呪いの設計図
予定通り、神戸に戻るとすぐ「欧風料理 もん」に向かった。ここは、一九三六年に創業した老舗の洋食店だ。各線の三宮駅から徒歩すぐのところにある。
生田神社と三宮中央通りを結ぶ参道は「いくたロード」と呼ばれており、この道沿いに店を構えている。歴史を感じる外観なので、目立つ存在だ。
レトロな雰囲気が漂う店内には、骨董品が多く飾られている。
メニューはかなり豊富で、目を引くのは「スパゲッチ」や「サンドウイッチ」という表記。なんとも懐かしい響きの商品名に、創業当時からの歴史を感じる。
ほとんどのメニューがテイクアウト可能だ。夜一は張り切って、サンドウイッチ(ビーフカツ)を注文していた。数は三つ。灼と、夜一と、それから寧々の分も。
南京町の事務所に戻ると、夜一はソファに倒れ込んだ。うつ伏せの状態で、テイクアウトしたものを頬張っている。
「おいひ~~!」
感激したように、足をジタバタさせている。
「靴くらい脱げよ」
眉を顰めながら、灼は茶を淹れる準備をする。
キッチンから戻ると、夜一は仰向けになっていた。口の周りがソースで汚れている。
「美味しいものは、落ち着く場所で食べるに限るなぁ」
食欲が満たされたのか、落ち着いた口調で夜一が言った。
「どこで食っても、美味いもんは美味いだろ」
いつでもどこでも、何を食べても美味そうにしているのが夜一だった。なので、説得力は皆無だ。
灼もサンドウイッチを手に取った。ふわふわのパンにソースと肉汁がしみているのを見て、思わず唾を飲み込んだ。かぶりつくと、柔らかな肉質に感動する。もちろん、ソースも絶品だった。
ぺろりと完食した灼を見て、夜一が目を細めた。
「灼くんって、けっこう大食いやな」
「これくらいの量で大食いとか言われてもな」
ヒレ肉を使用しているせいか、「もん」のビーフカツサンドは重くならない。余裕で食べきれるのだ。
「子どもの頃は、ちゃんとご飯たべてた?」
「……子どもの頃?」
なんだか、意味深な言い方だった。灼が顔を上げると、夜一と視線が合った。
「中学とか、高校のとき」
……夜一は、何を言っているのだろう?
意味が分からず、思考が停止したような感覚になった。しばらく考えた結果、もしかしたらと思った。
「……寧々から、聞いたのか?」
新幹線の中で考えていた、過去のこと。寧々には、灼の考えていることが分かる。
「内緒~~!」
明るく言って、夜一が湯呑に手を伸ばす。
端的にいうと、灼はグレていた。かなりの黒歴史だ。隠したい過去を知られて、かなりの気恥ずかしさを感じた。
「……お前も、何か話せよ」
一方的に知られているのは落ち着かない。夜一の恥ずかしい過去話が聞きたい。失敗談等があれば大歓迎だ。
「え~~、おれの話!?」
茶をすすりながら、夜一が目をパチパチさせる。
「何にも、面白いことはないねんけど……」
どうせ、明るい両親にのびのびと育てられたのだろう。そうでなければ、こんなに能天気な人間にはならない。そう、高を括っていたのだが。
「両親は、二人とも亡くなってるねん。おれが高校生のときやった。……殺されたんや」
「……え?」
理解が追い付かず、灼は瞬きを繰り返した。
衝撃的な言葉だった。聞き間違いかと思ったが、そうではないらしい。
「おれは、『家』に家族を殺されてん」
……家に殺された? どういう意味だ?
「いつやったか、灼くん言ってたやろ? 相談者は『家にまつわる問題を抱えてることが多い』って」
「……あぁ」
灼も、そうだった。今回の青倉や、少し前の的形も。頻繁にやって来る仁川だって、相談内容はいつも「家」にまつわることだ。
「おれには、もともと特殊な力があったけど。祓屋になるつもりはなかった。でも、目的を達成するためには、今の仕事をするのが一番手っ取り早いことに気づいて。だから、事務所を立ち上げてん」
目的って、何だ?
「情報収集のために、おれが頑なに『家』関係の事案しか引き受けへんかったから。自然と、それ系の依頼が集まるようになってん」
「そ、その目的とか、情報収集って……?」
おそるおそる、灼は訊いた。夜一は湯呑に視線を落としながら、話を続けた。
「青倉さんが借りた部屋の床下に、井戸があったやろ?」
灼は、静かにうなずいた。
「おれの住んでた家にもな、あったんやで。もちろん、家族の誰も井戸の存在には気づいてなかった」
灼は、ごくりと息を飲んだ。
儀式をせずに放置された井戸は、それだけで悪いものを引き寄せやすいのだ。
「他にも、いわくがあるものが家のあちこちに存在しとった。その全てが隠されとってん。方角が悪くて、間取りも最悪やった」
「な、なんでそんな家に……」
夜一が、ふうっと息を吐いた。
「新築の家やってん。父親の知り合いに設計してもらって、建てた家やった」
呪われた家であることは間違いない。ただ、問題なのは偶然だったのかということだ。放置された古井戸、方角、間取り……。
夜一の口ぶりから察するに、その可能性は低いように思われた。設計の段階で、意図的に仕組まれたということだ。
「両親は、恨みを買うようなひとたちではなかったと聞いてるけど……。でも、呪いが集まるように設計されとった。そういう設計図で、家を建てられたことは間違いないねん。だから、俺はそのときの建築士を探してる」
それが、彼の目的なのだ。目的を遂行するために祓い師になって、情報を集めている。




