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少女と兄と悲しい契約

 ライラに告げられた少女と元初アルポスの話は嘘ではない。しかし話の全てを聞けばそれはハッピーエンドとは言えないものであった。ナナキがライラに語らなかっ少女のその後の悲しいお話。



 少女が初めに捧げたのは“誓約”。それだけであれば少女は何事もなく過ごすことができたであろう。けれどそれだけでは少女の望みは叶わなかった。


 広い世界で生きているか死んでいるかもわからない兄を探すことはひどく困難なことだった。諦めず幾年も懸命に探し続けた少女はいつしか大人になり、次第に焦りを強く感じ始めた。もういないのではと思う不安にかられ、時にはであった町の人にここでくらさないかと優しく声をかけてもらうこともあり、少女の心はひどく揺らいでいた。

 しかし誓約を捧げた少女はアルポスを裏切ることは出来なかった。


 そして年月が過ぎ、ある時とうとう見つけてしまった。

 丘の上に立つ小さなお墓を。

 少女は絶望に飲み込まれた。なぜもっと早く見つけられなかったのかと後悔の念に押しつぶされ墓にすがりついて泣き叫んだ。

 ただ逢いたいとひたすら願っていた兄に一目会うことも叶わなかったと。

 そしてただあの笑顔がもう一度見たいと心の底から願った。

 だから少女はさらなる力を求めた。

  

 そしてその願いは聞き遂げられた。

 共にいたアルポスの力によって。

 少女とアルポスは血の契約を交わした。


 ただ己の望みのままに力を使い、少女は兄を生き返らせたのである。


 ただ生き返った兄は自分の知る兄ではなかった。兄はあるべき過去の記憶をすべて失った存在として蘇った。これが本当に兄なのか。それを調べるすべはなかった。

 けれど少女にとってそんなことはどうでもよかった。目の前にいる兄の存在が愛しくてただそれだけで救われたのである。

 そして少女は兄と生涯を共に過ごすことを決意する。

 無垢な存在となった兄も少女を優しく受け入れた。


 どこにでもいる夫婦のように共に過ごし、これまでの過酷な旅が嘘だったかのようにただひたすら穏やかに過ごすことを願ったのである。

 毎日が穏やかで平穏な日々。そんなやっと幸せを手に入れることができた。

 しかし、そんな幸せな時は長くは続かなかった。


 少女が子を身ごもった。

 それが何を意味するのか。


 “血の契約”


 それは誓約のような意思にとどまるものではなかった。自身の子孫をも巻き込み代償を払うものであった。

 

 代償は命。


 誓約と違い契約は血を継ぐ子が生まれれば有無を言わさずその子が契約も受け継ぐ。それゆえ子が生まれれば契約をした少女の命はそこで終わる。

 少女はそれを十分に理解していた。理解していてそれでも自分の心に嘘をつくことはできなかった。

 少女は自分が死ぬことを知っていてお腹の子を慈しんだ。少女の心はかつてないほど満たされていた。


 ここで終わればまだ救われたかもしれない。そうでないかもしれない。

 しかし話はここで終わることはなかった。それは兄が少女の行く末を知っていたからである。

 少女が兄とお腹にいる子が何よりも大切であったと同じように、兄にとっても少女と子の存在は何にも代え難いものだった。

 だから兄はアルポスに願った。少女を守るために。


 兄は少女の代償を自らの命で払ったのである。


 少女が兄に会いたいと思わなければ。

 少女が兄が生きているうちに再会できていれば。

 少女が兄を生きかえらせなければ。

 少女が兄と結ばれなければ。

 少女が兄の子を身ごもらなければ。

 兄が少女の秘密を知らなければ。


 いいあげたらキリがない。そして何を言ってももう既に時は遅かった。すべては起きてしまったことだから。

 少女は死ななかった。代わりに再び兄の命は失われた。

 代償として支払われた兄の命はもう取り戻すことはできなかった。

 少女は嘆き悲しんだ。そして泣き叫んだ。

 少女は兄の後を追いたかった。

 追いたかった。

 けれどそれはできなかった。

  

 胸に抱く生まれたばかりの子。

 兄と同じように愛しい我が子を一人にすることはできなかった。

 そして同時に後悔した。自分のせいで兄が死に、そして我が子に重荷を背負わせることになってしまったことの重大さに今更ながらに気がついたからだ。ただ幸せになりたいと自分勝手に願った自分が酷く醜く思えて仕方がなかった。


 それでも少女は我が子が愛しかった。

 だから少女は全てを我が子に捧げることにした。

 我が子が大きくなって伴侶をえて子を産むまでそばでずっと守っていくことを誓った。

 我が子がその血を繋ぐ時、その代償を自分が支払えるように。

 少女の兄がそうして自分に命を捧げてくれたように。

 それが少女にとって唯一できる償いだった。


 そして子がすくすくと育ち、子が結婚しいよいよその子のお腹に命が宿ったとき、少女は終わりを覚悟した。

 けれど少女は悲しくなどなかった。ただ新しい命を誰よりも喜んだ。

 少女は生まれてきた孫の顔を見ることは叶わなかったが、その産声を聞きながら静かに息を引き取った。

 柩の眠る中で少女は年をとり顔に深い皺を刻んでいた。けれどその表情は穏やかでどこか微笑んでいるようだった。

 かつて少女だった女性は彼女なりの幸せを手に入れた。


 現在その子孫がどうなったかはわからない。初めに契約した少女のように子の為に命を捧げているのか。それとも既に契約は終わりを迎えてしまったのか。行く末を知るのはその子孫のみである。




 血の契約をすることは血を繋ぐことで命が失われるということと同義であった。

 それは幼いライラには酷なこと。けれどナナキにとっては決して“通らない道”であった。だから肩代わりすることに決めたのである。それが今最良の道であることをナナキは考えている。そう信じて疑わなかったのである。


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