寝静まった夜、長き一日の終わり[前編]
日が暮れた町は静かながらも笑い合う人の声が聞こえる。先程までいた酒場から聞こえるものだが特に不快なものではない。普段ならそこそこ心地よい夜と言えるだろう。けれどあの賑やか祭りの名残は感じられない。ナナキは温かいスープの入ったカップを持ってアシュレイの寝ている部屋に向かった。
あの後どうしたかといえば、まずは休むことを優先し宿屋に向かった。
半日かかってやっと聖霊域から出られた時、ナナキが感じたのは体に残る疲労感であった。特にアシュレイは他よりもそれが色濃く、気を失うように眠りについてしまった。
ライラは倒れたりしないものの顔色はすこぶる悪かった。放り出されたのが〈聖堂〉の前であったこともあり、そこでじっとしているわけにもましてや騎士の宿舎に戻るわけにも行かなかったので結果仕方なく宿に泊まることにしたのである。
『おお、帰ってきたのか?』
部屋の扉を開けるとそこには子どもたちがいるべットの傍らにスキアーが座っていた。
「ライラは寝たのか?」
『うむ。先程までアシュレイのことを見ておったがさすがに疲れたのじゃろう。熟睡しておるよ。聖霊域とこの世界との落差というものはわらわ達にとて大きいもの。聖霊術師ならまだしもそれ以外であればよほど辛く感じるかもしれんの。だが、後に残るものでなし、多分明日には元通りじゃ。そなたは大丈夫か?』
「まぁ、それなりに耐性も体力もあるからな」
ナナキはライラの為に持ってきたスープをテーブルの上に置きベットの上を覗き込む。アシュレイは大口を開けて寝ている。特に苦しそうな様子もなく寝息も穏やかでナナキは小さく息を吐く。ライラに至ってはアシュレイに寄り添い背を丸めて眠っていたその頬には光の筋がかすかに見える。
宿についたのは大体1時間ほど前。疲れきったアシュレイをベットに寝かせた後ライラにも今日は休むように言ったが、心配と不安からかなかなか休むことができないでいた。
ナナキは寝むれないのであれば取り敢えず胃の中に入れたほうがいいと考え、宿の人間に何か用意してもらいに一階の食堂に行っていた。朝にモナパンを1つ食べたきり昼も夜も食べていないので空腹だと思ったからだ。
ナナキはライラを見たあとスキアーの方に視線を移す。その視線の気付いてスキアーはスカートをつまんで持ち上げた一瞬にして姿を変えた。
「ライラのいた孤児院の院長の装いじゃ。先程までこの姿でおったのじゃよ」
微笑むスキアーは長い髪は頭のてっぺんで団子にくくり、まとまりきらない髪が後ろに流しており、そして服は紺色のワンピースに白いレースの肩掛けといった装いである。年齢も50歳を超えているだろ姿でドレス姿と比べれば明らか質素だが、とても安心できる雰囲気をしていた。ライラの涙の理由が察せられる。
スキアーは眠るライラの頬をそっと撫で涙を拭う。
「ライラの支えはアシュレイじゃ。だが、アシュレイもライラとそう変わらない子ども。それだけに寄りかかれば共倒れとなる。故に他にも支えがいるのじゃよ。それにライラにとってこの姿は帰るべき場所の象徴とも言える。幼いライラがわらわとの誓約を見失わないためにはこれが丁度良い。ずっとという訳にはいかぬがライラの心がそれを本当に欲する時は姿を借りようと思うておる。まぁきっとそのうちに必要なくなるかもしれんがの」
「どうしてそう思う?」
「ライラはこれからきっと強くなる。仮初の支えなどいらなくる。それに・・・」
「それに?」
言葉を急に止めたスキアーにナナキは先を促した。だが、スキアーはその先は言わなかった。
「ふふ、何でもない。それよりもそなたは色々と聞きたいことがあるのじゃろう。夜は長いと言うものもおるらしいが、実際、語らえばあっという間に過ぎようぞ?」
確かにナナキは聞きたいことが山ほどある。憶測を図ることはできるが、それらを確証あるものにするにはスキアーの言葉が必要であった。ナナキは静かに頷きスキアーを率いて宿の一室を後にした。




