒュウ!」
ドブラが歓喜の声を上げる。
「随分と古典的なトラップだよなぁ、兄貴?」
「気を抜くなドブラ。この程度のトラップで終わるとは考えられん」
あくまでも冷静に、リタスは答える。
「でも、お庭のトラップはこれだけみたいだぜ?」
ドブラも気を抜いていた訳ではない。ちゃんと次の一手が来るかどうか、見極めたうえで口を開いていたのだ。
「・・・そのようだな」
リタスもトラップの不存在を確かめると、館に向けて更に歩みを進めていく。
「何と言うか、余裕だねぇ」
「気を抜くなと言ったばかりだぞ」
「でももうトラップは・・・あん?」
そこで、二人は何かを、いや誰かを認める。
「はぁ・・・何か怪しい輩が門の所にいると思ったら、随分と物騒な雰囲気のお方です事。申し訳ありませんが、貴方達みたいな輩が土足で私の住処に入らないで下さりますか?」
そこにいたのは、エリーだった。
「・・・一人、か?」
メイド服に身を包んだ少女に、リタスは少々戸惑った。
「ええ、十分ではなくて?」
「・・・兄貴」
「ああ・・・」
兄弟は感じていた。この少女は、強いと。
「どうする?俺がやっちゃてもいい?」
「・・・任せよう」
「ヒュゥ!」
興奮した声をあげ、ドブラが鉤爪を交差させた。
「サンキュー兄貴!て、事は殺しても構わねぇんだよなぁ?」
「・・・状況による。出来れば避けろ」
「はいは~い!」
ダッ!
生返事を返す時には、既に斬りかかっていた。
ギン!
「何て醜い・・・」
振り下ろされた爪を、エリーは腕で防ぐ。
「おろぉ!?」
ドブラの顔に驚き。そして同時に隙。
「はっ!」
その隙を、エリーは見逃さない。鉤爪を弾くと、強化された拳をドブラに突き出す。
「なぁっ!?」
防御の姿勢を取るも、ドブラは門の外まで身体を飛ばされた。
「チクショウ!どうなってやがんだ!」
起き上がりながら、ドブラが悪態をつく。
「どうやら『異能者』の様だな」
リタスはエリーの後ろからドブラに教示する。先程のドサクサに紛れてエリーよりも館に近づいていた。
「どうする、手伝うか?」
挑発でも何でもなく、リタスは弟に問う。
「へっ、冗談じゃねえよ。俺に任せるんだろ兄貴?」
それを、ドブラは正面から断った。
「そうか。すまなかった」
そう言うと、リタスは館へと歩みを進める。
「ちょっと貴方・・・!」
それを止めようとエリーが動くが、
「そりゃぁ!」
飛びかかって来たドブラにそれを阻まれた。
「クッ!」
キィン!
両側から挟み込んで来る爪を、エリーはナイフで受ける。
「何て跳躍力ですの・・・!」
「伊達に殺し屋やってないんでねぇ!」
二人の武器がかち合う間に、
「(まぁ、任せても問題ないだろう)」
リタスは館の中へと足を踏み入れていった。