愛すること
自分たちが第一発見者だと名乗ると、二人は肩を震わせた。
堪えきれなくなったのだろう。彼女……谷上結花の母親は、両手で顔を覆った。隣にいる父親が、寄り添うように体を支える。
「娘のことを見つけてくださって、ありがとうございます……」
母親が、嗚咽まじりの声で言った。
「僕も妻も、まだ……受け止めきれていないんです」
父親の声も震えている。
「……あの子が、病気だったことも知らなくて。不甲斐ない親です、僕たちは」
「余命宣告までされて、怖かったと思うんです。不安だったろうに。それでも、私たちには言ってくれなかった。とても大事で、慈しんで、愛してきたつもりだったけれど。でも、きっと間違っていたんでしょうね。苦しめていたんだと思います。家を出てから、連絡もほとんどなくて。最後まで、私たちには何も言ってくれなかった」
涙に暮れる両親を見て、灼は「届いていないんですか」と訊いた。
「彼女からの最後のメッセージ。たった一言だけど、貴方たちに送信したはずです」
父親には『わたしは大丈夫です』、母親には『どこかで生きています』。自分の気持ちを伝えるのが下手な彼女なりの、精一杯の言葉だった。
「愛し方とか、伝え方は、ひとそれぞれなんやと思いますよ」
隣にいる夜一が、穏やかな声で言った。
「愛しとったから、悲しませたくなかったから、お嬢さんはそうしたんやと思います。そうでないと、あんな真っ暗で……。さみしいところで、死んだりなんかしません」
静かに、けれど強く夜一は言い切った。彼の言葉通りだ。愛していたこと。視えた者として、灼はそのことを二人に伝えたかったのだ。
彼女の両親が、少しでも救われたら良いと思う。いつか、穏やかな気持ちで手を合わせることができたら……。
彼女もきっと、そう願っているに違いない。
灼の中に、かすかに残っていたはずの谷上結花の意識は、もうどこにも存在しなかった。ようやく、灼は自分の気持ちに折り合いをつけることができた。
✤
神戸へ帰る日。青倉は、駅まで見送りにやって来た。
「午前休を取ってやりましたよ」
青倉は、ちょっと誇らしげだ。
週末なので、たとえ半休でも取得は難しかっただろうと推測する。なにしろブラックな社風なので。脱社畜への第一歩かもしれないと、灼は安堵した。
「ところで、夜一さんは……?」
青倉が、きょろきょろと周囲を見回す。
「コンビニに行ってる」
菓子類や酒のつまみを大量に仕入れているのだ。
「夜一の持論だと、新幹線の車内で食うと美味さが倍増するらしい」
どこで食べても同じだと灼は思うのだが。
「なんか、遠足みたいっすね」
青倉が苦笑いしている。
しばらくすると、両手にレジ袋を提げた夜一が駆けてきた。
「いっぱい買ったで~~!」
満面の笑みだった。
青倉を見つけた夜一は、「ちょうど良かった!」と声を弾ませる。
「渡したいものがあってん」
そう言って、レジ袋を灼に押し付ける。
「これ!」
ボディバックから夜一が取り出したのは、御守りだった。灼が真心を込めて制作したものだ。
「青倉さんは、家系的に引き寄せやすいねん」
「え、そうなんですか? もしかして、あのシェアハウスに住むことになったのも……?」
青倉が心配そうな顔で、夜一と御守りを交互に見る。
そういえば、青倉の親戚が夜一の世話になり、そこからの付き合いだったことを思い出した。
「次に住むところは、八家不動産の紹介やから問題はないけど。それでも職場とか、外出先とか、色々と心配やから。この御守りを肌身離さず持ってて欲しいねん」
「分かりました」
青倉が、神妙な顔でうなずく。
「灼くんのお手製やで」
にひひ、と夜一が笑う。
「これが? へぇーー! 灼さんって、器用なんですね」
青倉が感心したように、裏と表を何度もひっくり返して見ている。
「うるせぇ」
バカにされている気がしないでもない。押し付けられたレジ袋を夜一に渡しながら、灼は舌打ちをした。
しかし冷静に考えてみると、御守りが初めてしかるべき人間の手に渡ったことになる。これまでは「気のせい」な人々の気休め程度にしかなっていなかった。まぁ、気休めになるなら、それはそれで良いのかもしれないが。




